102 知識の引き出し
クリスウィン公爵家に到着して、滞在する部屋に案内をされたところに意外な女性がいた。
「久しぶりね! アーシェラ! ローズ!」
なんと、アースクリス国の王妃様だった。
「おうひしゃま?」
「フィーネ? どうしてここに!?」
「うふふ。明日はかわいい甥っ子の7歳の誕生日なの! 陛下が特別に宿下がりを許してくださったのよ!」
どうやら先日の誘拐事件があったため、陛下がアルとアレン、そしてクリスウィン公爵家や王妃様の気苦労を慰労する為に、気を使ってくれたとのことだ。
国王夫妻はとても仲が良く、近くとはいえ、たまに実家に行こうとする王妃様を陛下が毎回引き留めようとするのは有名な話らしい。
愛されているね。王妃様。
「ここは私の実家よ。なんでも聞いてちょうだいね!!」
王宮での格式高いドレスではなく、デイドレス姿の王妃様は、まるで少女のようだった。
◇◇◇
「なるほど。警備が厳重だった意味が分かりました」
公爵家の応接室でクリスウィン公爵と、王妃様、王妃様のお兄様で次期公爵、現在はリュードベリー侯爵を名乗っているリュディガー様にご挨拶した。
テーブルを挟んだ向こう側のソファには、王妃様を挟んで両隣にクリスウィン公爵と王妃様のお兄様のリュードベリー侯爵が並んで座っている。
三人とも金髪と琥珀色の瞳で、瞳の色は寸分たがわず同じ色だった。
「王妃様がご実家にいるとなれば、王家と公爵家の警戒態勢は最大になるのは当たり前だな」
ディークひいおじい様とリンクさんはクリスウィン公爵領に入ったところから、やけに警備が厳しいと、感じていたようだ。
たしかに。街のパン屋さんで王都のパン屋の元店主と会っていた時、どこから私たちが来ていることを知ったのか、クリスウィン公爵直々に私たちを迎えにパン屋に現れたのには、私もみんなも驚いた。
おかげで、元店主から『ご領主であるクリスウィン公爵様の恩師なら』と店舗を譲る話を即了承してもらえた。
そこで椅子に仕組まれた負の魔術の件についてもクリスウィン公爵と情報を共有できた。
元店主は、クリスウィン公爵の元で魔術によって傷ついた身体の治療を施されることになった。よかった。
「王都の街にアーシェラのお料理を出すお店ができるなんて楽しみ過ぎるわ!!」
「菓子店で販売する分の上乗せする分を教会への供物にするという考えは思いつかなかったな。いい方法だ」
クリスウィン公爵が拳を顎にあてて頷いている。
王妃様のお兄様で、次期公爵のリュードベリー侯爵もうんうんと頷いている。
リュードベリー侯爵は先日カシュクールの陰謀で攫われて軟禁されていた、アルとアレンのお父様。
撫でつけた金髪に琥珀色の瞳。クリスウィン公爵にそっくり。
クリスウィン公爵もリュードベリー侯爵も、外見はきりりとした感じだけど、話してみると穏やかで時折王妃様と同じ感じがして親しみやすい方たちだ。
「お土産にもらったこのアメリカンドッグやフライドポテトがお店にも置かれるんですね。とても美味しいです」
「ドーナツも全部美味いぞ!!」
クリスウィン公爵親子がすごい勢いでおみやげをたいらげていく。
いっぱい持って来たけれど、この勢いでは足りなくなりそうだ。
ディークひいおじい様がバーティア別邸のマルト調理長にアメリカンドッグとフライドポテト、そしてトマトケチャップのレシピを用意させていたのはこの為か。
「はあ。揚げ物というのは美味いものなのだな」
クリスウィン公爵はアメリカンドッグにトマトケチャップをたっぷりつけて堪能している。
あの。クリスウィン公爵様、アメリカンドッグすでに5本目ですよ。
リュードベリー侯爵も4本目。王妃様も同様だ。
本当にクリスウィン公爵一族はよく食べるのだな、と実感。
けれど、食べる所作がとても美しいので見ていて気持ちいい。
「このトマトケチャップも美味しいですね。我が家にもレシピをいただけて、とても嬉しいです」
リュードベリー侯爵がトマトケチャップの瓶を手に取りながら、頷いている。
ディークひいおじい様からお土産と一緒にレシピを手渡された時、クリスウィン公爵がものすごく喜んでいた。
「炊き込みご飯や茶碗蒸し、バター餅に続きアメリカンドッグとフライドポテト……こんな美味しいものを次々と作れるのは、やはり『知識の引き出し』があるのですね」
リュードベリー侯爵の言葉に、クリスウィン公爵や王妃様も『そうだな』というように肯定している。
んん? 知識の引き出し? なあにそれ?
