161 せいやくまほうでのしんじつ
誤字脱字報告ありがとうございます。
いつも助かっています。
アーネストおじい様視点です。
カロリーヌの必死の懇願に、カレン神官長が静かに問うた。
「―――誓約魔法は、真実を言わなくては命と引き換えになるのですよ。分かっておられますか?」
「っ!! も、もちろんですわ!! 決して嘘は申しません!!」
カレン神官長が了承すると、神官のひとりが誓約魔法の魔法陣を描き、カロリーヌを中央に立たせた。
そのカロリーヌの前に、銀髪のリルア裁判長が立った。
彼が厳しい目でカロリーヌを見つめている。
先ほどの鑑定で赤子はクリステーア公爵家の後継者の資格はないことを彼は見届けている。
それなのに、カロリーヌは諦めていない。
昨年のリヒャルトの巨額横領事件で、カロリーヌが横領の金と知っていながら宝飾品を買いあさっていたことを裁判長は知っている。
それらはすでに没収され、カロリーヌは罰として身分を奪われ、平民に落とされている。
だが、いまだクリステーア公爵家の後継者の座を狙っているのがびんびんと伝わってくる。呆れてものが言えないと、感じているのがその表情から見えている。
現クリステーア公爵家当主とまったく繋がりのない赤子を、どうにか後継者につけたいという浅ましさにリルア裁判長や随行してきた裁判官たちは呆れかえっていた。
「―――私は、裁判長のリルアだ。私がそなたへの質問を担当する」
裁判長はこの場でカロリーヌの罪を暴くべきであると思っていた。ゆえに自ら手を挙げ、カロリーヌの前に立った。
「リ、リルア伯爵様ですわね。はい」
裁判長と言わず、爵位名を口にしたのはカロリーヌの癖だ。職位が何であっても男爵や子爵には言葉がぞんざいになるきらいがカロリーヌにはある。
「―――まずは、そなたの名を申せ」
「私は、カロリーヌ・ルクアイーレ・クリステーアです」
カロリーヌが名を口にしたとたん、魔法陣が発光した。
誓約魔法が発動したのだ。
その輝きにカロリーヌが驚く。
平民になったのだから家名を名乗ることは許されないのだが、誓約魔法ではそれは偽りとはみなさぬらしい。―――まあ、今日は名実ともに家名を剥奪することになるだろうが。
「誓約魔法が発動しました。カロリーヌ。これから先は慎重に、そして真実を述べなさい」
「は、はい」
カレン神官長の言葉に、カロリーヌがごくりと息を呑んだ。
「では、そなたが命をかけて言いたいこととは何だ。簡潔に述べよ。嘘偽りは即座に命を落とすぞ」
リルア裁判長の言葉に頷くと、カロリーヌが息を整えた。
「私が命をかけて言いたいのは、私が生んだ息子のことです!! た、確かに私は以前、夫以外の異性とも関係を持ってまいりました! ですが!! アーシュがアンベール国で不明になってからは夫としか関係を持っていません!! なので息子の父親は夫のリヒャルトなのです!! これが真実なのです!!」
カロリーヌが叫ぶように一気に話し終わると、誓約魔法が音もなく消えて行った。
『何事もなく』消えて行った誓約魔法に、裁判長が驚愕していた。
誓約魔法で浮き彫りになった衝撃の事実に唖然としながら、カロリーヌに言葉を返した。
「―――聞き届けた」
そして、リルア裁判長は、複雑な表情で私を見た。
裁判長はこげ茶色の髪をした赤子の父親は、リヒャルトではないと確信していたのだ。
誓約魔法による証言は、真実を言わなくては行使者は命を取られる。
―――『誓約』とは本来神様にお誓いするものである。
三国の王が、数百年前アースクリス国にした誓約がそれである。
それにより、女神様に仇なす行為をした者には厳然たる罰が下されるのだ。
『誓約』と『誓約魔法』は似て非なるものである。
誓約は、『誓い』を破れば神よりの罰が下される。
一方、誓約魔法は、『真実』を言わなくては『行為者の命が無くなる』ものである。
その『真実』とは『行為者の言葉が真実である』だけではなく『理の上での真実』と一致することが条件となるのだ。
