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130 王の祈りの間

ウルド側のお話です。




「え―――?」

 思わず目を瞠った。

 急にキクの花が光り、先ほどまで小さく固く閉じていた緑色の萼が一回りも二回りも大きくなったのだ。

 驚くのは当たり前だろう。


 茎や葉―――そして、埋まっている土までが、不思議な光を放って―――あっという間に一面の雪を溶かしていった。


 次に一株の花を起点として、根が這わされていくのが光の軌跡で見えた。

 そしてぽんぽんと芽が出ると、あっという間にするすると成長し、蕾を次々とつけていった。


 ―――奇跡を見ているようだ。


「へえ。こんな風に株が増えていっていたのか、後でアーシェに教えてあげよう」

 バーティア子爵が私の驚愕をよそに、楽し気に声を上げていた。

 アーシェというのは、さっき話していた彼の姪の名前だろう。


「―――何があった!!?」


 目の前の奇跡に目を奪われているうちに、クリスフィア公爵やダリル公爵、会談を行っていた人たちがバタバタと駆け付けた。


 見ると、キクの花が咲いている土地を含め、神殿の敷地や神殿そのものが金色とプラチナの光を放っている。


 おそらく神殿の方でも急に中が光って驚いて出てきたのだろう。


「クリスフィア公爵。どうやら、キクの花が本格的に根付いたようですよ。―――ただまだ完全に咲いてはいませんが」

 バーティア子爵の言葉に、クリスフィア公爵が周りを見渡して頷いた。

「ああ……なるほど。花畑が形成されつつあるみたいだな」


 二人の会話はこれが当たり前かのようだった。

 こっちは声が出ない程驚いているというのに。


 これまでのことで、キクの花がただの植物ではなく―――女神様の花であることを確信した。


 思わず背筋がしゃっきりとした。―――女神様は私を見ていらっしゃるのだ。


「えっ!? こんなに急に株が増えたのですか?」

 ダリル公爵が驚いている。


「―――まだ10株くらいですね。まだまだこれからですよ。おそらく神殿の敷地いっぱいに女神様の花は広がるはずです」

「それに、まだ蕾だな。―――おや。この親株だけ、少し綻んできているようだが」

「蕾も大きくなりましたよ」

「アースクリス国では植え付けた翌日にはこのようになるが、何日も経って根付いた理由はなんだろうな?」

 クリスフィア公爵が、私の方をちらりと見た。思いつくのはあれしかない。


「―――私が、ウルド国を、アウルス領と同じように出来るだろうか、と呟いた時に、女神様の花が光りました」


 そして、このような状況になったのです。と告げると。


「―――そうか……。アウルス子爵。女神様の肯定は金色とプラチナの光が輝く。逆に否定は黒い光を放つ。―――アルトゥール・アウルス子爵、女神様は、女神様の花を通してあなたの問いに応えられたのだろう」


「あれが―――肯定……」

 ウルド国をアウルス領のように出来る、と女神様はそう答えてくださったのか。


「アウルス子爵。女神様は必然を与えると言われています。あなたがここで生まれて育ったことも、これまでのことも。『必然』だったのだと思います」

 ああ。バーティア子爵の紡ぐ言葉には何故か説得力がある。

 なんとなく、バーティア子爵がここに来たのも必然だったのだ―――と私は思った。


 『女神様は必然を与える』


 それは、先ほどからずっと心のどこかに引っ掛かっていた言葉だ。



 戦争が始まってから。どうしてこんな愚かな戦争を起こしたのかと弟たちに憤っていた。


 私ならこんな愚かな戦争はしない。

 民を虐げ、餓死させるようなことはしない。


 なぜ私はアウルス領にいるのか―――なぜ王たちの愚挙を止められる立場にいないのか、とも思った。


 『王になりたい』などと、露ほども思ったことはなかった。


 けれど。父の願っていた国を夢に見ていた私は、この現実との乖離にひどく打ちのめされていた。


 私なら―――父の願った民が安心して暮らせる国を作るのに、と。



 アウルス領で生を受けた私は当然王位継承権を公然と持つわけではない。


 それでも、女神様は私に『王子』の称号を与えた。


 『女神様は必然を与える』


 そして、私の想いを肯定してくれた。


 ―――父ラジエル・ウルドが願った国を、いつか私が作り上げることが出来る、と―――


 それならば、それに乗っかってみるのもいいかもしれない。



「―――クリスフィア公爵。ダリル公爵―――私は、女神様の後押しがあったからと、すぐに前言撤回するのは気が引けるのですが。―――私は、正しき道へとウルド国を導きたいと思います」



