126 アルトゥール・アウルスの仲間たち
更新が遅くなって申し訳ありません。
書き溜めていますので、これから数日おきに更新できると思います。
ウルド国のアルトゥール・アウルス視点です。
私はアルトゥール・アウルス。
ウルド国の北方に小さな領地を持つ、アウルス子爵家の現在の当主だ。
数日前、アースクリス国のクリスフィア公爵とその部下がダリル公爵と共にアウルス子爵領を訪れ、創世の女神様の神殿の周辺の森に、女神様を象徴する花―――キクの花を一株植えていった。
今日はその根付きを確認するために、彼らは再び訪れたのだ。
彼らは始めにダリル公爵領に女神様の花を植え、次にアウルス子爵領にキクの花を植えた後、西側の海沿いあるランテッド男爵領にキクの花を植えに行き、そのランテッド男爵領からの帰り道で再びアウルス子爵領を訪れたのだ。
その時クリスフィア公爵の希望で、私の伯父であり前アウルス子爵であるラデュレ・アウルスと私の母であるサラディナが本日神殿での会談に同席した。
そこには、ランテッド男爵も同席していた。
ランテッド男爵領からの数日間の旅程の間、ずいぶんとクリスフィア公爵と打ち解けたらしい。
ここしばらく見ていなかった親友の笑みを見て驚いた。
ランテッド男爵の曾祖父は名字を持たない平民であったが、造船技術を外国で学んでウルド国に戻り、海沿いのランテッド男爵領で造船業を興して財を成した有名な人だ。
その手腕を当時のランテッド男爵に買われ、ランテッド男爵令嬢との婚姻によって男爵位を得た。
男爵となったランテッド男爵は、商会を興し国中の主な街へ次々と販路を拡大した。
現在のランテッド男爵である、カリル・ランテッド男爵は、私の20数年来の親友だ。
黒髪に茶色の瞳。平民だった曾祖父の色彩を受け継いだゆえに、血統を重要視する貴族に、『平民の血が入っている』と格下に見られ嘲られていた。
しかし、彼は。
『平民の血が入っているのは事実だし、それを卑下してはいないよ。商売にはいろんな視点が必要だからさ。―――ああ、あの貴族ね。ああいう貴族でもウチのお客さんだしね。―――でも今の失言の分、……後でがっぽり巻き上げさせてもらうよ』
と、不敵に笑っていたのだ。
商魂逞しい上に、強い。
―――そしてウルド王家に反旗を翻すことを決めた私に、すぐさま賛同してくれた友だ。
『俺は平民から貴族、ウルド国の内情を知っている。俺を味方につけるとお得だぞ』
と味方の少なかった私たちの大きな味方になってくれた。
今まで培ってきたランテッド男爵家の情報網は素晴らしく、軍の動きや物資の動き、各地の人々や暮らしの状況など、軍と王家に情報操作されたものではなく、『事実』がもたらされた。
―――その情報で、各地の凶作を現実のものとして知ることになった。
開戦後、その年から作物の凶作が続いたが、定められた税は下がることが無く上がる一方だった。
免税を申し出るものは投獄、見せしめに処刑―――
恐怖でなけなしの食糧を差し出し、弱き者が悲しき最期を迎えていく―――
秘かにダリル公爵と共に王家に反旗を翻すことを決めた頃、ランテッド男爵が私に参戦を申し出た時の言葉は今も覚えている。
『俺には平民の血が入っている。だがそれが何だっていうんだ。平民にも尊敬できる人たちは沢山いる。そもそも貴族と平民って生まれた家が違うっていうだけで、おんなじ人間だろう? 平民にもろくでもない奴がいるのと同じように、貴族にもろくでもない奴がいる。権力を持っていると余計に残酷になる分、貴族の方が厄介だ。―――今回のウルド王家の仕打ちは、まさにそれだ』
『―――俺は職業柄、身分を問わずたくさんの人間と接触してきた。おかげで人を見る目はあると自負している。―――だからこそ、この戦争を起こした奴らのことは、人として許せない』
ランテッド男爵は握った拳を振るわせていた。
『それに、何よりも―――うちで作った軍船で人が殺されるのは―――もう、嫌だ』
それはランテッド男爵の―――心の奥底からの、血を吐くような思いだった。
軍の命令で造船された軍船。
その大部分は私の親友であるランテッド男爵の造船所で作られたものだった。
そしてその軍船はジェンド国やアンベール国にも輸出されていた。
開戦直後にたくさんの船が撃沈された。
ウルド王家から追加造船の命令が下され、軍船を作り続けながらも、ランテッド男爵はずっと、―――ずっと葛藤を抱えてきた。
―――嫌だ。嫌だ。嫌だ―――
―――ランテッド男爵は苦しんだ。
領民の暮らしを守るために国に隷属し、いつまで心を殺したまま、人殺しの為の道具を作り続けなければならないのか―――と。
それに軍の連中は言っていたという。
戦争に勝ったら、アースクリス国の女子供を奴隷にして他の大陸に売り払う。
その運搬船も特注するぞ―――と。
―――ランテッド男爵はそのおぞましさに震えた。
このままウルド王家の言いなりになることが。
―――そして、その人道に悖る行為の一端を間接的に担うことになるのが、嫌で嫌でしょうがなかった。
そして、ソバの種の購入の為に訪れたアウルス子爵領で、―――反乱軍の結成について、ダリル公爵と秘かに話し合っていたのを聞き、『俺も参戦する!』と飛び込んできたのだった。
―――私たちが反旗を翻すことを決めたのは、開戦後2年ほど経った頃だった。
ウルド王家からの命令で、食糧を大量に供出した。
開戦後穀物が不作となった為、『国の為』に備蓄を開放しろというものだった。
ダリル公爵領、アウルス子爵領、ランテッド男爵領は比較的に冷害の被害が少なかった為、領民の備蓄ギリギリを残して、その他の穀物を無償で王家に納めたのだ。
―――それなのに。
その大量の食糧は、飢えに苦しむ民に麦やソバの一粒たりとも回されることなく―――王族や上級貴族の懐におさめられた。
王家の言った『国の為に』という言葉は、『国の上層部の為に』ということだったのだ。
―――では、民はどうなる? 別途に王家から救いの手が差し伸べられるのか―――?
