141 はるのめぐみ
更新の間があいてしまいました。(^^;)
これから数話あまり間を置かずに更新します。
よろしくお願いします。
海から少し離れた内陸部。
今日は皆でデイン領の田んぼを見に来ていた。
広大な耕作地には様々な畑があり、その一角に新しく田んぼが作られていた。
見渡す限りの平坦な畑と田んぼ。そして草原と林。
まるで前世の日本を見ているようだった。
「順調のようだな。ちゃんと分けつもしているしな」
リンクさんとローディン叔父様が田んぼの中に入り、生育状況を確認している。
ホークさんやデイン領の農民さん達も一緒だ。
「本当に水に浸かりっぱなしで大丈夫な作物なんだな」
「数本ずつ植えたのが増えて何倍にもなってる」
そう、稲は分けつして一本の苗が20数本にもなるのだ。
稲作一年目の農家さん達が感心して頷いているのを、私は少し離れたところから見ていた。
―――私は去年の底なし沼事件(?)によって、水の張ってある田んぼに入ることは禁じられている。
デイン伯爵領の田んぼは一年目。一年目の田んぼは深さが一定ではないのだ。
私としても去年のように深みにはまって恐慌状態に陥るのは勘弁だ。
ということで。
代わりに田んぼの近くの開けたところで、わらび採りにいそしんでいる。
ぷちぷちぷちぷちと。
楽しい~~!
今年の初めにクリスウィン公爵領でわらびを見つけてから、バーティア領でのわらび採りを楽しみにしていたけど、王都のバーティア商会支店の立ち上げ準備からオープン、その後の状況確認などで王都に出向いたりと忙しかったせいで、楽しみにしていたバーティア領でのわらび採りが出来ていなかったのだ。
―――ふた月ほど前、わらびの毒抜き方法が、王家の名でアースクリス国全土に通達された。
毒抜きの手順、料理のレシピ、保存食にする方法など。
それまで駆除が厄介な毒草ということで、嫌われ者扱いだったわらびが食材になるという事実に、貴族も領民も皆が皆驚愕したという。
毒抜き方法は、一番に灰。もう一つの方法で食用の重曹。
どの家にも暖炉があるので、灰の方がお金もかからず、しかも灰を有効活用できるため、灰が推奨された。
わらびは毒抜きさえ出来れば、立派な食材である。
スープに入れても炒め物にしてもいい。
しかも、塩漬けにすれば保存食になるのだ。
通達されたおかげで、毎年焼き払われていたわらびの群生地は、今年はわらびを心待ちにしている人たちで賑やかになっているらしい。
この耕作地の脇の草地にもたくさんわらびが生えていて、少し離れた場所でも女性や子供たちが楽しそうにわらびを摘んでいるのが見えているし。
どうやらちゃんと、わらびが春の食材として受け入れられたらしい。ふふふ。よかった。
「なんだかおもしろいわね。わらび採りって」
マリアおば様が初めてのわらび採りを楽しんでいる。
私もわらびを摘む時のポキっという感触が楽しい。
今年の春はわらびの群生地が焼き払われなかったおかげで、今までこっちの世界で見たことのなかったものがいくつも見えていた。
マリアおば様やローズ母様がわらびを摘んでいる。―――じゃあ私はこっちを摘もう。
わらびのすぐ横に生えていたお目当ての緑の葉は、背丈が30cmくらいで葉の裏側が白っぽい。葉っぱの新芽部分を摘むと、独特の香りがした。
「あら? アーシェ何を摘んでいるの?」
私用のかごに入ったものを見てローズ母様が首を傾げた。
「よもぎ!」
やわらかい新芽の部分を摘んでローズ母様に見せた。
「ああ、よもぎ。それ薬草だよ。止血したり、あと貧血にも効くし腹痛にも効く」
田んぼから上がってきたホークさんがそう説明する。
「まあ、薬草なのね。そういえば薬草学で見たことがあるわね」
「実際に生えている場所は見たことはなかったけれど、こういう所に生えていたのね」
ローズ母様とマリアおば様がそう言う。薬草学で採取されたものを見ていたけど、生息地までは知らなかったらしい。
よもぎはお茶にしてもいいし、身体を温める効果があるからお風呂に入れてもいい。
でも。やっぱり。よもぎの新芽といえば。
「てんぷらにしゅる!」
「「てんぷら?」」
「たいりくのおみやげのごまあぶらであげるとおいちい」
デイン家の厨房とお土産の箱の中で見つけたのだ。
しっかりと漢字で『胡麻油』とラベルに書いてあった。天ぷらのイラストも。
「よもぎを食べるのか? ……まあ、薬に出来るんだから、身体に害はないよな」