「現在のアウルス子爵領を築いたのは、お前の力だ。ラジエルがお前に託した国そのもののあるべき姿の縮図だ。私はこれを作り出したお前ならばウルド国を正しく導けると思っている」

 伯父がそう言うと、ダリル公爵が同意するように頷いた。

「そうだ。私も常々思っていたのだ。現王の愚かさを見て、なぜアウルス子爵領のように皆が笑って暮らせる国を作れないのかと。―――だが女神様はお前という存在を我らに与えてくれた。私もこれまでと同様、お前のすることを全力でサポートするだけだ」


「それにお前以上の適任者はいないだろう、アルトゥール。お前はずっと国中を回って皆を助けてきた。これまでだってお前は嫌がっていたけど、王家を倒した後の国主はお前でなければ嫌だという盟主たちが多かったんだぞ。―――女神様の後押しがあった王子ならば、表向きでも弑逆にならないし、暴君を倒した英雄になる。戦後の混乱だって早めに終息するだろう」

 ランテッド男爵がポンポンと私の肩を叩いてにっかりと笑った。


「そうですな。アウルス子爵にどうやったら国主になっていただけるかと、盟主たちと頭を悩ませておりました。ご本人に了承していただけてありがたい限りです。それに王家の血筋でありますれば、なんの問題もございますまい。私たちが仕える君主として大歓迎でございます」

 そう言ってレジーナ伯爵が膝を折り、頭を深く下げた。


「ダリル公爵。―――決めました。王宮への潜入には私も参戦します」


 私の真剣な言葉を吹き飛ばすかのように、母サラディナが明るい声を出した。


「まあ。それなら、絶対に安全に通れる道を教えてあげるわよ」



 ◇◇◇



「この部屋に、『通路』があります」


 母サラディナが案内したのは、母の部屋だった。

 私と伯父ラデュレとダリル公爵、そしてクリスフィア公爵だけが案内された。


「王城に一気に攻め込むのであれば、お使いください」


 そう言って、何もない壁に規則的に手をあてる。


 ―――すると、壁に見たことのない紋章が浮き上がった。


 揺らぎが部屋全体を覆い、足元が部屋の床ではなく、大理石で作られた床に変化し、部屋の広さや調度品のなにもかもが変わった。


「―――ここは、ウルド王城の奥にある神殿の一室―――『王の祈りの間』です」


「!!」

「転移、したということか」

 クリスフィア公爵が床の紋章を見て、ウルド王家の紋章であると呟いていた。


「普通にお話しになっても構いません。現在のウルド王はここに入ったことがありませんし、中の声は決して漏れないようになっています」


「王の祈りの間であるのに、ウルド王は入っていないと?」


「ええ。―――正確にいうと―――今のウルド王は『入れない』のです」

 母が私の目をしっかりととらえた。


「現在のウルド王―――マーランド・ウルドは、ラジエル・ウルド前国王の血をひいていないのです」


「―――え??」

 母の言った言葉が理解できなかった。

 弟が―――弟たちが父の血をひいていない!?


