123 バーティアにはびこる雑草
ローディン叔父様視点です
ドレンさんと別れ、高い城壁の階段を下っているうちに夜が明けてきた。
太陽に照らされていく景色。同じアースクリス大陸だというのに、空気が違うように感じる。
ああ。やはりここは住み慣れたアースクリス国とは違う。
体感的にも、心に受ける感覚も違う。
冷たい風が吹き抜け、魔法で外気温を遮断していて体は冷たくはないが、心はなんだか寒い。
一人になると、思い出すのは家族や商会の仲間のこと。
―――そして、なによりも、いつの間にか自分の宝物になっていた、アーシェのこと。
バーティアの小神殿で見つけた時は、こんなにもアーシェが大事な存在になるとは思わなかった。
小さなアーシェにミルクを飲ませ、オムツを替えて、お風呂に入れて。
離乳食を作って食べさせ、着替えをさせて洗濯も。
それらは貴族に生まれた私たちには、どれもこれもやったことがないことばかり。
やり方が分からず右往左往しながら、私と姉とリンク、三人でアーシェの世話をなんとかやってこれた。
大変だったが、何故か楽しかった。
アーシェのキラキラした薄緑の大きな瞳。
私の顔を見ると嬉しそうに声をあげて笑うので、そのかわいい笑顔をみると嬉しくなる。
アーシェを抱くと、小さいのにしっかりとした命の重さを感じ―――手や腕に伝わった重さと温かさに心の中がじんわりと温かくなる。
笑顔も泣き顔も寝顔もどれもこれもが可愛い。
女神様の小神殿でアーシェを見つけてから数日。そのたった数日だけで、血のつながりなど関係なく、とてつもなくアーシェが可愛くて仕方なくなっていた。
反対されるかもしれないと心配していた祖父や母は、驚くほどあっさりとアーシェを育てることを容認してくれた。
姉の心の傷のことを思えば反対などできないという配慮だったのかもしれない。
だがやはり、厄介だったのは父だった。
姉が子どもを死産してしまった後、実家での静養が必要な姉をクズな父親は金を引き出すための道具としてクリステーア公爵家に置いておこうとした。
そのせいで、姉をバーティア子爵家に迎え入れることができなくなったのだ。
祖父や母の計らいでバーティア商会の二階に住居を構え、姉をクリステーア公爵家に迎えに行った帰りの道中にあった女神様の神殿でアーシェを見つけて連れ帰った。
父は、姉がバーティア子爵領に戻ったことを知り、激怒した。
けれど、クリステーア公爵家から姉の生活費としてまとまった金が送られてきたのを知ると、すぐに手のひらを返し、『勝手にしろ』と黙認した。
そしてクリステーア公爵家から送られてきた金品は、自分の娘に渡すのではなく自らの豪遊の為に懐に入れている。
働かなくても大金が定期的に送られてくるのだ。
金の無心をしなくても定期的にクリステーア公爵家から大金が送られてくるのだから、これ以上に美味しい話はないということだろう。
わが父ながら本当に情けない。
―――そのクズな父親に『拾い子を今すぐ孤児院に入れろ』と何度言われたことか。
実際にそれを実行しようと、アーシェを育て始めてひと月ほど経った頃、商会まで押しかけて来たことがあった。
その頃にはすでにリンクも私もアーシェをもう手放せないほどに可愛くてしょうがなくなっていた。
―――父が襲来したその日、バーティア商会は騒然となった。
『孤児院に連れていく。赤子をすぐに連れてこい!!』とわめきたてる父を、父のすぐ後に商会に駆け付けた祖父が見て激怒した。
父の行動は父付きの執事から祖父に逐一報告されているため、すぐに駆け付けたのだ。
祖父が魔法の拘束具を用いて父を縛り上げ、床に転がった自らの息子を冷ややかに見下ろしていた。
その紫色の瞳にはいまだかつて見たことのない程の、恐ろしいまでの怒りの炎と共に、祖父の周りに魔力が渦巻いているのが見えた。
「―――ダリウス。私をこれ以上怒らせるな」
その時の祖父は明らかに自分の息子に激怒しており―――父も、これまでにない怒りを祖父から感じ取ったのだろう。
いくら子爵位を譲られたとはいえ、未だ子爵家の実権を握っているのは祖父だ。
これまで幾度失敗しても、これほどまでに殺意を向けられたことがなかった父は、生まれて初めて自らの父に本気で殺されると思ったのか、ガタガタと震えていた。
祖父はその気になれば、痕跡も残さず父を葬り去ることが出来るほどの力を持っている。
魔法使いとしても、軍部においてもその手腕には誰もが認める実力者である祖父。
この場で殺されなくても、秘かに始末されるかもしれないと思ったのだろう。
さっきの横柄な態度が嘘のようになりをひそめ、祖父の顔を見て青褪めている。
私もこれほどまでに激怒した祖父を見たことがなかった。
