153 りょうしさんのきらわれもの
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―――2ヶ月前、デイン領でのこと。
「さあ! 今日もたくさん獲れたぞ」
漁から戻って来たローランドおじい様が、魚がいっぱい入った箱を加工場に持ち込んだ。
加工場には大きな冷蔵施設があり、いったん魚はそこに保管され、加工品に回されたり魚屋さんたちが水揚げされた魚を購入して行ったりしている。
「しゅごい! いっぱいのおしゃかな!!」
文字通り多種多様の魚だ。前世で見たことのある魚やそうでない魚もたくさんあった。
「毒のある魚はすでに捨てて来たからな。全部食べられる魚だぞ」
イカやエビ、タコ、アジや主要な魚類はすぐに加工に回され、魚屋さんもたくさん魚を仕入れて行った。
数十箱あった新鮮な魚は、あっという間に殆ど集積所からいなくなった。
「ん? あのおおきなおしゃかな、どうしゅるの?」
お魚屋さんが『これはいらない』と言って購入せずに置いていった箱がある。
前世でも見慣れていた大きな魚がたくさん入っている箱が何箱も残っている。
人気がないのかな?
「ああ、やっぱり残っちゃいましたね。この魚は魚屋さんに人気が無いんですよ」
カインさんや男性の従業員さん達がよっこいしょ、と魚の入った箱を台車に乗せかえている。
「ですが、いっぱい網にかかるんですよね。日によっては、この魚ばかりが獲れたりするんです」
そうなんだ。
「ああ、すり身の材料になる魚だな。この魚は日持ちしないうえに、他の魚介を大量に食べる肉食の魚で漁師に嫌われているんだよね」
とホークさんが言う。
「でも困ったな。今日はすり身を作る予定がないからな」
「すてりゅの?」
「従業員に無料であげているが、いかんせん足がはやい魚でな。明日には食べられなくなる」
だから、従業員にあげたり、水揚げ後すり身を作ることで無駄にしないようにしているらしいが、私がいろいろ提案したことで今日はすり身の製造ラインが動かないそうだ。
ということは、廃棄されてしまう可能性があるということだ。
え、でも。
このおっきな口が特徴の魚。どうみたってタラだよね。
だってこれは、鍋の定番の具材だよ? ムニエルにしても美味しいよ。
それに、それに。タラには私の大好きなタラコや白子も入っているのに!
その身は淡白で味付け次第で和洋中オールマイティに使えるのだ。
その中でも一番定番だったのは。
「ふらいにしゅるとおいちい!!」
「「「え!?」」」
「タラが??」
つい先日アジフライやエビフライの虜になったホークさんやローランドおじい様が身を乗り出した。
「みをふらいにしゅる。たまごもおいちい」
というか、タラの卵はタラコだ。前世ではタラコの方を身よりも多く買っていたくらい好きな食材だ!!
「アジフライより美味しいのか!?」
リンクさんはアジフライがお気に入りだ。昨日デイン家にカインさんを呼んで冷凍加工食品の話をしつつフライを食べていた時も、ホタテフライやエビフライに目をくれず、ずっとアジフライを食べていたくらいだ。
「あじは、おしゃかなのみのあじがおいちいから、あじってにゃまえがちゅいた。たらはすいぶんがおおくて、あじがたんぱく」
「たしかにそうだよな」
「でも、やいたりあげたりしゅると、すいぶんがてきどにぬけておいちくなりゅ。たるたるそーす、のうこうそーすちゅけりゅとおいちいよ?」
味が淡白だからこそ、和食にも洋食にも、中華にだって合う。変幻自在な有能な食材なのだ。
それにたんぱく質が豊富なのだ。
傷むのが早いのなら、傷む前に加工して冷凍してしまえばいい。
それに大きいからフライをたくさん作れるのは大きな利点だ。
拙い言葉で一生懸命言うと、ローランドおじい様がにっこりと笑って頷いた。
「とりあえず、試作品を作ってみるか」
そう言って、加工場の中に入った。
手慣れた手つきで従業員さん達がタラを捌いていく。
タラは30匹くらい。全部捌くと、タラコや白子も結構とれた。
前世では冬から春にかけて産卵するものだが、こっちでのタラは違うらしい。
タラも数種類いて、種類によって産卵する時期が違うので、タラコも年中とれるのだそうだ。なるほど。
皮を剥いで骨をとった身は、塩を振っておき、衣を付けてフライにしていく。
タラは大きいのでたくさんフライが出来た。