「なんだと!!??」

 義父のダリル公爵が驚愕のあまりに声を張り上げた。

 クリスフィア公爵も、想定外であったろう。一瞬息を詰まらせていた。


「―――現在の王は双子で生まれた。であるならば当然王弟もそうだということだな」

 クリスフィア公爵の言葉に母が頷いた。

「その通りです。なのでウルド王と王弟の祖父と実の父親は、この部屋がないものとして扱ったのです。神殿の長もこの部屋の秘密を守るために―――口封じされました。『王の祈りの間』に王が入れないことで王妃の不義密通の罪が明らかになることを恐れて」


「実の父親だと!!? それはいったい誰だ!? そいつが宰相と共にラジエルを殺したんだな!!?」

 ダリル公爵が怒りをあらわにして拳をぶるぶると震わせた。


「オーガスト、落ち着け。ラジエルがあんなに早く暗殺されたのは……双子の持つ色彩が直系とは微妙に違うことを周囲に知られぬためだったのだ」

 伯父のラデュレが激高する義父を宥めるように言う。

「遠目には分からないほどの色の違い。だが、王とその息子として並び立てば―――違和感を感じるだろう」


「王族だということか。しかもこの部屋を隠蔽できるだけの権力を持つ―――」

 ダリル公爵が頭の中で人物を絞り込んでいく。その条件に当てはまる者はそう多くはないのか、すぐに顔を上げた。


「ま、さか……―――マルキス・カステリアか!? ラジエルのまた従兄弟の―――」


「―――ああ。今では王族派の重鎮として宰相の座についているカステリア公爵。あいつこそが、王妃の不義密通の相手であり双子の父親。―――そして、王妃の父親である宰相と結託してラジエルを暗殺した張本人だ」


 伯父の言葉で私の脳裏にカステリア公爵の姿が浮かぶ。

 彼が父を殺した人間であり、双子の父親だというのか。


「野心家であることは分かってはいたが―――よくもそんな恥知らずなことを―――」


「ラジエルは宰相の娘であるサカリナ王妃には指一本触れなかった。であるにも関わらず、輿入れしてすぐに懐妊した。―――その前からマルキス・カステリアと深い仲だったのであろうな。処女でなくとも傀儡の王としているラジエルを納得させるつもりだったのであろう―――王妃が一度でもラジエルと床入れしていたのであればラジエルにも嘘をつきとおせただろうが、ラジエルは―――サラディナしか目に入っていなかったからな。」


「それだ。なぜラジエルとサラディナは出会ったのだ? ラジエルは王都から出ることはなかったはずだ。サラディナとてアウルス子爵領から出なかったはずだぞ」


「だからこそ、だ。このセーリア神の神殿の『王の祈りの間』は、王の血を引いた者しか鍵を開けない場所であり神聖な祈りの間だ。ここはセーリア大陸からアースクリス大陸へと導いたセーリア神の神獣であるフクロウが降り立った場所だ。―――いわばウルド国の始まりの場所。―――だからこそ、ここは神聖な場として王以外は出入りできないようになっていた」


 今ではその部屋は偽物が作られ、現在の王がそうと知らず毎日通っているがな、と伯父が嘲笑う。


「僅か6歳で即位し、宰相のいいなりになるしかなかった幼い王のラジエルが一人になれるところはこの祈りの間しかなかった。この部屋は密室でどこにも抜け道は無い。だが、ここには神獣の力があった。『ここから抜け出したい』と願ったラジエルの祈りは神獣に届き、―――道をつなげたのだ」


「それがなぜアウルス子爵領―――あ!」


「―――そうだ。我がアウルスはセーリア神の命を受け、セーリア大陸からこのアースクリス大陸へと人々を導いた神官が居を置いたことが始まりなのだ。王城の神獣の力と、セーリア神の神官が作った我が子爵領―――そして我が館にはセーリア神の力を分け与えられた神官の力が残っており、つながっていた。―――アウルスとはフクロウのこと。セーリア神の信を得た血筋の家(アウルス子爵家)と、セーリア神の神獣(フクロウ)がふたつの場所を繋げ―――そして、ラジエルは私とサラディナに出会ったのだ」

 6歳の寂しい子供だったラジエルは、同年のラデュレとひとつ年下のサラディナに心を開くのに時間はかからなかった。


「生気を失っていた幼いラジエルは、王家では教えてもらえないものをアウルス子爵家で吸収し、成人となる頃には、国の未来を、民の安寧を考えるようになった。―――その為には宰相から実権を取り戻さなければ実現しないと幾度も口にしていた」


