105 そのはなしは保留で
本日二話目です。
よろしくお願いします。
実は、攻め込んできた敵の将軍は確実に仕留めていたそうだ。
「司令官を斃せば大抵周りは動けなくなるからな」
クリスウィン公爵は『当然のことだ』と言うが、司令官は大抵奥にいるはずだ。そうそう倒すことは出来ないのではないだろうか。
「方法は極秘だ。だが不可能ではないのだぞ」
にやり、とクリスウィン公爵が笑む。
「父上。悪い顔になっていますよ」
リュードベリー侯爵がくすくすと笑っている。
二人とも私の頭を交互に撫でている。
撫でられるのは好きだ。気持ちいい。
でも、そうか。
指揮官がいなくなれば周りの軍人はなかなか自分で動けないだろう。
奥深くにいる司令官が討たれたとなれば、確実に士気が落ちる。
初戦では、徴兵された平民はほとんどなく、正規の訓練を受けた軍人ばかりだったそうだ。
王妃様により壊滅させられた後にも、アースクリス国を落す戦争の為に軍人を増やして用意していた三国は二度、三度と訓練した軍人を送ってきた。
その度に、アースクリス国は一枚岩となって侵入を阻止し、敵国の正規軍を壊滅させた。
「あの時は、バーティア先生にも戦略会議に幾度も参加していただいて、本当にありがたく思っております」
「ええ。おかげであれ以降、魔術師たちの働きがものすごく向上しました。本当に感謝しています」
え? そうだったの?
「魔術師たちの指導をしただけだ。礼には及ばん」
「戦争は情報戦でもあります。内通者を暴いてくださったことにも感謝いたします」
「たまたま気づいただけだ」
ああ、ディークひいおじい様かっこいい~。
国王陛下や公爵たちがディークひいおじい様の敬語を嫌がるのは、こういったこともあるのだと思う。
その後、攻め入る場所を変えても同様に叩き潰されるため、ウルド国やジェンド国、アンベール国の兵たちの間には、『アースクリス国には女神の加護がある』と噂されていった。
半年の間に主だった将軍たちが死に、指揮官の質が落ちた。
新たに指揮官となった者たちは、将軍たちがいなくなった為に穴埋め的になった者たちが多く明らかに力不足だ。
勝利を独り占めしようとする者。
功を焦る者。
他の二国を出し抜こうとする者。
そして、軍人たちが多く戦死した為、徴兵された平民が大勢軍に加わったことで、士気もかなり落ちたとのことだ。
それぞれの事情、そして思惑が絡まり、半年を過ぎた頃から、三国が手を携えて一斉攻撃してくることはなくなった。
それを機に、王妃様は戦場にいくことをやめたそうだ。
―――けれど、足並みが揃わなくなっても、三国の同盟は破棄されず、アースクリス国への侵攻は続けられた。
三国とも、侵攻を繰り返していけば、いつか、アースクリス国が力尽きるだろうと思っていたのだ。
そして、また戦力が整った時には、一斉攻撃を仕掛けようと虎視眈々と狙っていた。
―――だが、三国の思惑は思わぬ方向へと外れた。
戦争をアースクリス国に仕掛けた年から、自国の作物が不作となったのだ。
格段に収穫量が落ち、一気に食べていくことが難しくなった。
それでもこれまでの備蓄により一・二年は保った。
『不作は一年限りだろう』
誰もがそう思っていたが、翌年、そのまた翌年もと、不作どころが凶作となっていったのだ。
開戦後、三年経った頃には備蓄も底をついた。
アースクリス国を除いた三国は、自給して食べていくことが困難になりはてた。
三国の上層部は、民のわずかな貯えを強制的に搾り取り、上層部の食糧と戦地の兵糧とした。
―――アースクリス国を落とした暁には、お前たち平民たちにも豊富な食糧を与えるからと。
しかし、民からしてみれば、日々食べるものもないというのに、いつ終わるか分からない戦争のその先のことを言われても納得などできない。
そもそも言いがかりをつけて、アースクリス国へ戦争を仕掛けたのはウルド国やジェンド国、アンベール国―――自分たちの国だ。
食物が不作となり、餓死者が出てきても、穀物や税の取り立てが来る。
生きて帰る見込みのない召集令状が届き、それゆえに働き手のいなくなった家にも容赦なく、だ。
民の不満が爆発して、いまや、ウルド国やジェンド国、アンベール国は、内側から崩れつつある。
各国で内戦が起き、アースクリス国への明らかな侵攻は、ここ2年ほどない。
しかし、三国からのアースクリス国の王族への暗殺者はいまだ多数放たれているのが実情なのだそうだ。
◇◇◇
王妃様の告白から始まり、現在の状況を聞いた後、王妃様は改めて私を見て言った。
「アーシェラが商会の家で育ったことも、必然なのだと思うわ。私とは違う形で、こうやって皆に影響を与えているもの」
「「そうだな」」
クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が二人で頷いた。
「私は陛下や公爵たちと共に最前線で国を守る。アーシェラは国の内側で民を。―――女神様のキクの花はその最たるものでしょう」
「女神様のキクの花は、アースクリス国のみならず、確実にこの大陸の民を飢えから救う。これまでのことで、アーシェラが動くことでいろいろなものが動いて回っていると実感しているわ。―――それは、女神様たちの御心とも言えることでしょう」
「……しょうなの?」
王妃様に与えられた『役目』は、魔法使いの力で理不尽な敵からアースクリス国を守ること。
それを、王妃様はしっかりとやってのけた。
でも、私は?