「おいちいよ?」
「アーシェがそう言うんだから美味いだろうな」
「よし。それなら採っていくか」
田んぼから上がってきたローディン叔父様とリンクさんも加わって、よもぎの新芽の部分をたっぷりと摘んだ。
「わらびを根絶やしにする為にこの周辺を焼き払っていたけど、わらびもよもぎも食べられるのねえ」
マリアおば様が辺りを見回して感心していた。
たっぷりと皆でわらびとよもぎを採った後、ホークさんに抱っこをしてもらった。
「これもとりゅ」
指差したのは、とげのあるひょろりとした木。タラの木だ。
「これも薬用で、胃腸に効くやつだよね」
そう。前世ではタラの木の樹皮や根皮が糖尿病に効くと聞いて、父親の為によく煎じてお茶として飲んでいた。
「わかいめのぶぶん。たべりぇる」
私は前世で、春になると母と二人でわらび採りに行くのが楽しみのひとつだった。
そして、わらび採りをした場所の近くにタラの木の群生地があって、若芽をたくさん採り、天ぷらにして美味しく食べた。懐かしい思い出だ。
そして私は春の山菜のなかで、タラの芽を天ぷらにして食べるのが一番好きだったのだ。
だから、ひょろりと生えたとげのあるタラの木がたくさん生えていて、その木に新芽を見つけた瞬間に『タラの芽の天ぷら!!』と心を鷲掴みにされたのだ。
よもぎもあるし。春の山菜で天ぷらが食べた~い! と。
「そうなのか~。どれ、高い位置だから俺が採るよ」
ここら辺は毎年わらび撲滅のために焼き払われていたので、タラの木も若い。
あちこちに生えていてたくさん採ることができた。
今日の夕食は、よもぎとタラの芽を大陸のお土産の胡麻油で天ぷらにすることに決定だ。
田んぼの視察が終わり、わらびもよもぎもタラの芽もたっぷりと摘んでほくほくしながら、デイン邸に戻ることになった。
その道中に、菊の花が根付いたという教会があるということだったので、寄ることにした。
それに菊の花も夕食の食材にしたかったので、ちょうどいい。
畑からの帰り道、馬車は海にほど近い高台にある白亜の教会に着いた。
この教会は、ウルド国、ジェンド国、アンベール国の三国から逃れてきた難民の一時受け入れ場所になっているという。
難民が次々と流れ着いていると聞いていたので、教会は難民で溢れかえっているのかと思ったら、今は20数名いるとのことだった。
「これまでに来た人たちは、加工場の近くに建てた共同住宅に移り住んでいるんだ。ここにいる人たちはまだ避難してきたばかりで、リハビリ中という感じだな」
なるほど。教会にいるのは、まだアースクリス国に来たばかりの人たちということなのか。
「ウルド国からの難民は、戦争が終わってから難民の新しい流入はないし、少しずつウルド国に戻って行ってるんだ。ジェンド国、アンベール国からは変わらずこうして助けを求めて入ってくるが、ウルド国からの難民がいない分少なくなったな」
「しょうなんだ」
聞きながら礼拝堂の中に入ると、お年を召した司祭様が突然の領主家族の来訪に驚いていた。
それを横目に、祭壇にたっぷりのドーナツを捧げた後、手を組んで祈った。
ローディン叔父様が無事に帰ってきたことへの感謝と、次に出征するリンクさんの無事を。
そして、デイン辺境伯領がもう二度と戦火に巻き込まれませんように―――と。
―――昨日、川を下ってデイン辺境伯領に入ったあたりで、船の上からリンクさんが遠くを見て祈りを捧げていた。
遠い視線の先には、いくつも共同墓地があるとのことだ。
それは5年前のデイン領襲撃の際の、戦没者の共同墓地だった。
ウルド国、ジェンド国、アンベール国の三国から一斉に襲撃され、多くの犠牲者が出た。
デイン辺境伯領の国境線あたりで何とか食い止めた為に領民の犠牲者は殆どいなかったが、従軍していた人たちがたくさん亡くなった。
からくもアースクリス国側が三国を撃退したが、敵も味方も多くの人の命がデイン辺境伯領で散っていったのだ。
もし、またデイン領が戦火に巻き込まれたら、辺境伯領の領主であるデイン伯爵や次期伯爵のホークさん、元伯爵のローランドおじい様がまたもや先頭に立ち、戦うのだ。
万が一でも攻略されてしまったら、大好きなマリアおば様やデイン伯爵をはじめとするデイン家の皆の命は失われてしまう。
大事な人たちがこれ以上危険な目に遭うのはイヤだ。
だから、時間をかけて女神様にお願いした。
早く争いの火種が消えますように、と。
お読みいただきありがとうございます。




