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160 冷気で気持ちがわかります

本日二話目となります。


アーネストおじい様視点です。



 誓約魔法で明らかにされた自分の罪にカロリーヌが青褪めた。自分が忘れていた5年前の所業が今暴かれるとは思っていなかったようだ。

 カロリーヌは忘れていたようだが、メイドは長い間ずっと怯えていたのだ。カロリーヌの侍女に脅されて口を噤んでいたのだという。その侍女が殺害され、屋敷内で死体が増えて行くのを見て『次は自分だ』と怯えきっていたところに捜査官が現れ、メイドは泣きながら助けを求めてきたのだった。

 殺害された従者たちはあらゆる犯罪の手足となっていた者たちだ。いろんなものを見聞きしていたゆえに殺害されたのだ。それでいくと、メイドはおそらく粛清の対象とはなっていなかっただろうが。

 怯え切ったメイドが告白してくれたおかげで、カロリーヌの罪を家族にも明らかにすることが出来た。


「カロリーヌ。いくら公爵夫人になりたいからと言って、毒を混入させるなんて、そんな恐ろしいことをよくも出来たものね。それにあなたは、自分の祖父を犯罪に巻き込んでおきながら全く反省の色を見せなかったわ。その心労のせいでお祖父様は身体を壊して身罷られてしまったのに、あなたは一度も謝りにも来ず、お祖父様の弔問にもこなかった。それだけでも腹立たしくてしょうがないというのに、今度はこのようなことをしでかすなんて。―――もういいわ。もう許す気も無くなったわ」

 優しかった母親の突き放すような視線に、カロリーヌが目を見開いた。

「お母様……」


「鑑定の結果を受け入れないだと? この髪色を見ろ! クリステーア公爵家の血を引いているなら金色のはずだ!!」

「カロリーヌ。俺たちは巨額横領をして懐を肥やしていたお前の夫と違って、堅実に働いて家を守ってきた。それなのに、お前が犯罪に手を染めておじい様の名義を勝手に使ったことで、うちの事業まで不正をしているのだと疑われているんだ! お前のせいで、どんなにうちが苦しんでいるか分からないのか!」

 カロリーヌの兄たちが憎々しげにカロリーヌを睨みつける。

 口をつぐんではいるが、カロリーヌの叔父や叔母も、冷たい視線をカロリーヌに投げかけている。

 

 ―――クリステーア公爵領は豊富な結晶石が採掘される。

 その結晶石は用途に合わせて加工され、流通していく。

 カロリーヌの実家であるルクアイーレ子爵家には、多岐にわたる事業のひとつを任せていた。


 ルクアイーレ家は、代々、結晶石を魔道具に組み込んで、あらたな魔道具を創り出す能力に長けていた。勤勉な性質であったことと、良質な魔道具を創り出すことで、信頼はあつく、収益の伸びは右肩上がりだった。

 そんなルクアイーレ子爵家は、クリステーア公爵家の一族の分家の中でも裕福な家だったのだ。


 そして、そのルクアイーレ子爵家に遅くに生まれたのがカロリーヌだ。

 金銭的に裕福な家であり、分家の女性の中で唯一緑色の瞳を持って生まれた娘。

 クリステーア公爵家の分家の血筋で緑色の瞳を持った娘は、クリステーア公爵家との繋がりを少しでも持ちたい他の貴族から一目置かれる存在らしい。


 だが私達からすれば、カロリーヌはたまたま緑色の瞳を持って生まれたというだけにすぎない存在だった。

 カロリーヌの緑色の瞳は、クリステーア公爵家特有の力を一切持っていない。

 クリステーアの瞳は、本質を見抜くのだ。


 だが、それを知らない者たちはカロリーヌを特別な存在だと持ち上げ褒めたたえた。

 遅くに恵まれた一人娘に両親は甘く、さらに幼い頃から媚びへつらう者たちに囲まれて、カロリーヌが増長して傲慢になっていくのを、私たちははたから見ていて呆れたものだ。


 そして、カロリーヌが本家のリヒャルトに伴侶として求められ公爵家の一員になったことで、自分がとても高い位置にいると思い込み、カロリーヌの驕り高ぶった性格に拍車がかかった。


 社交界にローズを貶める噂を幾度にも渡って流してきたのはカロリーヌだ。

 アーシュとローズが結婚する前もバーティア子爵家の内情、とくにローズの父親であるダリウス・バーティアの借金や詐欺にあった話を社交界に広め、公式な場でローズを辱めるのは日常茶飯事だった。


