159 つながりはありませんでした
アーネストおじい様視点です。
少し長くなったので二つに分けました。
本日もう一話更新予定です。
「うそ! どうして!? どうして繋がりの糸が出ないの!?」
私にとっては予想通りの結果に、カロリーヌが驚愕し、叫び声をあげた。
私が思った通り、鑑定の結晶石は、私と赤子との血のつながりを映し出さなかったのだ。
そのはずだ。私とリヒャルトの間に血縁関係は無い。血縁上は全くの他人だ。
以前カレン神官長に鑑定してもらい、リヒャルトが義母の不義の子であることを。そしてクリステーア公爵家の血を引いていないと分かっていたからだ。
ましてや、この子はこげ茶色の髪をしている。リヒャルトの子であるかも定かではないのだ。
この赤子と私の間に血縁関係があるとすれば、赤子の母親であるカロリーヌを通したものだけだ。
カロリーヌと、私との繋がりもほとんど見えなかったのに、代を重ねたこの子では全く繋がりが出なかった。
「そんなはずはありません! この子はクリステーア公爵家後継者のリヒャルトの息子です!!」
「カロリーヌ。この鑑定の結晶石での鑑定はまぎれもなく真実です。先ほどそう確認をしたはずです」
カレン神官長が事務的な声でカロリーヌに話す。
「おかしいわよ! もう一度! もう一度よ!」
何度やっても結果は同じだ。カロリーヌは信じられないと言って、再び自分の両親や他の者との繋がりを鑑定し、何度も何度も私と赤子の鑑定をし直したが、―――その結果は、最初とまったく同じだった。
カロリーヌは諦めなかったが、回数を重ねていくたびにカロリーヌの親も兄たちもだんだんカロリーヌを見る目が冷たくなっていくのが手に取るようにわかった。
カレン神官長は、いくら鑑定をし直してもカロリーヌが諦めないと踏んで、カロリーヌの前から結晶石を取り上げると、リルア裁判長と頷き合った。そして、ルクアイーレ子爵やその家族に向かって告げた。
「―――では、皆さま。鑑定の結果はご覧の通りです。カロリーヌが生んだ男子は、クリステーア公爵家にゆかりのない子です。私は国王陛下の名代として見届けました。よって、カロリーヌからの要求であった公爵家後継者認定は、資格がないことが確定しましたので、棄却します」
「裁判官である我らも、見届けた」
カレン神官長の言葉に、リルア裁判長が頷き、随行してきた神官たちや裁判官たちも同様に肯定した。
「何を言っているのよ! ふざけないで!! これは鑑定の結晶石がおかしいのよ! それかワザと何か細工をしたのですわ!! この子をクリステーア公爵家の後継者にしないために謀ったのですわ!! こんなの、絶対に認めない!!」
大神殿の神官長を前に髪を振り乱して叫ぶカロリーヌに、父親のルクアイーレ子爵が声を張り上げた。
「カロリーヌ!! これ以上の暴言は許さぬぞ!! やはりこの赤子はお前の不義の子だ!! ―――恥を知れ!!」
これまで娘であるカロリーヌに甘々だった父親の憤怒の表情に、カロリーヌが慄いて後ずさった。
「ち、違う!! 違うわ!! お父様! お母様! この子はリヒャルトの子です!! このクリステーア公爵家の後継者なんです!! ―――っ!」
縋りつこうとした手を父親に払われたカロリーヌが目を見開いた。
未だかつて父親に冷たくあしらわれたことのなかったカロリーヌは、父親の侮蔑の視線に体を震わせた。
「まだそんなふざけたことを言うか!! 鑑定の結晶石で結果は出たのだ!! 何が公爵家の後継者だ!! よくもそんなことが言えたものだ!」
「この赤子には一滴も公爵家の血は入っていないのよ。髪の色だって公爵家の血を引いていないことは一目瞭然でしょうに。それなのに鑑定してまでもそんなことを言うなんて。自分が何をしでかしたか分かっているの!? もういい加減になさい! 恥ずかしくてしょうがないわ!!」
「何度鑑定したって同じ結果だというのに。―――いいかげんにしろよ、カロリーヌ。お前が複数の男と派手に遊んでいたのは社交界の者なら誰でも知っているんだぞ」
「本当だよ。―――横領の片棒を担いで家を辱めただけでなく、こんなことをしでかすとはな。呆れてものが言えない」
両親と兄たちに責められ、カロリーヌが青褪めていく。
「遅くに出来た一人娘だと甘やかしてきたのが悪かったのだな……。こんな恥知らずに育ってしまっていたとは……」
