132 祝福のちから
ローディン視点です。
ウルド側のお話はあと3話で終了予定です。
その後はアーシェ視点に戻ります。
―――ガシャン!!
「―――は? ―――え?」
ザガリードの黒髪が耳のあたりから切られ、右の頬から鮮血が滴り落ちる。
ガラスが割れたような音は、クリスフィア公爵の一撃で結界が破られた音だった。
頬の傷から広がるように、シュウウと音を立てて、ザガリードと呼ばれた少年の頬が焼けただれていく。
「な、なんで??」
闇の魔術師は最初に魔術によって人の命を屠った時点で『ヒト』ではなくなっている。
だから、生身の傷を負ってもすぐに修復する。
心臓や頭を剣で貫かれても死ぬことはない―――人間の姿をした不死の魔物と化すのだ。
―――闇を切り裂くのは光。
光魔法を使役する者。―――もしくは光の権能を内包したモノだけが闇の魔術師を葬り去ることが出来るのだ。
ザガリードはすぐに修復するはずの傷が広がっていくのを止めることが出来なかった。
頬から首、肩から腕、そして足先まで。
剣を一振り―――光魔法を乗せた剣は、結界を破り、ザガリードの右半身を焼いて行った。
「―――闇を切り裂くのは、光だ」
「父上は光魔法は存在しないって! だから!!」
「そりゃあ、ウルド、アンベール、ジェンドには光魔法の使い手がいるわけがない。―――こうやって闇の魔術師を使おうとするのだから」
『卑怯者の国には光魔法の使い手はいないんだよ』と言外に告げた。
「う……うああああああああッッ!!!」
次々と焼けただれていく身体を見てザガリードが身体を抱きしめて、クリスフィア公爵から後ずさった。
「このまま、僕は終わらない!! 反逆者を皆殺しにして!! アースクリスを滅ぼす!!」
「―――ほう? 私がそれをさせるとでも思うか?」
「―――うるさい! うるさい! うるさい!! 父上は褒めてくださった!! 邪魔なやつを消すたびに僕が強くなるたびに頭を撫でて褒めてくださった!!」
少年を支配していたのは、父親のマルル公爵。前王妃であり現王太后サカリナ・マルル・ウルドの弟、つまりはラジエル・ウルド前国王を傀儡にして圧政を行っていた宰相の実の息子であり、現在のウルド国王の右腕だ。
愛妾の子であるザガリードを駒として、ウルド国を裏切らないように自分を慕う子供を『闇の魔術師』にしたのだろう。
おそらくマルル公爵は、ザガリードを利用し、この戦争の混乱に乗じてウルド国の王族をも殺させるつもりだったはずだ。そして自らがウルド国の玉座を取るつもりだったのだろう。
さすがはこのウルド国を百年以上操ってきた一族。己の子まで人ならぬモノに作り替えるとは。―――非情さが半端じゃない。
私がクリスフィア公爵から闇の魔術師の対処法を聞いた時、光魔法で闇魔法を切ると物理的な肉体だけではなく、闇に染まった魂までも切り裂くのだと教えてくれた。
それが光魔法の攻撃特性である。
「化け物になったお前を、父親が生かしておくと思うのか?」
「僕は死ぬまで父上を裏切らない!!」
そう叫ぶと、ザガリードが手をあげた。
黒い光を帯びた魔法陣が瞬間的に広範囲に広がった。
「―――まずい!!」
闇の魔術師は通常の魔法陣の何倍もの範囲に、魔法陣を展開できるのだ。
―――あれは、命を屠る魔法陣。手当たり次第に命を狩り、己の力にするつもりなのだろう。
あれに触れたら命を狩られてしまう。
瞬時に結界を張って、その強度を最大限にした。そうしなければ一瞬で越えられ、命を屠られてしまう。
キイイイン―――
結界が魔法陣をはじく音がしばらく続いた。
「え……」
魔術陣はかなり離れたところまで覆った。
だが、クリスフィア公爵が事前に張っておいてくれた結界のおかげで全員無事のようだ。
だが私は、クリスフィア公爵の指示のもと一人で行動をしていた。
高台で近過ぎず離れすぎず、魔術師側からは死角に当たる場所で。