「「?? 知識の引き出し??」」
「それはどういうことだ?」
私たちが聞いたことのない言葉に首を傾げていると、クリスウィン公爵が『そうか』と声を上げた。
「―――ああ。アーシェラちゃんはまだ『鑑定』を受けていないのですね。―――であれば、知らないのも無理はありませんね。では私の娘のフィーネが鑑定を受けた時のことをお教えします。―――女神様の加護を持って生まれる子は、輪廻転生の回数、過去生が多いのです」
「「「過去生?」」」
ディークひいおじい様、リンクさん、ローズ母様の声が重なった。
クリスウィン公爵の言葉の後を、リュードベリー侯爵が繋げる。
「つまりは、魂の年齢が高いのだそうです」
「え? そうなのですか?」
ローズ母様の言葉にリュードベリー侯爵が頷いた。
「こうやって生きている私たちの魂は、輪廻転生を繰り返し、経験を積み重ねて魂を磨き上げているといいます。ありとあらゆる世界、鉱物、生き物、そして人間の一生を何百回何千回と経験し、魂を昇華していきます」
「人を故意に傷つける者や、陥れたりする利己的な考えの持ち主は、魂の年齢が低い。―――ここに来る前に聞いたミンシュ伯爵などはそれだろうな―――あの馬鹿が」
クリスウィン公爵は、先ほどパン屋の店主の病状を自ら鑑定し、それが魔術の傷だと知り、ミンシュ伯爵の所業に憤慨していた。
クリスウィン公爵が怒りのあまり横道に逸れそうになったので、リュードベリー侯爵が後を引き継いだ。
「記憶は転生するたびに消えますが、魂の年齢が高いと、これまでの生の『知識』が魂に残る。魂の中に『知識の引き出し』があるそうです」
え? 知識? 前世の記憶はばっちり残っているけど?
―――でも。実を言うと、前世の自分の名前や、前世の家族の名前はどう思い出そうとしても出てこないのだ。
―――前世の記憶と思い出は『知識』のうちに入るのかな?
「女神様の愛し子で共通しているのは、魂の年齢が高い。そしてその子は過去生の記憶はなくとも、『過去生の知識の引き出し』を持っているとのことです」
リュードベリー侯爵が話を進めていると、気を取り直したクリスウィン公爵が次に続けた。
「フィーネが5歳になった時、大神殿でレント前神官長に鑑定を受けました。いつものように神殿の水晶を使って鑑定を始めたとたん、レント前神官長の胸におさめられた女神様の水晶が、突然光ったのです。―――そこで初めて、フィーネが女神様の加護を与えられていることを知りました」
「―――レント前神官長が紋章の中から取り出した女神様の水晶には―――フィーネの魂の色彩が映し出されておりました」
「「「魂の色彩」」」
再びディークひいおじい様やリンクさん、ローズ母様の声が重なった。
なんと、女神様の水晶は魂の色が見えるのか。
「はい。レント前神官長は女神様の水晶を通して魂の色を見ることが出来ると教えてくれました。そして、『フィーネ様は、明らかに私たちとは魂の色や輝き、厚みが違う』と言っておりました」
「そう、か……」
ディークひいおじい様が呟いた。
「女神様の加護を持つ者の魂の色彩は特別だそうです」
「でも、アーシェはまだ鑑定してもらっておりませんわ」
ローズ母様が言うと、そういえば、とリンクさんが顔を上げた。
「―――いえ、キクの花が咲く教会に初めて行った時、女神様の水晶がレント前神官長の紋章から自ら出てきて、アーシェの手に飛んで行きました。―――その時、水晶が光ったんだよな? アーシェ」
クリスウィン公爵の前ではきちんと敬語になるリンクさん。何だかおもしろい。
対してディークひいおじい様は、いつもの口調だ。
実はひと月と少し前の出兵式の後、ディークひいおじい様は出征して行ったクリスフィア公爵をのぞいた三人の公爵たちと国王陛下にお会いしたそうだ。
魔法学院の元教え子たちとはいえ、相手はこの国の国王と、王家同様の位を持つ公爵たちだ。
身分をわきまえて敬語で話しだしたとたん、陛下が苦虫を潰したように渋面となり、『公的な場以外は敬語禁止』と言われたとのことだ。
公爵たちも、『バーティア先生に敬語で話しかけられるのは気持ち悪い』と、陛下と同じことを言ったそうだ。
―――敬語を話すディークひいおじい様を前に、固まった国王陛下や公爵様たち。
―――なんだか想像するだけでおもしろい。
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