140 そのあじにまいりました
誤字脱字報告ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
―――それは大きなアジだった。
アジの美味しい食べ方といえば、私の中ではまず一番にアジフライが来る。
すっごく美味しい。
ああ。アジフライが食べたい~!
と。いうことで。
「あじ、ほちいでしゅ」
「海鮮丼のように刺身にするのか?」
リンクさんの問いに首を振る。
「あじのおしゃしみもいいけど。あーちぇはあじふらいのほうがしゅき」
「揚げるのか!?」
フライとは揚げるという調理法だということを知ったリンクさんが目を輝かせた。
「のうこうそーすとか、たるたるそーすでたべりゅとしゅごくおいちい」
「よし! 揚げ物は美味いからな!」
「まあ! 揚げ物ね!」
リンクさんとマリアおば様がとっても嬉しそうに声を上げた。
「揚げ物といえば、アメリカンドッグもフライドポテトも美味かったな。うちでもバーティアの店と同じフライヤーを購入したぞ」
意気揚々とローランドおじい様が言った。店と同じフライヤー? あれって業務用の大きいやつだったような……
まあ、デイン伯爵家ともなれば従業員の分も含めれば大人数だから業務用でもおかしくないのか。
さて。料理人さんたちにアジを三枚おろしにしてもらい少量の塩コショウで下味をつけておく。
じゃあその間に。
「かたいぱんありゅ?」
「ございますよ。明日ラスクにしようと思っていたのですが」
大き目の丸いパンが何個かカチコチの状態で用意された。
うん。これならたくさんのパン粉が作れるだろう。
「しょれ、すりおろちてくだしゃい」
「はい?」
料理人さん達が固まった。せっかく作ったパンをすりおろす意味が分からないのだろう。
固くなってしまったパンは、ラスクにする他にもこういう方法があるんだよ。
「すりおろしてどうするんだ?」
リンクさんとローディン叔父様が聞いたのでにっこりと笑って答えた。
「おいちいあげもののころもになりゅ」
「なるほど」
「分かった」
リンクさんとローディン叔父様が戸惑っている料理人さんたちをよそにパンをすりおろしていった。
「あじにこむぎこ、たまご、ぱんをすりおろちたぱんこをじゅんばんにちゅけて、あげる」
調理工程を省くバッター液を作ろうかとも思ったけど、あちらは衣がしっかり付き衣がぶ厚くなる。
どちらかというと、私は軽い食感の方が好きなので、工程がひとつ多い定番の作り方にすることにした。そのほうがバッター液を纏わせるよりヘルシーだ。
リンクさんとローディン叔父様が手際よくアジに衣を付け、あっという間にフライパンで揚げはじめた。
それを見た料理人さん達も慌ててパンをすりおろして業務用のフライヤーで揚げ始めた。
―――この国にパンからパン粉を作るという概念はなかったらしい。
食べたらその衣の美味しさに驚くよ?
ジュワッと音を立ててアジフライが揚がっていく。3分程揚げて余熱で火を通す。
「この揚げている音がいいな~」
「ああ。美味しそうな色に揚がっていくな」
ローディン叔父様には、アメリカンドッグやフライドポテト、ドーナツを帰ってきたその日に、バーティア商会の王都支店で披露した。
バーティア商会王都支店の行列が出来る程の繁盛ぶりを見て驚いていた。
お隣のツリービーンズ菓子店でのドーナツのロイヤリティの件については、話を聞いたローディン叔父様に『私の天使』とぎゅうっと抱きしめられた。うれしい。
さあ、付け合わせのレタスの上に、揚がったアジフライをのせて完成だ!!
「あげたてあつあつがおいちい!!」
「よし! 食べよう!!」
業務用フライヤーのおかげで一度にたくさん出来たので、皆で試食だ!!
いただきますをして、ぱくり。
パン粉を纏わせて揚げた、サックリとした食感の後に、ふわっとした魚の食感と味が後を追う。
「おいちい!」
アジは漢字で魚へんに参と書く。
その美味しい魚に参った、というのが名前の由来のひとつらしい。つまり、鯵イコール、美味な魚なのだ。
私はそのアジフライを、とんかつソースそっくりの濃厚ソースで食べるのが大好きだった。
「アジフライうっまいな!!」
「カチカチのパンが衣になるとは。しかもソテーするより中がふっくらとしていて美味い」
リンクさんとローディン叔父様が二枚目をほおばる。ローランドおじい様も同様だ。
「濃厚ソースがすごく合う!」
「タルタルソースもです! おいしいです!」
「今まで焼くかボイルだけしかしてこなかったけど、魚を揚げるのもいいですね!!」
「パンをすりおろしたパン粉がサクサクしてすごく食感がいいです!」
うん。お魚のフライ本当に美味しいよね。
「あーちぇ、えびふらいとイカフライもしゅき」
それとホタテのフライも美味しいよ、と言ったら。
「「「やりましょう!!」」」
ザっと、料理人さん達が立ち上がった。
そして、さっきの海鮮丼の具材が今度は揚げ物になった。
エビは尻尾をつけたまま殻を剥き、イカはリングフライに。ホタテは貝柱をカットせずにそのままの大きさで。
生でも食べられるほど新鮮なので衣が程よい色になったら完成だ。
「エビフライうっま!!」
真っ直ぐに揚がった大きなエビフライ。
「イカフライもホタテフライも美味い!」
「この美味しさは感動だ!!」
ふふふ。美味しいよね!