一縷の望みはその後の王家の名による食糧の強奪で―――消えた。
◇◇◇
―――凶作が続く中、こっそりと『ソバの種を分けて欲しい』と他の領地からたくさんの者がアウルス子爵領を訪れるようになった。
ソバはアウルス子爵領とランテッド男爵領、そして今はダリル公爵領、この三つの領地でしか育てられていない。
『ソバは痩せた土地に生える』と言われているゆえに、矜持の高い貴族はソバを植えることは自分の領地が痩せていると認めることとなる為に忌避してきたのだ。
だが、プライドを捨てなければ、領民が死ぬ。そう思った他の領地の領主たちが次々とアウルス子爵領を訪れた。
続く凶作。それでも現実を知らない王家や上層部は、命令ひとつで民を苦しめる。
上層部に上奏したとしても、元から民の生活など知らない者はその苦労を知らない。
ただ、『王である』『王族である』という身分のせいで。
愚かな王であっても、それは絶対の法として、理不尽であっても従わなければならないのだ。
王家の仕打ちのせいで飢えにあえぐ領民を救おうとプライドを捨てて領主たちは立ち上がった。
だが、ソバの種を分けてもらおうと訪れたアウルス子爵領で、領主たちは驚いた。
アウルス子爵領は、紛れもなく寒冷で僻地であるというのに、自分たちの領地に十分にないものが、アウルス子爵領には当たり前のようにあったからだ。
そして、アウルス子爵領を見た者たちは、ソバの種を分けてもらうだけではなく、幾度もアウルス子爵領を訪れるようになった。
その交流でいつしか信頼が築かれ、多くの領主たちが、反乱連合軍として共に戦うことを選んだのである。
―――その中には『ソバは痩せた土地に生える』と、かつて、あからさまにアウルス子爵を馬鹿にしたことのあった、レジーナ伯爵も含まれていた。
―――開戦から3年近く経った頃、レジーナ伯爵は、身分違いの恋をして屋敷の庭師だった男と家を飛び出した娘を4年ぶりに見つけ出した。
娘は、早くに亡くなった妻にそっくりで、誰よりも可愛がっていた娘を手の届くところに置きたかった彼は、娘を探すのを諦めなかったのだ。
そうしてやっと見つけた場所は―――レジーナ伯爵領の農民の家。
灯台下暗しというが―――そこで餓死寸前になっていたのだ。
夫を徴兵され、働き手がいない上に、凶作により作物の収穫量も激減し、なけなしの備蓄も軍に強奪された。
子どもを飢えから救うために実家のレジーナ伯爵家に戻ろうとしたが、『働き手を逃がさぬように』という指示が出ていた為、逃げたと誤解され、鞭うたれ、その上監視をされて―――どうすることも出来ずにいたという。
見せしめのように鞭を振るわれた時に身に着けていたペンダントがちぎれ落ち、その紋章からレジーナ伯爵家へと連絡が入った。
レジーナ伯爵が、伯爵家の紋章が入ったペンダントを見つけたという情報を受けて、自らの足で確認の為に向かった先は、ひどく粗末な家だった。
冬には雪が入り込むような―――小屋のような家。
税が払えなかった領民は家を取られ、このような小屋に押し込まれる。
まさかこんなところに、伯爵令嬢の自分の娘がいるはずはない、とレジーナ伯爵は思った―――が。
そこで、やせ細りボロボロの状態の娘と、その息子―――自分の孫の姿を見たのだ。
娘に駆け寄ると、娘は目を開けなかった。
鞭打たれた傷が悪化し、高熱を出していた。
連れ帰り、医師の治療を受けさせ―――現実を突きつけられた。
もう何か月もろくな食事をとっていなかったこと。
手には農作業の傷や土汚れが染み付いていた。
背には農作業をせず逃げだした者への罰として、鞭うたれた生々しい傷があったこと。
そして。小さな孫息子は極度の栄養失調により成長が遅れ、目がほとんど見えていなかったこと―――
レジーナ伯爵は、自分のしてきたことに青褪めた。
―――それは王家の指示で、何も考えずにそのとおりに部下に指示をしたのは自分だったからだ。
それが―――まさか大事な娘に降りかかるとは思わなかったのだ。
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