109 どくをけします
「あい。―――わらび、どこでしゅか?」
案内された場所にゆっくり歩いていく。足元がところどころ凍結しているのだ。慎重に慎重に。おかげでペンギンのような歩き方になってしまった。
後ろで笑いをこらえているのを気配で感じる。
「ああ。小さい頃のフィーネを思い出す」
「成長が遅いからよちよち歩きの期間が長かったんですよね。可愛かったなあ」
クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が懐かしそうに話している。
少し歩くと丘陵地についた。
なるほど、開けたところにわらびが生えている。
うん。しゅっと生えて、先がみっつに分かれて丸まった形状。
記憶にあったとおりのわらびだ。
わ・ら・び~~!!
「しゅごい! わらび、みいつけた!!」
感動して大きな声で叫ぶと、さっそく足元にあったわらびに手を伸ばした。
根元に近いところからポキリと折り取った。
おう。まだ出始めだというのに立派な大きさだ。
美味しそう~~!!
まさかこっちでは、焼き払われていたとは。
もったいない~~
慣れた手付きで、しかもにこにこと楽しそうに、次々とわらびを採集していく私をみて、リンクさんが不思議そうに言った。
「アーシェ。わらびは毒があるんだぞ。トムさんで分かっているよな?」
ドクゼリのように少量で死に至るような強い毒性ではないが、わらびにも毒がある。
長年食べ続けていたら、トムさんのように内臓をやられてしまうだろう。
たしかに前世でも発がん性物質があると言われていたのは知っている。
でも、その毒を消してしまえばいいのだ。
その方法はこれだ。
「あい。これ。じゅうそうがわらびのどくをけしましゅ」
私は重曹の入った瓶を、これ! と前に出した。
うん。なんか〇戸黄門の印籠みたい。
「「「え!!? 毒が消える!!??」」」
「「「重曹で??」」」
「「それ、ほんとう?」」
「あい。どくをけしたわらび、おいちいよ?」
そう言うと、私は再度ぷちぷちと慣れた手つきでわらびを採集して行った。
春と勘違いして芽を出した、わらびさん。
おいしく食べさせてもらおう。
「あしょこにも、ありゅ。あ、あっちにも!」
まばらだが、丘陵地のあちこちに結構あった。
「どれ。とりあえず採るか」
「そうね」
いつものようにリンクさんとローズ母様がさっと動き出すと、それに続いて他の皆も動き出した。
なんと、クリスウィン公爵親子まで。
しゃがんでプチプチと。
『毒って消えるの??』と疑問を顔に張り付けながら。
たしかに『毒』っていうけど、食べ過ぎなければ大丈夫のはずだ。
毒抜きさえすれば美味しい食材なんだよ。
ぷちぷち、ぷちぷちと。
みんなで採集し続けた。
「……結構ありましたね……」
丘陵地から、大鍋いっぱいくらいのわらびが採れた。すごい。
これで生え始め。
全盛期はこの丘陵地いっぱいに生えるそうだ。
宝の山じゃないか!
「かえって、りょうりしゅる!」
ホクホクしながら言うと。
「でしたら、すぐそこの集会所使ってください!!」
そう言ったのはビートさんだ。
「そうだな。早くわらびの毒消しとやらを見てみたいしな」
クリスウィン公爵が了承したので、領民のみなさんが時折使用する集会所へと移動した。
すぐに鍋を用意してもらって、魔法ですぐに熱湯にしてもらった。
魔法はこういうところがすごい。
そこに瓶から少量重曹をふりいれ、少し冷ました後、採集したばかりのわらびを浸した後で自然に冷ます。
鍋は大きいものがなかったので、中くらいの鍋に半分だけわらびを投入して、数分経った頃。
「―――っ!! ちょっと、待って!! 毒がなくなったわ!!」
私の作業を興味津々で見ていた王妃様がすぐに声を上げた。
どうやらずっとわらびを鑑定し続けていたらしい。
「すごいわ! わらびを漬けたお湯が少し茶色になったあたりから、すうって消えたの!」
あれ? もう? たしか30分くらい重曹を溶かしたものに入れておかなくちゃいけないはずだけど?
まだ10分も経っていないよ?
