14 なつかしい家族の味
◇◇◇
私はまだフライパンが使えないので、火を使う調理は母様と料理長のクランさんにやってもらうことになった。
オイルをひいたフライパンにごぼうとニンジンのささがき、秋の味覚のマイタケを入れて炒め、砂糖と醤油を入れた。
醤油の香ばしい香りが堪らない。
「いい香りがしますね」
クランさんが醤油の香ばしい香りに驚いていた。
そう。美味しい匂いだ。
そして、大陸のお土産のお酒を入れる。
食前酒の話の中で米で出来た酒の話が出てきたから、料理酒として喜んで使わせてもらった。
これで深みが出るのだ。わくわく。
後は水戻しした昆布と乾燥シイタケと小魚の出汁を入れて完成だ。
かつお節はさすがになかったので、干した小魚で代用した。
できたのはマイタケ入りのきんぴらごぼう。
出汁と醤油とお酒がいい味を出している。オイルとの相性もよくて照りてりしてる。
ゴマ油があればよかったけど、なかったので仕方ない。
みんなで一緒に試食する。
ああ。懐かしい味だ。
醤油があるからこそ出来る、旨味。
塩だけでは感じることのできない、大豆や小麦などの旨味が含まれた醤油は、食材をさらに美味しくしてくれるのだ。
ゴボウもマイタケも旨味が多い食材なので、お出汁とお酒と砂糖、そして醤油を合わせると旨味たっぷりになる。
「醤油。初めて使ったけど、とっても美味しいわね!」
「甘くてしょっぱくて、なるほど、ご飯にあう。それにゴボウやニンジンからも甘味と旨味を感じる」
「この旨味って、あれか? 干しシイタケと干した小魚と──あと、コンブの戻した水入れてたよな」
「こんぶさん、ほちたしいたけと、おしゃかなと、おにゃじ」
「「コンブも旨味が出るんだな!!」」
ローディン叔父様とリンクさんの声が重なった。
すぐに、ローディン叔父様とリンクさんは私のいいたいことを汲んでくれる。
さっき干したコンブの端っこをかじったら、しっかりと旨味を感じた。
調味すればおしゃぶり昆布ができるはずだ。
一方でクランさんは不思議そうに私たちを見ている。
「さっき言ったように、アーシェはこういうの外さないんだよ」
叔父様がいうと、クラン料理長が複雑そうに笑った。
そして、私たちの試食を見てからきんぴらごぼうを口にしたクランさん、目を丸くした。
「美味しいですね! 甘じょっぱくて、旨味がある!」
小皿にしっかり山盛りにして、目をつぶって噛みしめている。
「こうやって醤油を使うんですね。説明書にはどの料理法でも美味しく出来るとは書いてありましたが、出来ればレシピを欲しかったです」
初めての醤油の料理の旨さに感動している。
説明書にはいくつかの料理の絵と名前が載っているだけで、詳しいレシピが載っていなかった。
醤油はオールマイティーなのだ。
いちいちレシピを載せて行ったらキリがないくらいだ。
おそらく外国での需要がないから説明書が簡略化されていたんじゃないかな。と思う。
きんぴらごぼうを食べて美味しいと分かったためなのか、料理長のクランさんが、三つ目の米の鍋に作ろうとしていた炊き込みご飯の調理を買って出てくれた。
もう一つのフライパンで作ったきんぴらごぼうを、米の鍋に入れ。
ストックされていた鶏ガラのスープを入れ、コンブ・干しシイタケ・小魚それぞれの戻し汁と、出汁コンブをもう一枚と、水戻しした後のシイタケを具材として入れた。
調味料は台を持ってきてもらって、私の勘、つまりは目分量で入れた。
これは前世で作り慣れていたし、カップ何杯とかは正直面倒くさい。
前世では油揚げを具材に入れるともっと美味しくなるけど、こちらにないので仕方ない。
後は酒・醤油・砂糖で調味し、油揚げの代わりにオイルを少し垂らして炊飯する。
私の大好きな思い出の味、炊き込みご飯のできあがりだ。
「ふわああ。いい香りがします~~!」
テーブルの上には白いごはん、ガーリックライス、炊き込みご飯のほか、きんぴらごぼうと、出し汁を使ってつくったアサリの味噌汁が乗っていた。
「どれもこれも、初めての料理です!」
感動の声は、クラン料理長と料理人さんたち。
ごはんの試食には、デイン家の料理人さんたちも参加している。
実は厨房の隅でストック用の鶏ガラスープを作っていた副料理長と料理人さんたちが、じ~っと見ていたのでいろいろ手伝ってもらったのだ。
おかげで品数が増えたのだ。うれしい。
ちなみに増えた料理は少し時間がかかるので、夕飯の時に出す予定だ。
「白いご飯って……美味しいですね……。ほんのり甘くて、パンのように何にでも合いますね」
「このきんぴらごぼうも旨い~~! 白いご飯とすごく合います!」
醤油のラベルにきんぴらごぼうの絵と料理名が書いてあったから、料理名はそのままだ。
それにしても、お米に醤油と味噌。コンブ。
醤油と味噌があるなら絶対糀もある。
米があるなら米酢もあるだろう。
いつかこの国に行ってみたい!
