124 父と母の力関係
ローディン叔父様視点です。
「―――ああ、夏用の服ですね。薄手の肌着も。よかったです。暑くなってきたので薄手の生地のものを購入しようと思っていたんです」
箱の中身を確認すると、夏用の新しいベビー服や手縫いのスタイなどがたくさん入っていた。
「刺繍を入れるのに少し時間がかかったそうだ」
母はアーシェへ贈る服には、必ず自ら刺繍を入れていた。
「な、なぜ。ローズマリーが……」
父は尻もちをついたまま、アーシェへのプレゼントの服を呆然と見ていた。
まさか、母がアーシェを受け入れているとは思っていなかったのだろう。
「―――母上はアーシェラが身に着けるもの、すべてを用意してくださっています」
そう言うと、父が『馬鹿な』と呟いている。
父は母に弱い。というより、べったりと依存しているのだ。
母であるローズマリーは父の手綱を握り、余計なことをしでかさないように、今までもしてくれていたはず―――なのだが。
「父上。―――母上は、その取引について賛成されていましたか?」
父が気まずそうに目を逸らした。
ということは、母に反対されたがその話があまりに父にとって魅力的なのだろう。
「バーティア領に近い鉱山だ。それを手に入れたら結晶石が手に入る!!」
父は結晶石が採れないことがバーティア領が栄えない理由だと思っている。
父に教えるつもりはさらさらないが、バーティアは大陸でも希少な結晶石が採れ、その特殊性ゆえに王家と切れない繋がりをもつ家だ。
そしてその結晶石は特殊な力を持つために秘されている。
バーティア領にもそれ以外の結晶石は埋蔵されているが、山ではなく、地下深くの地層にあるせいで採掘は容易ではない。
採掘にはかなりの投資が必要なのだ。
今のバーティア子爵家に出せる金額ではない。
ならば、と。採掘に年月と金がかかる地下よりも、すぐに採掘可能な鉱山を購入しようと思ったらしい。
父の母方の実家であるマリウス侯爵家は豊富な鉱脈が地表近くにあるおかげで、労せずとも大金が手に入る。
それを知っている怠惰な父が鉱山を欲しがるのも理解できるが、父が詐欺グループに勧められたのは―――結晶石が採れない山だった。
しっかりと結晶石に関する地理や歴史を勉強をしていたのならすぐにわかるものだが―――どこまで父が詐欺グループになめ切られているのか、わかる事案だ。
父の行動は傍付きの者から逐一報告されているので、父に接触してきた者も、その内容もすでに把握済みだ。
借金を重ね続けていたので正規の金融機関から借りることは出来ない。
高利貸しにもデイン伯爵家から脅しをかけているので父が借金を断られていることは確認済みだ。
だからこそ、祖父に禁じられたバーティア商会からその資金を捻出させようと、安易に考えてほいほいと行動に移したのだろう。
どれもこれもが腹立たしい。
「ローズマリーはこの書類を見るなり投げ捨てたが、私にはわかる!! ここは私が買うべき土地なのだ!!」
―――その愚かさに呆れてものが言えない。
祖父が父が示した書類を取り上げて、はあ、とため息をついた。
「―――買うのはいいが、5000万リル以上はださん」
その山は数代前のカーマイン男爵が百年ほど前に5000万リルで購入したと調べがついている。
「なっ! 10億リルのところを2億リルでいいと言っているのですよ! ここが手に入ったら結晶石を採掘すれば、購入した金額の何倍もの利益を得られます!!」
「カーマイン男爵がこの山の土地を購入した時は5000万リルだった。それだけの価値しかないのに2億リルだと?」
「……は? カーマイン男爵……?」
祖父の言葉に、父がほうけたような声を出した。
それはそうだろう。その書類には実際の権利者のカーマイン男爵の名ではない者の名が所有者として記載されていたのだから。
「ダリウス。この土地は隣地のイヌリン伯爵が事業に失敗した時に借金の返済の為にカーマイン男爵に売った山だ。国の地質調査報告書もある。この山には結晶石の鉱脈はない」
「それにここはまだカーマイン男爵の名義のままであることを確認済みだ。お前は誰に2億もの金を支払うつもりだ?」
つまり、詐欺グループに2億もの金を巻き上げられて終わりだということだ。
「で、でも。情報屋を使って調べました」
「その情報屋もグルだ。この登記書類は精巧に作ってあるが偽物だ。―――ずいぶんと手が込んでいるな。まあ、2億リルもの金をだまし取ろうとしているのだ。用意周到になるのも当たり前だな」
話を持ち掛けた者。情報屋。書類偽造を請け負う者。
父から金をだまし取ろうと、いろいろな人物が手を組んでいたのをすでに掴んでいる。
ビトーから本物の土地の登記書類を示された父は、やっと自分が騙されていることに思い当たったのだろう。顔色が蒼白になり、口をパクパクと開けたり閉じたりしている。
「遠いデイン辺境伯領から嫁入りしてきたローズマリーの方が、お前よりもバーティア領周辺の地理や歴史、現状までも分かっているということだ。―――ローズマリーの判断に間違いはなかったのだ」
父は子爵家の当主ではあるが、母にべったりと依存している。
その寄生気質を利用して、母は、父が行う事業のことは母の了承を得ることを父に義務付けている。
おかげで母が嫁いできてからバーティアの損失は想定範囲内に収まっている。
母がいなければ子爵領は借金まみれとなって、私の次代にまでその苦労を背負わせてしまっていただろう。
「じ、じゃあ、この話をした時ローズマリーが私を睨みつけていたのは……」
「詐欺グループにすっかりと騙されている、間抜けすぎるお前に対して怒っているに決まっているだろう」
その言葉にびくり、と父が震えた。
父にとって、祖父に怒られることより、母に軽蔑されることがなによりも怖いのだ。
「ローズマリーはお前のサポートを的確にしてくれているのだ。なぜそれをきちんと受け止めず突っ走った」
父にとっては妻であるローズマリーを引き合いに出されると弱い。
母の『却下』は正しかったのだと、やっと父は理解した。
「お前に取引を匂わせた奴らはこれを機会に私が完膚なきまでに潰してやる。―――お前はやつらをおびき出せ」
ギラリ、と剣呑な光を宿した祖父の瞳に、―――もう声も出せないのだろう。
父がこくこくと壊れたおもちゃのように頭を縦に振った。
すぐに祖父が詐欺グループを完膚なきまでに叩き潰すだろう。
戦争の混乱で祖父が数か月近く領地に不在だった時期を狙って、父に接触して甘い話を持ち掛け、父から金を巻き上げようとしたのだ。情状酌量の余地はない。
まんまと騙された若い頃とは違って、今の父の周りの人間は祖父の息のかかった者ばかりだ。
父のこれ以上の愚行を阻止するためにバーティア家のみならず、デイン伯爵家も目を光らせている。
なにしろ、若い時に父が作った多額の借金はまだまだ残っている。これ以上借金を重ねられては困るのだ。
今回の事件を調べているうちに、同様の手口での別件での容疑も固まった。
その一味の中には嘆かわしくも我が国の貴族も一枚かんでいた為、国王陛下からその貴族共々一味の捕縛命令がすでに出されている。
きっちりと罪を償ってもらおうではないか。
―――さて、これで父の愚行は未然に防ぐことができた。
―――だが、もうひとつ解決しなくてはいけない問題があった。
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