145 フラウリン領はかくれざと
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デイン領は海に面しているため、漁業が盛んでそれに伴って加工品も多く製造している。
カインさんの案内で、ローディン叔父様とリンクさん、そしてローズ母様と一緒に滞在中いろんな加工場を見て回った。
もともとあったツナ缶もどきを作る加工場に、小魚や小さなエビを処理して乾燥させる加工場。
コンブの加工場とか塩を作る加工場などいろいろあった。
その中で思いがけず魚のすり身を細い棒に巻き付けて焼いて作ったちくわのようなものを見つけることができたのは嬉しかった。
その他にも色々と珍しいものをもらった。ふふふ。見学って楽しい。
加工場の一角にある事務所奥の所長室という所で休憩していると、大きなガラス越しに先日教会に居た人たちが数人加工場を見学しているのが見えた。
基本的にデイン伯爵家の人しか入れない所長室のガラスは実は魔道具で、前世で言うマジックミラーのようになっている。
この部屋から、魔道具のスイッチを切り替えすることで工場の中が見え、声が聞こえるようになっている。そして反対側の加工場からは壁にしか見えないのだそうだ。もちろんこちらの声は決して外に漏れることはない。
入室してきたカインさんが雇用契約書の原案を一部リンクさんに渡していたので、おそらく教会にいた難民の誰かが加工場で働くことを決めたのだろう。
リンクさんが見ていた書類を覗いてみると。ふむ。きちんとした雇用契約書で安心した。
正当な賃金と勤務時間、休日、残業手当もきちんと出すのだね。
雇用期間や更新の有無も明記してある。
うん。まっとうな雇用契約書だ。
「マーレンさん。これが契約書です。内容を確認して、彼女たちに説明をお願いします」
魔道具のガラスの向こうでカインさんに声をかけられた女性は、年のころは20歳前後。明るい茶髪に茶色の瞳の、とても綺麗な顔立ちの女性だった。
肌色からすると、ジェンド国の人だと思う。
加工場で働いている人たちは、髪の毛が落ちないように布で頭を覆っているが、彼女は長い髪をアップにして束ねていただけだ。それに事務所の人たちと同じ上着を羽織っているから事務員として働いているのだろう。
彼女の立ち姿はとても美しく、凛とした雰囲気に目がひきつけられた。
「まあ、綺麗な方ね」
ローズ母様が言う。確かに、マーレンさんという人は洗練された所作で、立ち居振る舞いが美しい。
カインさんに渡された書類をめくる所作も、文字を追うその視線の動きも。
あれ? マーレンさんって―――綺麗だけど、他の人と違う。
―――何ていうか気高さを感じる。
ここは難民の人たちが多いけれど、彼女は絶対に難民に見えない。
「カイン。あの女性も難民なのか? そうは見えないが」
ローディン叔父様とリンクさんもマーレンさんが気になったらしい。戻ってきたカインさんに問いかけた。
「マーレンさんですね。ご推察の通り、避難民ではありません。ご領主様が昨年末頃に王都からお連れになりました。身元はしっかりしているからしばらく預かってくれと。主に難民の方々の世話をしてもらっています」
「へえ、親父が」
「マーレンさんは学術国に留学していたジェンド国の貴族のお嬢様だそうですが、ジェンド国に戻りたくないと学術国のある大陸から亡命されてきたそうです」
ジェンド国の貴族のお姫様だったのか。なるほど、それで気品があったわけか。
「って、それって結構厄介だな」
「ええ。マーレンさんはこのまま学術国にいると有無を言わさずジェンド国に連れ戻されてしまうと、学術の国グリューエル国の高官を通して、クリステーア公爵に助けを求めて来たそうです」
「クリステーア公爵は外務大臣でもあるからな」
「はい。クリステーア公爵が直接グリューエル国に赴かれ、ご本人の意思を確認したうえでアースクリス国に迎え入れたそうです。避難してきた難民のお世話をしたいとおっしゃったので、こちらに。お住まいはデイン伯爵様が用意されたお屋敷に」
「なるほど。姿が見えないが護衛もついているようだな」
「そうだな」
リンクさんの言葉にローディン叔父様が頷いている。
ということは、私に常についている忍者のような護衛がマーレンさんにもついているということだ。
私の護衛さんは姿を見せないけど、ところどころで気配を感じるのだ。
私の護衛さんと同じ気配をマーレンさんの近くに感じたとローディン叔父様とリンクさんが言う。
なんでそんなこと分かるんだろう? 不思議だ。
◇◇◇
デイン辺境伯領で数日間を過ごした後、陸路でフラウリン子爵領に向かった。
船旅よりは馬車の方がそんなに馬車酔いしなかった。よかった。
領境の林を抜けると、眼前にフラウリン子爵領を代表する花が広がっていた。
どこまでも続くかと思わせる、一面の黄色と緑。
「なのはなばたけ~!!」
奥には豆などのいくつもの花が色とりどりに咲いているのが見えたけれど、一番はこの菜の花畑の黄色だ。
「しゅごい! しゅごーく、きれい!!」
このどこまでも続く黄色と緑の絨毯は圧巻だ。
「ね? 綺麗でしょう!!」
手放しで喜んだら、マリアおば様も嬉しそうに笑った。
馬車の窓から畑で働いている人たちが見える。
あれ? なんだか肌の色が濃い人たちがいる。
それに体格のいい男性もちらほらといる。
「なんみんのひと。ここにもいりゅ?」
「そうね。デイン領から受け入れている難民もいるけれど、さっきの人たちはフラウリン子爵領の領民よ」
「? りょうみん?」
「ええ。フラウリン子爵領はね。移民の隠れ住むところでもあったのよ」
「かくりぇる?」
アースクリス国にはそう数は少ないけれど移民はいる。王都の教会であったトムおじいさんも移民だ。
だけど、トムおじいさんはずっと王都で暮らしていたと聞いている。隠れ住んでいたとは聞いていない。そもそもなんで隠れ住む必要があるのだろう?
