118 ゆがめられた真実
『なるほど、随分と懐が深い魂なのだな。興味深い』
最初、珍しいものを見るかのようだった金色の獅子の瞳が、柔らかくなったような気がした。
「せーりあのかみしゃま。はじめまちて。あーちぇらでしゅ」
おそらくは、獅子の神獣を通して見ているだろう銀色の神様にペコリとご挨拶。
「どーなつ、どうじょ」
『うむ。いただくぞ』
その言葉と共に、ドーナツがふわりと浮き上がった。
ドーナツは三種類。
シンプルなリングドーナツとあんドーナツ、カスタードクリーム入りのドーナツだ。
『ふむ。初めての味だな。なかなかに美味い』
器用にリングドーナツを一口で食べ、満足そうににっかりと笑む。
そして、すぐさまカスタードクリーム入りを一口でほおばる。
『この中に入っているクリームは滑らかだな。セーリアのものとは少し違うが、美味い』
「さいごのひとちゅには―――あ」
あずきあんが入っているのだと説明しようとしたが、すでに獅子の口に放り込まれた後だった。
『はうう~~!! これはまた、滋味深き味だな!』
金色の瞳が、きらきらと輝いた。
獅子の神獣様は、あんドーナツをいたくお気に召したらしい。
ぴょんと跳ね上がり、『うーまーいー!!』と、くるくると私の周りを飛びまわった。
全身で美味しいを体現している。何だか小さい子供みたいで可愛い。
「あずき、というまめをちゅかったおかしでしゅ」
ポリフェノールを含んだ栄養素たっぷりのあずきあんは私の大好物だ。
米ももち米もあるので、いつかは大福やおはぎも作れるだろう。ふふふ。楽しみだ。
『これはセーリアにはないものだな!!』
そうなんだ。小豆も採れる場所と採れない場所があるんだろうな。
「せーりあ、とおい?」
『ものすごく、な。お前のいう銀色の神様があの馬鹿者達を視界に入れたくないとお怒りだったのだ』
そういえば、三国の祖先が神様を怒らせたと神獣様が言っていた。
「どうちてでしゅか?」
『あやつらは、今アースクリス国にしていることを、かつてセーリア国にしたのだ』
―――なるほど。そういうことだったのか。
◇◇◇
神獣様はあんドーナツをいくつもほおばりながら、教えてくれた。
『セーリアの銀色の神様は兄神様でな。金色の弟神様と共に、少数の者にやり直しの機会を与え、このアースクリス大陸へと導いたのだ。……だが、またもや同じ過ちを犯したな』
困ったものだな、とため息混じりに言う。
つまり、ものすごーく遠い大陸のセーリアの神様が守る国を侵略しようとして、神様に放逐された三国の子孫が、時を経てアースクリス国でも同じことをしているということだ。
『あやつらは、放浪の一族の集まりでな。神を信じぬ者たちの集まりだったのだ』
昔々に放浪し、セーリア大陸のそばの島に辿り着いた。
もともとひとつだった放浪の一族が自然とみっつの島に別れ、やがて三国となった。
そして神を信じぬ故に、己の欲望のままセーリア国に侵略をしかけ、殺戮を繰り返したという。
『二度目までは罪に目を瞑り、やり直しを許した。―――だが三度目を我が神は赦さなかった。我は、あやつらを蹴散らした。そして二柱の神はあやつらが住む島を切り離し、沈めたのだ』
それはつまり三度目で堪忍袋の緒が切れたということなのだろう。
『―――慈悲をかけて一部の民たちを弟神の神獣に導かせたのも我が神と弟神二柱の神の意志なのだが、我があやつらを蹴散らしたということで、あやつらは我が神を崇めず弟神のみを信仰の対象とした。―――本当に馬鹿者ばかりだな。怒りも、慈悲も、セーリア神二柱の意志であったというのに』
つまり、兄神の神獣である獅子が三国からの侵略者を蹴散らし、弟神の神獣のフクロウが、沈みかけた島から民をアースクリス国へ導いたので、彼らは現在、フクロウを使いにしているセーリアの弟神のみを崇めているということらしい。
無神論者だった彼らは、アースクリス大陸に受け入れられた当初、アースクリス国からの『たったひとつの誓約』のこともあったため、女神様信仰をすることにしたのだそうだ。
だが、時が経ち、アースクリス国に対して離反の心を持った頃、三国でセーリアの『弟神の神殿』を建て始めたのだそうだ。
―――つまりは、三国によるセーリア神への信仰も後付けだったのだと獅子は語った。
それも、弟神のみ。
己の一族の罪故にセーリア大陸から追放されたというのに、―――神の怒りも、慈悲も、二柱の神の意志だったというのに。
三国の上層部は、セーリア国に侵攻した事実を後世に残すことを厭い、隠蔽することにした。
『天変地異により住まうべき地を失った一族を、セーリア神の神獣であるフクロウがアースクリス国に導いた』
―――と事実ではないことを民に植え付けることにしたのだ。
三国の上層部にとって幸いだったのは、その当時セーリア大陸から訪れることも、こちらから行きつくことも不可能であるほど遠かったということだ。
ゆえに隠ぺいは容易く、代を重ねた結果、現在では三国だけではなく、一般のアースクリス国の人たちも『天変地異説』を信じている。
セーリア神信仰にしても同様だ。
セーリアの兄神の存在は最初からなかったものとされ、弟神への信仰のみとした。
そしてそのまま代を重ねた結果、セーリアの主神は一柱だけだと多くの人々が思っているとのことだ。
「――――――」
獅子の神獣に一通り聞いた後、なんだかその勝手さに怒りが湧いてきた。
―――ねえ。ずっと昔の移住者の偉い(?)人たち。なんだか自分勝手すぎない?
