162 少年神官にはみえてます
アーネストおじい様視点です。
「アーネスト。伯父上は何故リヒャルトの母を許したのだ……」
父の妹の息子―――私の従兄弟であり次期裁判長となるアーレン・ルードルフ侯爵は信じられないと頭を抱えた。
王宮に戻り、国王陛下に報告をした後、すぐにクリステーア公爵家の系譜が修正され、リヒャルトはクリステーア公爵家の系譜から抹消された。
そして修正された系譜を持ってアーレンが夜遅く公爵家へと訪れたのだ。
彼の言う言葉は、私が誰よりも感じていることだ。なぜ義母を許し、リヒャルトを実子として受け入れたのか。そしてなぜそれを最後まで私に告げてくれなかったのか。
―――けれどすでに父は亡く、答えを得る術はない。
「―――まさか誓約魔法までカロリーヌが要求するとは思わなかったな」
「―――そうだな。裁判などで使われる最上級の誓約魔法は命を代償にする。それを使おうとするほどカロリーヌに相当自信があったということだな」
カロリーヌは最上級の誓約魔法を使わせてほしいと、カレン神官長に訴えてきたのだ。
だが、カロリーヌ本人が思っている真実と、事実が必ずしも一致しているとは限らない。
本当にカロリーヌが『思いこんでいた』としたら残酷な結果を招いてしまう。
複数人と関係を持ってきた以上、必ずしもカロリーヌが思っている真実と、事実が同じとは限らないのだから。
あえて最上級の誓約魔法を使うことを了承したのは、カレン神官長と神官たちがそう判断したからだ。
様々な検証方法があることを神官たちは知っている。
誓約魔法にも、いろいろな種類や段階がある。
ただ本人が『嘘を言っていない』ことだけを検証するだけのものなら、それが理の真実でなくても、そう『本人が思い込んでいた』ら、それが『嘘ではない』と結果が出てしまうのだ。
それでは、ただの嘘発見器だ。本当の真実は見えてこない。
本人が言う真実と、目の前の真実が完全に一致しなければ、真実を証明するには決定的に説得力不足だ。
それを可能にするのが、『命を懸けた』最上級の誓約魔法だ。
大勢の人の目の前で、告白した真実と、現実が一致するか否かを、客観的な視点で誰もが納得できる結果をもたらす最たるものだった。
私は高い確率で、こげ茶色の髪の父親がリヒャルトであると感じてはいたが、確信は持てなかった。
誓約魔法をと、カロリーヌがカレン神官長に願った際に、最上級の誓約魔法を選択するかどうかを、カレン神官長は一瞬躊躇っていたようだった。
万が一完全一致しなかった時は、カロリーヌは命を落とすからだ。
そのカレン神官長が神官たちと話し合い、その上で、最上級の誓約魔法を施すことになった。
カレン神官長に随行してきた神官たちは、レント前神官長とカレン神官長に見い出されて能力を磨いてきた高位の神官たちだ。
実はそのうちの一人、少年のような神官が、私やレイチェルに挨拶をした時に他の者に聞こえぬほどの小さな声で、こっそりと言った。
『鶴のお守りを作ったお孫さん、とても可愛いですね』と。
おそらくは20年後、神官長として、カレン神官長の後を継ぐことになるだろうと言われている少年の神官の言葉に私もレイチェルも驚いた。
少年の神官は白に近い銀髪に、薄い青色の瞳。
クリスティア公爵の甥にあたる、まだ少年の神官だ。
アーシェラのことはごく一部のみに明かされただけの、極秘事項であり、当然彼は知る由もなかったはずだ。
―――カレン神官長が、少年神官のことを私達に紹介してきた時、『今日の立ち会い人で一番の適任者です』と言っていた意味が分かった。
彼は、クリスティア公爵家直系の血を引く母親を持ったゆえに、公爵家の強い力をも受け継いでいるのだろう。
少年神官と同じく、直系に近い私の従弟であるアーレンが裁判官として真実を見抜く力を持っているように。
彼には、私とレイチェルから孫であるアーシェラが視えたように、赤子から父親の姿が視えたのだろう。
貴族出身の彼なら、社交界で幅を利かせていたリヒャルトの姿を何度も見たことがあるはずだ。
その彼が、カレン神官長に『最上級の誓約魔法を』と進言しているのを見ていた。
それをしてもカロリーヌが命を取られず、かつ真実を明らかに出来ると確信していたのだろう。
その結果、カロリーヌが思う真実と、理の真実が一致した。
―――つまり、赤子の父親がリヒャルトである、と結果が出た。
―――それと一緒に、リヒャルトがクリステーア公爵家の血を引いていないことも明らかとなった。
「カロリーヌが産んだ子ども……あの髪色は父親であるリヒャルトから受け継いだ色だ。そしてリヒャルトの父親も同じ髪色のはずだ」
このアースクリス国では、子どもが父親の色を受け継ぐのは当然のことだ。たとえ瞳の色は違っても髪色は父親の色を受け継ぐのが当たり前なのだ。
「リヒャルト本人は自分が母親の不義の子とは知らぬはずだ。カロリーヌとの間に生まれる子は絶対にクリステーアの瞳の色を持って生まれる、と騒いでいたからな」
クリステーア一族の分家筋の娘で唯一緑色の瞳を持ったカロリーヌを娶ったのは、自分の子供を確実にクリステーア公爵家の後継者にする為だったのだ。
だが、そもそもリヒャルトはクリステーア公爵家の血を受け継いでいないのだ。望みを抱いても叶うことは決してない。
「いずれこのことはリヒャルトが知ることになる。―――だが、その事実を知っても簡単に諦めるとは思わない。どんな卑怯な手を使ってでも権力を奪いにくるだろう。その前にこちらの態勢を整えておかねばならん。―――あいつは権力に執着している。それこそ陛下に牙を剥くことを厭わぬほどだ」