「三国がアースクリス国を長年敵対視してきたということは知っているわよね? 今は国境周辺は厳重に警戒されているけれど、その前は比較的自由に国を行き来出来たの。―――三国ではアースクリス国人と恋仲になったり、アースクリス国人との間に子供が出来たりすると迫害をするという悪習がはびこっているのよ。―――だから祖国に住めなくなって、アースクリス国に逃げて来たのよ」
唖然とした。なにそれ、アースクリス国人と結婚したら住めなくなるまで虐めるってことだよね。
「過去にはアースクリス国境近く―――いえ国境を越えてまで執拗に追いかけたりして来る悪辣な者もいたわ。だからアースクリス国人と婚姻したり、混血の子を持つ移民の人たちは、国境に近い土地や海辺、川辺の土地に住むのを避けて、奥まった内陸部でもあるこのフラウリン子爵領に逃れてくるようになったのよ」
「ひどい! いじめっこ!!」
村八分も極まれりだ。住み慣れた土地を追い出すようなことをした挙句、国を越えてきてまで迫害しようとするなんて、なんて性格が悪い人がいるんだ。
マリアおば様は『酷いわよね。ほんとうに』とため息をついた。
フラウリン子爵領は内陸部に位置する為、農業が主流だ。
菜の花、紅花、綿花、ひまわり、トウモロコシ、それに豆類。
オイルがたくさん採れる植物が多い。
食用油は一般的に高い。オイルに精製するのが大変だからだ。
フラウリン子爵領は定期的に流入してくる移民の仕事を作るために、畑を増やし、加工場を増やすということを長年続けているうちに、国一番のオイルの産地になったのだそうだ。
ふわ~。すごい。
フラウリン子爵領はずっと昔からそうやって移民を受け入れてきたとのことだった。
だから、ここは他国人も他の領地と比べたら多いし、混血児も多いのだそうだ。
「だからね。フラウリン子爵領には三国からの移民者が心のよりどころにする、セーリア神の神殿があるのよ」
そうなんだ。それはそうだよね。
「アースクリス国では、女神様の神殿の近くにセーリア神の神殿を建てるという風習があってね。ほら、クリスウィン公爵領も同じよね」
そうだ。クリスウィン公爵領も国境から遠い内陸部に位置している。
もしかしたら同じような経緯で神殿が建てられたのかもしれない。
「まあ、こんな内陸部まで追ってくるような奴は相当な悪党だろう」
リンクさんがそう言うとローディン叔父様が『そうだな』と頷いていた。
見渡す限り、満開の黄色の花を咲かせている菜の花畑の中で、多くの人が作業しているのが見えた。
あれ? 油を採るための刈り取りなら時期的にもう少し後ではないのかな?
と思っていたら、マリアおば様が。
「明後日、菜の花まつりがあるのよ。菜の花はとっても背が高いから一部を刈り取って迷路にしているのよ。なかなか抜け出せないのが面白いの」
菜の花畑の迷路!!
「おもちろそう!!」
「ええ。ちょうどいい時に来れてよかったわ。いろいろなお店も出るの。とっても楽しいわよ」
「たのちみ!!」
「だからポルカノ料理長たちがついてきたんだな。デイン家からの出店要員か? 母上」
「その通りよ。それにアーシェラちゃんの新作もうちのフラウリン子爵領の料理人に仕込んでもらうことにしているの」
戦争中は菜の花まつりを自粛してきたが、今年はウルド国との戦争が終結したということで数年ぶりに祭りを開催することにしたとのことだった。
「まだまだ戦争は終結してはいないから、小規模で開催するのよ」
たぶんマリアおば様は、リンクさんが来月ジェンド国に出征するから、励ます意味も込めて開催するんじゃないかな、と思う。
菜の花まつりは、今までは周辺の他領地からの出店もあったけれど、今回は小規模での開催ということでフラウリン子爵領の特産物を販売するお店と軽食の出店、そしてデイン領からのお店だけに限定となった。
なのでポルカノ料理長と料理人さん二人がデイン領からの出店要員として一緒にフラウリン子爵領に来たそうだ。
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