12 リンクさんのおにいさん
アーシェラ、3歳の秋。
目の前には稲穂が垂れ、金色の原が広がっていた。
「おーい! 網持って来たぞ〜!」
「よっしゃ~! 稲木に被せろ〜!」
今日は稲刈りと、稲架掛けの日だ!
今日は商会の皆も、叔父様も母様もリンクさんも一緒に稲刈りに参加している。
全員で収穫だ!
叔父様とリンクさんは何度も田んぼに来ているけど、母様は初めてだ。
「ローズ様。なんだか手際がいいですね! 束ねるのがお上手です」
「ありがとう。こうやって、くるんと回して、ぎゅっと結ぶ」
「それを稲木にかけるんですよ」
ローズ母様からトーイさんが稲束を受け取って稲木にかけて行った。
叔父様もリンクさんも稲木に稲束をかけていく。
みんなが笑顔で作業をしている。
収穫は今までの苦労の集大成なのだ。
たわわに実った穂は頭を垂れて、重い。
「これが幸せの重みなのね〜」
数年収穫までいけなかった悔しさを領民たちは知っている。
収穫の喜びはひとしおだ。
「さあ! 鳥に食べられないように網を掛けるぞ〜!」
「そうだそうだ! あいつら大群で来やがるからな!!」
そう言いながら、稲を刈取り、束ねた稲を二股に分けて木の棒に素早くかけて行った。
稲木に刈り取った稲をかける稲架掛けは、麦も乾燥させていたので、同じ手法だ。
私が説明しなくても農家さんたちは長年の積み重ねで分かっていたようだ。
前世の実家でやっていたのは家の形にしていたけど、こっちは組んだ木に横棒を一本掛けたものだ。
もちろんこちらでも問題はない。
とにかく乾燥させることが大事なのだ。
逆さまにして時間をかけて乾燥させることで、稲から栄養と旨味が穂先の米に集まり、旨味が凝縮されてお米がさらに美味しくなるのだ。
前世ではこの作業が面倒くさくて嫌だったけど、父親が入院して稲架がけを出来ず、コンバインで刈り取りと脱穀までした米を乾燥機で乾燥させた年、炊いた米を食べた時に味の違いに驚いたのを思い出す。
こっちの世界で乾燥機があるか分からない。もしかしたら、魔法で乾燥させることも不可能ではないかもしれないけど。
今年初めての米は、自然の力で乾燥する。
絶対に美味しいはずだ!!
だけど、すでに美味しいのが分かるのか、スズメが大群でやって来るのだ。
何も対処しないとせっかく実った穂をすっからかんにしてしまうので困ったものだ。
だから、網をかけて防御する。
どこの世界でもスズメは穀類にとって天敵だ。
「アーシェラ様、あと数週間で米が食べられますよ!!」
トーイさんもお祖父さんも農家さんたちも、満面の笑顔だ。
「たのちみ!」
「「「そうですね! 楽しみですね!!」」」
みんなで食べるのが楽しみだ!
◇◇◇
米の収穫からしばらく経った頃、子爵家から帰ってきたローディン叔父様が居間のソファーに疲れたように座って言った。
「今度王宮に行くことになった」
「あ? 何で?」
「お祖父様がな、そろそろいいだろうってな」
「へえ」
「まあ」
何のことだろう?
