119 ふたはしらのかみさま
◇◇◇
「「「―――えええええっっ!!!?」」」
気が付いた瞬間。
みんなの驚いた声が聞こえた。
どうやら私は意識だけ別の空間に誘われていたようだ。
「壁画が!!」
「壁画が変わった!」
サンダーさんやクリスウィン公爵、リュードベリー侯爵はもちろんのこと、そこにいる誰もが祭壇の後方を見たまま固まっている。
「へきが?」
顔を上げてみて、びっくりした。
「―――ぎんいろのかみしゃま!」
―――そう。
―――壁画ががらりと変わっていたのだ。
「ど、どうしてこうなったのでしょう……」
サンダーさんが呆然と呟いた。
私が金色の獅子の神獣といた時間は、こちらでは時間が進んでいないようだった。
サンダーさんが私にセーリア神の説明をしている体勢のままだったのだ。
私が意識をこちらに戻されるまでの、ほんの数瞬、急に壁画が白く光り、その眩しさが落ち着いた後には―――セーリア神の壁画が前のものとは全く違うモノとなっていたのだ。
先ほどまでは、確かに、祭壇の正面の壁に金色の神様と右隣に銀色のフクロウの壁画があった。
それが。
今は、銀色の神様と金色の神様が二柱並んで立っている壁画に変わっていた。
そして、銀色の神様の隣には金色の獅子の神獣が、金色の神様の隣には銀色のフクロウが付き従っていた。
「セーリア神は一柱で、金色の髪をした神様。そして銀色のフクロウを従えているはずです―――」
黒表紙の聖典を持つサンダーさんの手がぶるぶると震えている。
「それなのに―――これは……」
サンダーさんの驚愕は私の比ではないだろう。
私は何も知らなかったから、セーリア神が実は二柱だったと言われ、さらに神獣様からの説明だったから、すぐに納得できた。
けれど、サンダーさんはもともとアンベール国の公爵家の末裔。
それも大神官を代々勤め上げてきた家系なのだ。
大神官に代々受け継がれて、アンベール国を脱出する時にただひとつ持ち出してきた、その大事な聖典の内容が、嘘だらけだとは知らないのだ。
真実を知ったらどんなに衝撃を受けるのだろう。
「―――さきほど、こちらの獅子の神獣が居るのを見ましたわ」
王妃様が壁画の金色の獅子を指し示し、はっきりと言いきった。
壁画の神獣は、さっきまで一緒にいた成猫サイズではなく、立派な獅子だった。
おそらくこっちが本当のサイズだったのだろう。
個人的には小さいほうが親しみやすくていいけど。
「ほ、ほんとうでございますか?」
サンダーさんが瞳を大きく見開いて王妃様を見た。
「私にはアースクリスの女神様方の加護があります。―――でも、信じられないのも仕方ありません。―――ではこうしましょう。―――『セーリア神にかかわる旨について、真実を話す誓約をここに誓う』」
最後の言葉は『言霊』だった。
つまり、王妃様が真実を話す『誓約魔法』を行使したということだった。
『誓約』を口にしたことで、足元に金色の魔術陣が現れた。
そして、魔術陣は金色の光を放ち、王妃様の身体を包み込んだ。
この誓約の行使により、真実以外は話せなくなるのだという。
『―――私の言葉は真実なり。心して受け止めよ』
王妃様の声に言霊がのせられ、不思議な響きを放った。
「はっ! はい!!」
『この世界を開闢されし数多の神々。その神々のうちの三柱はアースクリス大陸を創造された女神様』
「はい」
こくりと、サンダーさんが頷く。
『数百年前、アースクリスの女神様がたの双子の弟神様のお創りになられたセーリア大陸において、罪を犯したウルド国、ジェンド国、アンベール国の島が沈んだ』
あの銀色の神様と金色の神様は、アースクリスの女神様たちの双子の弟神だったのか。
「!!!」
サンダーさんが雷にうたれたように、赤紫色の瞳をめいっぱい見開いた。
『姉神様であられたアースクリスの女神様たちは、双子の弟神の慈悲の意思を汲み、罪を犯した一族をアースクリス大陸に迎え入れた』
「…………」
サンダーさんの口が開いたまま言葉が出てこない。相当衝撃を受けたようだ。
どんどん顔色が青褪めて行った。
『しかし、その一族はアースクリス大陸へと民を守り導いたフクロウを神獣とする金色の神様を崇めることにし、セーリア大陸に侵略した際に一族を誅した獅子の神獣を従える銀色の神様をないものとして扱った―――これが真実である』
「…………はい」
ふわり、と、王妃様の足元の魔術陣が溶けるように消えて行った。
誓約による真実を述べる魔法は終わったようだ。
「―――開闢記にもセーリア大陸は二柱だと刻印されているし、アースクリスの古い文献にもそれは記載されている。だが、ウルド国、ジェンド国、アンベール国でこのことを知っている者は少数だろうな」
「徹底して洗脳したみたいですからね」
クリスウィン公爵やリュードベリー侯爵はセーリア大陸の主神が二柱であることを知っていた。
ウルド国やジェンド国、アンベール国が隠蔽しても、真実は残るものだ。
アースクリス国には正しき歴史が残っていた。
だがそれはあらゆる場面で戦争の火種となるために、表立って出ることはなかった。
けれどこの事実は、アースクリス国王立図書館の歴史書にも記載されている事柄でもあり、王族や研究者などは知っている。
もちろん上級貴族になるほど知識として教師から教えられる。
信じるか信じないかは人それぞれではあるが。
リンクさんやローズ母様も家庭教師に聞いたと話しているので、もちろんディークひいおじい様も知っている。
しかし三国では、過去の上層部の思惑通り徹底した隠蔽が功を奏し、真実を知る者も全くと言っていいほどいないため、アースクリスと三国の人間では話がかみ合わない。
また、アースクリス国の貴族の中でも、三国との余計な争いごとを回避する為に自然と口をつぐむことが暗黙の了解となっていたことが、アースクリス国の民にも三国の主神であるセーリア神が二柱の神様であると広まらなかった理由である。
「……大神官に与えられたこの聖典は―――隠蔽や洗脳の為の重要なアイテムだったということですね―――」
サンダーさんが手に持っている黒表紙の聖典には、罪を隠し、民を洗脳する為のものが堂々と記載されている。
国の神殿の頂点に立つ大神官―――自らの祖先がかかわったであろう、愚かな隠蔽工作。
大事にしてきた―――曾祖父がアンベール国を脱出する時も、唯一持ち出してきた聖典が、罪の上塗りの証拠であったことを知り、ショックのあまりサンダーさんががっくりと膝をつき、項垂れた。
同時にその手から聖典がどさり、と床に落ちた。
気力を失ったサンダーさんが、のろのろと、落ちた聖典を拾おうとした時だった。
「――――――えっ!?」
聖典を中心に魔術陣が現れ、聖典が浮き上がり―――空中で金色と銀色の光を放ったのだ。
聖典の表面から黒い破片が剝がれ落ち、キラキラと光を放ちながら消えて行く。
―――それが人による技ではないことはこの場にいる誰もが悟っていた。
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