ちょうど昼時なので、ちょっと一工夫。
パン屋のフランさんが加工場に行商にきたので、丸パンを購入した。
今日は水揚げした魚でフライの試作品を作る予定でもあったので、レタスや調味料もたっぷり用意して来ていた。
丸パンにタラのフライとレタスを挟み、フライの試食用に用意して来たタルタルソースをたっぷり乗せて。
「ふぃっしゅふらいさんど、かんしぇい!!」
「へえ。魚のフライをパンに挟んだんだな。ホットドッグみたいだな」
「どれどれ、レタスとタラのフライを挟んで、タルタルソースをたっぷりっと」
ローランドおじい様やホークさん、カインさんもめいめいにパンに挟んでいく。
もちろん、ローディン叔父様とローズ母様、リンクさんも同様だ。
「いただきましゅ!」
『いただきます』をみんなでして、ぱくり。
ああ、やっぱり美味しい。
「あ! 旨い!!」
「ふむ。アジとは違うが、タラもフライにすると美味いな」
「本当ですね! 魚は淡白だけど、タルタルソースがすごく合います」
商品化を決めるのは、ホークさんとローランドおじい様、カインさんだ。
三人ともタラのフライを挟んだフィッシュフライサンドを満足そうに頷きながら食べていた。
「濃厚ソースで食べても美味いな」
ふたつめを濃厚ソース味で食べたリンクさん。
「たら、あじとはちがって、おしゃかなのあじがたんぱく」
「そうね。えびやアジみたいな明確な『味』が少し弱いような気がするわ」
タラはこれまでバーティア子爵家に送られてこなかったらしい。タラを初めて食べたローズ母様がそう言うと、ローディン叔父様も同感だと頷いた。
「やいたり、ふらいにちて、そーすちゅけてたべりゅと、おいちくたべれりゅ」
「味付け次第で美味しく食べれるということなんだな」
そう言いながら、ホークさんが三つ目のフィッシュフライサンドをいそいそと作る。
相変わらずよく食べるなあ。
「ふむ、なるほどな。―――フラン、その丸パンを全部、私が買おう」
ローランドおじい様がパン屋のフランさんに声をかけた。
「は、はい! ―――全部ですか?」
パン屋のフランさんは赤みの強い茶髪にこげ茶色の瞳をした、ちょっと小太り体型ぎみの人だ。
街から少し離れたこの加工場と、加工場近くの共同住宅の周りには店舗がないので、数軒ある街のパン屋さんが持ち回りで毎日加工場にパンの行商に来ているのだそうだ。
加工場にいる女性たちは、他領から流れて来た母子家庭の女性や、難民の人たちが多い。
フランさんが持ってきた商品が、安価で買えるシンプルな丸パン一種類だけだったのは、彼女たちの懐具合を慮ってのことだったようだ。
「これは加工場で買って、彼女たちにこれから作る商品の試食にする為だ。きちんと彼女たちに渡るから安心しろ」
午後も加工場で働く従業員は、お昼になると、加工場で出た魚のあらでスープを作るのが定番だそうだ。
そして、フランさんをはじめとするパン屋さんが行商で持ってくるパンを買ってお昼ご飯にするのだ。
―――やがて、お昼の時間になって、休憩場所に従業員さん達が集まって来た。
カインさんが新商品の試作品の試食としてタラのフライを昼食にすることを話し、それぞれに自分でフィッシュフライサンドを作って食べてもらった。
『揚げ物』を知らない人ばかりだったので、最初みんな恐る恐る口に運んでいた。
サクッとした食感と、魚と油の旨味。タルタルソースのほのかな酸味とコクが一体となったその美味しさに目を丸くしていた。
「! お、美味しいです!!」
「お魚の周りのサクサクしたものはなんでしょう?」
「え? パンの粉ですか!?」
ひとしきりみんなの声を聞いた後、みんなから出た言葉は。
「「「揚げ物って、美味しいですね」」」
だった。うむ。ちゃんと受け入れられたようだ。
フランさんはたくさんのパンを持ってきていた。
働いている女性たちが、家に持ち帰る分も加味していたからだ。
もちろん、それはローランドおじい様も分かっている。
フィッシュフライサンドをパンの個数分作り、自宅で待つ子供たちや家族の為に渡していた。
ああ、私はデイン伯爵家のこういう細かな心遣いが好きなのだ。
「おじいしゃま、しゅき」
としがみついたら、ローランドおじい様が嬉しそうに笑って、ぎゅうっと抱きしめてくれた。
ローランドおじい様、く、苦しいです。
お読みいただきありがとうございます。




