125 手の上でおどらされています
ローディン叔父様視点です。
区切りの都合上、今回少し短いです。
その為に母はこの贈り物を今この場で渡すように仕向けたのだろう。
母の意図を正しく汲み取った祖父が箱の中から何枚かのスタイを取り出し、父にある部分を見せつけながら問いかけた。
「―――ダリウス。お前がアーシェラを孤児院に送ろうと思っていることは、ローズマリーの了承を得ていたことか? こうやってローズマリー手縫いのスタイがアーシェラに贈られてきているが」
何枚ものスタイは母が刺繍を施したものだ。
母はスタイに自分の名前でもあるローズマリーの花を刺繍していた。
そして、アーシェの為に母自らデザインしたかわいいベビー服にも、ローズマリーの花の刺繍がされていた。
母の瞳の色と同じ、青色のローズマリーの花。
そして母自らが守りの魔法を込めて刺した刺繍。
それは父のクラヴァットやハンカチにも同じ刺繍がされているのだ。
見覚えがないとは口が裂けても言えないだろう。
これはアーシェを大事にしているという、母の意思表示なのだ。
その刺繍を見た父は、もう何も言えなかった。
「――――――」
「もう一度言っておく。ローズマリーの判断に間違いはない。―――アーシェラはここで育てる。分かったな?」
母がアーシェラを受け入れ、大事にしているという事実。
父は、アーシェを無理やり孤児院に入れたとしたら、母に捨てられるとでも思ったのか―――急に青褪めた。
父を思う存分甘やかしたマリウス侯爵家の曾祖父母や祖母が亡くなってから、父の味方になってくれるのは母のローズマリーだけだったからだ。(味方と言っても、体よく手の上で踊らされているのだが)
唯一の味方の妻に捨てられるよりかは、と思ったらしく、父は渋々ながら了承した。
父は母に嫌われることが何よりも怖いのだ。
母は近いうちに父がしでかすことをわかっていた。
そして一番効果的に自分がアーシェラを受け入れて大事にしていることを見せつけたのだ。
母の手の上で父がコロコロと転がされているのが分かる。
その日以降父がアーシェラを孤児院に入れろと喚き散らすことはなくなった。
だがアーシェを気に入らないのは変わらないらしく、私には嫌味を言う。
母や祖父が怖いので私にしか言えないのだから、私もいつものことだと聞き流しておいている。
すでに見限った父の言う言葉はどうでもいいのだ。
私には父よりもアーシェの方が何百倍も何千倍も大事なのだから。
アーシェのその笑顔が、泣き声が、温かさが―――いつの間にか自分にとって、なくてはならないものになっていたのだ。
◇◇◇
朝日が昇り、明るくなったダリル公爵領を見渡しながら、そっと服の上からアーシェがくれたペンダントを押さえた。
バーティアの結晶石にアーシェがあの小さな手で一生懸命折った金色の聖布の鳥と、アメジストのお守りが入った―――アーシェと祖父が二人で魔力を込めて作ってくれたもの。
アーシェも姉も祖父も、そしてリンクもバーティアの結晶石を身に着けている。
そして同じく聖布で作った鳥も入っているので、なんだか皆とつながっているような気持ちになるのだ。
だから、話をしたいと思った時は、ペンダントに触れる。
―――応えはないと分かっているけれど。
―――アーシェ。アースクリス国を出てから、もう、ひと月経ったよ。
寒い朝は、アーシェが湯たんぽだった。とあらためて思った。
血が繋がっていないのに、ローズ姉上とそっくりの笑顔。
―――アーシェの声を聞きたい。
『おじしゃま』と私を呼ぶ、まだまだ舌足らずの可愛い声を毎日聞きたい。
よちよち歩きの愛らしさ。
手を伸ばして抱っこをせがむ愛らしさ。
椅子に上がって小さな手で一生懸命鍋をかき混ぜるあのかわいい仕草と後ろ姿。
ずっと見ていても飽きることのなかった寝顔。
王都で別れた時、顔をぐしゃぐしゃにして泣いたアーシェ。
姪バカと言われようと構わない。
大事なのだ。
アーシェの笑顔を護りたいのだ。
戦争を早く終わらせて、帰りたい。
アーシェの笑顔をみたい。声が聞きたい。
だから。絶対に生きて帰る―――それが私にとって一番大事なことなのだ。
その為に、確実に自分の役目を果たす。
魔術師要員の私は、敵の魔術師の攻撃を事前に感知し、防御し、逆にやり返すのが与えられた役目だ。
次の攻撃が出来ないように―――魔力の目を潰す。
―――絶対に生きて帰るのだ。
お読みいただきありがとうございます。