父はバーティア商会を立ち上げる時、祖父から商会に手を出すことを禁止されていた。
バーティア商会の利益を自分の都合で利用することももちろん、商会のやり方に一切口出ししないことを約束させられていた。
だが頭の中がお花畑な父は、詐欺グループの『ちょろいやつランキング』に入っている為、甘い話にふらふらと寄っていき、その軍資金として商会の金を出させようとしに来ていたのだ。
祖父との約束もすっかり忘れていたようだ。
堂々と商会に現れて『拾い子を孤児院に入れたくないなら代わりに金を出せ』と私に向かって言ったのだ。
二重の意味で腹が立った。
この商会の利益で父が作った借金を返済しているというのに。
さらに金を無心し、アーシェを金を引き出すためのモノのように扱ったのだ。
これからもこの父は同じことを繰り返ししでかすのだろうと思うと、本気で、バーティアにはびこる雑草を摘み取って切り刻んでしまいたくなった。
父の言葉を聞いた祖父も怒りが倍増したのだろう―――はたから見ていても祖父の怒りは恐ろしかった。
「ダリウス。お前には学習能力というものがないようだな―――……商会に手出しをするなと言ったはずだ。―――その耳は飾りか。頭で理解できないのなら―――」
その殺気で、次に続く言葉が容易に想像がついた。
「ち、父上。ではせめて拾い子を孤児院に……捨てられた子など由緒正しき我がバーティア子爵家に必要ない……―――ひっ!」
シュッ! と音がしたかと思ったら、父の目の横の皮が切られて血が滴り落ちた。
もちろんその風の刃は祖父が向けたものだ。薄皮一枚正確に切るそのコントロールは流石だと感嘆する。
祖父の双眸が怒りでぎらつき、恐怖で父は尻もちをついたまま後ろに後ずさった。
―――その時、祖父付きの執事のビトーが祖父が放つ殺気の中でも動じることなく、『旦那様、これを』と大きな箱を渡してきた。
こんな時になんだ? と思ったが、その箱を見た瞬間、先ほどまでの殺気あふれた祖父の表情が一変して、ふっとやわらかくなった。
その箱には大きなピンクのリボンがかけられていて、この殺伐とした場に相応しくないことこの上ない。
だが、祖父は柔らかな笑みをたたえると、ビトーからその箱を受け取り、私へと差し出した。
「ローディン。出がけにローズマリーからこれを渡されてきた。―――アーシェラへのプレゼントだそうだ」
そのピンクのリボンのかかった大きな箱は母からの贈り物だった。
―――母であるローズマリーは、姉がバーティア商会の家に着いたその日に商会の家に訪れていた。
姉が結婚してすぐに姉の夫であるアーシュさんがアンベール国で行方不明になり、その後クリステーア公爵家のリヒャルトにより嫁ぎ先での姉の立場が危うくなった。
その頃姉のことが心配で母と一緒にクリステーア公爵家に赴いたが、『身分の低い子爵家の人間が公爵家に出入りするのは許さない』と、リヒャルトとその妻のカロリーヌに門前払いされた苦い記憶がある。
国と王宮が騒然としていたため、クリステーア公爵と王妃様付きの女官長であるレイチェル公爵夫人は王宮に詰めていて、クリステーア公爵家は次期後継者候補としてリヒャルトとその妻が幅を利かせていたのだった。
だから、どんなに心配していても姉の出産の時もその後もクリステーア公爵家に行くことが出来なかったのだ。
母は、一年半以上ぶりに会う自分の娘と、娘が抱いているアーシェを見て、目を見開いて固まっていた。
姉は明らかにやつれていて、これまでの心労が容易に想像できるほどだった。
母が訪れた時、姉は自分の部屋でアーシェに授乳をしていた。
私は弟ではあるが、さすがに授乳しているところを見るわけにはいかないので母だけが部屋に入ってしばらく話をしていた。
授乳を終えて部屋から出てきた時、アーシェを抱いていたのは姉ではなく母だった。
その時母が満面の笑みを浮かべていたのには驚いた。
てっきり反対されるかと思っていたが、母は私たちが驚くほどすんなりとアーシェを受け入れてくれて、すぐにベビー服やおむつ、ベビーベッドなど子育てに必要なものを用意してくれた。
「ふふ。可愛いわ。赤ちゃんでこんなに可愛いんだから将来が楽しみね」
と、眠っているアーシェを抱きしめ、金色の髪を撫でていた。
「しっかりと育てなさい。いくらでも協力するわよ」
「アーシェラちゃん。おばあさまよ~~」
とろけるような笑顔で、アーシェにキスを落としていた。
その日以降、私が子爵邸に戻ると、たびたび手縫いのスタイや靴下などを母は用意し手渡してくれた。
かわいいベビー服もアーシェの為に母自らデザインして作らせたのだと、驚きの才能を母は見せたのだった。
お読みいただきありがとうございます。




