136 おかえりなさい
今回からアーシェラ視点に戻ります。
王都。バーティア商会の王都支店。
購入したお店を改修し、めでたくオープンしてから3ヶ月経った。
パン屋を兼ねたお店はひっきりなしにお客様が入る人気店になっていた。
定番のパンの他、新商品のアメリカンドッグやフライドポテト、ドーナツは揚げたてで熱々サクサクががっちりとお客さんの心を掴んだ。
揚げ物を食べるという食文化が無かった為最初は敬遠されていたが、定番のパンを購入しに来たお客さんに試食販売したところ、ハマった人たちが続出した。
今では揚げたてを待つ人たちで行列のできる人気店となった。
以前この店を狙って、元店主に健康を害する魔術を仕掛けたミンシュ伯爵の商会はディークひいおじい様、クリスウィン公爵様の働きで、商会ごと潰してしまった。
もともとあちこちで似たようなことをしでかしていたようで、逮捕され、爵位を剥奪されたとのことだ。
「アーシェ。ローディンが帰ってくるぞ」
「あい!」
「次の俺の出征まではひと月あるから、ローディンと一緒にデイン領に行こうな」
「あい」
リンクさんに抱っこしてもらい、王都支店の二階の窓から外を見た。
広い通りに面しているため整備された道。並び立つ店。そして街灯があるだけだ。
ここは王都で街だから表通りは緑が少ない。
表通りを一本入るとマイナーな店が並び、もう一本奥に入ると、住宅街に様変わりする。
二階の窓から向かい側の住宅街が見え、ある家の木が緑の葉をつけ始めているのが見えた。
オープンの時にここに来た時は葉を落とし、雪をかぶった寒々しい景色だったけれど、今は木に緑が生い茂り猫が屋根で日向ぼっこしている。
―――季節は春。
私が待ち遠しくて仕方なかった、ローディン叔父様が半年間の兵役を終えて帰ってくる春が来た。
一般的に子どもの成長は早く、半年会わないとその成長に驚くというが、私にそれは全く当てはまることはない―――そう。私は相変わらず小さいままだ。
魔力の強い女子は成長が遅いと教えてもらったが、4歳半になってもまだまだ2歳児……やっと3歳児にあしをかけたくらいだ。むう。
「フラウリン領にも顔出ししなくちゃな。母上にも言われたし」
「いきましゅ!」
「うんうん。そうだな。その前にアーシェは魔力鑑定しなくちゃだな。あれやこれやでのびのびになってたし」
そうなのだ。
明日ローディン叔父様が王都に凱旋する予定だ。
ウルド国が実質上の属国宣言をしてから4ヶ月。復興支援を終えてクリスフィア公爵率いるアースクリス軍が帰ってくる。
ローディン叔父様が帰ってくる!!
