156 あさごはんのあじ
コメントありがとうございます。
なかなか返信出来ませんが、楽しく読ませていただいています。
これからもよろしくお願いします。
さて、次の日のお昼。
タラコの塩漬けが熟成したので、たらこ料理を作ることにした。
前世ではタラコの熟成には三日ほど必要だったのだけど、柿の渋抜きやわらびのアク抜き、その他もろもろの下準備等で、こっちの世界では前世より数分の一の時間で下処理がすむことや熟成が進むことを実感していた。
思った通り、タラコの熟成は一日も経たずにいい感じに進んだのだ。
前日塩漬けしたタラコはパスタに合うと料理人さん達に言っておいたので、料理人さん達は手打ち生パスタを作り、すでにスタンバイしている。
料理人さん達はみんな昨日加工場にいて試作品を作っていたから生タラコの美味しさを知っている。
こっちでは前世で言うタリアテッレのような幅が5mmから1cmのきしめん状のパスタが主流だが、出来れば前世で食べたもっと細いものがいい。そっちの方が具が絡みやすいから。
だからお願いして出来るだけ細切りにしてもらい、前世でよく食べたスパゲッティに近い細さにすることができた。満足だ。
今日のお昼は仕込んでおいた塩漬けのタラコを使って作ると話していたので、厨房隣の従業員用食堂にデイン伯爵家の皆さんが揃って座っている。
「楽しみだな。昨日私も加工場に行けばよかったと後悔していたのだ」
「まあ! それは私もですわ!」
ロザリオ・デイン伯爵とマリアおば様は昨日はそれぞれに忙しくて加工場に行けなかったのだ。
◇◇◇
―――昨日の夜のこと。
晩餐の席で加工場で作った試作品が所狭しと並べられ、デイン伯爵とマリアおば様は目を丸くした。
晩餐の食卓に上がっていたものは。
タラのフィッシュフライサンド
さつま揚げ五種(プレーン、玉ねぎ入り、ニンジンとゴボウ入り、イカ入り、タコ入り)
さつま揚げとちくわもどきの、おでん(大根、卵、結び昆布入り)
さつま揚げを使った野菜の炒め物
タラの潮汁
タラの身と白子の天ぷら
たらこの子和え
たらこの煮物
と、加工場で作ったタラで作った料理のフルラインナップだった。
「―――まさか、あの厄介者のタラがこのように使えるとは。考えも付かなかった」
ロザリオ・デイン伯爵が一気に並べられた品数に驚きを隠せないでいる。
「面白かったぞ。次々といろんなものが出来てな。思いがけずにおでんも食べれたしな」
ローランドおじい様が楽しそうに笑う。
「おでんとは、お義父様が冬に大陸から帰って来た時に言っていたお料理ですわね。さつま揚げからお魚の味がしみ出していて、ほっとするいいお味ですわ」
「確かにな。この汁を吸った大根が旨いな」
マリアおば様とデイン伯爵はおでんの大根がお気に入りだ。うん、旨味を吸った大根は私の大好物でもあるのだ。
けれど、さすがに夕方近くまで試作品づくりをして試食をしていた私はまだお腹いっぱいだったので、メインは辞退し、フルーツとデザートを用意してもらって食べていた。それはローズ母様も同じだった。
他の男性陣はどこにあんなに入るのか、と不思議になるくらい晩餐も食べていた。すごい。
「ふむ。やはりタラは味が淡白なのだな。だが、タルタルソースや濃厚ソースを纏わせると美味いな」
「このさつま揚げはいいですわね。タラの身は淡白ですけど味付けをすると美味しくいただけるのね。お魚の旨味がしみ出したおでんのおつゆがとっても美味しいですわ!」
「白子の天ぷらも濃厚で美味いものだな。昨日食べた天ぷらも美味かったし、素材次第でいろいろと天ぷらが出来るのだな」
「このタラコの子和えや煮付けは何度でも食べたくなる程、美味しいですわ~」
デイン伯爵とマリアおば様はローランドおじい様やホークさんに説明を受けながら、次々とタラの料理を食べ進めていく。
さすがに廃棄されても仕方ないと思われていた白子が、『デイン領でしか食べられない珍味』として食堂で扱われることに驚いていた。
「皆様、こちらもどうぞ。アーシェラ様に教えていただいたレシピで作りました。タラの甘酢あんかけでございます」
ポルカノ料理長が食堂に入ってきて、料理人さんや侍従さん達が料理を運んできた。
「うん? 別の料理か?」
そう。さすがに晩餐は、全部加工場の試食と同じものばかりではあんまりだろうと思って、一品新しいものを足すことにしたのだ。
加工場から、一足先に夕食の準備のためにデイン伯爵家に戻ろうとしていたポルカノ料理長にレシピを教えておいたものだ。
タラの切り身に片栗粉をまぶして揚げ焼きにしたものに、細切りにした玉ねぎ、ニンジン、シイタケを炒めたものに、水と砂糖、酢、醤油、片栗粉で作った甘酢あんを合わせて、揚がったタラにかけた、タラの甘酢あんかけだ。片栗粉以外はみんな同じ分量を混ぜ合わせればできる簡単な甘酢あんだ。
