115 そこなしですか?
「やっぱり、卵は半熟なところが美味いんだよな。浄化魔法かければ安全に食べられる」
バーティアの商会の家で、ずっと半熟の卵料理を食べてきたリンクさんがそう言う。
「バーティアの領民の家で卵拾いをしたことがある。放し飼いしているから、時折拾い残しがあって、数日前のものとかもあったりするが、鑑定してみたら産んで数日経ってからでも、完全に火を通さなくても食べられることが分かったんだ」
そうなのだ。
少し前に、体調を崩して療養していた農家さんの卵拾いの手伝いをしたことがある。
夫に先立たれ、母子で養鶏をしていたが、息子さんが出征したため、母親ひとりで鶏の世話をしていたが、熱を出して数日間寝込んでしまったのだ。
なので、鶏がいつ産んだ卵か分からず、廃棄するか、全ての卵を二束三文で売らなくてはいけなくなった。
前世の記憶があった私は、寒くなってから産卵した卵はすぐに傷まないことを知っていた。
廃棄するなんてもったいなさすぎる。
それならば、と。浄化魔法をかけた後、リンクさんに頼んでひとつひとつ全部鑑定してもらったのだ。
そしたら、思った通り、全部生食しても大丈夫だったので、そこにあったすべての卵を正規の価格で買い取り、商会に戻って半熟の味付け卵を大量に作って販売したのだ。
卵は鮮度がものをいう。
産卵日不明の大量の卵をそのまますべて売りさばくのは難しい。
ならば、調理して『お惣菜にしよう』と考えた。
それに、加工食品の方が収益が生まれるのだ。
同じ一個のじゃがいもでも、調理して売れば生のじゃがいもの何倍もの利益が出るのと同じだ。
最初は『半熟』の卵に腰が引けていた商会の皆も、リンクさんの『鑑定』のお墨付きの上で試しに一個ずつ試食させたら、すぐにその美味しさに虜になった。
今までパサパサの卵料理しか食べたことがなかったが、半熟卵のトロリとした滑らかな食感。
そして、卵にしみ込んだ旨味に絶賛し、大量に仕入れた卵の調理を自ら志願して、商会の従業員総出で味付けの半熟卵を作ったのだ。
そして、作り上げた半熟卵をお試し価格にしたところ、商会の従業員が『家族や友人に食べさせたい』と買い占めてしまった。
それにはすごくびっくりした。
そして、商会の従業員が家族や親戚、友人に食べさせた結果、その美味しさにもう一度食べたい、と自然にバーティアの領民の間で噂が広まり、味付けをした半熟卵が定着した。
商会の皆が優秀なセールスマンだとあらためて認識した出来事だった。
それに伴って、目玉焼きも半熟に作って食べる人も増えてきた、と聞いている。
そんな話をリンクさんがすると、完全に火を通さなくてもお腹を壊さない証人が、ここにいる私たちだけではなく、バーティアの領民全員になっていることで、その安全性はクリスウィン公爵家の方々ももちろん、料理人さん達も深く納得したらしい。
「そうね。オムライスも完全に火を通さないとろとろの卵がとっても美味しいし」
「うむ。オムライスは絶品だったな」
そんなローズ母様やディークひいおじい様の会話を聞いていた王妃様が。
「ねえ、ローズ。オムライスは?」
「え? とろろご飯に、お好み焼き。親子丼まで食べたのだから、オムライスは夕食でのお楽しみにしましょう」
「えええ~!!」
ローズ母様の答えに、王妃様が悲痛な声を上げた。
試食といえど、結構な量を食べていた。
それに主食となるものばかり。
「絶品って聞いたら、夕食まで我慢できないわ」
それでもまだまだ入るのがクリスウィン公爵一族。
「お願い! ローズ~!!」
一生懸命訴えているのは王妃様だけど、リュードベリー侯爵やアルとアレンも琥珀色の瞳をキラキラさせてうんうんと王妃様に同意している。
「うむ。ローズさん。私からもお願いする。うちの料理人たちにもオムライスを食べさせて、皆が作れるようにしたいのだ」