でもその後はリンクさんが出征するので、私にとってはまだまだ安心出来ないけれど、素直にローディン叔父様が帰ってきてくれるのは嬉しい。
ウルド国との終戦後、ローディン叔父様と手紙のやり取りが出来るようになり、ローディン叔父様の帰国後直ぐにでも仕事の引き継ぎをしにバーティア領に戻るつもりだった。
けれど、王妃様から私の魔力鑑定をして適性をきちんと見極めてから、魔法教育を始める必要があるとお話があったのだ。
それならば、とローディン叔父様が帰ってくる日に合わせて私達も王都入りをした。
家族が揃ったところで魔力鑑定をするというのがもともとの希望だったので、王宮の神殿でレント前神官長とカレン神官長に鑑定をしてもらうことになった。
なので、明日はローディン叔父様が帰ってくる日であり、私の魔力鑑定をする日でもある。
◇◇◇
「おじしゃま!」
一足先に神殿につき神殿の中の一室で待っていた私たちのもとに、戦勝報告を終えたクリスフィア公爵と共に軍装をといたローディン叔父様が入ってきた。
王都の戦勝パレードは物凄い人出で、『人混みは危険です』と、護衛の人に止められて近くで見ることが出来なかったのだ。
だからローズ母様とリンクさん、ディークひいおじい様は私と一緒に遠目でパレードを見、一足先に王宮入りして神殿で待っていた。
「アーシェ、ただいま」
「おじしゃま! おじしゃま!! おきゃえりなしゃい!!」
膝をついて手を広げたローディン叔父様に飛びついてぎゅうっとする。
ローディン叔父様もきゅうっと力を込めて抱きしめてくれた。
ああ、ローディン叔父様の温かさが伝わってくる……本当に帰ってきてくれたんだ。何度も見た夢ではなく。
「おじしゃま。けがちなかった?」
「大丈夫だ。時々危ない目にはあったけどね。アーシェのくれた御守りのおかげで無事に帰って来れたよ。ありがとう」
そうなの? お守りってあれかな。希少なバーティアの結晶石で作ったお守り。
すぐ近くでクリスフィア公爵が頷きながら微笑んでいる。
「くりすふぃあこうしゃくしゃま。おきゃえりなしゃい。しょうりをことほぎいたしましゅ」
「ああ。ありがとうな、アーシェラちゃん」
クリスフィア公爵が優しく頭を撫でてくれた。あう。気持ちいい。
ローディン叔父様と再会を堪能しているうちに、公務を終えた王妃様達が次々と部屋に入ってきた。
王妃様、クリステーア公爵のアーネストおじい様とレイチェルおばあ様、続いてカレン神官長と……あれ? 40代くらいの茶髪の神官らしき人が入って来たけど。どっかで見たことあるなあ。
「アーシェラ様、お久しぶりですね。教会で会ったきりですので5ヶ月ぶりですかな」
んん? 教会?
茶色の髪にブルーの優しい瞳―――
「れんとししゃいしゃま?」
「はい。ああ、今は姿変えしていませんからね。―――こっちが本当の私の姿です」
カレン神官長が『神殿でレント前神官長にあったら驚きますよ』と言ったのはこれか!!
教会で会った時は実年齢の60歳代の姿に魔法で姿変えしていたらしい。すっごい若い~~!
白髪も見えないし目元や口元の皺もない。肌つやも全く違うのだ。
魔力の強い男性は老化が遅いという。その証拠が目の前にいるのだ。すっごく驚いた。
「ね。言ったとおりでしょう?」
カレン神官長のウキウキした声に、こっくりと頷いた。
「おじいしゃまじゃなくって、おじしゃま、ね」
「王宮や神殿にいる時はこちらの姿ですのでお見知りおきくださいね」
「あい!」
「さて、皆様方お集まりですね」
今日はレント前神官長が年の功でこの場を仕切るらしい。カレン神官長がレント前神官長の後ろに控えていた。
「実はですね、以前キクの花が咲いていた教会でアーシェラ様が女神様の水晶に触れた時に色が見えたのですが」
「そうだったのか」
クリステーア公爵のアーネストおじい様が言う。
「ええ。でも見えたのはアーシェラ様ご本人と、水晶を分け与えられた私だけでしたので。どうぞ、お近くにお寄りください。皆様にもご覧いただけるでしょう」
そう大きくはないオーバル型のテーブルの周りを囲むように前方には王妃様とクリステーア公爵夫妻とクリスフィア公爵。
私の両隣にはローディン叔父様とリンクさん、ローズ母様とディークひいおじい様が立った。
そして、テーブルの両端にはレント前神官長とカレン神官長が立つ。
テーブルはやはり私にとっては高いので、台を用意してもらって立つとちょうどいい高さになった。
