135 ラジエル・ウルドの遺言
ウルド国側のお話、最終話です。
次はアーシェ視点に戻ります。
―――私はラジエル・ウルド。
ウルド国の国王である。
この言葉は、我が子、アルトゥールに遺すものである。
私の血を受け継ぐ者はアルトゥールのみである。
私は近く命の灯火を消されるであろう。
不義を働いた正妃の罪の結晶である双子のため、双子の祖父である宰相と、双子の父であるカステリア公爵の手によって。
アルトゥール。
お前と過ごした時間は私にとって、宝物であった。
何とか宰相の手からウルド国を取り戻そうとしてきたが王妃とカステリア公爵の不義密通により双子が生まれた。
純血の色彩を持たぬ双子の為に、私は近く命を奪われるだろう。
双子はカステリアの色彩をそのまま受け継いでいるのだから。
―――私はウルド国の民の安寧を願っている。
ひもじさに泣く者が無くなるように。
誰もが教育を受けられるように。
誰もが医療を受けられるように。
―――だが道半ばで逝くことになるだろう。
だから。
アルトゥール。
そなたに、私の跡を託す。
女神様に選ばれしお前は、いずれ必ずその選択をする日が来る。
私は信じている。
お前は私が唯一愛したサラディナとの間に生まれた、たったひとりの大事な息子だ。
―――王妃には指一本触れなかったということを、お前に伝えておく。
―――だから、アルトゥール。私の子はお前だけだ。
この遺言を見つけたということは、決意をしたということだな。
私はセーリア神の獅子の神獣様にこの遺言を託した。
決して、セーリア国にしたことをアースクリス国にしてはならぬ。
愚かな我らの先祖はセーリア国にしたことを隠蔽し、二柱のセーリアの神を一柱として国民に周知した。
そして、セーリア神に追放されし我が先祖を受け入れてくださった、セーリア神の姉神様であるアースクリス大陸の女神様に対しても、不義理を尽くした。
そなたが国を導くことを決めたのであれば、これだけは必ず遂行することだ。
セーリア神の信仰を正しきものにせよ。
セーリア神は二柱の神様であることを正しく広めよ。
―――セーリア神二柱の神獣様は、ウルド国王に助力をしてくださるであろう。
こうしてそなたに私の言葉を残し、伝えることができるのは、もう一柱の神様のおかげであることを私が誰よりも知っている。
そして、アースクリスの女神様の信仰も。
慈悲深き女神様の御心をこれ以上踏みにじってはならぬ。
―――そなたが国王となるということは、国が転覆するほどの事態に陥っているのであろう。
あの日。女神様の神殿でお前の出生届に私の名が父として刻まれ、お前の名に王子と刻印された時―――確信した。
お前は、姉神様であるアースクリス大陸の主神、そして弟神であるセーリア神を正しく祀りなさい。
あの日、私は女神様の神殿で『やり直しは一度きり』と神託を受けた。
―――意味は分かるな?
かつて我らの先祖はセーリア大陸に三国一斉に三度侵攻したことを。
二度まではやり直しを許されたが、三度目は住むべき土地を沈められ、追放された。
セーリア神は愚かな私たちの先祖に、やり直しの機会を数度くださったが、アースクリスの女神様は『一度きり』だ。
もう何百年も、私達の故郷はこのアースクリス大陸にあるのだ。
いいかげん、アースクリス大陸に溶け込むようになっていいはずだ。
女神様がくださった機会を、最善のものにせよ。
これからも民がこのアースクリス大陸で安心して暮らして行けるように。
ウルド国という国がなくなったとしても、ウルドの民がこのアースクリス大陸でこの先ずっと生きて行けるように。
アルトゥール。
我が最愛の息子よ。
―――お前の成長に喜び、顔を見て抱き締め、頭を撫でることが―――この息苦しいウルド王宮で生き抜く為の原動力だった。
教えたいことがたくさんあった。
もっとお前の成長を見届けたかった。
出来れば―――お前の国作りを見たかった―――
決して叶わぬ夢だがな―――
アルトゥール。
サラディナに伝えてくれ。
―――私の妻は、そなたひとりであると―――
アルトゥールを生んでくれて。育て上げてくれて感謝している、と―――
◇◇◇
『遺言はこの宝玉に。―――何度でも見ることが出来る』
