151 ジェンド国のじょおうさま 4
シリアスな話が続きました(;'∀')
次は明るい話の予定です。
イブシラ様はさらにイブリン王女様の話をしてくれた。
イブリン王女様は、解毒薬と一緒に贈られた菊の花を自らの手でマーレン公爵領の女神様の神殿の敷地に移植した。
マーレン公爵領の女神様の神殿は、先代公爵の代まで崩れ落ちて放置されていたが、シリウス・マーレン公爵の代になってから再建されていた。グリューエル国で教えを受けたシリウス・マーレン公爵が女神様をないがしろにすることを良しとしなかった為だ。
イブリン王女が毒の無い身体を取り戻した翌日、マーレン公爵に緊急に呼び出された重臣たちは、ベッドが置かれている部屋ではなく、日当たりのいいサロンで動き回っているイブリン王女に会って驚いた。
車椅子ではなく、イブリン王女が自らの足で歩く姿を見たのは数年ぶりだった。
数年ベッド生活をしていたので体力が落ちたから歩いて運動をしているのだと、笑ったのだそうだ。
重臣たちは根治は不可能だろうと思われていたイブリン王女の快復した姿に驚愕を隠し切れないでいた。
父王の時代からの重臣たちに『デミア爺! エンテラ爺も! 見て!』と袖をまくり、デイドレスの裾を上げて素足を見せ、夫君のマーレン公爵に怒られた。
重臣たちが驚いたのは、常に服で隠していた、毒による全身に渡っていた紫斑と、紫色に変色した足が、健康そのものの肌色になっていたことだった。
イブリン王女は毒が消えたことのあまりの嬉しさに老臣たちに見せずにはいられなかったのだろう。
毒により膜がかかったようだった瞳は、しっかりと盟主たちの顔を捉えており、輝きを取り戻していた。
アースクリス国からもたらされた解毒薬。
これまでいろいろと治療を施してきたが、ジェンド王が用意した毒は遅効性だが時間をかけて体中の機能を確実に壊すものだった。特効薬を見つけ出せず、よくもこんな悪趣味な毒を自分の姉に仕掛けたのだと思うと腹立たしいことこの上なかったという。
病状が進み、皆が諦めかけていた時、イブシラ様が絶対に飲んで欲しいと送ってくれたのは、アースクリス国に咲く花から作られた解毒薬。
その薬のおかげで、医師からイブリン王女の体内から毒が完全に無くなったと鑑定し告げられた時、皆が感極まって泣きむせんだという。
その解毒薬の原料になったものを分けてくれるという、イブリン王女の言葉で、重臣たちは女神様の神殿に足を運んだ。
反乱軍に与する父王時代からの重臣ふたりは奇しくも女神様の神殿を領地に有している者たちだ。
イブリン王女はそこにまた女神様のご意思を感じずにはいられなかった。
菊の花はすぐに花畑を作ると聞いていた為、株分けをしようとイブリン王女様は思ったのだ。
前日の夕方に植えたばかりの一株の菊の花。
その菊の花のつぼみに触れ、イブリン王女が女神様への感謝と、謝罪の言葉―――そして女王となる決意を口にした刹那、菊の花が金色とプラチナの光を放ち、地下茎が光の線を帯びて伸びていき、あっという間にたくさんの芽を出したかと思うと、茎と葉を伸ばし、大輪の花を咲かせ―――神殿の敷地いっぱいに鮮やかな黄色に輝く花畑を作ったのだ。
イブシラ様の捕縛未遂事件の顛末を聞いていた重臣たちは、目の前で繰り広げられた奇跡に『女神様の花が助けてくれた』というイブシラ様の言葉が、真実であったのだと知った。
イブリン王女の毒を消し去り、イブシラ様をジェンド国王の手の者から守ったのは、アースクリス大陸の女神様なのだと。
自分たちがあの愚王に反旗を翻したのは間違いではなかった。―――と重臣たちが確信をした瞬間でもあった。
さらに、女神様の花が食べることも出来るのだと、アースクリス国のクリステーア公爵から教えられた時には驚愕した。
常に花を咲かせて民を飢えから救い、これ以上は無い薬となる。
さらに、菊の花をあこぎな商売の道具にしようと、花を掘り起こしたり刈り取ろうとした者の手からは、忽然と消えてしまうのだ。
この花が女神様の花であることを、そして女神様が見ているのだということを感じずにはいられなかった。
やがて、デミア侯爵領やエンテラ伯爵領にもキクの花が花畑を作った。
食することが出来るキクの花が咲く女神様の神殿には大勢の民が集まるようになった。
それを狙った国王派が、同時多発的にマーレン公爵領、デミア侯爵領、エンテラ伯爵領の女神様の神殿に攻め込んで民を一気に駆逐しようと襲って来た。
―――武器など持っていない丸腰の民を。
だが、魔術師が放った魔術は、魔術師に反転し、魔術師は自らが放った魔術がそのまま返り、その身に受けて絶命した。
民に向けて矢の雨を降らせた兵たちは、その矢を自らに受けた。
三領に派遣された部隊は、相手に振るった容赦のない力が自分に返り―――全滅した。