―――みんなの視線がなんとなく恥ずかしくていたたまれない。
バーティアの家族だけかと思ったけれど、王妃様やクリステーア公爵のアーネストおじい様やレイチェルおばあ様が『鑑定は大神殿で』と言い、ディークひいおじい様が了承したのだ。
それまで、レント前神官長が司祭を務める教会に行って魔力鑑定するのだと思っていたから驚いた。
それにしても、何故クリスフィア公爵まで?? と思ったけど、王妃様が頷いていたので同席は前から決まっていたことらしい。
「さあ、アーシェラ様。まずはこちらの水晶に手を触れてください」
「あい」
おそるおそる丸くて大きい水晶石に両手で触れたら、水晶石から身体の中に何かが入ってきた感じがした。
教会でも感じた、光。
それが身体を駆け巡り、手のひらから何かが出ていく感じがした。
すると、透明だった水晶石に鮮やかな色が何色も駆け巡った。
「血で受け継がれた基本の魔力の色は、緑、紫、青……これが特に強い光を持っていることがわかります。それに赤や黄や白も強く―――遠くない血であることが分かります」
レント前神官長が水晶石の中の色を読み解いていく。
ほう。血で魔力が受け継がれると言われてきたように、魔力で大体の血筋が分かるようだ。
「貴族であれば色々な魔力の素質があるが、特に強い属性が三つあるというのはすごいな」
クリスフィア公爵が感心している。
基本的な属性は、火は赤、水は青、土は黄、風は白と聞いている。
けれど、紫のように赤と青が混じる色もある。そうすると火属性と水属性という相反する力を持ったり、その中に白が混ざり風属性を持つ者もいる。
一般的に貴族は魔力持ちが多い。
その貴族でも混血が進んでいるため、その魔力は千差万別だ。
平民の中でも貴族の血を引く魔力持ちがいるので一概には言えない。
基本は瞳に現れるというので、緑の瞳の私には緑の光が強いのだろう。
緑は二属性の証で、基本的に、水属性と土属性を持つ。
紫も二属性の証で、基本的に、水属性と火属性を持つ。
んん? 基本的な属性で水と土と火を持っているのか? 三属性もあるってすごい。
「これまでの文献にも、女神様の加護をいただいておられる方は、すべての魔力属性を持っているようでしたが。その例にもれず、アーシェラ様も四属性すべてを持っていらっしゃいますね」
ん? 四属性すべて? 白は―――そういえばあった。―――瞳も淡いし。
淡い色の瞳を持つ者は基本的に白の風属性を持つと言われているのだった。
「それもどれも強い光―――四大属性すべて息をするように使える、ということですわね」
カレン神官長のその言葉にローディン叔父様が思わずといったように呟いた。
「「すごいな……」」
そう言うローディン叔父様やリンクさんだって、すべての属性を持っていることを私は知っている。
ただ得意な二属性を主流にしているだけで。
「とはいえ、お小さい体で無理は禁物です。いかに強い魔力を持っておられても、魔力の使い方を誤ってはいけません。命を縮めることにつながります」
私は一度魔力切れを経験している。
ベッドから頭を上げることも大変だったのだ。たった一日だけだったけど、あれは本当に辛かった。
「アーシェラの成長に合わせて無理の無いように教えよう。それは私の役目だ」
私の魔力操作の先生となる、ディークひいおじい様が言うと、レント前神官長が頷いた。
「そうですね。様々な属性があることは良いことです。身を守る手段は多い方がいいですから。ですが、やはり体力を考えたら、アーシェラ様が得意な属性を二つほど選んで伸ばした方が体に負担はかからないでしょう」
「ええ。バーティア先生、お願いします。アーシェラは一度魔力切れで本当に大変な思いをしたのです。特に小さい頃は魔力の加減というものを知らないので無茶をしないかと心配なのです」
とクリステーア公爵のアーネストおじい様が言うと、レイチェルおばあ様も同様のことをディークひいおじい様にお願いしていた。
確かにあの時はアーネストおじい様やレイチェルおばあ様をものすごく心配させてしまったことを思い出した。
そんなアーネストおじい様やレイチェルおばあ様の様子をローディン叔父様とリンクさんが驚いたように見ていた。
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