だから、誓約魔法は、物事の真実を明らかにする、別名『真実魔法』と言われる。
今回の場合は、カロリーヌがリヒャルトが父親だと思い込んでいただけで、実際の父親が別の男であるならば、カロリーヌは即座に命を奪われていただろう。
カロリーヌの言葉と、『理の真実』が一致したことで、『真実である』と認められた為に、カロリーヌは今無事なのだ。
ゆえに、この誓約魔法の結果は。
『黒髪に近いこげ茶色の髪の男の子の父親は、リヒャルトである』ということなのだ。
そして、それはリヒャルトがクリステーア公爵家の血を受け継いでいないとの動かぬ証拠となったのだ。
―――神官も裁判官もその事実に言葉を無くしていた。
カロリーヌの子供の出自を確定する為だったはずが、結果として父親のリヒャルトが『前クリステーア公爵夫人の不義の子』だと、思いもしなかった答えを導き出したのだから。
―――思い返してみれば、確かにアーシュが不明になってからの数年間はクリステーア公爵家の後継者を生むために、カロリーヌが夫であるリヒャルトとのみ関係を持っていたというのは頷ける。
―――と、いうことは。
リヒャルトの本当の髪色は金髪ではなく、『赤子と同じ黒髪に近いこげ茶色の髪』ということなのだ。
―――ずっと思って来た疑念が確信に変わった。
―――父上。やはりあなたは、リヒャルトが自分の子ではないことを最初からご存じだったのですね。
真実を視るクリステーアの瞳。
それを持つ父がリヒャルトが自分の子でないということを知らないはずがない。
カレン神官長から、リヒャルトと血のつながりがないと告げられた時から、ずっと心に引っ掛かっていたことだ。
リヒャルトが生まれて数時間後に引き合わされた時には、リヒャルトは金色の髪だった。
―――おそらく、父は生まれてすぐにリヒャルトの髪色を変えたのだろう。永続的に続く魔法として。
その心中はいかばかりだったろうか。
リヒャルトを生んだ義母はリヒャルトが生まれてわずか数か月でこの世を去った。
妻が遺した不義の子を自分の子として受け入れた父の苦悩のことを考えると、どんなに辛かっただろうかと胸が潰れそうになる。
目をきつく瞑り、息を整えて私は顔を上げた。
「―――なるほど。誓約魔法で分かったのは、その子の父親はまさしくリヒャルトだということだな。カロリーヌが命を取られなかったということは、それが真実だということだな」
「ええ! そうですわ!! だから、この子はリヒャルトの子だとお認め下さいますわね!?」
私は薄く笑みを浮かべた。―――これでやっと、公に出来る。
リヒャルトがクリステーア公爵家の血を一滴も受け継いでいないことを。
「ああ、認めよう。―――リルア裁判長、見ての通りだ。その赤子はリヒャルトの子と認めよう」
カロリーヌが満面の笑顔を浮かべた。
「ということは、この子は将来のクリステーア公爵になるのですわね!!」
メイドから赤子を抱きとり、『未来の公爵様』と呼び掛けている。
―――まったく。この女はそれしか頭にないのか。
己の産んだ子の髪色を考えたら、誰でも考えがつくものが、クリステーア公爵位にしがみつくあまりに見えないとは、愚かなことこの上ない。
「クリステーア公爵様。―――では」
リルア裁判長が気を取り直して問いかけて来た。
―――そう、これからが本番だ。
「―――ああ、リルア裁判長の思っている通りだ。リヒャルトの子と私には血縁関係が認められなかった。―――であれば、その子の父親であるリヒャルトは、私と血縁関係はないということが証明されたのだな」
「ええ。その通りですわ。誓約魔法で赤子の父親はリヒャルトと確定しました。先ほどの血縁鑑定で伯父と甥であればつながりが出たはずが、一筋の糸すらも出なかった。本来であればあり得ないことなのです。そこから導き出される答えは、リヒャルトは前クリステーア公爵の御子ではなく、前クリステーア公爵夫人の不義の子であることが確定となりました」
私の言葉を受けて、カレン神官長が後を続けた。
「ええっ!!?? そんな!! 何をおっしゃっているのです!!」
