106 王妃フィーネ 1
王妃様視点その1です。
私はフィーネ・クリスウィン・アースクリス。
アースクリス国のクリスウィン公爵家の娘にして、アースクリス国の王妃。
幼い頃から、私には魔力が見えた。
それは魔力の強いクリスウィン公爵家直系の者であれば当然のことだけれど。
大好きなお兄様にくっついて、お兄様が家庭教師から受けた魔法の授業をすぐ近くで聞いていても、時々『その方法以外にも同じ結果に結びつく魔法がある』と、勝手に頭に浮かんできたりした。
でも、それが何故かは分からなかった。
基本的に国民は7歳で鑑定を受けて、素養がある者はそこから魔法教育を始める。
高位貴族になるほど魔力が強い傾向にあるので、貴族の子女は早くて5歳くらいから鑑定を受けて、相応の魔法教育を受ける。
国を名実ともに支える公爵家に生まれたお兄様は、5歳で鑑定を受け、お父様が選んだ教師から魔法教育をうけていた。
私は幼いころからお兄様が大好きで、『邪魔をしない』と約束をして、お兄様がお勉強している時も傍にいた。
おかげで私は、まだ鑑定を受けていなくても、魔法の基本がすっかり身についてしまった。
ある時、お兄様が魔法の教師から宿題を出されたことがあった。
実はその頃、ジェンド国側で小競り合いが起きていて、魔法省に属していた家庭教師は要員として行くことになった為、授業の代わりにと、魔法の箱を置いていったのだ。
出された宿題は、『これまで教わった魔法を駆使して魔法の箱を開けること』だった。
その当時、私は4歳。5歳上のお兄様は9歳だ。
お兄様は魔法をいろいろと試して、自力で魔法の箱を開けた。
最初は簡単な魔法で。
一度魔法の箱の蓋を開けると、箱は自動的にレベルアップし、段々難しくなる。
お兄様と二人で習ったことを(私は正式にはまだだが)駆使して、箱をどんどん開けて、どんどん難しくなるのを楽しんでいた。
お兄様は私が魔法の適性が高いことを、すごいとほめてくれて、たまに『べちゅなやりかたもありゅよ』と頭に浮かんだことを教えると。
『ほんとだ! フィーネはすごいね!!』といつも私を肯定してくれた。
―――けれど、そんな私を、同年代の子供たちは気味が悪いと遠巻きにした。
4歳なのに言葉がたどたどしく、身体も小さい。
それなのに、年上の子や大人と対等に話をし、さらには、同年代の他の子が使えない魔法をすでに使えていたのだ。
今ではそれが異質なものであると分かるが、その当時は私にそんなことが分かるわけはなかった。
私が王太子殿下の婚約者だから、表立っては攻撃してこないけれど、陰で言っているのが私にはわかるのだ。
そして、5歳になった時、大神殿で『鑑定』を受けた。
そこで、私が女神様の加護を持っていること、そして過去生の『知識の引き出し』を持っていることを教えてもらったのだ。
魔法に関しての知識が深いことの理由がわかった。
―――けれど、女神様の加護を持っていることが分かると、私の周りは以前と変わった。
加護を持っていることで、私をつけ狙う者が明らかに増えたからだ。
外出もままならず、厳重な警備を敷く公爵家の中で身を守る術を身に付ける日々を送った。
王室に嫁ぐ者の慣例により、実家と王宮で年の半分ずつ暮らしながら、次期王妃としての教育を受けてきた。
公爵家の令嬢として、王太子殿下の婚約者として、そして未来の国母としてさまざまな教養を身に付け、武装してきた。
◇◇◇
19歳になった頃、身を守るための高位魔法を習得した私は、アースクリス国の全寮制である魔法学院に入学した。
入学が遅れたのは、身を守るための高位魔法を使えることになることが第一の条件だったからだ。
―――実は、鑑定を受けて間もない頃に私は攫われたことがあった。
周りの者たちが傷つけられても何も出来なかった自分が悔しかった。
だから、自らに妥協せず、己が納得できるまで魔法の勉強をしてきたのだ。
しかも魔法学院は全寮制。
過去に希少な魔力を持った人物が魔法学院から攫われて無残な姿で発見されたこともある。
だからこそ、自分で自分の命を守れるようにと、魔法省のトップを師匠に魔力が思い通りに使えるよう技を磨いてきた。
師匠のお墨付きをもらった私は、他の貴族の入学年齢よりも何年も遅くに魔術学院に入学した。
すでに卒業資格が与えられるレベルまで魔力を扱えたので、勉強は真剣にしなくても大丈夫だ。
なぜそんなにしてまで魔法学院に入学したかというと。
―――実は、魔法学院を卒業しないと、大好きな王太子殿下と結婚できないのだ。
生まれた時からの婚約者の王太子殿下とは、言うと恥ずかしいが―――相思相愛だ。
とにかく私は2年間、私を狙う者をかわして、卒業しなければならないのだ。
そうして入学した魔法学院で、私は生涯の親友と出会った。
―――ローズ・バーティア子爵令嬢。
私より5歳年下の、とってもきれいな女の子だ。
