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116 セーリアの神殿



 アルの誕生日の翌日。

 朝食に出してもらった味付けの半熟卵は大好評だった。

 しっかりと旨味が染みた半熟卵は、白いご飯にもパンにも合う。

 クリスウィン公爵家の皆さんは、前日の晩餐であんなにたくさん食べたにもかかわらず、朝食の量がすごかった。

 おかわりをサーブする為にメイドさんと料理人さんが忙しそうに動いている。

 前世で好んで観た大食いの番組をリアルタイムで見ているみたいで面白かった。



 ◇◇◇



「ひとつ、お伝えすることがあります」

 食後の後、大事な話があるということで部屋を移った。

 部屋は、先日と同じ応接室で、顔ぞろえも同じだ。


「クリスフィア公爵から連絡がありました。ウルド国の神殿でキクの花が根付いたそうですよ」

 先に王妃様やクリスウィン公爵、リュードベリー侯爵が報告を受けたらしい。

 リュードベリー侯爵が報告書の内容を読み上げて教えてくれた。


「まあ、そうなのですね」

「よかったです」

 ローズ母様やリンクさん、ディークひいおじい様が安堵したように、笑顔になった。


 ウルド国にはクリスフィア公爵と共に、ローディン叔父様が菊の花を護送して行ったはずだ。

「おじしゃま……」

 菊の花が根付いたのであれば、菊の花を護送して行ったローディン叔父様は今無事なはずだ。近況が知れてよかった。

 私の呟きに、にこりと王妃様が微笑む。


「バーティア子爵は主に魔術師たちと行動を共にしているそうよ。ダリル公爵の領地に行くまでの道中での戦闘は主に魔術師たちが活躍して、本隊はほとんど出る幕がなかったのですって」

「ということは、兵力はそのまま維持できているということだな」

「ええ。その通りです」

 クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が満足そうに頷く。


「ウルド国の王都攻略にはまだ少しかかりそうです」

「それはそうだろうな。地の利はあちらにある。焦らずに戦略を練り確実に攻略せねばならん」

「ダリル公爵はウルド国のおよそ半数の貴族を味方につけているとはいうが、その中には王族側の間者が潜り込んでいるだろうな」

 何度も敵国の内通者をあぶりだしてきたディークひいおじい様の言葉は真実味を帯びている。


「そうですね。あぶりだした間者を逆に利用してウルド国の王族側を攪乱できればいいですね」

 リュードベリー侯爵が身を乗り出して、ディークひいおじい様から以前内通者を暴いた時の要点を事細かに教えてもらっていた。その話にリンクさんも加わり、男性陣四人で戦略話で盛り上がり、ちょっと、いやかなり危ない話が目の前で繰り広げられていた。


 『こうなれば話は長くなるわ』と王妃様がお茶菓子の追加を頼もうとしたけど、ふと私とローズ母様を見た後、男性陣に向けて少し高い声を上げた。


「―――お父様、お兄様。戦争のお話は後程、男性方だけでお願いしますわ」


 王妃様が戦略話に盛り上がる男性たちの話を遮るように言った。

 同時にクリスウィン公爵とリュードベリー侯爵を少し睨んでいる。

 王妃様の向かい側に座っていたローズ母様が内通者や戦争の話に徐々に不安そうな表情になっていったからだろう。


「あ、ああ。すまない。バーティア先生と軍事的な話が出来るのは貴重な機会だったから。つい、夢中になってしまったな」

「そうだった。フィーネはいつもこの話に参加していたから、当たり前のように話し込んでしまったな。ローズさんやアーシェラちゃんがいるところで血なまぐさい戦争の話をするべきではなかったな。申し訳ない」

 気を許してくれているからこそ、重要な話をしていたのだろうけど、少しキツイ話があったのも事実だ。王妃様が遮ってくれてよかった。あのまま続けられていたら夢に見てしまいそうだった。


「―――それで? キクの花は花畑を作ったのかしら?」

 王妃様の問いに、リュードベリー侯爵が答えた。


「花畑はまだでしょうね。アウルス領を含めた3領に根付いたという報告だけでしたね」

「まあ、そうなの?」

「ええ。アースクリス国では比較的すぐに花畑が形成されました。―――ですが、ウルド国ではキクの花がかたい蕾と化し、しばらく咲かなかったそうです。アウルス子爵領でまだ一輪。他の二か所ではまだ固い蕾のままです。ですが、アースクリス国で見られたような一晩で姿を消すことはなく、固い蕾のままで何日もいる状態だそうです」