カロリーヌが思いもかけなかった言葉が私やカレン神官長の口から出たことに驚いて、その濃い緑色の瞳を見開いた。
リルア裁判長が私やカレン神官長の言葉に肯定を返し、拳を顎に当て思案した。
「その様ですな。おそらくリヒャルトは生まれてすぐに魔法で髪色を変えられたのでしょうが、リヒャルトの子どもはリヒャルト本来の髪色を受け継いだということでしょう。―――なにゆえにリヒャルトがクリステーア公爵家の人間となっていたのか分かりませぬが、鑑定で赤子がクリステーア公爵家との血縁関係が無かったことも、誓約魔法での証言も、裁判官全員で見届けましたゆえ、このことは国王陛下にご報告させていただきます。カロリーヌ殿が生んだ子供の父親はリヒャルトで確定です。カロリーヌ殿が命を懸けて証明して下さいましたから。―――そして、赤子の父親であるリヒャルトはクリステーア公爵家の血を一滴も継いでいない。そして、真実の髪色は黒髪に近いこげ茶色の髪ということですな」
理路整然とリルア裁判長が語った。
裁判官と神官が鑑定結果と誓約魔法で明らかになった事実を書面に書き起こし、リルア裁判長とカレン神官長が署名を書き入れた。
「リヒャルトが公爵家の血を引いていない……? そんな……」
カロリーヌが呆然とリルア裁判長の言葉を繰り返した。
「真実の髪色は、黒髪に近いこげ茶色の髪……」
床にへたりと座り込み、腕に抱いた赤子の髪色を見て、やっと本当のことが頭に入ってきたようだ。
そんなカロリーヌを横目に見ながら、リルア裁判長が話しかけて来た。
「―――では、クリステーア公爵様。ひとつ、進言してよろしいでしょうか?」
「何だろうか?」
「今回の件で、リヒャルトが公爵家の血を一滴たりとも引いていないことを確認いたしました故、後の禍根を残さぬように、リヒャルトの戸籍をクリステーア公爵家から『抜く』のではなく、『最初からなかった』ことに修正が可能です」
私は心の中で笑んだ。今日鑑定をすることに決まってから、血縁関係の鑑定の後でカロリーヌが誓約魔法を要求するかもしれないと思っていた。
黒髪に近いこげ茶色の髪の赤子。その子の父親が絶対にリヒャルトであるとカロリーヌが言い張っていたことで、リヒャルトが本来持つ色がそうなのだろうと、うすうす気が付いていたのだ。
ならば、カロリーヌの要求により誓約魔法を裁判長の前で行えば、堂々とリヒャルトを系譜から消し去ることが出来る。
―――だから。リルア裁判長から出るであろう、その言葉を待っていたのだ。
「―――そうだな。おそらく父は義母の不義の罪を赦し、実子として受け入れたのであろうが、リヒャルトは父の慈悲を踏みにじり、クリステーア公爵家の権威を悪用し大きな罪を犯した。リヒャルトを子として受け入れた父には悪いが。―――私はクリステーア公爵家の当主としてリヒャルトを系譜から除外することを望む」
カロリーヌの悲鳴が聞こえたが構わない。
これでカロリーヌは、今後一切クリステーア公爵家の家名を名乗ることは出来なくなった。
確たる証拠を持って系譜から削除された以上、間違ってもリヒャルトは後継者として返り咲くことは不可能だ。もちろんカロリーヌと赤子も。
「承りました。王宮に戻り次第、貴族院および神殿のクリステーア公爵家の系譜からリヒャルトを抹消致します」
リルア裁判長が恭しく頭を下げると、足早に去って行った。
気が付くと、カロリーヌがあまりのことに衝撃を受けて失神していた。
カレン神官長から書類を受け取り、リルア裁判長の後を追うように出て行こうとした裁判官の一人、私の従兄弟のアーレン・ルードルフが振り返り、私の顔を見て『よかったな』と微笑んでいた。
明かされた事実に衝撃を受けていたようだったが、これまでさんざん私たちの頭を悩ませてきたリヒャルトが系譜から削除されることに安堵しているようだ。
―――そして、次代の裁判長の一人である彼には、もうひとつ教えておくべきことがあった。
お読みいただきありがとうございます。