こちらでのトロミはコーンスターチや小麦粉でつけることが多く、片栗粉はあまりトロミ付けには使われてこなかったようだった。甘酢あんのレシピを教えた時にポルカノ料理長が驚いていた。
これまでの片栗粉はムニエルの時に魚にまぶすくらいしか使っていなかったらしい。
確かに、前世で海外に住んでいた友人が片栗粉が手に入らず苦労したという話を聞いたことがある。
前世で私がコーンスターチの使い方がいまいち分からなかったのと同じように、洋食メインのアースクリス国では片栗粉の使い方が分からなかったのかもしれない。
片栗粉は相当昔に、久遠大陸から移住してきた人がじゃがいもから作ったものなのだそうだ。
魚にまぶして焼くとカリッとした食感が出て美味しいと普及したそうなのだが、使い方はそれだけでとどまっているらしい。ソースと絡まるととろみが出ることは分かっていたみたいだけど、とろみを作る素材として使う概念はなかったとのことだ。
なんてもったいない。あんかけ料理、美味しいのに。
天ぷらだって、小麦粉だけじゃなくて片栗粉を入れると食感よく仕上がるんだよ。
「まあ。この甘酸っぱいソース、美味しいわ! 色からすると醤油を入れているのよね。甘くてほんのり酸味があってタラと合うのね」
「うむ。このソースは初めての味だが、かなり美味いものだな。揚げたタラに合うし、野菜にもソースが絡んで美味い」
マリアおば様やロザリオ・デイン伯爵がにこりと笑む。
「天ぷらともパン粉が付いたフライとも違う。―――こういう食べ方もあるんだな」
ローディン叔父様が薄衣のタラに絡んだ甘酢あんを食べながら、感慨深く頷いた。
「「ああ、美味いな」」
ホークさんやリンクさん。そしてローランドおじい様やローズ母様も美味しいと言ってくれた。
「いろいろと試作をしてみたところ、タラは味付け次第でいろいろと使える食材だというのが分かりました」
ポルカノ料理長がロザリオ・デイン伯爵に料理人として進言すると、デイン伯爵がゆっくりと首肯した。
「なるほど。よくわかった。では、タラを冷凍加工して内陸部の商会にも流通させるようにしよう。川魚の漁を生業とする者たちとは別の分野で流通させることにすればぶつかり合いもないだろうしな。アジフライとエビフライ、タラのフライ。さつま揚げも冷凍加工食品として売り出すことにしよう」
デイン商会はこれまで海の生魚を保存魔法を使って各地に運搬し、後はツナ缶もどきやすり身などの加工食品を製造していたが、―――新たに冷凍加工食品部門を作ることになった。
◇◇◇
そして今日。
前日から仕込んでおいたタラコの塩漬けを使って、いくつか作ることにした。
今日は一番に試食品を食べるのだと、デイン伯爵とマリアおば様が張り切っていた。
私はタラコの塩漬けは安全に食べられると分かっているけれど、他の人たちは非加熱の魚。しかも魚卵を生で食べるのは初めてなのだ。
塩漬けしたとはいえ加熱していないタラコだから、安心して食べてもらうために、デイン伯爵家の皆さんにしっかりと鑑定してもらった。
体に害のあるものは鑑定で分かるからだ。
デイン伯爵家の血を引く人たちは全員鑑定持ち。
その全員の鑑定で合格が出た。よかった。
―――よし! 食べよう!!
まずは、シンプルに。白ご飯にタラコを適度な大きさに切って、乗せて出した。
「ほう。面白いな。素材の味を知るということだな」
デイン伯爵が、日の丸弁当みたいに白ご飯に真ん中にポンと置かれたタラコをまじまじと見ていた。
「あい。たらことごはんは、あいしょうぴったりでしゅ」
みんなに渡ったことを確認して。では。
「いただきましゅ」
たらこを崩して、ぱくり。うん、ちゃんとたらこの味がする。
「おいちい」
―――ああ、日本の朝ごはんだ。心に沁みる。
前世では朝食でよくタラコや明太子で食べていたのだ。すごく懐かしい。
「まあ! なんて美味しいのかしら!」
マリアおば様が一番に声をあげた。
「確かに、塩漬けしたタラコを食べたのは初めてだが……白いご飯と合うな」
「ええ、本当に。シンプルですがとても美味しいわ」
「なるほど。これだけでご飯がすすむな」
マリアおば様とデイン伯爵、ローズ母様やローランドおじい様は好みの味らしい。ローディン叔父様も『美味しい』と頷いている。
ホークさんやリンクさんの声が聞こえないな、と思ったら自分でおかわりのご飯をよそいに行っていた。美味しかったんだ。
料理人さん達も試食に参加していて、笑みを浮かべていたから大丈夫そうだ。
よし、次は。絶対に食べたいと思っていたあれを作ろう!!
お読みいただきありがとうございます。