でも叔父様の言葉を母様もリンクさんも理解しているようだ。
「でも親父さんて抵抗すんじゃねえの?」
「お祖父様は何か手を考えているらしい。──けど、覚悟しておけと言われた」
「いよいよ、か」
「そうだな……」
何やら難しい話らしい。ローディン叔父様もリンクさんも思案顔だ。
「……」
そして母様がとても辛そうだ。
「お前も連れて来いってさ」
「は? そりゃあ、来いって言うなら行くけど、この家にローズとアーシェを置いて俺達だけで行くのか? 今まで必ずどっちか家にいたろう、どうすんだ?」
「連れて行く。許可も取った」
叔父様がはっきりと言った。
「僕達のいない家に置いて行くなんて、そんな愚挙はしない」
そうだな、とリンクさんが頷いた。
「王都のデイン伯爵家別邸に姉さんとアーシェの滞在をお祖父様が頼んでくれた」
「ああ、ウチなら安全確保出来るな」
「りんくおじしゃまのおうち?」
「ああ。アーシェは王都に行くのは初めてだもんな。そうだ。今回は無理だが、いつかウチの領地に連れて行ってやるな。海がキレイだぞ」
「うみ! みたい!」
こっちの世界ではまだ見たことがない。
絵本でみただけだ。
「ああ。そのうちな。代わりに王都にあるデイン家の商会に行ってみよう。こっちにはない珍しいものがいっぱいあるぞ」
「いっぱい?」
「デイン伯爵領は主に川と海に面している。内陸のこことは全く品ぞろえが違うんだ」
デイン伯爵は辺境伯だ。
大きな港を有していて、外国との交易の一端を担っている。
水産物が特産で、よくデイン伯爵領からエビや貝が送られてくる。
なぜエビかというと、単純に母様が魚をさばけないからだ。
いろいろと料理を頑張ってきたけれど、頭を取ったり内臓を取ったりはお嬢様育ちのローズ母様にはハードルが高すぎた。
エビは私をはじめ、みんなが好きなので、届いたらみんなで殻むきを手伝う。
貝は砂抜きをうまく出来れば美味しくいただける。
ちなみにお魚は、魚がさばけない母様や叔父様たちの為にスタンさんが一役買ってくれる。といった感じだ。
「おしゃかな、いっぱい?」
「ああ。運河沿いの市場の近くに商会があるから行ってみような」
「いく!」
「デイン家の商会も天使の蜂蜜を取り扱い出来るように運んでいこう」
高く売れるぞ。とリンクさんが不敵に笑った。
「米もデイン伯爵家にも用意してくれ。親父たちを驚かせようぜ!」
「もちろんだ。お祖父様にもいらしてもらおう」
「食べ方が分からないと困るわね。厨房を貸してもらえるようにしておいてもらえるかしら」
母様もとっても楽しそうだ。
もちろん私もとっても楽しみだ。
私にとって、家族との初めての旅行なのだ。
楽しみでしょうがない。
◇◇◇
「やあやあやあ! きみがアーシェラか! さあ! 私においで!!」
「待て! 兄さんいきなりなんだ! アーシェが驚いてる!!」
「いいじゃないか。ウチには子供がいないんだ。抱かせてくれてもいいだろう!!」
デイン伯爵家の前に着いたとたん馬車の扉がいきなり開けられ、リンクさんそっくりの銀髪碧眼の男性が満面の笑顔でぱっと私に手を伸ばした。
リンクさんより3歳年上だけれど、双子かと思うほどリンクさんそっくりの顔立ち。髪もリンクさんと同じように緩く結んで肩にかけている。
驚いて思わずローディン叔父様にしがみついたので、叔父様は『大丈夫だ』とぽんぽんと優しく背中を撫でてくれた。
「アーシェ。リンクおじ様のお兄様よ。優しい人だから大丈夫。さあ、ご挨拶しましょうね」
悪い人じゃないのは分かる。
こんな馬車の中でいいの? と思ったけど、叔父様に座席から降ろしてもらってお辞儀した。
「おはちゅにおめにかかりましゅ。あーちぇ……あーしぇらでしゅ」
言葉がうまく言えない。
ゆっくりなら何とかいけそうなんだけど。