エビフライはプリっと、ホタテフライはサクッと、イカフライは弾力はあるけど旨味があって本当に美味しい。
好みでレモンを絞って食べたら、さっぱりしてもっと食べられると、皆に好評だった。
「本当に美味しいわ。これ、バーティアでも食べられるといいのに」
「本当だな。バーティアは内陸だからね」
ローズ母様とローディン叔父様が残念そうに話す。
確かに。海で獲れるお魚は、デイン辺境伯領から船で北上し、途中から陸路でバーティア領にお魚が届くのだ。
なので内陸のバーティア領でのお魚といえば川で獲れる淡水魚が主流だ。
バーティア子爵家がデイン伯爵家の親戚ということで、海の魚介が定期的にバーティア領の店頭に並ぶこともあるが、川での漁業を営む者の邪魔することはできないので、競合しない貝やエビだけが店頭に並んでいるのが現実だ。
バーティア子爵領よりもっと北にある王都は、大きな川でデイン領と繋がっている。
王都にあるデイン商会に毎日魚を運ぶ船が出ている。
保存魔法を施した箱に魚が入っているので、魚は新鮮な状態で王都に卸されているのだ。
「いつも通りにバーティア子爵家には保存魔法を施して、魚は送っておく」
ローランドおじい様は数日おきに、バーティア子爵家に保存魔法で新鮮な魚介を送ってくれている。
それはローランドおじい様の一人娘であるローズマリー前子爵夫人や孫のローズ母様やローディン叔父様の為に、用意してくれているのだ。
それはもちろん、バーティア商会の家にも届けられる。
主にエビと貝。お魚はお姫様育ちのローズ母様に捌くことはまだまだ容易ではないからだ。
それに私もまだまだ幼児で大きな魚を捌くのは難しいし。
―――それなら。最初から捌いてもらえればいいかな。
「ころもちゅけたじょうたいで、こおらしぇりゅ。こおったまま、おいるであげるとおにゃじようにたべりぇる」
そう言ったら、ローランドおじい様とリンクさんが身を乗り出した。
「―――! それは面白いな!!」
「やってみる価値がある!!」
さすが、氷結魔法を得意とするデイン伯爵家。
リンクさんとローランドおじい様が揚げる前のものを瞬間冷凍し、カチコチになったものをじっくりと揚げた。
「こういう状態にして冷凍するって目からウロコだな」
「本当に! 味も遜色ありませんね。魚をパン粉を付けた状態で後は揚げるだけで美味しいアジフライやエビフライが食べられるなんて素晴らしいです!!」
「確かに、これはいいな。―――なあ、アーシェラ。この方法でアジフライをはじめとした魚介での冷凍加工品を作りたいと思うのだが、いいだろうか?」
ローランドおじい様が私と視線を合わせ、そう言った。
アジフライの冷凍加工品を作るということは?
「あじふらい。いちゅでもたべれりゅ?」
「もちろんだ。アジはデイン領近海では一年中とれる美味い魚だ。内陸部では海の魚を食べる機会はそうそうない。それならばこうして加工し、冷凍すれば鮮度のいい状態のアジで作った美味しいアジフライを食べられるだろう。各地の商会には保存魔法の箱が無くても、冷凍庫はあるのが普通だから」
なるほど。冷凍庫は家庭にはなくても、店を営む上では必需品だ。
確かに。バーティア商会の店舗にも冷凍庫は置いてある。
―――商会の家にないのが残念だったけど、魔法鞄を誕生日プレゼントにもらったので今はもう不便さは感じていない。魔法鞄にはたくさんアイスクリームが入っている。ふふふ。
「それにね、アーシェラちゃん。デイン辺境伯領には難民がまだ増え続けているから、加工の為に雇うことも出来ると思うの」
マリアおば様の言葉に、ローランドおじい様やリンクさんが頷いた。
そうか! それなら。
「いいでしゅ!!」
「ありがとうな。アーシェラ」
リンクさんが優しく頭を撫で、ローランドおじい様がにっこりと笑顔で。
「いつでも魚や加工品を送ってあげるからな」
「あい! おねがいちましゅ!!」
イカフライもエビフライも全部大好きだ。調理が揚げるだけなんて楽でいい!
その後デイン伯爵が、冷凍加工品のレシピの報酬として利益の一部をくれると言ったので、難民の救済に使ってほしいと言ったら、デイン伯爵とローランドおじい様にぎゅうぎゅうに抱き締められた。
『新しい仕事を作り、彼らに生きていく為の土台を作ったことで十分難民を救済出来ているのだよ』とデイン伯爵に言われ、結局利益の一部を貰うことになった。
―――何だか小金持ちになったみたい。
お読みいただきありがとうございます。




