149 ジェンド国のじょおうさま 2
「私は、グリューエル国から―――外からアースクリス大陸の戦争を見てきました。グリューエル国の人々から見ても、アースクリス国に対する三国の所業は目に余るものがある、と言われていました。『あのような者が国王で民が哀れだ』と何度も何度もたくさんの人から聞きました。ジェンド国の王家の血を引く私には、耳に痛い言葉でしたが……本当にその通りです」
「数年前、毒に侵された母から悔恨をにじませた手紙が届きました。王位を弟に譲ったのは過ちだったと。民を苦しませてしまったのは自分の罪でもあると。だからこそ、弟であるジェンド国王を討つのだと、反乱軍蜂起の決意表明を記した手紙でした。そして私も――小舟でジェンド国から脱出し、貿易船に拾われてグリューエル国に亡命してきたジェンド国の人たちに会って―――決めたのです。遠いグリューエル国で息をひそめて戦争が終わるのをただ待っているのではなく、『戦争を終わらせにジェンド国に行く』と。ですので、グリューエル国の国王陛下を通して、アースクリス国に願い出た次第です」
イブシラ様は強い光を宿した瞳でそう言った。
「―――私はアースクリス国に受け入れてもらい、この一年ずっとアースクリス国内で勉強をさせていただきました。そして、クリステーア公爵を通して両親と連絡をとってきました。―――私は、アースクリス国軍と共にジェンド国に戻り、両親と共に反乱軍の旗印になるつもりです。その為にずっと準備をしてきました」
「―――決心は変わりませんか?」
クリスティア公爵が真っすぐにイブシラ様の瞳を見た。その問いにイブシラ様は強く頷いた。
「はい。先日、アースクリス国王陛下に申し上げた通りです。―――私はグリューエル国で帝王学を学んでまいりました」
帝王学。それは、イブシラ様自身に王位につく意思があるということだ。
「半年ほど前、アースクリス国の王妃陛下より毒に対する特効薬が出来たと解毒薬をいただきました。そのおかげで毒に侵されていた母の身体が完全に治癒したのです。まだ敵を欺くためにベッド生活をしているように見せかけていますが。―――母が完全復活した今なら、ジェンド国王を叩くことが出来ます!」
イブシラ様は本当に嬉しそうに笑った。
ジェンド国王を倒しても、毒に侵された身体ではイブリン王女様の即位は難しく、また即位できても在位期間は短いだろうと憂慮されていた。
せっかく有能な女王が誕生しても健康面は不安しかない状態だった。それに戦後の動乱期をしっかりと乗り越えられなければ、すぐに足をすくう輩が出てくるだろう。
それはイブリン様を支えてきた忠臣たちがずっと抱えてきた不安だった。
だが、半年前、アースクリス国から新薬がもたらされ、イブリン様の体中にまわっていた毒素が消え健康な体を取り戻したことで、憂いが消え、イブリン王女のもとで反乱軍の士気が高まっているとのことだ。
お母様の身体が良くなってよかった。毒の特効薬って、それ菊の花の解毒薬だよね。
菊の花は食すだけで、闇の魔術師がかけた強力な魔術の毒をも消すくらいだ。
人が作った毒くらいは簡単に消し去り、毒で傷ついた身体をも癒してくれるだろう。
「両親と私は、学術国であるグリューエル国で学び、―――我がジェンド国をはじめとする三国の正しき歴史を知りました。―――だから、セーリア神信仰が間違っていることも知っています」
イブシラ様は壁画を見て感動の言葉を漏らしていたから、ちゃんとジェンド国や三国のしてきた事実を受け入れていたのだろう。
「ふた月ほど前、デイン領でサンダーさんというセーリア神の神官様と引き合わせていただき、クリスウィン公爵領であったお話を聞かせていただきました。そして、これからウルド国に行くということをサンダーさんから聞きました。それが、女神様とセーリア神の御心だということも。私も―――女神様から神託のようなものを受けましたので、戦争が終わった後は、ジェンド国でサンダーさんと同様のことをしたいと思っています」
「めがみしゃまの、しんたく?」
首を傾げていると、クリスティア公爵とアーネストおじい様が頷いた。
「そうでしたね。―――その時のことを、詳しく教えていただけますでしょうか」
どうやらクリスティア公爵とアーネストおじい様はその話を聞いたことがあるみたいだ。
「はい。―――私は―――デイン領で、キクの花が一斉に咲くのを見たのです」
一斉に菊の花が咲いたところを見た? それはうらやましい。
私は咲き誇った花畑は見たことはあるけれど、咲く瞬間は未だに見たことが無かった。
でもそれが何で神託なんだろう?