クリスウィン公爵の応援を受けて、王妃様がそう!! と縦に頭を振った。
「アーシェ。いい?」
ローズ母様はオムライスにケチャップでメッセージを書くことがサプライズになることが分かっていたので、パーティーの時にしようと思っていたのだ。
「いいでしゅ」
本当は夕食でのサプライズにしようと思ったけど。もったいぶってもしょうがない。
今やっても喜んでくれるだろうし。
ローズ母様が指示をして、料理人さん達がオムライスを作り上げる。
とりあえずひとつだけ、アル君の前に置いた。
真っ赤なケチャップライスの上に、柔らかい黄色のオムレツ。付け合わせのブロッコリーの緑がキレイだ。
「あれ? ひとつだけ?」
「お誕生日ですから。まずはアルくんに」
王妃様にそう答えると、ローズ母様がオムレツにナイフを入れる。
オレンジ色に近い黄色のオムレツのドレスがとろり、と真っ赤なケチャップライスを包んだ。
「わあ! きれい!!」
アルくんの言葉に、クリスウィン公爵が首肯した。
「とろとろの卵が美味いのを知ったからな。これは美味いぞ!!」
「はい、アーシェ。お願いね」
みんなの注目の中、卵の上に『おめでとう』をケチャップで描く。
「あい。あるくん、どうじょ」
「わああ! すご~い! 『おめでとう』って書いてある! うれしい!! 楽しい!!」
琥珀色の瞳をキラキラさせて、とろとろのオムライスを一口。
「おいし~い!!」
スプーンを握りしめて、アルくんが大きな声をあげた。
うん。子どもは素直だから。美味しいのも、うれしそうなのも、ストレートに伝わってきた。
「たしかに。これは楽しいものだな。イニシャルだけでも嬉しい」
次々に作られるオムライスにイニシャルをケチャップで描いていく。
クリスウィン公爵がイニシャルが描かれたオムライスに瞳を細めて、口元が綻んだ。
「これも美味いな」
「真っ赤なライスに驚きましたが、トマトケチャップが絡んで、とても美味しいものですね」
リュードベリー侯爵がにこにこと笑う。
「美味しいし、楽しいし、幸せ~!!」
王妃様が明るく笑いながらオムライスを頬張る。
―――それにしても。試食でこんなに食べてお腹いっぱいにならないのかな?
そう思っていたら、しっかり晩餐の時にもびっくりするくらい食べていた。
◇◇◇
今日のアルくんの誕生日パーティーは、誘拐事件騒動の後だったので、クリスウィン公爵家の家族と私たちだけということだった。
「―――魔法学院でのカレン神官長のエピソードを思い出すな」
リンクさんがクリスウィン公爵家の皆さんの食べっぷりを見ながら、ポツリと言った。
ああ。訓練の際に三日分保たせるはずの食料を一日で食べきったという話だね。
「ええ。私も魔法学院にいた時、王妃様とよく一緒に食事をしたけれど、驚きの連続だったわ」
久しぶりに驚いたというローズ母様の視線の先には、たくさんのバースデーケーキがあった。
『7』という年齢の数字のロウソクが、7種類のホールケーキに一つずつ立って次々と運ばれてきたのには驚いた。
ホールケーキが7個って、すごくないだろうか?
バースディキャンドルをアルくんがひとつずつ吹き消すと、7種類のケーキがカットされて一皿に盛り付けられてきた。
―――え? ケーキ、一人で7個も食べるの? とびっくり。
すでに食べきれない状態の私とローズ母様にサーブされたケーキは、王妃様やクリスウィン公爵家の皆さんのお腹におさまった。
―――底なしですか? 皆さんの胃は。
いっぱい作った味付けの半熟卵を、あえて翌日の朝食に出してもらうことにしておいてよかった。
あの勢いでは翌日まで残らなかっただろうから。
うーん。
生卵の件は別として。
―――食べ過ぎで、お腹壊さないのかな?
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