13 おばけがでるよ
私がお昼寝から目覚めた後、ローズ母様、ローディン叔父様、リンクさんとデイン家の厨房を訪れた。
今日はこれからお米を炊くのだ。
「食品庫はこちらですよ」
デイン家の料理長クランさんが案内してくれた。
クランさんはミルクティー色の髪と茶色の瞳をした、30代後半くらいの人の好さそうな雰囲気の人だ。
「へえ。自分家なのに初めて入るな」
リンクさんがそういうと。
「普通の貴族の方々は厨房に入ることなどありえませんよ」
と戸惑った感じで返されていた。
そうなのだ。
普通の貴族は自分の身の回りのことはすべてメイドや侍従たちが行う。
掃除や洗濯、料理など一生やることがないのが当たり前なのだ。
さらに、子育ても乳母やメイドが行うものなので、ローズ母様のようにお乳を自ら与えたり、食事を作ってお風呂や寝かしつけなどする貴族の女性は、ほとんどいない。
けれど母様や叔父様たちは市井の人たちと同じ暮らしをここ数年やってきているので、今は食材や調味料に興味津々だ。
さすがは伯爵家の厨房。
商会の家の小さな台所しか見たことがなかったので、お店みたいな品ぞろえに驚きながらわくわくしていた。
「お米は持ってきているけれど、他にもなにか作りたいわね」
母様がカブとキュウリを手にしながら言うと、クランさんが。
「僭越ながらローズ様。何をおつくりになるかお教え願えますか?」
「あら。料理長のような立派なものは作れないわ。お米をパン替わりに炊くのと、なにか一品足したいの。メイン料理などはいつも通りにお願いするわ」
「承りました。米を扱うのは初めてなので、傍で見ていてよろしいでしょうか」
「もちろんよ。手際が悪くて申し訳ないけど勘弁してね」
「とんでもございません。よろしくお願いします!」
私は目の前に広がる食料品店ばりの品ぞろえにわくわくしていた。
野菜はこっちの世界特有のものもあるけれど、ナスやピーマン、トマトなど馴染み深いものがいっぱいだ。
秋なので、キノコや栗もある。
あと、6畳ほどもある部屋まるごとが冷蔵庫になっていてビックリした。
「ここは冷蔵室です。デイン領は海産物が多く獲れるため魚料理を毎日作るので、冷蔵室があるのです。肉や傷みやすい野菜もこちらに置いてあります」
「あと、こちらはですね……」
と、クランさんが調味料の棚の下から、小さめの木箱を取り出して埃を払った。
「数年前にローズマリー様が大陸にご旅行された時にお土産としていただいた調味料なんですが、使い方が分からなくて」
ローズマリー様とはローズ母様とローディン叔父様のお母様だ。
「大陸というと、米の種を買ったところか」
そのローディン叔父様の言葉に驚いた。
なんと?
米が主食の国ならば、当然、私が愛してやまないあの調味料が入っているはず!!
クランさんが箱の汚れを濡れた布で拭きながら。
「保存魔法をかけた箱に入れていたものなので、劣化はしておりません。米を使った料理ならこちらが合うかと思いまして」
そう言って、クランさんが箱を開けた。
そこには。
私がずっと探していた宝物が入っていた。
「みんな茶色だったり黒だったりと、食べ物の色とは思えなくてですね」
クランさんがいいながら箱の中身を台の上に出していった。
「へえ。確かに、みんな色が濃いな。こっちでは使わない調味料だな」
私の目がきらきらしているのが分かったのか、ローディン叔父様が笑った。
「アーシェ、気になるんだな?」
「あい!」
もちろんだ!
「少しずつその調味料を小皿に入れてくれ。味見してみよう」
小皿に盛られたのは、濃い茶色の液体。
そう、日本人には忘れられない味の『醤油』だ。
もう一つは、少し粒感が残った茶色の『味噌』、しかも私が前世でよく作った『糀味噌』だ!
「おいちい! しゅごいおいちい!!」
日本人だった魂が求めていた味! やっと見つけた!!
「俺はずいぶん塩辛いと思うが、旨いのか? アーシェ」
「おいちい! しゅごくおいちい!!」
何度でもいう! 醤油と味噌は美味しいのだ!!
「ははは。目がきらきらしてるぞ」
「これ、ちゅかってもいいの?」
わくわくしながら聞くと。
「よろしいですよ。実は同じものを数箱いただいたのです。ひと箱差し上げますね」
やった~!! 味噌と醤油ゲット!!