「私は、現ジェンド国王家を倒すと決心をしてアースクリス国に来たとはいえ―――ずっと、悩んでいたのです。本当に私に出来るのか、と。―――何度も何度も悩みました。―――そしてそんなある日、仕事場から屋敷へ戻る途中で、ジェンド国の手の者に馬車を襲われたのです」
「え!? そんなことがあったのですか?」
驚いたローディン叔父様に、リンクさんが苦い顔をして言った。
「デイン領は海に面している。いくらこちらが目を光らせていても玄人であれば抜け穴を見つけて侵入できるだろう」
イブシラ様が滞在していたデイン領の屋敷は、西側にある加工場から教会を通り過ぎた東側にあったそうだ。
屋敷や仕事場は厳重な警戒態勢を敷いているので、道中を狙われたということだ。
「綿密に計画をしていたらしく、あちこちから次々と私を捕えるための人が出てきたのです。護衛の人たちが私と侍女を逃がしてくれましたが、あっという間に追いつかれそうになった私はキクの花畑に飛び込んで身を隠したのです」
イブシラ様を絶対に捕縛しようとかなりの人数が送り込まれたらしく、数名の護衛では対処しきれず、途中で背格好が似た侍女が自ら囮になりイブシラ様を逃がしたそうだ。そこから先はイブシラ様ひとりで逃げるしかなかった。
ジェンド国からの侵入者は、ジェンド国王からの命令で侵入して来ていた。
イブシラ様を捕えて反乱軍を指揮しているマーレン公爵夫妻を脅すための切り札にしようとしていたらしい。
「私が飛び込んだところは、まだ花畑が十分に形成されていない少しまばらだったところでしたが―――足をくじいた私はもう動くことができなかった。『どうか見つからないように』と願うことしか出来なかったのです。―――そうして地面に伏せて息を殺していた私の目の前で、地面からいくつものキクの芽が出たかと思うと、一気に茎と葉を伸ばして花を咲かせ、本当にあっという間に私を囲むように―――まるで、私を追手から覆い隠すかのように、すっぽりと隠してしまったのです」
「あの教会の花畑でそんなことがあったのか……」
リンクさんがポツリと言うとローディン叔父様が、ウルド国でも似たようなことがあったのだと話していた。
「護衛の人達が追い付いて、ジェンド国の手の者を切り伏せて助けてくれました。―――あの時の奇跡としか言えない出来事は―――絶対に忘れられません」
「そして、その事をクリステーア公爵にお話しした時に教えてくださったのです。キクの花が女神様の花であることを。そこで―――アースクリス大陸をお創りになった女神様が私を助けてくださったことを、確信いたしました」
イブシラ様は両手を胸に当て、目を瞑って頷いた。
「『女神様は必然を与える』と言われています。私がグリューエル国で学ぶことになったのも、そこで国の真実を知ったことも。帝王学を学ぶことを選択したことも。アースクリス国で民の為の政治をするという学びを得たことも―――すべて必然だったのです」
「女神様は私を助けてくださった。―――今のジェンド国王と王家を倒し、ジェンド国の上に立とうとしている私を。―――それで、決心したのです」
イブシラ様は顔を上げて、クリスティア公爵とアーネストおじい様を真っすぐに見た。
「私の母は、弟であるジェンド国王と王家を倒し、女王となり―――私は、その母の跡を継ぎ女王となります」
その瞳には強い光が宿り、力に溢れていた。
「承知しました」
クリスティア公爵とアーネストおじい様がイブシラ様の言葉を受け止め、ゆっくりと頷いた。
「―――本日、セーリア神の二柱の神様のもとで約定をかわす。私、ソルティーク・クリスティアは、アースクリス国王の名代として、イブシラ・マーレン公爵令嬢をジェンド国のご両親の元まで無事に送り届けます。そして、母君のジェンド国女王即位を手助けすることをお約束します」
クリスティア公爵の声に力がのった―――これは、言霊だ。
二柱の神様がおわす神殿を会談場所に選んだのはこのためだったのか。
口約束ではなく、アースクリス国としてジェンド国の次代の女王を認めるという文書を交わす。
それは侵略ではなく、アースクリス国がイブリン王女率いる反乱軍に兵力を貸すという契約を交わす為だったと気づいた。
ウルド国への侵攻は最終的には新王アルトゥール王との共闘となったが、ジェンド国への侵攻は、最初から、イブリン王女が現政権を倒すための助力という名分を掲げるということだ。
そしてこれは、イブリン王女からの正式な要請であったという。
アースクリス国の国王陛下が宣言したことは、『戦争を二度と起こさないための戦いにする』ということだった。
その為に三国の現王権を潰し、戦いの芽が二度と芽吹かないようにするのだと。どうやるのかは私にはわからなかったけれど、ウルド国は新王のもと『アースクリス国へ侵略行為をしない』と誓約をしたことで、ウルド国は国を存続することが出来―――アースクリス国は、ウルド国間の争いの芽を消すことが出来た。
女神様が助けたイブシラ様ならば、形は違えども、ジェンド国もウルド国と同じ様に持って行けるだろうとアースクリス国王は判断し、イブリン王女率いる反乱軍の助力をすることを決めたのだろう。
「ありがとうございます。私たちは必ず現ジェンド王家を倒し、民を救う治世をします。セーリア神の二柱の神様、そしてアースクリスの女神様方に―――お誓いします」
イブシラ様が立ち上がりセーリア神の二柱の神様が描かれている壁画に向けて、深く礼をした。
「そして、正しき信仰に戻すことも―――お誓い申し上げます」
その誓いの言葉に、イブシラ様の言霊が乗った。
お読みいただきありがとうございます。