セーリア神を信仰??
都合のいい様に事実を捻じ曲げて、一柱のみの信仰を何百年も続けているなんて。
ふざけたことをよくもやってこれたものだ。
嘘をつきとおせば真となる? そんなはずはない。神様は増えたりも減ったりもしないのだ。
「―――ゆがんでりゅ」
心に浮かんだ言葉を口にすると、金色の獅子はまったくだ、とタテガミを揺らした。
『その通りだ。セーリア神は二柱。―――だが、初代から数代のバカどもはともかく、代を重ね、何も知らぬ民の純粋な祈りは、遠く離れていても届くのだ。―――故に我がここに遣わされているのだ』
セーリアの兄神は神獣である獅子をアースクリス大陸に遣わしている。
その祈りは弟神に対するものであり、自らに対する祈りではないと分かっているにもかかわらず。
―――ほんとうに慈悲深き神様なのだろうと思う。
『あいつらは、もともと好戦的な民族だったからな。いずれはアースクリス国にも同じことをしでかすとは思っていたのだ。―――だが、かつてセーリアの島国を切り離しすべての民を放逐した我が神のようには女神様達は思っておられぬようだな』
? そうなの?
『そなたのような愛し子がおるのだ。女神様たちはどのような民をも受け入れるおつもりのようだな』
『愛し子は女神様の映し鏡でもあるのだ。そなたは先程たくさんの神がいると言った。そしてそれを自然と受け入れておった。それにアースクリス国の中にセーリアの神殿があることを許容し祈りを捧げることもいとわぬ。……そのような考えを持つ者は珍しい。そなたの心持ちの本質は女神様に通じておるのだ』
金色の瞳が優しい。金色の獅子は金色の前足で、私の手の甲をぽんぽんとした。
あう。肉球が気持ちいい。
でもね、それは私だけではないと思うけど?
アースクリス国の人たちは結構そういう気質の人がいると思う。
クリスウィン公爵だって、セーリアの神殿があることを受け入れているし、王家だってそうだ。
『ふふふ。まあ、自分では気付かぬものかも知れぬな』
『―――この戦争は最後の機会であろうな。あの民族がこの大陸に調和するための。やり直しの機会は一度きりとみえる。―――女神様は我が神より手厳しい』
調和? ってなんだろう。
『―――さて、そろそろそなたを帰してやろう。我が見えて話が出来る者と初めて会ったからな。なかなかに有意義だったぞ。あんドーナツはこれまでの供物の中で、一番うまかったぞ』
ドーナツがあったから神獣に会えたのかな。
どうやら珍しい食べ物に目がないみたいだ。供物を捧げた祭壇のまわりをうろちょろしてたし。
あんドーナツだって、ゆうに10個は食べていた。
そういえば、神様への供物はほとんどが自然の姿のままの野菜や果物丸ごとで、調理した物は少ない。
―――そういえば。あれもあった。
この大陸でも少ない、バーティアでも作りはじめたばかりの。
魔法鞄の中から小さな袋を取り出して金色の神獣に差し出した。
「ぎんいろのかみしゃま。しんじゅうしゃま。どーなつのほかに、これもどうじょ。―――せーりあのしんでん、あーちぇのすんでりゅところにないから」
『うむ。貰っておこう』
バーティア領にはクリステーア公爵領との境にアースクリスの女神様の小神殿はあるけれど、セーリアの神殿はないので、もう獅子の神獣に会うことはないだろう。
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