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112 とろとろとろろ



「山芋ですね。焼きますか? 蒸しますか?」

 当然のように料理人さん達が蒸し器やフライパンを用意し始めた。

 手際がいいけど、それは使わないよ。


「すりおろちてくだしゃい」

「?? すりおろしてから加熱調理するのですか?」

 ブロン副料理長が怪訝な表情をしている。

 どうやら山芋は丸ごとの加熱調理が基本らしい。

「ふらいぱんもむしきもいらにゃい。すりおろちて、そのままたべりゅ」

「「はいい?」」

「生で芋類を食べると、お腹を壊しますよ?」


 たしかに。じゃがいもを生で食べるとデンプン質を消化するのに時間がかかって、たくさん食べるとお腹を壊す。

「やまいもは、なまでだいじょぶ。おいちい」

 消化しにくいデンプン質がじゃがいもより少ないし、消化酵素のジアスターゼが山芋には入っているので生で食べても問題はないのだ。

 イモ類で生で食べられるものは山芋の類いだけだ。

 こちらの世界にはもっとあるかもしれないけど。


「心配なら治癒魔法をかけてやる」

 クリスウィン公爵が厨房の外から声をかけた。

 私たちが厨房に入ってからずっと、クリスウィン公爵やリュードベリー侯爵、王妃様は厨房を見渡せる場所に立って見ていたのだ。

「そうね。でも、アーシェラが生で食べられると言うのだから、お腹を壊す心配はないのよね?」

「あい。おなかこわさにゃい」

 王妃様の言葉にこくこくと頭を縦に振った。

「なら、大丈夫だ。作業を続けなさい」

 リュードベリー侯爵が促してくれたので、ブロン副料理長が怪訝そうにしながらも、おろし器を用意した。


 料理人さん達が言うように加熱調理しても美味しく食べられるが、山芋や長芋はすりおろしたものの方が私にとって馴染み深いし好きなのだ。


「……初めてすりおろしましたが―――粘りがでるんですね」

 

 すりおろしてもらった山芋は、前世のもっちりした山芋と水分の多い長芋の中間ぐらいの粘り具合だった。

 ああ。もうすでに美味しそうだ。

「このねばりがおいちい」

 期待にわくわくしながら言うと。


 ブロン副料理長がもう一本の山芋を手に取り、この山芋が奥さんの実家の農家で育てられたのだと教えてくれた。

「山芋は滅多に採れない珍しい食材です。滋養もあり、薬としても優れているということで、昨年初めて畑栽培を試みましたが、掘るのが本当に大変で。―――掘り出すのに何時間もかかるのです。それがあまりに大変で……一年限りで畑での栽培を諦めようかと家族で話していたんです」


 『だから、この山芋を農作物として贈るのは今年限りとなりますね』とブロン副料理長が続けた。

 そうなんだ、残念。


 収穫が思った以上に重労働だったので、娘婿のブロン副料理長も収穫期には朝早くから起きて、大人が縦にすっぽり埋まるくらいの穴を掘って収穫を手伝ったのだそうだ。

 おかげでしばらくは筋肉痛で大変でした、と苦笑していた。


「しゅごい、たいへん」


「はい。薬にもなるからと薬師からも頼まれたので、試行錯誤してなんとか増やそうと区画を分けて、いろいろ試してみました。―――そして、たくさん育ってくれたのはいいのですが、大部分がこうやって捻れたり、途中で折れたりして、収穫がままならなかったのです」


 確かに。山芋は『山のうなぎ』と称されるほど栄養価が高く、食物繊維もあり大腸がんや動脈硬化の予防、糖尿病の予防にも効果がある。山芋を乾燥させた漢方があるくらいだ。

 増やす価値は十分にある。

 去年山芋がたくさん育ったことに喜んだけれど、その後の収穫の大変さにノックダウンされてしまったそうだ。


「あ。そういえば『生の山芋をスライスして乾燥させて薬にする』のだと、薬の材料として買い付けに来た薬師に聞いたことがあります。―――なるほど、生で食べても大丈夫なことが分かりました」


