134 明らかになる時
ウルド側のお話です。
あと一話でウルド編は終わります。
いつも誤字脱字報告ありがとうございます。
毎回こんなにあったのかと驚いています(;'∀')
これからもよろしくお願いします。
「――――――ッ!! ぐあああああああぁッッ!!」
太陽が飛び込んできたような強烈な光の中、誰かの絶叫が響き渡った。
―――その叫びが、この場にいる一人の声だと誰もが分かった。
「マルル公爵!?」
「お父様!?」
一瞬の光がおさまり、目が慣れてくると、マルル公爵の身体が金色の炎に包まれていた。
そして―――その胸を黄金に光る矢のようなものが貫いていた。
「―――お父様!!」
王妃が悲鳴をあげて近寄ろうとするが、見えない壁でかなわない。
「な、なんだこれは!! マルル公爵に刺さっている矢も炎も金色をしているぞ!!」
重臣たちが目の前の光景を信じられないとばかりに震えて、ただただ見つめている。
「ひっ、こ、これが……大陸の女神様方の裁き―――」
誰もが引きつった声の方を見ると、セーリア神殿の神官たちがひれ伏している。
「なんだというのだ!?」
パルス大臣が混乱した頭で神官たちに問う。
「こ、ここは、まぎれもなく神域でございます。外からの魔力は絶対に届きませぬ!! そ、それに金色の炎はヒトには生み出せませぬ!! ―――これはまさしく、天上の御方の御業にございます!!」
『天上の御方』という神官の言葉に皆が凍りついた。
ついさっき獅子の神獣は確かに『この大陸の女神の裁き』と言ったのだ。
「ばか、な……ここまできて―――もうすこしで―――」
王妃はその後に続いた言葉を聞いて憤り、女神様に裁かれても仕方がないのだと思い知った。
―――この父は最後の最後まで権力に固執していたのだ。
自分の血を引く孫が次代の王座に就くだけでは飽き足らず、自らがその王冠を欲し、―――それゆえに己の子をヒトではないモノにしたのだ。
王妃はつい先ほどもたらされた報告で、父親であるマルル公爵が王妃の年の離れた異母弟のザガリードを『闇の魔術師に作り替えた』こと。王妃が可愛がっていた異母弟がその幼い命を散らしたことを、初めて知った。
―――そして、マーランド・ウルド王もその計画を知っていたこと。
まだ10歳で純粋だったザガリードを無理やりに捻じ曲げ利用したにも関わらず、マルル公爵もウルド王もザガリードを罵倒するだけで、誰も彼の死を悼まなかったことに打ちのめされていた。
断末魔の声を上げて、マルル公爵がボロボロと崩れ落ちていく。
―――やがて一つの光がマルル公爵の身体を離れたかと思うと。
―――霧散した。
「ひいイイイッッ!! た、魂が、消え、た―――」
神官の言葉に、誰もが戦慄した。
―――今まで神の存在など感じたことはなかった。
『神様が見ている』ということを『初めて』突きつけられ、ウルドの王族と大臣たちは震えた。
そして―――神の怒りは、魂さえも消滅させるのだと。
輪廻転生というやり直しの機会さえも永遠に奪われるのだ―――と。
『罰は真に罪ある者へ―――』
どこからともなく聞こえてきたその言葉がここにいる皆をぞくりとさせた。
目の前でセーリア神の神獣により、断罪が行われた。
そして、アースクリス大陸の女神様による、マルル公爵への裁き。
自分たちの所業を、神様が見ているのだと、その場にいた者たちは震え上がった。
この場にいる王族や重臣たちが思ったことは。
―――裁きの時が近いということだけだった。
◇◇◇
「―――これは……」
アルトゥール・アウルスがその光景を見て言葉を無くした。
反乱軍を率いてきた者たちが奥の神殿に到着した。
―――奥の神殿の中は騒然としていた。
神獣の声は、神殿内だけではなく、王城中に響き渡っていた。
ゆえに、王城も神殿の警備も用をなさなくなっていたのだ。
王族が逃げこんだ奥の神殿に踏み込むと、そこには王城中に響き渡った声の主である獅子の神獣と、磔になり項垂れている三人の姿があった。
「ダリル公爵!!」
「アウルス子爵か!!」
「こ、殺さないでくれ!!」
各所を制圧し、自分たちを殺害しに来たのだと大臣たちや王族たちが震えている。
『―――来たか。ラジエル・ウルドの子よ』
神殿に、王城に、神獣の言霊が響き渡る。
その声に、誰もが耳を疑った。
神獣が見ているのは、ただ一人だった。
赤みがかった茶髪と瞳の、アルトゥール・アウルス子爵。
彼は神獣を見て目を瞠ったものの、その存在を知っていたかのように神獣の前に進み出た。
そして片膝をつき頭を下げた。
『―――名を。この大陸の女神に刻印されし名を示せ』
彼は顔を上げ、まっすぐに獅子の神獣を見た。
「アルトゥール・アウルス―――ウルド」
その言葉に、王族や重臣たちがざわめいた。
もちろん、磔となった三人も驚愕に目を見開き、『まさか』と呟く。
『―――ラジエル・ウルドを父とし、サラディナ・アウルスを母とする、ウルドのただ一人の正統なる後継者。―――我が神セーリアの二柱の神と、アースクリスの女神達に選ばれし『王』よ』
獅子の神獣がそう言うと、アルトゥール・アウルスの手に王の錫杖が現れた。
さきほどマーランド・ウルド王が獅子を呼び出す時に使った、『ウルド国王の錫杖』だ。
彼はそれを受け取ると、しっかりと神獣の目を見て言葉を発した。