女神様に仇なす行為をしてはならない―――それを破った者には容赦のない制裁が降りかかる。
その誓約は今でも変わらず生きているのだと、思い知らされる出来事となった。
その後、デミア侯爵やエンテラ伯爵をはじめ、反乱軍の盟主たちは、グリューエル国で学んできたイブリン王女とシリウス・マーレン公爵から大きな事実を聞くこととなった。
―――それは、三国で示し合わせて隠蔽して来た史実。
つまり、三国がセーリア大陸に侵略行為をし、セーリア大陸の二柱の神様の怒りにより放逐されたということを。
盟主の数人は知っていたが、黙っていたという言葉。
さらに、この話をする時にイブリン王女が誓約魔法を使ったのだ。
『真実を話さなければ死ぬ』という誓約魔法のもとでの言葉。
これまで知らなかった者たちも、この事実を受け止めなければいけないと、そう思ったという。
そのうえで、イブリン王女は告げた。
セーリア大陸を襲い、アースクリス国を襲った。この元凶となる好戦的で攻撃的な因子を何とかしなければ、おそらくこのアースクリス大陸からも放逐されるだろう。
―――もしくは、女神様の怒りゆえに種族を絶やされるだろうと。
盟主たちは、イブリン王女が復活してからの数か月でこの大陸の女神様の存在を感じていた。
―――そして、開戦後三国が凶作となったのは、卑怯な戦争を仕掛けた三国への怒りであったことを感じずにはいられなかった。
歴史を紐解いてみれば、アースクリス国に離反し始め、アースクリスの民を迫害してきた頃から、土地が痩せてきたことが分かる。
―――それはすべて、自らの国の過ちの結果であったことを知った。
ここで選択を誤ってはいけない。
女神様は自分たちに、今この先のジェンド国の未来を選択させようとしてくれているのだ。
これまでの過ちを正さなければジェンド国の民は消されるだろう。
『やり直しは一度きり』という神託は、これまでの悪行に目を瞑るゆえに、正しき道を選択しろということなのだ。
振り返ってみれば、悪行三昧だったということがわかる。
それは、何かあれば奪えばいいという、この身に流れる好戦的で攻撃的な因子が強いからだ、とイブリン王女は言った。
なれば、その因子を薄めればいいと。
三国は三国以外の他の種族との混血を嫌う―――純血主義だ。
だから他の種族との混血を排除してきた。
セーリア神により、セーリア大陸から追い出されたほどの、気質―――それを薄めなければ、どこに逃れたとしても結局は追い出されてしまうだろう。
だから、国全体に誓約という首輪をつける。
一番有効なのは『アースクリス人との混血を迫害しない』ことだと。
それにより、いつかはこの身に潜む因子を薄め、この大陸に本当の意味で同化して行けるだろう。
そして、ジェンド国をこの大陸に存続させるために、『アースクリス国に侵略行為をしない』と誓約をする。
―――イブリン王女が告げた言葉は、最善の道として重臣たちに受け入れられた。
◇◇◇
『やり直しは一度きり』
イブシラ様が語ったその言葉に、クリスティア公爵とアーネストおじい様がぴくりと反応していた。
そしてローディン叔父様もどこかで聞いたことがあるみたいだった。
女神様の花である菊の花で作られた解毒薬。
それをもたらされた際に降りて来た啓示は―――女神様からのものだろう。
たしかにセーリア神の獅子の神獣のイオンも。
『やり直しの機会は一度きりとみえる。女神様は我が神より手厳しい』と言っていた。
「私をジェンド国王の手の者から護ってくれたのも、そして母を毒から救ってくれたのも女神様の花です。―――これはこの大陸の女神様からの啓示であることに気づいた両親は、与えられた一度きりの機会を最善のものにしようと―――ウルド新国王の誓約をジェンド国も踏襲することに決めたのです」
イブシラ様は凛とした瞳でまっすぐに、クリスティア公爵とアーネストおじい様を見て言った。
「私は新生ジェンド国の女王となる母イブリンの名代として、そして次代の女王として誓約を致します。『新生ジェンド国は、アースクリス国に侵略行為をしない』ことを誓約致します」
―――イブシラ様がそう言った瞬間、書記官がテーブルの上に置いた文書が目の前で光った。
「「「―――えっ!?」」」
突然、文書が輝き、光のおさまった文書には、虹色に輝く文字で文言が刻まれていた。
その文書には、虹色に輝く文字で、新しき女王としてイブリン様の名と、王太女―――次の女王としてイブシラ様の名が刻まれていた。
そして、イブシラ様が先ほど宣言したおふたりの信念が、書記官の作成した文言の下に、虹色に輝く文字で刻印されていた。
刻々と色を変えるその文字が―――誰の御業であるか、誰も何も言わなくても明白だった。
「?? せーりあのしんじゅうしゃま?」