父の幻影が消えたあと、金色の神獣が宝玉を渡してくれた。
私の宣言を聞いて駆け付けた重臣や主だった仲間たちがいる前で、獅子の神獣様はこの宝玉の中にあった父の遺言を見せてくれた。
この遺言と、女神様によって書き換えられた私の出生届をもって、私はラジエル・ウルド前国王の子と認められた。
もちろん、マーランド・ウルド王、マルカーナ・ウルド王弟とマルキス・カステリアの親子鑑定がされ、親子であることが確定となった。彼らには裁判と処刑が待っている。不義を犯したサカリナ王太后も同様だ。王都から離れた離宮で病気療養していたが彼女の寿命は病気で亡くなるよりも短くなるだろう。
数日後、『王の祈りの間』に改めて入り、神獣様に教えてもらった隠し扉の中から、鍵のついた箱を見つけた。
それは、王の血を引いた者だけが開けることの出来る箱だった。
その中にはたくさんの宝玉があった。
ひとつ手に取ると―――私の魔力を使って何かが飛び出してきた。
それは赤子の私を抱く母の映像。
―――そして大きな手が赤子の私の頭と頬を撫でていた。
箱にはびっしりと宝玉が詰まっていた。
手をかざすと父の声で日にちが語られ、そして映像が結ばれていく―――これはすべて、私の成長記録のようだった。
「ラジエルはいつも宝玉のペンダントをしていたが、こうやってすべてを記録をしていたのだな」
「まったく―――親バカではないか」
伯父と義父が涙混じりに笑う。
私も胸が熱くなった。私は確かに父に愛されていたのだ。
「義父上、伯父上―――」
「私は、父上の言った最善を、選びたいと思います」
「―――ああ。そうだな……」
「大事なのは、民の安寧です。―――王家や貴族の利権ではなく。私は民が飢えずに暮らしていけるようにしたいです。もうあんな悲しい死を誰にも迎えさせたくないのです」
「それは私たちも同じだ」
義父であるダリル公爵が強く頷くと、伯父も同様に頷いた。
「私はこれからアウルス子爵領で行った改革を、ウルド国内にもたらしたいと思います。―――時間がかかると思いますが、やり遂げます」
「お前の子も立派に育った。お前の意思を継いで行くことだろう」
「はい。それは私も息子を信じています。―――ですが、百年先、いえそれより前に―――もしかしたら、また同じ愚挙を起こすかもしれないというのが、私の危惧するところです」
「セーリア国での愚挙、アースクリス国での愚挙は―――我らの中にそういう因子が入っているのではないかと思うのです」
「―――否定は出来ぬな」
「女神様は『やり直しは一度きり』と父に示した。ということは、『ウルド国』には次が無いということです。―――以前、私はウルド国を解体し、アースクリス国の一領地として、アースクリス国の一部になった方がいいと思っていました」
「―――ですが、こうして私が王として国を率いることを女神様によって定められたのは、数百年かけてねじ曲がったものを正す役割もあるのでしょうね」
国が国を併合することは容易なことではないが、どこの大陸でもあることだ。
戦勝国の一部となり、国王は排斥され戦勝国の支配を受ける。戦勝国から選ばれた者が領主となって実質の支配をするのだ。
ウルド国は、アースクリス国に負けた。
本来ならアースクリス国から統治官が任命されてウルド国を実質支配するはずだが、女神様は『ウルド国による、一度きりのやり直し』を許してくれた。
それはアースクリス国の意志でもある。
どうすればこの身に受け継がれた好戦的な因子を鎮められるか。
どうすればこのアースクリス大陸に本当の意味で根付くことが出来るのか。
ずっとそれを考えていた時、妻のシェリルと子供たちが私の元にやってきた。
そして、妻と子供たちを見ていて―――気が付いたのだ。
それは―――こういうことだったのだと。
「ウルド王家の純血は、私で終わったのです」
「―――アルトゥール……」
「ウルド王家は赤みがかった髪色と瞳です。それはずっと何百年も続いていました。それがウルド国を象徴するものでした」
「ですが、私の愛する子供たちは瞳は私と同じですが、髪色は銀色です。ウルド国の王族の色ではありません。本来、王家の色を持たなければ王位継承権を持ちません」
「だが、ウルド国王のお前と私の娘の子供であることは間違いがないことだ」