「―――私は、ウルドの民を守りたい。かつてウルド国の安寧を願いながらも道半ばで命を絶たれてしまった父ラジエル・ウルドの遺志を継ぎたい」
アルトゥール・アウルス・ウルドの声が神獣と同じく、王城だけではなく王都中に響き渡る。
「―――その前にセーリアの神様に謝罪をさせていただきとうございます」
『―――申してみよ』
「―――ウルドの民は遠い昔、セーリア大陸の二柱の神様に対して罪を犯しました。それゆえに流民となりアースクリス大陸に流れ着きました。―――我らの祖先は己の罪を隠すために、我ら一族を誅した一柱の神様をないものとし、フクロウを神獣として従える一柱の神様のみの信仰をしてまいりました。ゆえに獅子の神獣様を随獣とするもう一柱の神様を知るウルド国民はほとんどおりません」
アウルス子爵家は金色の神様の信を得た神官が興した家であり、それゆえにアウルス子爵領では『事実』が代々受け継がれて来ている特別な地でもあった。
「―――本当に、本当に愚かな行為でした。どんなに謝罪の言葉を尽くしても足りません。本当に、申し訳ない事でございます」
そう言ってさらに頭を深く下げた。
その言葉に重臣数人が顔をそむけた。
セーリア神の歪んだ信仰に関しては、三国で情報操作され隠蔽されてきていても、知っている者は少数だがいる。
ウルド国をはじめ三国の者はアースクリス国への留学を認められていない。
ゆえにウルド国の外で勉強しようとすれば別大陸となり、そこで真実を知るのだ。
セーリアの神が守る国に対しても、アースクリス国にしたことと同じことをしてきたのだと。
別大陸で真実を知った者たちは三国の歪みを思い知り、学術国に留学した優秀な彼らを家庭教師とした貴族の幾人かはその事実を秘かに教えられていた。
「―――これより先は正しき信仰に注力して行くことをお誓い申し上げます」
そう言葉を結ぶと、謝罪を受けて獅子の神獣の放つ気が幾分か柔らかくなった。
『―――うむ。謝罪を受け入れた―――精進せよ』
そして次の言葉を促した。
アルトゥール・アウルスが顔を上げ、獅子の神獣の瞳をしっかりと見た。
「―――我が父ラジエル・ウルドは、ウルド国の民の安寧を願っておりました。お腹が空いて泣いている者をなくしたい。読み書きができなくて底辺の仕事しかさせてもらえない民を減らしたい。お金が無くて治療師に診てもらえずに命を落とす民を無くしたい、と―――その志は道半ばで反逆者に命を絶たれてしまいました」
一度言葉を切り、息を整え―――凛とした声で宣言した。
「―――私は、アルトゥール・アウルス・ウルド。―――ラジエル・ウルド前国王のただ一人の正統な後継者として、ウルド国民の安寧を心より願う。その為にこれからの人生を民の為に捧げることを誓います。―――そしてウルド国は、二度とアースクリス国への侵略をしないことを『誓約』します!」
その声は、神殿に王城に王都中に響き渡った。
―――そして。
『―――我の言葉はセーリア神二柱の言葉なり。アルトゥール・アウルス・ウルドの国王即位を神の名のもとに認める』
獅子の神獣の声が王都中に朗々と響き渡った。
◇◇◇
『この獅子を動かしたのはそなたと―――そなたの父だけだな』
王族と重臣たちが連行されて行き、裁きの場であった『獅子の間』には、アルトゥール・アウルスとダリル公爵、ラデュレ・アウルスや反乱連合軍側の重臣たちが残された。
フクロウの神獣のみが流民をアースクリス大陸へ導いたとまことしやかに言われているが、その導き自体が二柱の神による慈悲である。姿を現さずとも、獅子の神獣も移住の際に三国の民に加護を与えていた。
そして神殿にフクロウの神獣の力が残った『王の祈りの間』があるのと同じに、ただ一度だけ『王の守護』を使うことのできる『獅子の間』を与えたのだ。
だがそれは王の有事に対してのみ有効だ。
王が私利私欲に使おうとしても応えるはずがないし、現れるわけはない。
見えない部屋と扉は、いつしかそういう部屋が『ある』とだけ王族に伝えられるだけとなり、忘れられていった。
マーランド・ウルドが扉を見つけたのは、王だからではない。アルトゥール・アウルスへと玉座を移すためにあえて獅子の神獣が招き入れたのだ。
先ほどの神獣の言葉で、ラジエル・ウルド前国王がこの部屋に入ったことがあることがわかった。
だからこそ、双子がこの部屋の場所を知っていたということか。と皆が納得した。
彼らは断罪されるとも知らずに、ラジエル・ウルド前国王が残した言葉でこの部屋まで導かれたのだ。
「父は願わなかったのですか? 国を宰相一族から取り戻したいと」
断罪が神の名のもとで行われれば、ラジエル・ウルド前国王は亡くならなくても済んだのかもしれない。
『―――そなたが女神たちに選ばれたことで、そなたの為に機会を残したいのだと言った。それに『今はまだその時ではない』とも言っておった』
その言葉にダリル公爵とラデュレ・アウルスが目を瞑ってゆっくりと頷いた。
『ラジエルらしい』と呟いて。
―――確かに、『今』だからすべてのことが整ったのかもしれない。
『―――代わりに、そなたへの伝言を預かっておる』
―――思ってもいなかった言葉に戸惑うアルトゥール・アウルスをよそに、獅子の神獣は白く輝く宝玉を呼び出した。
お読みいただきありがとうございます。