「―――そうだったな。私の母にもこのことを伝えなくてはならんな」
アーレンはこの重い事実にため息をついた。
本当にリヒャルトは困ったやつなのだ。
「だが、私もこれで心置きなくリヒャルトを断罪できる。あいつの狡賢さには辟易していたからな。だが、クリステーア公爵家の血を引いていないとわかって、ものすごく安心した。どうしたらうちの家系からあんな奴が生まれたのかと頭を抱えたほどだったからな」
裁判官であるアーレンは、クリステーア公爵家の直系である叔母の血を引いている。
だからこそ直系血族ではないが、裁判官として事件の本質を見抜く力が優れている。
これまでの事案の中で、黒幕がリヒャルトであると何度も感じながら、証拠を上げられずに苦い思いをしてきたのだ。
―――後数か月もすれば、兵役を終えてリヒャルトは戻ってくる。
身分を剥奪され、父から相続した遺産も屋敷も、もちろん私的な財産も、横領事件の罰として没収されている。
だが、あいつが巨額の金を隠していることも突き止めている。
その金を使って何をしでかすか、今から考えても頭が痛い。
「アーネスト。クリステーア公爵家の系譜だが、これを陛下から預かった時に言われたことがある」
そう言って、アーレンが広げられたままの公爵家の系譜を指し示した。
「陛下は、お前から聞けと仰られていた。―――『もう、知るべき者に知らせてもよい時期だろう』と。―――それは、リヒャルトのことか?」
先程アーレンと共に、クリステーア公爵家の系譜からリヒャルトと、その妻のカロリーヌが抹消されたことを確認した。平民となり貴族籍から抜けたとはいえ、前公爵の子ということで公爵家の系譜に名は残っていたのだ。
今回の結果を受けて、系譜に載っていたリヒャルトとカロリーヌの名が魔法により焼き切られ、その上から国王の印章が押され、抹消が完了した。
これで、リヒャルトはクリステーア公爵家の権威を二度と使うことは出来ない。
もしもクリステーア公爵家の名を使えば、すぐに捕縛されることになる。
「そうだな。リヒャルトが系譜から除かれたことだしな。アーレン、こちらを見るといい」
指差したのは、何も書かれていない空欄。その上には私の息子アーシュと嫁であるローズの名が刻まれている。
「アーシュと妻のローズだな。―――!?」
何もなかった場所に、文字が浮かび上がった。
私自身が系譜に施しておいた隠蔽魔法を解いたからだ。
―――そこには、公爵家の継嗣として、可愛い孫娘の名と生年月日が刻まれていた。
「―――アーシェラ……?」
「アーシェラ・クリステーア。ローズが生んだ、アーシュの娘。私の可愛い孫娘だ」
「陛下が言っていたのは、この子のことか!? !! この生年月日は―――では、あの時は死産ではなかったのだな?」
刻まれていた日付から状況を読み取ってアーレンが声を上げた。
「そうだ。―――あのままアーシェラをクリステーア公爵家で育てようとしていたら、確実にリヒャルトに命を奪われていただろう。何度もローズは殺されかかっていたのだからな」
「確かにそうだな。では、隠して育ててきたということか」
「ああ。陛下と王妃様が協力して下さった。アーシェラは私とレイチェルが王宮で育てたのだ」
「そう、か。死産ではなかったのだな。―――本当に、よかった」
アーレンが噛みしめるかのように呟き、安堵のため息をついた。
アーシュが行方不明になってから、公爵家はリヒャルトとカロリーヌが我が物顔で仕切っていた。
すぐに戦争が始まり、私とレイチェルは王宮に入り浸ることとなり、ローズを守れる人が公爵家に居なくなったのだ。
ローズの懐妊がわかった直後から、ローズは危険に晒され始めた。
私はローズの危険をいくらかでも排除できるように、叔母のメイリーヌとアーレンの姉である従妹のリーナにローズの側にいてもらえるように頼んだのだ。
叔母はクリステーア公爵家直系の血を引き、クリステーアの瞳を持つ女性だ。
食事に入っている毒、偶然を装いローズを傷つけようとする者を見抜き、古参の執事や侍女たちと共にローズを守ってくれた。
叔母の娘であるリーナも同様にローズを守ってくれた一人だ。
アーレン自身もずっとローズの為に動いてくれていた。
ローズの死産の知らせに、我が事のように嘆いてくれていた、信頼できる親族だ。
アーシェラをローズに託し、バーティア領で無事に育っていること、そしてリヒャルトが、ローズが拾い子として育てているアーシェラを怪しんで、幼いアーシェラにも暗殺者を差し向けていることをアーレンに告げた。
「私は今度こそリヒャルトを排除する。あいつはこれまでもアーシェラを殺そうとして来た。このまま引き下がる奴ではないことは身に沁みて分かっている」
「そうだな。生かしておいても害悪にしかならんからな。私もリヒャルトの排除に手を貸そう」
排除という言葉に冷酷な意味が入っているのがお互いにわかった。
「そうとなれば、味方は多い方がいいだろう。母上や姉上に言ってもいいか?」
叔母と従妹はローズを、そしてお腹にいたアーシェラを守ってくれた人たちだ。
「ああ。叔母上にも話さなくてはな」
アーレンと共に、私も笑みを浮かべた。
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