110 はるがたのしみになりました
「んーと。きのはいでも、どくきえりゅよ?」
私の一言に、魔法学院出身者全員が薬草学を思い出したようだ。
「!! たしかに毒消しに灰や、炭を削って飲むというのもあったな」
ディークひいおじい様の言葉にクリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が首肯した。
「「そうですね」」
重曹や木灰のアルカリ性と熱を加えることでわらびのアクが抜ける。
灰ならば誰でも簡単に手に入る。
家の暖炉にはいつもあるものなのだから。
「―――これはなかなか興味深いな」
クリスウィン公爵が面白そうに笑う。
「そうですね。今まで厄介者だったわらびが単なる食べられる植物に見えてきましたよ」
ワイドさんもビートさんもうんうんと頷いている。
「木の灰でもやってみましょう! ―――少しお待ちください!」
ビートさんがそう言うと、すぐ傍にあった暖炉の灰を小さい入れ物に入れて持ってきた。
まだアク抜きをしていなかったわらびを鍋に入れて、暖炉の灰をひとつかみ分かけ、そこにお湯をかける。
すると、暖炉の灰でも重曹の時と同じようにアクを抜くことに成功した。
「こんな身近にあるもので、毒を抜くことができるなんてすごいです!!」
自ら鑑定したワイドさんが、灰でアク抜きをしたわらびを食べて感動している。
「でも、わらびは今まで毒のある植物だと思って来たから、食べるのは抵抗があるだろうな」
リンクさんの心配はもっともだ。
「それはそうだな。わらびの毒性を知らぬ者はいない。受け入れるには少し時間がかかるだろうな」
ディークひいおじい様も難しそうな顔をしている。
確かに。今までの固定観念を覆すには時間がかかると思う。
私は前世の記憶のおかげで、アク抜きすれば安全に食べられるということを知っているけれど、こちらの世界では『貧民が食べる毒草』として定着している。その認識をどうやって崩すかが肝心だ。
「でも、こうやって食べると、わらびって美味しいものですね。この少し粘りのあるのがまた良いです。―――食べられるということを皆にも分かってもらいたいですが……それでも、皆の疑念を晴らすには低くはない壁がありますね」
そういうワイドさんの言葉に。
「私は、ちゃんと毒抜きすれば食べられることを、広く周知したいです」
と、農民の取りまとめをしているビートさんが、真剣な表情で言った。
「―――私たちクリスウィン公爵領に住む民は、公爵様方のおかげで飢えずに食べていけておりますが、このところ、難民の流入が増えております。教会に受け入れてはおりますが、たぶんこれからも増えていくでしょう。それとともに食料支援の必要性も、もっともっと増えていきます。―――わらびはこれまで厄介者でした。ものすごく増えるし、除草作業だって一苦労でした。―――ですが、これが食料になるなら、これ以上はない良いことです。春にはここら一帯がわらびだらけになるのですから」
「確かにな。毎年、土魔法で根を切って全滅させてきたが、皆に春の恵みとして認識されれば、その労力はもう必要ないということだな」
どうしても貧しい者というのはいる。
多少苦くても毒があっても、飢えから逃れられるなら、と貧民の草に手を出す人はいたそうだ。
それは他国からの移民者が多く、その毒素が溜まって病気になり、命を落としてきた。
新天地を求めて移住してきたのに、溜まった毒素のために移住してきた多くの大人が早くに亡くなり、親を亡くした子供が残される、という悲しいことがこれまでも起きていた。
ゆえに、それを防ぐために、アースクリス国では国を挙げてわらびの撲滅をしてきていたという。
―――なんと。そんなことがあったなんて。
「―――逆にもったいないことをしてたんだよな」
リンクさんのその言葉に、思いっきり頷いた。
「わらび、どくぬくとたべりゃれる。すてりゅのもったいない」
それに、丘陵地に生えていた、棘のある木は、タラの木だ。
あれは新芽を天ぷらにすると美味しいのだ。
毎年、ここら辺は土魔法で根を切り、そして火の魔法で焼き払っていたそうだ。
なんてもったいない。
それはバーティア領でも同じだったようだ。
だから、わらびもタラの芽も見当たらなかったのか。納得。
それに、ここら一帯がわらびでいっぱいになるなら。いっぱい採って保存食にすればいい。
「んーと。いっぱいのおしおで、わらびをつけると、おしおでどくがぬける」
これは前世の自宅での保存方法だった。
きっちりと塩漬けすると、何年も保ったものだ。
生の状態で塩に漬ける。そして食べる前に何度も水を変えて塩抜きすると、アクも抜ける。
その後で煮たり炒めたりして、加熱して食べると美味しい。
「へえ、そうなのか?」
リンクさんが面白そうに聞いてきた。
「あい。しょれに、おしおいっぱいだと、くさらない」
「そうか、保存できるということだな」
「あい」
その通りだ。
「やってみよう。毒さえ抜ければ立派な保存食になるぞ」
ディークひいおじい様の言葉に、みんなが頷いている。
「―――わらびの件については、王家の名で周知しますわ」
「「フィーネ?」」