 おお。説得力のあることを思い出してくれてありがとう、ブロン副料理長。

 その言葉を聞いた料理人さん達みんなが、物凄くほっとした表情になったよ。


 でも、薬師の言葉を聞いていても、山芋を生食してみようと思わなかったのは、習慣なんだろうなあ。


 この山芋はブロン副料理長も参加して何時間もかけて掘り出したものだそうだ。

 それでも殆どは途中で折れてしまい、さっき話をしながら悔しそうにしていた。

 あれ? 一本だと思っていた山芋は、途中で折れたものだったのか。

 折れていても十分に長い。折れた状態で1mはある。いったい折れない山芋はどんなに長かったんだろう。


 細くて長いものを形のまま掘り起こすのは、相当な重労働だし、神経も使う。

 石とかの障害物があるとそれを避けて育つから捻じれるし、掘るのも本当に大変だろうな。

 前世のように農業機械が発達しているところと違って、こっちはもっぱら人力なんだし。

 まだ30歳だという若いブロン副料理長が収穫作業に体力の限界を訴えるのだから、作物として栽培するのは大変だろう。


 ―――それなら。あの方法でいけるのではないだろうか。


「ながいつつをつちにうめるとまっすぐそだちゅよ?」

「えっ……筒??」


 たしかそうだったはずだ。

 種芋を横に植えて、発芽した芽を筒の先に立てた棒をつたって土の入った筒へと導く。導くことに成功すればところどころ穴を開けた筒の中で障害物がなく、まっすぐに育つ。

 石などの障害物がなく、またわれや、捻じれも防げるのだ。


「つつは、たてじゃなく、よこにしゅる」

 手で角度を示す。たしか自然薯の栽培方法では15度の角度だった。

 縦に何メートルも掘り下げなくてもよく、横にすれば数十センチ掘るだけで収穫できる。

 育てやすくて収穫もしやすい。


 そう説明していくと、ブロン副料理長が灰色の瞳を見開いて固まった。

「っっ!!!」


「へええ。たしかにそれならラクに収穫できるな」

 黙って聞いていたリンクさんが、なるほど、と頷いている。

「確かにうまくいけば真っすぐ育つし、ねじれもしない。収穫もこれまでの何分の一かの労力ですむだろうな」

 ディークひいおじい様も、ふむ、と頷いていた。


「なるほど。筒を使うとは興味深いな」

「山芋の生態も初めて知りましたね」

 クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵も興味深そうにしていた。


 ここにいる殆どの人は山芋の収穫にそんなに労力がかかっていたとは、と驚いていた。

 自然に生える山芋は細く長く地中深く育つのだ。

 そして収穫自体が困難で、収穫量も極端に少ない。

 たいていが薬師に薬の材料として高額で引き取られて、後はたまに貴重な食材として貴族の食卓に上がるくらいなのだそうだ。



 平民にも行きわたるように効率よく増やすなら、波板栽培もいいだろうけど、波板を作り上げるのにはたぶん時間がかかるだろう。

 鍛冶屋さんがあるなら波板もできるかな? まあそれはおいおいでいいだろう。


 言葉を無くしていたブロン副料理長が。

「……その方法は目からウロコです。筒を使うのも、棒を立てて筒に芽を導くのも、考えもつきませんでしたが、たしかにいい方法だと思います。深く穴を掘らなくても収穫できるのであれば義父(ちち)義兄(あに)も楽になるでしょうし―――あの。その方法で栽培を試してみてもいいでしょうか?」