クリスフィア公爵の結界は私の元には届かなかったはずだが―――私の周りには、金色とプラチナの光を放つ結界が張られていた。
闇の魔術師の力をはじいたせいか、普段は見えない魔力の色が見えた。
?? ―――結界を張ったつもりではいたが、闇の魔術師は四大属性魔法を吸収し無効化してしまうはずだ。
だから一瞬、命が狩られるかもしれないと覚悟を決めた。―――それなのに。
目の前の結界にはきらきらと金色とプラチナの光が混じっている―――金色の光は光魔法の証だ。―――私は光魔法の使い手ではないのに。
『ローディン、聞こえるか?』
クリスフィア公爵の思念が届いた。
『計画は続行だ。―――今、お前の周りには金色とプラチナの結界があるのが見えるだろう?』
クリスフィア公爵がまるで私の周りを見えているかのように淡々と言う。
『え、ええ。―――驚きました。私の張った結界では闇の魔法は防げなかったはずですが……』
『ああ、そうだ。―――お前を守ったのは、あの子のくれた祝福だ。―――あの子は私にも祝福をくれたから分かる。―――あの子は自分では気づいていないだろうが』
『アーシェの力……』
金色とプラチナの入り混じった光には覚えがある。
―――女神様の教会で、アーシェを取り囲んだキクの花。
金色とプラチナの光を放って、アーシェの周りをくるくると回っていた。
レント前神官長が言っていた。
アーシェに与えられた女神様からの祝福。
『―――お前は私の何十倍も何百倍もあの子から想いを強くもらっている。今なら、―――お前も光魔法を使役できるはずだ』
『あの子がくれた祝福のおかげで、私も広範囲に光の結界を作れて兵たちを守ることが出来た。次はお前の番だ。あの子がくれた力で―――闇の魔術師を討て』
アーシェが私にくれた、女神様の祝福―――
稀なる光魔法の力を『他人』に付与するなど、簡単に出来るものではない。
私たちが魔力を結晶石に入れて、他人に使わせることはある。
―――いわゆる魔道具のことだ。
だが、『自分の力を付与して自由に使わせる』ことは出来ない。
『―――あの時、あの子は私に祝福をくれたことで、力を使い切って眠ってしまった』
クリスフィア公爵の言葉で、アーシェがクリスフィア公爵に会った日のことを思い出した。
キクの花をバーティアの教会に植えて、柿を収穫した日。
クリスフィア公爵とカレン神官長と共にバーティア商会の家で寒大根を作った―――あの日。
たしかあの時。私に抱きついて無事を祈った後。
『こうしゃくしゃまも。げんきでかじょくのもとにかえってきましゅように』
とアーシェはクリスフィア公爵に言ったのだった。
その時、クリスフィア公爵とカレン神官長が驚いたように目を見開いて固まっていたことを思い出した。
その後、アーシェはコテリと眠ってしまったが―――
―――あれは、祝福を使ったための、魔力切れの症状だったのか。
―――そういえば。
私とリンクの出征が決まってからずっと、アーシェは夜寝る前、祈りの形でぱったりと糸が切れたようにベッドに倒れ込み、眠りにつくことが多かった。
もしかしたらあれは、私やリンクに対する祝福の為に自分の魔力を使い切ってしまったからなのか―――。
―――アーシェ。
胸が熱くなって、鼻がツンとした。
―――瞳が嬉しさで潤んだ。
―――大丈夫。私はちゃんと無事にアーシェの元に帰るよ。
―――アーシェが私を護ってくれたから。
―――私は目元を拭うと、自分の中の魔力を精練した。
魔術返しと魔術師殺し―――その力を練り上げる。
肌に触れているバーティアの結晶石の力を借りて、入念に力を凝縮させる。
その力に金色とプラチナの光を練り込む―――闇の魔術師を屠るために。
やがて手の中に金色とプラチナの光を纏う矢が現れた。
女神様に願うは、闇の魔術師に縛られた命の解放―――
渾身の力が凝縮された矢は、フォオオオンと音なき音をまとった。
『―――行け!!』
―――矢が手を離れた。