ルクアイーレ子爵がやっと娘の過ちを断罪する気になったらしい。
今まで娘可愛さに目が曇りに曇っていたのだ。社交界の噂や息子二人の言葉を受け入れずに娘を溺愛してきた。
仕事の上では信頼のできる人間ではあるが、娘を甘やかし放題で育て、一切矯正することをしなかった点は、彼の拭いきれぬ大きな欠点であるというしかない。
昨年カロリーヌが自ら進んで巨額横領という犯罪の片棒を担いでいたことを知り、その後いろんなことがあったことで―――そこでやっと娘の育て方を間違ったと気が付いたようだった。
「―――カロリーヌ。―――今度という今度は、お前には絶望した。お前をもう娘とは思わぬ。―――二度と我が家の敷居を跨ぐでない」
「そ、そんな。お父様……」
「その子の父親が誰であってもお前の子であることは変わりない。だが一つ分かっていることは、その子供はクリステーア公爵家の血を引いていないということだ。だというのに性懲りもなく―――お前はどれだけ権力にしがみついているのだ。お前やお前の夫がアーシュの妻を害そうとして来たのを私が知らぬとでも思ったか!!」
カロリーヌが父親の言葉に青褪めた。
「お、お父様……」
「お前たち夫婦が捕縛された後、我が家にも厳しい捜査の手が入ったのだ」
「そ、それは……」
「お前が勝手に父上の名義を使ったせいだ。―――捜査に協力をしたが―――痛くもない腹を探られるのは不愉快極まりなかった。そして、当然お前たちの屋敷にも捜査が入ったが―――リヒャルトとお前が捕縛されてから、お前の家の従者が数名何者かに次々と殺害された。―――何者かがリヒャルトの罪をこれ以上証言させまいと、手を下したのだろうな」
「―――ええっ?」
カロリーヌが初めて聞いた事実に目を瞠った。
―――そう。リヒャルトが捕縛された後の数日間で、何者かの手によってリヒャルトの屋敷の従者や侍女が次々と殺害された。一撃で命を絶たれており―――手練れの者による犯行であることは明らかだった。
リヒャルトが捕縛されたその日のうちに主要な側近たちが殺された。
リヒャルトの手足となって動いていた者の死―――それがリヒャルトの仲間の仕業であることは一目瞭然だった。
おそらくは前々から、リヒャルトと仲間との間でそういう話し合いがされていたのだろう。
―――まったく、用意周到な事この上ない。そしてリヒャルトが捕縛された時間から数時間での証拠隠滅―――早すぎる。
彼らはどんなにバレたら困る罪を犯しているのか。
そんななか、ひとりのメイドが震えながら保護を求めてきた。
屋敷の従者や侍女が殺害されたことで、自分も殺されてしまうかと恐れたらしい。
自分がしてしまったことを告白するので助けて欲しいと。
そのメイドは5年前に謀らずもローズを害す手伝いをさせられたと告白してきた。
経緯を聞くと、他の人には全く害にならないが、妊婦には毒となる香草と知らずに、今回殺害されたカロリーヌの侍女に頼まれて実家から摘んできて渡した。後日その香草でクリステーア公爵家で大変な騒ぎがあり、そこで初めてメイドがローズの懐妊を知ったことで、ローズとお腹の子どもを殺すために片棒を担がされたのだと気が付いたという。
5年前、確かにそんなことがあった。
その当時、ローズに付いてくれていた私の叔母のメイリーヌと従妹のリーナ、そしてセルトが気づき、ローズを守ったのだ。まさか5年前の毒混入の証言が得られるとは思わなかった。
申し訳ありません、と、泣きながら告白するメイドの言葉は、魔法省と裁判官の立ち合いでの誓約魔法の行使により真実と判定され、カロリーヌがローズを害そうとしていた確たる証拠となった。
リヒャルトの悪事を暴くための証言者を幾人も亡くしてしまったが、カロリーヌがローズを害そうとした確たる証拠を得たのは不幸中の幸いだった。
リヒャルト達が従者たちを殺害したのは、誓約魔法があるからだ。そうそう使われることのない特殊魔法ではあるが、捜査で必要であるとされれば上層部の判断で行使される。自分の命が惜しければ真実を話すしかなくなるからだ。それを恐れ、捜査の手が入る前に従者たちを手に掛けたことは明白だった。
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