加護を貰ったけど、私がしていることは、はっきり言って『美味しいものを作って食べる』ことに特化しているような気がしている。
王妃様の足元にも及ばない。
「あーちぇ。たべたいのをちゅくってるだけよ?」
本当にそれに尽きるのだ。女神様の使命うんぬんではなく。
「うふふ。食べ物だけじゃないのよ? アーシェラが知らなくても、アーシェラのおかげでいろんなことが回っているのよ」
「そうだな。本人は気づいていないようだな」
クリスウィン公爵が深く頷いている。
何のことだろう?
「―――大丈夫。そのうち分かるわ。アーシェラは食べるもの以外のことをたくさんしているのよ」
「そうだ。キクの花やアーシェラちゃんのおかげで、うちの一族のカシュクールの隠されていた犯罪が明るみになったのだ。―――すべてはつながっているのだよ」
「アーシェラちゃんが知らなくても。気づいていなくても、物事は意味を持って動いているのですよ」
クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵が深く頷いていた。
?? そうなの??
その言葉に、カシュクールやヌイエ、ノワールの犯罪が明るみになったことを思い出して、リンクさんもディークひいおじい様も『そうだな』と頷いていた。
「ふふ。でも、必然とか言われてもアーシェラは困るでしょう。魂の記憶は便利な知識、くらいに捉えればいいのよ。―――それにアーシェラが作るものは本当に美味しいものばかりだし! 美味しいものは人を幸せにしてくれるのよ」
すっかり元気を取り戻した王妃様が声を弾ませた。
「私の子供たちの為に、私はいつでもこの力を使うわ。アーシェラは思いのまま、心の赴くままに元気に暮らしてくれればいいの。―――それだけでいいのよ」
きゅうっと、王妃様が私を抱く腕に力を込めた。
「―――ああ。ほんとうにかわいいわ。うちの息子のお嫁さんに欲しいわ」
え? 王妃様の息子って。
それって王子様のことだよね?
「「いいな。それ」」
クリスウィン公爵とリュードベリー侯爵がうんうんと頷いている。
冗談だよね?
だって、私は誰の子供か自分でも知らないんだよ?
そんな私が高貴な血統の王家に嫁ぐなんてとんでもない。
「アーシェラちゃんには女神様がついている。未来の王妃として、これ以上はない後ろ盾だよ。アーシェラちゃん。王子様のところにお嫁に来ないかい?」
と、私の心の中の疑問を払ったクリスウィン公爵が、琥珀色の瞳をキラキラさせている。
テーブルの向こう側で、ディークひいおじい様が苦笑し、リンクさんが苦虫を噛み潰したような顔になっている。
「クリステーア公爵からは『戦争が終わるまで保留で』って言われちゃったのよね」
うん? まさか王妃様、本気なの!?
もうクリステーア公爵のアーネストおじい様に話をしていたの!?
それって、もしかして断わったら不敬罪でバッサリされる類いの話?
いやいやいや。その前にそもそも王子様に会ったこともないのに結婚とかありえない。
それに王子様だってまだ5歳。
衝撃で言葉を発せずにいたら。
「フィーネ、どういうこと?」
王妃様の呟きを聞いたローズ母様が、アメジストの瞳に強い光をたたえて強い口調で王妃様に問うた。
「大丈夫よ、ローズ。選ぶのはアーシェラよ」
無理強いなんてしないわよ、と王妃様が続けた。
「……確かに。女神様のお怒りはもう二度と味わいたくないからな」
クリスウィン公爵は数か月前のことを思い出したようで、ふるりと顔を強張らせた。
―――あの。皆さん。私はまだ4歳ですよ?
まだまだやりたいことがあるので、適齢期になるまで、保留で(不敬罪は怖い)。
保留でお願いします。
お読みいただきありがとうございます。