近所の同じ年の頃の子供はずいぶん話せるのになぁ。
「うん。私はホークだよ。一生懸命挨拶してくれてかわいいなあ。さあ、おいで」
どうやら大丈夫そうだ。
手を伸ばすと、笑顔でやさしく抱っこしてくれた。
通されたのはデイン家の居間だった。
気持ちのいいソファには私を挟んで両脇にローディン叔父様とローズ母様。テーブルをはさんだ向かい側にホークさんとリンクさんが座った。
テーブルにセルトさんが蜂蜜を並べると、部屋の隅に控えた。
リンクさんが一つ取ってホークさんに渡す。
「とりあえず試しに持ってきたのは、単花のアカシア蜂蜜、百花蜜を10本ずつ。そして米の蜂蜜が5本だ」
米の蜂蜜は希少なので少なめだ。
前世では米は風媒花だったけど、こっちの世界では蜂が好んで飛んできてくれたのでしっかりと蜂蜜が採れた。
米の花に蜂が来ているのを見ていて、そういえば前世では米の花に蜂がいなかったよな、と気がついた。
まあ、ちゃんと希少な米の蜂蜜が採れたから大成功だ。
「少なくない?」
とホークさん。
「これはおみやげだから、商会に卸すのは別だよ。陛下に献上後に他領への出荷を解禁するつもりだ」
「よくお目通りが叶ったねえ」
「姉さんに会いたいと、王妃様からお話があったので話を通して頂いたのです」
王妃様はローズ母様よりいくつか年上だけど、魔法学院でのお友達だったそうだ。
王宮への登城を知った王妃様がローズ母様に会いたいとのことだったので、お土産に蜂蜜と米を持っていくことにした。
それを献上するように、とローディン叔父様に言ったのは、先代のバーティア子爵様だった。
ホークさんが蜂蜜の瓶を取って日に透かして見た。
「どれどれ、これが養蜂の蜂蜜か―――へえ、濁りが全くなくてキレイだねえ」
今までこちらの世界ではハチミツはハロルドさんみたいな、蜂の巣を巣ごと採って、布などで絞り取るのが主流だった。
蜂の巣を構成している蜜蝋が壊されて出た細かい絞りかすがネックで、よく見るとほんの少し入っていることが多いのだ。
「いいねえ」
「養蜂が優れているのは巣を壊さなくてもたくさんの蜜が採れることだよ」
「それに巣箱に煙をかけることで蜂に刺される危険性も下がるし。それぞれの領地で咲く花が違ったりするから、特色がでるんじゃないか?」
「面白いね。父上と話して進めることにしよう」
どうやら養蜂箱お買い上げのようだ。
「ウチもなんか出来ないかな~って思って、片っ端から鑑定しまくってるんだがな~」
デイン伯爵家は男子直系は皆鑑定を持っているのだ。
「食用と出て、収穫したものもあるんだが、加工の仕方が全く分からないものばっかりで」
「何かって、別に海鮮は加工も出来るだけやってるんだし、これ以上どうしようも出来ないだろう」
「そうじゃなくて、海の仕事を出来ない者たちに出来る仕事を作りたいんだよ。ウチは海外との貿易業のほかに、農業も漁業もあるけど、どこの領地も同じ問題があるだろう。戦争のせいで母子家庭になったり、体が弱い家庭。身体に障害が残った者……もう戦争も5年目だ。通常時とは違うんだ。いつ終わるか分からないし、どうなるか分からない。だがせめて皆がひとしくきちんと食べられるようにしてやりたいと思うんだ」
それに、とホークさんは続けた。
「他の国から漁船で逃げてきている者もいる。難民だよ。戦争が長引くほど増えるだろうね―――」
どこの国も海に面している。魚が採れなくなったわけでもないから、海近くの者たちは飢えることがないはずなのに。
「小さい数人乗りの船に、がりがりに瘦せこけた母子と老人ばかりが何人も乗ってくるんだ。―――さすがに国境を守っていた兵士たちも、手を下すどころか、手を差し伸べずにいられなかったくらいにな」
その光景を見たというホークさんは顔を歪めた。