もっともっと私が求める味があるはずだ!
「ガーリックライスも美味しいです!! バターとニンニクがいいですね!」
「「「こっちの、醤油で炊き込んだご飯は、絶品です!!!」」」
料理人さんたちが、それぞれ炊き込みご飯やガーリックライスの入った皿を掲げている。
ディークさんといい、デイン伯爵家の料理人さん達といい、料理人さんたちは感動やさんが多いらしい。
ローディン叔父様やリンクさん、ローズ母様も、料理人さんたちを見てディークさんを思い出しているのか、くすくすと笑っている。
「ごぼうもニンジンもキノコも全部が絶妙に調和して、ほんっっとに旨いです!!」
「全体的に茶色いけど、美味い!」
炊き込みご飯もきんぴらごぼうもお味噌汁も、全体的に茶色い。
でも、旨味たっぷりで美味しいのだ。
──実は、この炊き込みご飯は私にとって、前世の母の味だ。
家族のお祝い事、誕生日、特別な記念日、お盆や正月など。
いつもいつも、私も家族も大好きなこの味が傍にあった。
──働き者だった母が、ある日突然病気で亡くなった後。
この炊き込みご飯を自分で作るようになった。
いつも食べていた料理上手な母の味。
もっともっと料理を教えてもらえばよかった。と後からとても後悔した。
最後までちゃんと再現できなかったレシピもたくさんあった。
でも、この炊き込みご飯だけは、絶対に覚えたくて何度も一緒に作ったものなのだ。
だからこそ、この味は心に身体に染みわたる。
「おいちい」
「「「ほんとに美味しいです!!」」」
力いっぱい美味しいって料理人さんたちが言ってくれるから、うれしくなった。
母様や叔父様達も、『本当に美味しい』と言ってくれた。
お母さんの味、みんなが美味しいって言ってくれてすごくうれしい。
「この調味料、茶色いのにうまい」
醤油の入った瓶を持って、若い料理人さんがボソリと言った。
茶色というより赤褐色なんだけどね。
そう。醤油は美味しいの。
色は詳しくは知らないけど、アミノ酸と糖が反応したりして、結果的に赤褐色になるんだよね。
赤褐色は旨味の色なのだ。
「とりのすーぷ、みじゅがきんいろになる」
「そうですね」
「しょれ、おいちいいろ。しいたけさんも。こざかなさんも。こんぶさんも。おいちいすーぷににゃる」
一生懸命話すと、クランさんが察してくれた。
「水に溶けだした旨味の色ということですな」
うん。と頷いた。
「おしょうゆ。みしょ。いっぱいいっぱい、おいちい、いろ」
熟成した旨味の塊なのだ。だからいろんな出汁と一緒になると旨味が倍増するのだ。
「おいちいすーぷとみしょでもっとおいちい」
ショウガを少し入れた、アサリの味噌汁をスプーンですくって飲む。
アサリはとてもいい出汁がでるのでとっても美味しい。
懐かしい。
これもとても心にしみわたる味だ。
「ローズマリー様がこの味噌をお湯にといた味噌汁が美味しいと言っておりましたが。たしかに、これは美味しいですな。コンブが箱に入っていたのは旨味を出して使う、という意味だったのですね」
以前貰った時に、『お湯に溶いて飲んだら美味しい』とのことで、ただ湯に溶いただけで一度作ったが美味しくなかったそうだ。
それはそうだ。
出汁と具材と味噌が一緒になってこそ、美味しい味噌汁が出来るのだから。
「この醤油と味噌、多分子爵家にもあるはずだぞ」
ローディン叔父様が言った言葉に驚いた。
え?
まさか、こんな近くにあったなんて。
「大陸から両親が帰って来た時に、一度これと似たようなのを食べさせられたが、母上が『違う!』って言ってな。料理人が困っていたが、捨ててはいないだろう」
期待にキラキラした私をみて、ローディン叔父様が頷いた。
「ああ。今度子爵家に行って持って来るからな」
「あい!」
喜びのあまり、ローディン叔父様に抱きついた。
「そしたら、また、この炊き込みご飯食べような」
「あい!!」
今度は私が、大好きな家族に作るのだ。
これが家族の思い出の味になるように。
お読みいただきありがとうございます。