「ありがとうごじゃいましゅ!」
箱の中には瓶に入った醤油が2本、陶器に入った味噌が一つ、そして箱の脇には昆布が数本入っていた。私の味覚が欲しくて堪らなかったものばかりだ!!
これまで揃うと、懐かしい味が食べたくなった。
私の中で絶対に忘れられない味。
いざ、再現!!
「かあしゃま、ちゅくる!」
「そうね。一緒に作りましょうね」
その後、いくつかの食材を貰って作り始めた。
とは言っても作るのは母様たち。
私は監督(?)だ。
米は鍋を三つ用意した。
一つ目は、基本の、何も入れないシンプルなごはん。
二つ目は、刻んだニンニクと塩とバターを入れたもの。簡単なガーリックライスにする。
ここまでは家で考えてきたものだ。
さっき新たに用意してもらったのは、ごぼうとニンジン。
それをボウルいっぱいにささがきにしてもらった。
「ごぼうはあく抜きしますね」
と料理長のクランさんが手際よく水の中にごぼうをささがきにして行った。
「この水につけているコンブはどうするんでしょう」
クランさんの隣でリンクさんがニンジンをささがきにしている。
「さあな。でも子供のすることだ。まあ、見守ってやってくれ」
「それに、アーシェの作ったものでハズレがあったことがないからね。僕は楽しみだよ」
ローディン叔父様はにんにくをみじん切りに、そしてガーリックライスの仕上げ用のパセリを刻んでいる。
「お二人とも上手ですね」
「バーティア領に行ってから、食事は自分たちで作っているからな。簡単なものなら何とかな」
「アーシェにはちゃんと食べさせたいからね」
「でも、私、いまだにお魚は捌けないのよ」
マイタケを手でほぐしながら母様が言う。
「ローズ様。それだけできれば十分ですよ」
お米を研いだり、食材を切り、調理器具をさっと用意するなど、調理の段取りも手際がいい。
手慣れている証拠だ。
「でもウチで一番の料理人はアーシェだよな~」
「そうなのですか? まだ小さいお子様でしょう?」
「味覚が敏感なんだよ。調味料とか一口、口にするだけで、どれとどれを組み合わせれば美味しくなるかが分かる」
「ラスクの味付けは、全部アーシェが考えたからね」
「す、すごいですね……」
ラスクは基本の味付けでも、結構な種類があった。
絶品と言われる、シュガーバターやガーリックオイル、廃糖蜜の他にも多岐にわたる。
「あと、面白いのがさ。あれ、なんだよな」
リンクさんが夕飯のメインディッシュの海鮮の入ったバットを指さした。
「ああ。エビか」
ローディン叔父様も笑っている。
「エビですか? そういえば商会のお家ではよくエビを召し上がっているのですよね」
「そうそう。殻ごとオイルで焼いて食べるのが好きなんだけどさ。殻まで食べようとするんだよな。アーシェは」
「か、硬いですよね。子供ならたべないのでは?」
「そう、硬いんだよ。で、結局残念そうに残したんだけどさ」
「次の日の朝に、からっからに乾いたエビの殻をすり鉢で砕いてたんだ」
「は……」
「さすがに、エビの殻は食べさせられないと思って取り上げたら、ものすごく怒って」
「「『もったいないおばけがでる!』ってな!」」
思い出して爆笑。
母様もくすくす笑っている。
「は······」
「で。泣かせちまったからな。代わりにすり鉢で粉々にしてやったんだよ」
「そしたら、よろこんでそのエビの殻を瓶にいれて宝物みたいにして」
「「リボンまでつけてな」」
くすくすくす。笑いが止まらない。
「そしたら、その日の夕飯にグリルしたカボチャと野菜の上にエビの殻と塩がかかってて」
「「絶品だった!」」
ローディン叔父様とリンクさんの声がまた重なった。
「は……エビ殻の粉末と塩ですか……貴族の肥えた舌をうならせたとはすごいですね……」
クランさん目が点になってるよ。
「エビは殻まで美味いんだっていうのを初めて知ったんだよな~」
「それからはエビの殻は調味料としてウチにストックしてる」
「そうそう、塩も入れてエビ塩にしてな」
「捨てるとアーシェが怒るからな」
「「『もったいないおばけがでる!』ってな!」」
──そこ、二度も言わないで欲しい。
取り上げられた時、悔しくて地団駄踏んだんだよね。
でも大事な命をいただいてるんだから、最後まで大切にいただきましょう。
粗末になんかしたら、もったいないオバケが出るんだからね!!
お読みいただきありがとうございます。