 アーシュが不明になった時も、心を痛め、不安定になっていたローズに近付き、不安を掻き立てるようなことを吹き込んで身ごもっていたローズを執拗に追い詰めていったのだ。


 さらに、毒を盛ったり屋敷に細工をしてローズを害そうとしたり。幸いセルトや叔母や従妹、公爵家の側近たちによって未然に防いだものの、カロリーヌがしたことはれっきとした犯罪であり、赦されるものではない。


 ―――だから、カロリーヌが家族に責められても、一切庇うつもりはなかった。

 今まで自分がしてきたことの報いを受けるだけだ。


 生まれた子がリヒャルトの子であったとしても、そうでなくても、カロリーヌの子はクリステーア公爵家の子供ではない。こちらが庇う道理もないのだ。



「―――クリステーア公爵様。ルクアイーレ子爵家は血縁鑑定の結果を受け入れます。カロリーヌの産んだ子はクリステーア公爵家の血を引いておりません。これはカロリーヌがなんと言おうと覆されるものではございません。―――これまで、さんざんカロリーヌがご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。もう当家がカロリーヌを庇うことは一切ございません。如何様にもご処断ください」

 私に向かってルクアイーレ子爵は深々と頭を下げた。子爵夫人や兄二人。そしてカロリーヌの叔父と叔母も同様に申し訳ありません、と頭を下げた。


 そして、ルクアイーレ子爵をはじめカロリーヌの家族と親族は、カロリーヌに完全に縁を切ると告げ、一家揃ってこの部屋を辞去した。


 ―――それを、カロリーヌは呆然として見ていた。


 てっきり自分の産んだ息子が今回の鑑定でクリステーア公爵家の後継者に認定され、自らも次期公爵夫人となる地位を回復できると思っていたのが、まったくの逆の結果となってしまったからだ。

 自分に仕えていた侍女が殺害されていたことも初めて知った。ローズとお腹の子に危害を加えようとしたことも家族に知られてしまった。絶対に味方でいてくれると思った両親までが自分を見限って手を振り払ってこの場から立ち去って行ってしまったのだ。

 孤立無援となってしまったことを、やっとカロリーヌは悟ったらしい。


「―――さて、カロリーヌ。話を聞こうか」

 私はルクアイーレ一家が居なくなった部屋で、静かにカロリーヌに声をかけた。


 びくり、とカロリーヌが反応した。


「クリステーア公爵様。信じてください! この子はリヒャルトの子供なんです!!」

「―――それを、どう信じろというのだ? リヒャルトの髪はクリステーア公爵家の金髪だ。その子の髪色は全く違う色であろう。貴族の子は父親の髪色と瞳の色を受け継ぐのだからな」

 つとめて硬質な声で問いかけた。


「私との血縁がないことは鑑定で分かったことだ。ゆえにこの子はクリステーア公爵家になんら関係のない赤子だ。だというのに、そなたはクリステーア公爵家の後継だと豪語して憚らぬ。さて。この罪をどう償ってもらうべきか」


 容赦なくカロリーヌを追い詰めていく。


 クリステーア公爵家を我が物としようとするこの強欲な人間を今日こそ切り捨てる。そう決めていた。

 カロリーヌは、ふと私の後ろに立つレイチェルを見たとたん、身体を震わせた。


 見ると、妻のレイチェルは凍てつく氷のような視線でカロリーヌを見据えていた。

 レイチェルは鑑定の前も後も、ただの一言も発してはいないのだが、カロリーヌをひたと見つめるその視線は、相当怒りを含んだものだった。

 先ほどまでのやり取りを見ていて、怒り心頭なのだろう。レイチェルの周りになにやら冷気が見えるような気がする。―――レイチェル、水差しの水が凍っているよ。少し怒りを抑えようか。


 カロリーヌは、誰からも援護を受けられないと悟ったのか、カレン神官長に縋りつくように声を上げた。


「神官長様! お願いします!! 私に―――誓約魔法を使わせてください!!」




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
生まれた子には罪はない 健やかに育ちますように
[一言] 本当にリヒャルトの子だとしても女神様が出ないようにしてそう
[一言] リヒャルトを公爵家の人間とした人間達の罪でもあるのでは? 不義が判明した時点で孤児院や母親の実家に渡すべきだった。
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