やっぱり世界が違うと、ところどころ違うんだな、と思う。
「本当だな。鑑定しても毒がない」
リンクさんも、鑑定を持っているクリスウィン公爵やリュードベリー侯爵も驚いている。
「あと、みじゅをかえて、すこしまちゅとたべらりぇる」
きれいな水にかえて、わらびをさらす。
前世では一晩水にさらした後、食べていた。採集直後なら一時間程度でよかったはずだが。
こっちはあく抜きにほとんど時間がかからないのだ。
水にさらした後、くるんとなった部分を切り落として捨てる。あそこは食感が悪いのだ。
そして、食べやすい長さの4cm程度にカットし、皿に盛り付けた。
ここは公爵家ではない。大皿しかないので鍋の半分くらい盛り付けて、私の魔法鞄から出した調味料の瓶の中身をかけて完成だ。
「わらびのおひたしでしゅ」
ディークひいおじい様やリンクさんを始め、ローズ母様や王妃様、クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵は『そうなのか』と素直に受け止めている。
昨日知識の引き出しがあるとみんなに認められているので、なんだか気が楽だ。
フォークで細長いわらびを突き刺して食べる。
うん。ちゃんとアクは抜けている。きちんとアクが抜けると粘りがでてきて、それが美味しいのだ。
噛むとところどころツルっとした食感がして美味しい。
「あら。ツルっとしたところがいいわね」
「そうね。あんまりくせがないわ」
「シャキシャキして、いい食感だ」
「ほう。毒があると思って食したことはなかったが、なかなかいいな」
「重曹で毒が抜けていくのを見た時は驚愕しました」
「こんな簡単な方法で消えるとは考えもつかなかったな」
「「「なんで重曹で毒が抜けるんだ??」」」
興味津々でみんなが聞いてくる。そんなに詳しくないけど。
アクは山菜が動物に食べられないように自らを守るために持っているものだ。
その成分は細胞膜の中にあるので、水にさらしただけでは無くならない。熱を加えることが必要だ。
お肉のアクは熱を加えれば出てくるし、ゴボウやじゃがいもは切った後水にさらすとあく抜きが出来る。
でも、山菜であるわらびやタケノコなどは、アク抜きには熱を加えることの他に、別のものを加えることが必要となるのだ。
タケノコには米ぬかや米のとぎ汁。
わらびには木の灰や、重曹だ。
繊維質の多いわらびは重曹や木灰が持つアルカリ性の性質で柔らかくなり、アクが抜けやすくなるのだ。
「んーと。おやしゃい、ゆでてあくぬきしゅる」
「ほうれん草とかそうよね。茹でないとちょっと苦いもの」
ローズ母様がそうそう、と頷く。
「わらびは、どくをぬくのに、もうひとちゅ、ひちゅよう」
「「それが、重曹か」」
ディークひいおじい様とリンクさんがゆっくりと首肯する。
「あい。じゅうそう、おまめ、にりゅときいれりゅと、おまめやわらかくにゃる」
「そうですね」
食品を加工して販売しているワイドさんが大きく頷く。
「わらび、しょのままだとかたい。じゅうそうで、かたいわらびをやわらかくしゅると、なかのどくがぬけりゅ」
「「なるほど」」
クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が同時に首肯した。
「貧民の草は、そのまま煮て食べていたそうですよ」
ビートさんが言う。
「薬草の授業で実験したことがあります。煮ただけではわらびの毒は消えません」
ワイドさんが言うと、ビートさん以外の魔法学院卒業生である全員が同様に『そうだ』と頷いた。
生のものと、加熱したものに鑑定をしてみたところ、毒性は変わらなかったのだという。
ゆえに食べてはいけない毒草として授業で教えられたそうだ。
―――そうなんだ。そこに重曹か木灰を入れたら結果が変わっただろうに。
「なるほどな。なんとなく原理はわかった」
ディークひいおじい様が拳を顎にあてて頷いている。
「では、重曹を用いれば『毒のある貧民の草』を『食材のわらび』にすることが可能になるのか」
「そういうことでしょうな」
ディークひいおじい様の言葉にクリスウィン公爵が頷くと、リュードベリー侯爵が。
「では、重曹を配布しましょうか?」
というと、クリスウィン公爵が首を横に振った。
「いや、今でも安価に買えるものだ。有効性を伝えて購入させた方がよかろう」
「その前に、食用と別用途のものがあります。きちんと使い分けしてもらわなければなりません」
ふたつのものがあります、とワイドさんが告げる。
そういえばそうだった。そこはちゃんと使い分けが必要だ。
―――それならば。
もうひとつ、方法がある。
お読みいただきありがとうございます。