 アースクリス国の全ての教会に配布された菊の花は、根付くと大輪の大きな花を咲かせ、根付かない時は一晩で消え去ってしまう。

 けれど、ウルド国の女神様の神殿に植えた菊の花は、消え去りはしないけれど、固い蕾のまま何日もいるのだそうだ。

 根付いたとはいうが、アウルス子爵領で一輪、まだ『ほころびかけている途中』の状態だということだ。


「それは初めての現象ですね」

 たしかに。バーティアの教会での菊の花は、いつも満開だ。

 蕾の時間は短く、鮮やかな黄色の花畑が一面に広がって、とてもきれいだ。


 ウルド国はセーリア神という、かつてウルド国があった大陸の神様を主神としている。

 それがなにか影響していたのではないかということだ。


 実は、アースクリス国には三国からの移民もかなり昔からいるそうで、セーリア神の神殿も小さいながらあるという。


 そのひとつがクリスウィン公爵領にあるというので、さっそく行ってみることにした。



 ◇◇◇



 その日の午後、アースクリスの女神様の神殿にお参りした後、すぐ近くにあるセーリアの神を祀った神殿に赴いた。


「おおきい」

 正直に言ってびっくりした。

 てっきり小さいものかと思っていたけれど、アースクリスの女神様の白亜の神殿よりは小さいけれど、重厚な佇まいの立派な神殿があった。


「ようこそいらっしゃいました」


 神殿の入り口で声をかけてくれたのは、昨日わらびのアク抜きに積極的に参加していたクリスウィン公爵領にある商会の代表のサンダーさんだ。

 数代前にアンベール国から移住してきたサンダーさんの一族は移住して来てからずっとセーリア神の神官をしているのだそうだ。

 サンダーさんは30代で、こげ茶色の髪に赤紫色の瞳をしている。

 赤紫色の瞳はアースクリス国では非常に珍しく、その血筋にアンベール国の貴族の血が流れていることが多いという。

 ―――実は、サンダーさんはアンベール国での政権争いで陥れられた公爵家の末裔なのだそうだ。


 アンベール国の王家や公爵家に連なる者は、髪色や瞳の色に赤紫色や紫色を持っていることが多いという。

 

「曾祖父はどろどろとした争いごとが嫌いでしてね。もともと神職を預かる家でしたから、政権争いからとっくに身を引いていたのですが、若くして公爵位を継いですぐの頃、あくどい貴族にありもしない罪の証拠をでっち上げられ、『公爵家に叛意あり』とそそのかされたアンベール国の王族に反逆者扱いされたのですよ。曾祖父は『公爵』という煩わしい身分を捨て、アースクリス国に逃れてきたのです」


「しょうなんだ」


「亡命を手助けしてくださったのは、当時外交官として駐在されていた数代前のクリステーア公爵でした」

「まあ。そうでしたの」

「ですので、クリステーア公爵家の若奥様とお嬢様にこうしてお会いすることができて、嬉しいのです」

 サンダーさんはローズ母様や私に深く深く頭を下げた。


「冤罪だというのに、誰も信じてくれない。誰も信じられない。冷たい牢の中で処刑を待つ身だった曾祖父と一族をクリステーア公爵が秘密裏に助け出し、アンベール国外に脱出させてくれました。そして、政争に煩わされることのない一庶民としての再スタートを望んだ曾祖父に、ここクリスウィン公爵領にあるセーリア神の神職を任せていただきました」


 アンベール国の公爵様だったサンダーさんのひいおじいさんは、アースクリス国にあるクリスウィン公爵領のセーリア神の神殿におちつき、やがて愛する人を得た。

 そして、生きていくために名を変え、髪や瞳の色を魔法で変えた。

 幸い子や孫はアースクリス国人の妻の色を引き継いだ。

 ひ孫であるサンダーさんは隔世遺伝で赤紫色の瞳を持って生まれたそうだ。


 それにしても。他国の王族に近い公爵様を亡命させるって、すごいことだと思うけど。

 そして、その時だってアンベール国は敵国のようだったのに、そこの公爵を簡単に信じていいものなんだろうか? と単純に思う。


「先々代のクリステーア公爵は優れた観察眼の持ち主だったと聞いている。彼はサンダーさんが冤罪だと見抜いたのだな。おかげで、クリスウィン公爵領にサンダー商会が出来ることになって、ありがたかったな」

 一庶民として再スタートをきった元公爵のサンダーさんは、やはり一般人とは違い、人をまとめる力があった。

 クリステーア公爵から援助を受けて商会を立ち上げたサンダーさんは、代を重ねた今では外交を手掛けるクリステーア公爵家、内政を手掛けるクリスウィン公爵家、そしてアースクリス国の王家からも信頼を得て手広く商売をしているそうだ。


「海産物を主に扱うデイン商会さんも、新しいものをどんどん作りだすバーティア商会さんも、これを機会にサンダー商会と深くお付き合いしていただければ幸いです」

 にこりと笑うサンダーさん。商魂たくましいなあ。


 サンダーさんの手には、黒表紙に金縁の聖書があった。

 この聖書は、サンダーさんの曾祖父だった公爵様がアンベール国からただ一つ持ち出した、その国の大神官に代々受け継がれる大事な聖書なのだそうだ。



「―――私は、アースクリス国で生まれ育ったため、セーリア神の神官でありながら、アースクリスの女神様も信じております」

 私たちに神殿内を案内しながら、サンダーさんがぽつりと言った。


「かつて、曾祖父はアンベール国で、アースクリスの女神様の神殿が崩れ去るのを憂いていたとのことです。公爵家は王家につながる家です。なので、流民であった祖先を受け入れてくれたアースクリス国からのたったひとつの条件である『誓約』のことも、正しき歴史を伝えられてきていました。神職にあった曾祖父や先祖は、王家や他の貴族が都合のいい様に事実を隠蔽して民を先導し、アースクリス国に牙をむこうとするのを、公爵として大神官長として何度も止めてきたと言います。―――だからこそ、疎まれてしまったのでしょうね」


 敵国だからといって、すべての人が悪人だというわけではない。

 サンダーさんの先祖のように、そして今、悪政を敷く王権に歯向かい、正しい道を選び取ろうとする人たちもいるのだ。


 案内されて足を踏み入れた聖堂は天井が高く、窓が少ないのにもかかわらず明るかった。

 たぶん魔法道具の灯りで明るさを調節しているのだろう。



「―――セーリア神と、神獣様です」



 正面中央の大きな壁画に描かれていたのは、金色の長い髪で金銀のオッドアイの美丈夫な神様で、その隣には銀色のフクロウが描かれていた。





お読みいただきありがとうございます。

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