「あい。どうじょ」

 成功したら、山芋がたくさん収穫できる。

 そしたら、バーティアの商会で仕入れてもらうことも出来るかもしれない。



 そんな会話をしながら、すりおろした貴重な山芋に、茶碗蒸し用に調味していた出し汁を入れる。

 汁が冷めていたのでちょうどいい。

 具材の人参やしいたけも一緒にして混ぜ合わせ、そこに細かく刻んだネギを入れて。


「やまいものとろろ、かんしぇい!」


 私にとって、昔懐かしい山芋のとろろだ。


 すでに茶碗蒸し用のお出しがあったので即席で出来た。


 とろろもいいお味になったので。


「しろいごはんに、かけてたべりゅから、ふかめのうちゅわで」

 と。ブロン副料理長に夕食用に配膳をする際の指示をしていたら。


「ねえ! それ! 試食したい!」

「ぼくも!」

 椅子に立って厨房を覗き込んでいたアルとアレンが、瞳をキラキラさせて訴えてきた。


 もちろん、初めての料理に王妃様をはじめとしたクリスウィン公爵やリュードベリー侯爵も、アルとアレンの言葉に同意していた。


 生食での山芋料理は初めてなので、リンクさんや料理人さん達からも『試食したい!』というオーラがにじみ出ている。


 うーん。まあ、いいか。

 私もとろろご飯は早く食べたいしね。




「ごはん、ふかめのおさらによそって、やまいものとろろをかけりゅ」


 『とろろ』は『とろとろ』という意味なので、山芋をお出汁でといた、『山芋のとろろ』という料理名はすんなりと受け入れられた。


 従業員用の食堂に戻って、ボウルに入れた山芋のとろろを見せた後、白いご飯に出し汁でのばした山芋のとろろを目の前でかける。


 よそっているところをわざと見せたのは、先日、白いご飯にトマトケチャップを投入したケチャップライスを作った時にバーティア家別邸の料理人さん達がドン引きしたのを見たので、ご飯にはいろんな美味しいバリエーションがあるのだと知って、抵抗感を無くして欲しかったからだ。

 

 でも、クリスウィン公爵家の皆さんはとろろがご飯にかけられても平然としていた。

 それどころか、『早く食べたい!』とワンコのように五対の琥珀色の瞳をキラキラさせている。


 でも、待ってね。皆に行きわたってから。


 よし、料理人さん達にも全員配膳されたね。―――では。


「いただきましゅ」

「「「「「いただきます!!」」」」」


 山芋のとろろご飯は、お出汁の美味しさと、とろろののどごしが絶妙だ。

「おいちい」

 ああ、懐かしい味~~

 前世では親戚にも農家さんがいたので、じゃがいもやニンジン、そして秋が深くなった頃に、長芋を持ってきてくれたものだ。

 長芋をもらうと、真っ先に作る料理が、このとろろご飯だった。


「「これ、美味しい~!!」」

 アルとアレンが声を揃えた。

「うむ。出汁が染みていていい味だ」

「つるつるしてのどごしがいいな」

「食べ物なのに、飲み物みたいに、するすると入っていくわ!」

 王妃様。飲み物って。まあ、たしかにするするとのど越しがよく、喉を通っていくけどね。

 前世では一杯では足りず、何杯もおかわりしたなあ、と思い出した。

 山芋ってダイエットに効果的だったはずなのに。ご飯をおかわりしたら意味がないよね。


「山芋が生で食べられるとは。しかも美味い」

「たしかに。時折来るネギのピリッと感がまたいいな」

 ディークひいおじい様やリンクさんも気に入ったようだ。

 ローズ母様もにっこりと微笑んでいる。



「「生食には驚きました」」

「「「美味しいです!!」」」

 料理人さん達もしっかりと試食に参加した。

 これから作るためには味を覚えなければならないのだ。まあ、当然だろう。


「「おかわりしたい~!!」」

 アルとアレンがおかわりをねだったけど、一本の山芋でできる量はそう多くないし、それに料理人を含めた人数で食べたのですでに無くなっていた。


「晩餐の際にお出しいたしますので、お待ちくださいませ」

 

 とろろご飯は簡単なのでもう一度作るにも負担はかからないだろう。


 さて、貴重な山芋だけど、短めのものを使ってアレを作ろう。





お読みいただきありがとうございます。

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