銀糸の髪、神秘的なアメジストの瞳。綺麗な顔立ちと、そして何より綺麗だったのは、その真っすぐな心根だった。
身分を振りかざす令嬢が多い中、彼女は真実を見極め、誰にでも公平に接していた。
高い身分の者におもねることもない。芯の強さを秘めた瞳。
私はローズが大好きになった。
ローズと共に過ごした魔法学院での二年間は、私にとって宝物になった。
ローズは魔法学院を卒業した後、クリステーア公爵家に嫁ぐことになった。
公爵家は王家と同列の権力を持つ家だ。
故に、公爵家の人間となるローズは、私の住む王宮に頻繁に出入りしても見咎められない。
魑魅魍魎が跋扈するこの王宮で、レイチェル女官長の他に心から信頼できるローズがたくさん来てくれたらどんなに楽しいだろう、と胸を躍らせた。
けれど、王家に嫁いだ私が息子を出産してすぐ、事態が急変した。
アースクリス国にアンベール国、ウルド国、ジェンド国の三国が牙をむいたのだ。
ローズの夫であり、クリステーア公爵家嫡男のアーシュさんがアンベール国で行方不明になり、クリステーア公爵家の中でのローズの立ち位置が、現公爵の弟のリヒャルトやその妻のカロリーヌのせいで危うくなった。
その後飛び込んできた情報は、ローズの懐妊だった。
もちろんその朗報に喜んだけれど、すぐにリヒャルトが、ローズとお腹の子を害そうとしていることを知った。
そして、あっという間に戦争が始まった。
夫が侵攻してきたジェンド国側に行ったとたん、ウルド国側からの侵攻の報告を受けた。
そしてアンベール国からの侵攻も。
―――宣戦布告を受けて、初めての戦いが、三国からの一斉攻撃とは。
聞いたとたん、その卑怯さに怒りで目の前が真っ赤になった。
そして、戦争が現実となったことに、身体が恐怖で震えた。
夫や、四公爵たちが戦場へと行くのを見送ったが―――心配でしょうがなかった。
一国の軍を三つに分けているのだ。
夫は、父は、兄は。
縁戚でもある他の公爵家の当主のことも心配でしょうがない。
―――そうして私は意識を飛ばした。
そこで、ジェンド国の将軍の言葉を聞いたのだ。
『アースクリス国は三方から攻められ、すぐに瓦解する。アースクリス国王と、王子の首を掲げろ!!』と。
―――冗談じゃない。
言いがかりをつけて侵攻をしてきたお前たちに、愛する夫と愛しい我が子の命を渡すものか!!
―――そう思った瞬間、私の中から何かが飛び出してきた。
―――これは、私の大事な者たちを守るために女神様から与えられたもの。
そう、瞬時に悟った。
「―――誰一人、渡河させるものですか!!」
魔法陣を描き、ジェンド国の軍船を破壊しつくした。
川を逆流させ、離れた砦を破壊し、夫を殺すと叫んでいた将軍を飲み込んだ。
ウルド国側には父、クリスウィン公爵がいた。
私は理不尽な戦争を引き起こした、三国への激情のままに、魔法陣を展開させた。
体格が良く、陸上戦が得意なウルド国。
彼らは、砦を国境近くに多く作り上げていた。
「アースクリス国の男を皆殺しにして、女子供を他の大陸へ売り払おう」
と下卑た言葉が軍の中枢から聞こえてきた。
「アンベール国も同じ話が出ていたぞ。半分はアンベール国に渡せってな」
風が届けた砦の中の声は、自分たちが勝利した後、どうやってアースクリス国を踏みにじろうかという言葉ばかりが行きかっていた。
三国が相手では、アースクリス国に絶対に勝利の可能性がないと思っているのだろう。
―――ふざけないで!!
私は、すでにアースクリス国の国母。
アースクリス国の民は私の子だ。
私は、激情のまま、思いのままに魔法陣を操る。
私が今描いている魔法陣は、この世界のものではなかった。
これが、過去生のものだと気づいていた。
―――それでもいい。
私の、アースクリス国の民を守る為なら、どんな力だって使う。
私の力が、竜巻を無数に発生させた。
意識体で魔法を使うのは、負担がかかる。
瞳の奥がとてつもなく熱い。
―――力の限界が近づいてきているのが分かった。
―――けれど。今。
―――今ここで、やらなくては。ここで食い止めなくてはいけないのだ。
私は天を仰ぎ、この瞬間を見ておられる女神様に願った。
―――女神様。これは国母たる、私の役目です。
―――どうか、アースクリス国を守るために。お力をお貸しください!!
―――瞬間、私の中から金色とプラチナの光が飛び出してきた。
その光が描くのは、私の中では馴染み深い異界の魔法陣―――
そこから生み出された竜巻は、―――ウルド国側の軍勢を飲み込み、ウルド国側の砦を全て破壊した。
そして、遠く離れたアンベール国でも。
同時刻にアンベール国の砦を無数の雷が襲い、壊滅させた。
―――その後、私は力を使い果たし、気を失ったのだった。
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