「アーシェラちゃんみたいな年頃の子が、ウチの領についた時に―――母親の腕の中で死んでたんだ。明らかな栄養失調だったよ……痛々しかったし見るのも辛かった」
「「「――……」」」
他の三国が民から食糧を搾り取っているという話は聞こえて来ていた。
その結果が、住み慣れた国を捨て、他国に助けを求めるまでとなったのだ。
「なんてこと……」
母様が、ぎゅうっと私を抱く力を込めた。
ローディン叔父様やリンクさんも痛ましげに目を閉じた。
「―――だからさ。受け入れられる分は受け入れようと決めた。ただその分食糧も確保しなきゃいけないだろう? 無料配給は一領主には厳しい。働いてもらわなきゃならないから、何か職を増やさなきゃいけないし。いろいろ考えることいっぱいなんだよね」
強い瞳でホークさんは言い切った。
難しいことだけど、やれることはやってやろうという気概を感じる。
いい人なんだな、と思う。
助けを求めてくるのは力の弱い人たちばかりだから。
―――そういえば。
ホークさんが言った言葉はたしか、以前にローディン叔父様も言っていた言葉と同じことだよね。
ラスク工房を作る時に。
『母子家庭や身体が弱くて働けない人たちの受け皿になってやりたい』と叔父様が言ったのだ。
養蜂箱を作っている工房だって、戦争で障害が残った人を助けるために買い取って、いろいろと仕事を作ってあげていた。
新たに立ち上げた養蜂事業も、同じように女性や老人、障害を持ってしまったルーンさんたちのような人たちを雇っていた。
「おじしゃまとおんなじ、ね。しゅごい」
「アーシェ?」
「らすくこうぼうのひと、おんにゃのひと、おなじ」
「そうね」
私の言おうとしたことが分かったらしい。
ローディン叔父様が頬を染め、ローズ母様が頷いた。
「ああ! そうそう!! ウチもラスク工房作ったんだよ!! すごく助かったよ」
ホークさんが暗くなってしまった話題を切り替えるかのように、明るい声を出した。
「あれ、画期的だったよね! あれ、どうやって出来たの?」
その問いに、ローディン叔父様とリンクさんが気まずそうに笑った。
ラスクが出来た経緯に、二人とも先代子爵様にお叱りを受けていたのだ。
ぼそぼそと二人が経緯を話しだすと、ホークさんが次第に呆れた顔になっていった。
「あ~~……そりゃあねえ。先代に怒られるのもしかたないよな。ごめんな~アーシェラちゃん。馬鹿な弟たちで」
ホークさんにとって、ローディン叔父様は弟同然のようだ。
ギロリ、とホークさんに睨まれてローディン叔父様もリンクさんも項垂れてしまった。
でも、叔父様達は馬鹿じゃないよ。
「だいじょぶ。あーちぇ、おじしゃま、りんくおじしゃま、だいしゅき」
「「アーシェ!!」」
一瞬で二人に抱きしめられた。
え。リンクさん瞬間移動? 早かったよ!
ふふふ。と母様が笑い、ホークさんも微笑んでいた。
リンクさんのお兄さん。
私はこの短い時間で、ホークさんが大好きになった。
「ほーくおじしゃまもしゅき」
そう言ったら、一瞬驚いた後、リンクさんそっくりの満面の笑顔で笑ってくれた。
「かわいいなあ。ねえ、ウチの子にならない?」
「「「駄目だ(よ)!!」」」
母様や叔父様達の言葉が重なって、ホークさんが笑い転げた。
どうやら三人をからかうのが好きみたい。
楽しそうな母様たちを見れて私もうれしくなった。
「おねむ、ね。アーシェ」
気が付いたらウトウトしていたらしい。
そういえばお昼寝の時間なのだった。
母様が優しく頭を撫でてくれたので、すぐに眠りに落ちてしまった。
赤ちゃんの頃、眠っている間に攫われた過去があるせいで、お家以外のところではなかなか眠れなかったはずなのに。
―――デイン伯爵家は安心できる場所なんだ、と。頭の片隅でそう思った。
お読みいただきありがとうございます。