女神様の力を纏った矢は、放物線を描き―――真っすぐに、ザガリードの心臓を正確に貫いた。
「――――――あァあああああッッ!!!」
金色とプラチナの炎がザガリードの身体を覆いつくした。
すると、離れたこの高台からでもザガリードの身体がボロボロと崩れていくのが見えた。
ザガリードの身体からひとつふたつみっつと白い光が飛び出してきて、天へと昇っていくのが見えた。
最後の叫びのあと、ザガリードの小さな身体は―――跡形もなく消え去った。
退避指示が解除され、クリスフィア公爵のもとにいち早く駆け付けると。
「闇の魔術師は禁忌を犯した―――肉体が土に還ることも、魂が輪廻の輪に入ることもなく消滅する―――」
クリスフィア公爵が静かに言葉を紡いだ。
―――闇の魔術師の最期は、完全な『無』になるのか。
「ああ……全部で九つの白い光―――魂が天に昇って行ったな。―――よかったな、ランバース。10個目にならなくて」
クリスフィア公爵が軽口を叩く。
「何事も命あっての物種だぞ」
ランバース卿は、タイトさんに抱き起されながら、こくこくと頷いていた。
たった今、命を奪われる恐怖を味わったばかりだ。
爵位欲しさに功績を上げようと突っ走った結果、殺されかけた。
あの時、命さえ助かるなら何もいらない。生きたい。とランバース卿はただそれだけを願ったと、後で教えてくれた。
「はい。―――申し訳ありませんでした」
ランバース卿はタイトさんや部下に支えられて後方に下がった。
「しばらくは静養が必要だろう。―――さて、ローディン。お前のおかげで城壁にいた魔術師たちは慄いて逃げていったぞ。うちの魔術師たちに後を追うよう命じたが」
つまり、労せずして正門を押さえたということか。
「――――――」
「ローディン?」
「いたたまれないです。アンベール国の闇の魔術師と違って、ザガリードは……彼は何も知らなかった。―――それなのに、何も知らない子供をこんな風にするなんて」
女神様の力をのせた矢で貫いた時に視えたのは、―――無邪気だったザガリードの姿だった。
父親のマルル公爵に頭を撫でてもらうのが大好きな男の子だった。
マルル公爵の瞳が冷淡であり、撫でる行為がザガリードを操る為の演技であることも、女神様の導きで視えた。
反乱軍を退け、その混乱でウルドの王族さえ弑してしまおうと考えたマルル公爵のせいで、計画は進められたのだ。
魔力が強いというだけで、マルル公爵の愛妾の子供だったというだけで、人ならぬモノへと無理やり変えられてしまった経緯が見えた。
強大すぎる力で精神が歪み、あのような化け物になり果てた。
マルル公爵は考えなかったのだろうか。
いつか自分がザガリードに殺されるかも知れないということを。
それさえも考えられない程に権力に固執していたということなのか。
目の前にぶら下がった玉座がそんなにも魅力的だったというのか。
その為に血を分けた我が子の人としての未来を無理やり閉じたのか。
禁忌に触れた魂は『消滅』する。
本来のザガリードはただ父親の愛情を欲していた少年だったというのに。
完全なる『死』でしか彼を解放することが出来なかった―――
私はもう一度、矢をつがえた。
目の前に標的はいない。
それどころかどこにいるかも分からない。
―――けれど。そんなことは、関係ない。
「真に裁かれるべきはザガリードを作り替えた者―――」
フォオオオン、と。矢に再び金色とプラチナの光が纏わりついた。
己の子供を闇の魔術師とした、人の道に悖る者を―――
闇の魔術師を作った―――外道を射貫け!!
放った矢は王城の奥へと吸い込まれていった。
―――女神様。
出来うることなら、ザガリードの魂をお救い下さい。
―――罰は真に罪ある者へとお渡しください―――
その願いが聞き届けられたことを知ったのは、それからしばらく経った後のことだった―――
お読みいただきありがとうございます。