文書の上部の左右にさっきまでなかったものが、見えた。
「!! ―――これはセーリア神の神獣様だね。銀色の梟と―――そして、こちらは金色の獅子」
クリスティア公爵が文書の左側に獅子の神獣と、右側に梟の神獣が刻まれていることを示した。
「しょれと、すかし? きくのはながみえりゅ」
それはぱっと見には分からなかったらしく、アーネストおじい様が文書を手に取った。
ああ、やっぱり。書類を確認しているアーネストおじい様の手元を覗き込むと、紙全体に菊の花が透明にすかしのように現れていた。
「―――ああ、確かにキクの花が見える。セーリアの二柱の神様だけでなくアースクリスの女神様方も、イブリン様とイブシラ様を、ジェンド国を担う人物だとお認めになられたということだろう」
―――次のジェンド国を担う者が神様によって定められた。
ウルド国のアルトゥール王をはじめ、三国の新たな王は天上の方々に見いだされ、それぞれに導かれているのだろうと思わざるを得ない。
おそらく、イブシラ様のご両親がグリューエル国で学び、そこで出会ったことも、イブシラ様がグリューエル国やアースクリス国などの外国で長い間学んだことも、これからのジェンド国を正しく導くために必要なことだったのだろうと思う。
「―――セーリア神とアースクリスの神様が見ておられるということですわね。心強いですわ」
イブシラ様の瞳に強い意思の光が宿った。
凛としたオーラが見える。
イブリン様の後を継いで、イブシラ様がジェンド国の女王様になる。
イブシラ様なら間違いなくきちんとジェンド国を率いて行けるだろうと思う。
◇◇◇
「すごいですわ! アーシェラちゃん!! ただの四角い布が鳥になりましたわ」
イブシラ様の侍女さんが手放しでほめてくれた。
文書への署名が終わった後、イブシラ様とクリスティア公爵、リンクさんがジェンド国の現状を、そしてローディン叔父様も加わってウルド国での復興支援の話をしている。
そうなると暇な私は、アーネストおじい様とイブシラ様の侍女さんと一緒に、ポシェットから取り出した聖布で鶴を折っていた。
だって。手持ち無沙汰だったんだもの。
聖布を手に三角に折って、さらに三角、三角を開いて四角に、と折り込んでいくのを不思議そうに見ていた侍女さんとアーネストおじい様。
次々と折り込んで、首の部分を折り、羽の部分を広げると完成。
ふたりとも、四角い平面の布が立体的な鳥になったのが驚きのようだった。
侍女さんは拍手喝采だ。
「ほんとうにすごいですわ!」
「こりぇ、つる」
「ああ、久遠大陸にいる鳥だな。平和の象徴にして瑞鳥と言われている」
アーネストおじい様が『鶴』という名を聞いて気が付いたようだ。実は以前王宮の図書館の絵本に久遠大陸のものがあって、それを読み聞かせしてもらった絵本の中に鶴が出て来ていたのだ。
「しょれでしゅ。―――あい、おじいしゃま。ぷれじぇんと。こっちはれいちぇるおばあしゃまに」
「ああ、嬉しいな。ありがとう」
アーネストおじい様は嬉しそうに金色の聖布で作った折り鶴を手のひらに乗せた。
「あい、じじょしゃんも。ぶじにじぇんどにかえれりゅように。おまもりでしゅ」
「まああ! ありがとうございます!」
もちろん、イブシラ様にも。ご両親にもあげたいとイブシラ様に乞われたので、お母様のイブリン王女様とお父様のマーレン公爵様の分も作って渡した。
「おや、お守りなら私も欲しいな」
クリスティア公爵が羨ましそうに言ったので、もちろん一折一折心を込めて作った。
ローディン叔父様とクリスフィア公爵は大きなケガもなく無事にウルド国から帰ってきてくれた。
それでも、リンクさんやクリスティア公爵が絶対にケガをしない、無事に帰ってくるという保証はないのだ。
だから、私に出来ることは祈ることだけだ。
リンクさんが無事に帰ってきますように。クリスティア公爵が無事でありますように、と。
「あい、くりすてぃあこうしゃくしゃま! ぶじにかえってきましゅように!」
「!! ―――ああ。ありがとうな、アーシェラちゃん」
折り鶴を渡すと、クリスティア公爵が何故か目を瞠り、そして優しく微笑むと頭を撫でてくれた。あう。気持ちいい。
撫でられていたら、急に眠気がきた。
「―――ふにゅう……ねみゅい……」
「ああ、眠くなったのだな。ほら、おいで。―――おやすみ、アーシェラ」
アーネストおじい様が優しく笑い、私を抱いてぽんぽんとしてくれたので、すぐに寝落ちしてしまった。
このすぐに眠くなるのはどうにかならないものかな。
―――幼児だから仕方ないか。
―――翌日、菜の花まつりの迷路や菜の花ドーナツを堪能したイブシラ様は、ひと月後祖国のジェンド国へと旅立った。
―――リンクさんも一緒に。
お読みいただきありがとうございます。