王妃様の言葉にクリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が反応した。
「「王妃様?」」
ディークひいおじい様やリンクさんも同様だ。
「私がこの目で確認したことですもの。毒が抜けるのも見たし。食べて美味しかったことも確認済みよ」
にっこりと微笑んで王妃様が続ける。
「どの方法も、王宮できちんと鑑定しましょう。毒が抜ける方法や手順。毒が抜ける過程を時系列で検証し、安全性を確認したうえで、広く周知することにしましょう。―――わらびの毒抜きの件は、国として周知することにするわ。どこの領地にも生えているのだから、わらびの駆除作業から解放されたうえに、毒が無くなって食べることが出来ると知ったら驚くわよ。それに全国に王家の名で通知したら皆も安心するのではなくて?」
しっかりとわらびを堪能した王妃様がにこやかにそう話すと、リュードベリー侯爵がそっくりな笑顔で頷いた。
「では、その検証は私が責任を持って行います。検証結果はまとめて陛下に提出します」
「お願いしますわ。お兄様」
たしかに。王家の方や公爵様たちは、この国で一番影響力がある方たちだ。
これまでの常識を覆す人物としてこれ以上はないだろう。
「うむ。しばらくは鑑定持ちが忙しくなるな」
「たしかに」
ディークひいおじい様とリンクさんが面白いと微笑を浮かべた。
「―――なんだかおもしろくなってきたな」
リュードベリー侯爵が笑い、わらびのお浸しの皿を見た。
すでにわらびは完食済みで、残っているのは、お浸しの調味料だけだ。
「ところで、このわらびにかかっていたのは醤油なのか? 醤油より色が薄いと思ったのだが」
「そうね。それに少し甘味を感じたわ」
リュードベリー侯爵と王妃様がわらびのお浸しにかかっている調味料がいつもの醤油ではないと気が付いたようだ。
「おだしとしょうゆと、みりんとおさけ入れてちゅくった」
そう。わらびには自家製のめんつゆをかけてお浸しにしたのだ。
ホークさんからのお土産でみりんが手に入ったので、めんつゆを作りおきしていた。あれは万能調味料なので、商会の家で作って魔法鞄に入れていたのだ。
さっきわらびにはめんつゆをかけて食べた。
醤油をただかけるより、旨味を足しためんつゆの方が断然美味しい。
「美味しかったわ。―――ねえ、アーシェラ。これのレシピをうちの料理人にも教えてくれないかしら。同じ味をこれからも食べたいのよ」
「あい」
今日の晩餐は、アルとアレンのリクエストで茶碗蒸しが出されるのだそうだ。
「たいりくの、みりんとおしゃけ、ありゅ?」
「もちろんだ。みりんは妻が好きでな。私は大陸の酒の方が好きだが。どれも切らさぬようにしているよ」
そうクリスウィン公爵が答えた。
よかった。私の料理はほとんどの場合、みりんとお酒を使うのだ。
特に日本酒と同じ味がする大陸の酒は料理に深みを出すかかせない調味料だ。
蒸したり煮たりと本当にものすごく使う。
そして、酢の物にも。お酒を少量煮きってアルコールを飛ばして冷ましたものを酢の物に入れると、酢の角がとれてさらにお酒でコクがでて美味しくなるのだ。
あ。酢の物で思い出した。―――そういえば。
「んーと。きくのはな、どくけしゅから、わらび、こわいひとは、いっちょにたべりゅといいかも」
菊の花は解毒作用があるから、万が一アク抜きを失敗したものを口にしても菊の花の解毒作用で相殺されるのではないだろうか。
それに、トムさんのように過去の毒の積み重ねまでも消したのだ。
効果が無いはずはない。
「それはいいな。たしかにトムさんは貧民の草による中毒をキクの花で中和されていたからな」
「そうなのですか?」
リュードベリー侯爵が聞いてきたため、ディークひいおじい様とリンクさんが、数日前に行った女神様のキクの花の咲く教会の話をした。
ここでは話せない闇の魔術師の話を伏せて、ジェンド国から移住してきたトムさんの話だけをすると。
「「キクの花の効能はすごいものですね」」
クリスウィン公爵親子やワイドさんとビートさん、そして集会所の中にいたお付きの人たちも驚きを隠せないでいた。
「クリスウィン公爵領でもキクの花の花畑が何か所か出来ました。キクの花の解毒作用があれば安心して皆に周知できますね」
リュードベリー侯爵が王妃様そっくりの笑顔で笑った。
「ほんとうに面白いですね。話には聞いていたけれど、アーシェラちゃんといるといろんな発見ができますね」
「本当だな」
クリスウィン公爵も笑っている。
「ひいおじいしゃま。あーちぇ、ばーてぃあの、わらびみたい!」
「ああ。来月あたりに生え始めるだろう。楽しみだな」
「あい!」
「―――不思議なものだな。貧民の草は防除が大変で今まで憂鬱なことでもあったが、こうやって楽しみに変わるとはな」
ディークひいおじい様がそう言って笑う。
「「「ほんとうに」」」
その場にいた全員が『楽しみになりました』と笑顔で首肯した。
でもね。わらびだけじゃないんだよ。
―――実は、わらびの他に、タラの木だってあるのだ。
たぶん、こっちの世界で今まで見つけることが出来なかったものが、もっと見つかるかもしれない。
ふふふ。―――春が来るのが物凄く楽しみだ。
お読みいただきありがとうございます。