「そうだな……」

 王都の学院に通い、ラジエルと友人となったダリル公爵は、いつかラジエルが宰相から実権を取り戻す日が来ることを信じて疑わなかった。

 ―――そうなるように自分も力になるつもりだったのだ。


「ラジエルは、8歳年下の宰相の娘を婚約者としてあてがわれたが、あいつにはサラディナしか見えていなかった。―――そして、アルトゥールが生まれたのだ」


「あの日、私生児として届けるしかなかった出生届だったが、女神様の神殿で出生届が書き換わった時―――アルトゥールがいずれ玉座に座ることになることを確信した。それはラジエルも同じだったろう。アルトゥールが物心ついたころからいろいろなことを教え込んでいたからな」


 だが、と伯父が声を落とした。

「アルトゥールが5歳になった頃、輿入れして間もないサカリナ王妃が双子を出産した。初夜で懐妊したとか早産だったとかまことしやかに囁かれていたが、違う。現に血のつながりを証明する儀式が行われなかったのだからな」


 王族ともなればその純血が求められる。

 ゆえに出生後、神官立ち合いのもとで王と出生した子の親子鑑定が行われるはずだったのだが、宰相は神殿に圧力をかけ、してもいない鑑定の結果を公表したのだ。


「ラジエルを―――王家を、ただの自分の傀儡だと思っていたのが分かるな……」

 苦々しくダリル公爵が言う。


「腐りきっていたんだ。せめて―――あと10年。それだけあればダリル公爵やラジエルを友としていた貴族たちで宰相を追い落とすことも出来ただろうに」


「自分の子ではない者が王太子とされた。そしてすぐにカステリアが厚遇され始めた。あいつはこっそりと鑑定して、カステリアが双子の父であること。そして、宰相と組んでこの国を操ろうとしていること―――そして、自分の子ではないと知っているラジエルを早急に亡き者にしようとしていることを確信した」


 『時間がない』のだと、何度も言っていた父。

 時間がもっとあったなら―――父は自分の手でウルド国を守れていたかもしれない。


「ラジエルが生きていたら―――こんな愚かな戦争は起こさなかったであろうに」

 義父であるダリル公爵が項垂れた。

 そうだ。父は民の安寧を願っていた。

 こんな風に民を苦しめることを選択するはずはなかった。


 ―――私は、先ほどまで悩んでいた血の呪縛が完全に解けたことで、決意がさらに固まった。


 弟たちを排斥するということに罪悪感を感じることが無くなった。


 彼らはそもそもその権利が無かった者だ―――父を欺いた王妃とその不義の相手との子どもであり、王位継承権など持たない者だった。


 ならば、国王であった父を殺害した罪人とその子供に相応の罰を。


 そして、国民を苦しめた犯罪者として、裁くことに躊躇はない。


「伯父上、義父上。―――この不毛な戦争を終わらせましょう。この神殿は王城の最深部。王族が居住する場所に近い。―――制圧する為にここを使います。私にしかこの部屋の扉を開けることができないのであれば、いい隠れ場所です」


「王城にはいくつも隠された地下通路がある。崩れて使えなくなった古い通路を秘かに補修してある。王都や王宮にはすでにたくさんの同志を潜ませているから、王家の脱出路を押さえ、逆にこちらの侵入に使わせてもらう」

 これまでダリル公爵や仲間と共に攻略法を練り上げて準備をしてきた。

 

「アースクリス国軍と反乱連合軍で王都を包囲し、城下でも陽動を」

 クリスフィア公爵がそう繋げる。


「―――そして王城深くにいる王族を我々で一気に制圧します」

 私の言葉にダリル公爵と伯父ラデュレが頷く。

 


「王族を制圧すれば終わる―――まあ、偽物の王だがな」


 クリスフィア公爵がニヤリと笑った。





お読みいただきありがとうございます。

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主人公と周りの人の温かいやりとりが好きで読んでいます。 これまで読み進めていて感じるのは別の方の視点が多すぎて、同じ文章が繰り返される事。読み飛ばしてしまえばいいのでしょうが読んでいて失敗したと物凄く…
そのうちアーシェも外堀埋められ王妃に 必然!必然!
王様しか入れないはずの部屋になぜ入れるのでしょう‥?
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