なんなら鑑定して証明するぞ、とダリル公爵が意気込む。
「ええ、そうです。―――次代のウルド国王は―――アースクリス国の血が入るのです」
「――――――!!」
義父であるダリル公爵も、伯父であるラデュレも息を呑んだ。
―――女神様は必然を与える。
―――超越した存在はすべてを見越していたのだろう。
「私たちはこれからセーリア神を正しく祀ります。アースクリス大陸をお作りになった女神様も同様です。閉鎖的だったウルド国を開放しアースクリス国との混血が進むようにしたいです」
「これまで、アースクリス国との混血児はウルド国では迫害を受けていました。ゆえに迫害を受けないアースクリス国へ家族ぐるみで移住することが当たり前でした」
ウルド国人とアースクリス国人との混血児は、アースクリス国人の特徴を持って生まれる。
そして、それが子々孫々受け継がれることが知られている。
「確かにな。私たち親子が魔力の強さを象徴する銀髪を持って生まれた貴族だったからこそ、利用価値があるとみなされ生かされたのだ。―――平民であれば死ぬまで迫害されていたであろうな」
そういうことをする気質がウルドの民にはある。
「私の息子は王太子になります。アースクリス国の血を引く王太子。そしていずれは王となります。これから先、アースクリス国人との混血児を迫害することは、王家に弓引く者として罰を与えます」
すぐには結果が出ないことだろうが、この先の変化が楽しみだ。
代を重ねていけば、ウルド国の民の好戦的な因子は少しずつだが薄まり、長い時間をかけてアースクリス大陸に本当の意味で同化していくことだろう。
「そして、改めて公の場で国として誓約をするつもりです。アースクリス国に対して侵略行為をしない。と―――」
『誓約』
一度交わしたら、いつまでもその制約を受け、破れば必ず制裁を受ける。
これまでに交わした『誓約』は『女神様に仇なすことをするべからず』である。
ダリル公爵領、アウルス子爵領、ランテッド男爵領には女神様の神殿がある。
私たちがウルド王家に対して反旗を翻した時から、暗殺者が多数送られてきた。
そして女神様の神殿に対しても放火や破壊行為をしようとした者もいた。
そこで、私たちは『誓約』が生きていることを知った。
放火をしようとした者は自らが火だるまになり、神殿を破壊しようとした魔術師は、その魔術をその身に受けて息絶えたことを。
それを知ったうえで、いつでも破棄できる『同盟』ではなく、ウルド国がある限り続く『誓約』をする。
誓約を破り、侵攻すれば―――ウルド国は滅びる。
―――裏を返せば、実質上の属国宣言でもある。
「誓約を破る者は、やり直しの機会をくださった女神様の慈悲を無に帰す者に他なりません。―――大事なのは、ウルドの民がこの大陸に『調和する』ことなのです」
「その為ならば、いつかこの国の名が無くなっても構わないとさえ思うのです」
「ウルド国が無くなるのは―――辛いものだな……」
「―――そうだな。一番いいのは、ウルドが安寧を迎えて、ずっと存続していくことだな」
「我々がアースクリス国に助力を嘆願した時点でウルド国の自治権を手放すことを覚悟していました。―――ですが、私を王とすることで『ウルド国』として存続を許されました。―――このウルド国をどこまで保っていけるかは、これから私たちと私たちの次代次第なのです」
もしかしたら、今『ウルド国』が無くなっていても不思議ではなかったのだ。
女神様の神託―――『やり直しは一度』
女神様は、『ウルド国』としてやり直しを認めてくださったのだ。
―――ならば、そのやり直しの機会を最大限に生かすには、確かに『調和』が必要となる。
それを実現するために、アースクリス国に対して仇なす行為―――二度と戦争を仕掛けないという『誓約』が有効になる。
友好関係が続く限り、ウルド国は存続して行けることだろう。
義父であるダリル公爵と、伯父であるラデュレ・アウルス前子爵が同意してくれた。
―――三日後、ウルド国は戦争の終結宣言と、アルトゥール・アウルス・ウルド新国王の即位を宣布した―――
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