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101 よからぬ魔術



「アーシェラ、どうした?」

 思わず繋いでいたディークひいおじい様の指を強く握ってしまった。

「あしょこ。なんかきもちわりゅい」

 私の視線の先には椅子があった。

 相も変わらず、椅子の座面から黒い靄みたいなものが視える。


「その椅子は、僕たちの師匠の定位置です。師匠は高齢だったので、休憩するために置いていたんですが」

 ナイトさんの言葉を聞きながらディークひいおじい様が椅子に近づいて、はっとしたように目を見開いた。


「―――なるほどな。この椅子の座面に負の力を込めた魔術陣が込められている」


「「ええっ!!??」」

 ディークひいおじい様の言葉に皆が驚愕した。


「リンク、力を貸してくれ」

「わかった」

 リンクさんの『鑑定』と、ディークひいおじい様が魔法陣で、『椅子』を鑑定した。


「だいたい一年くらい前からだな。『負の魔術』が入っている。これは身体に悪影響を及ぼす」

「ああ。毎日座っていたら、身体を内側からやられるな。くそったれが。悪趣味な魔術を組みやがって」

 ディークひいおじい様が魔術を施された大体の期間を読み解き、リンクさんの鑑定で身体に悪影響を及ぼす魔術であることが判明した。


「「ええっ!!??」」

「師匠は昔からその椅子を愛用していたんです!」

「娘さんが休憩用にとプレゼントしてくれたって……」

 娘さんが王都から離れて嫁ぐ時にプレゼントされて以来、何十年も使っていた愛用の椅子なのだそうだ。


「だが、事実だ。だれかが故意に店主を狙ったものだ。心当たりはあるか?」


「「……あります」」

 ミットさんとナイトさんが一緒に首肯した。


「ここ、商店街の中でも立地がいいんです。そこに目をつけたある商会の人物が、師匠にここを売れと圧力をかけて来たんです。何度もしつこく。それが一年半ほど前でした」

「その頃は師匠は元気で。『お前らには絶対売らん!!』と、何度も来る商会の人を突っぱねていました」

「でも、一年ほど前からぱたりと来なくなって安心していたんですが―――その頃から師匠の具合が悪くなって……」


「圧力をかけずに、別な意味で実力行使したわけか。―――最低な奴らだな」

 リンクさんが苦々しく吐き捨てるように言った。

 一人娘が贈ってくれた椅子に健康を害する魔術をかけるなんて。なんて人たちだ。


「―――そんな。師匠が病気になったのは」

 ディークひいおじい様が深く頷いた。

「考えうるに、この場所を欲しがったその商会の人間が、時間をかけて店を閉めさせるように仕向けたのだろうな」


 なんてひどいことをするんだ。その商会は。

「わりゅいやつ!! ゆるしぇない!!」

 思わずふんふんと地団駄を踏んでしまった。

 


「「「ひどいですわ!!」」」

 メイヤさんやマリアおば様、ローズ母様があまりのことに声をあげた。

「嫁いでいった娘さんが贈ってくれた椅子なのに!!」

「そんな呪いをかけるなんて最低ですわ!!」

「おじい様、どうにかできませんか?」


「商会とは、どこの商会だ?」


「「「ミンシュ伯爵の商会です」」」

 ミットさんとナイトさん、マークシスさんが声を揃えた。


「あ~……たしかにいい噂を聞かないな。あのでっぷりしたやつな」

 リンクさんが眉をひそめた。

 ディークひいおじい様も、心当たりがあるのだろう。ピクリと反応していた。


「この椅子に掛けられた魔術を消すことはできるが、それは相手に対してこちらから宣戦布告するのと同じだ」

「魔術が消されたことは、かけた人間に伝わるからな」

 ほう。そういうものなのか。


「でも。バーティア先生なら、あいつらを返り討ちにできますよね!!」

 マークシスさんは、ディークひいおじい様をキラキラとした瞳で見ている。

 どうやら、ディークひいおじい様に全幅の信頼を寄せているようだ。


「―――やつらを退けたら、元店主がもう一度パン屋を再開できると思うが、どうなのだ?」

 そうだ。元々身体を悪くしなければまだまだパン屋を続けていたはずなのだ。

 その問いにマークシスさんはかぶりを振った。


「バーティア先生。元店主は何年も前から、高齢ゆえにいつ辞めるか引き際を考えていて、『職人ふたりが独り立ちできるまで頑張ろうかな』と言っていたんです。―――それが、数年早まってしまいました。まさかそんな黒い陰謀に巻き込まれてしまっていたとは驚きましたが……。バーティア先生がお店と職人を引き継いでくれるのであれば、店主も安心して引退できると思います」

 パン屋の店主はもう70代後半とのことだ。

 何年も前から引き際を真剣に考えていたようで、今回の件がおさまったとしても、一度覚悟を決めて閉めた店を自ら再開することはないだろうとのことだ。

 


「わかった。では、このいざこざも含めてバーティアで全て請け負う。―――すぐに役所に申請して許可をとる。その前にパン屋の元店主に会わなくてはな。こちらから訪ねて行こう」

「それならすぐに使いを出します。―――マルクス」

「はい。明日一番で行って来ます。明後日には店主の答えを持って帰れると思います」

「明後日? ずいぶんと早いな」

「はい。店主はクリスウィン公爵領に引っ越しましたので、ここから比較的近いんです」

「娘さん夫婦もパン屋さんを営んでいるのです。クリスウィン公爵領の街にいるんですよ」

「隠居といいながら、あちらでも仕事に口を出しているでしょうね」


 元店主は高齢と病のせいで、思うように仕事ができなくなったのだそうだ。

 クリスウィン公爵領にいる娘夫婦のもとに行くことになった時、このパン屋を若い職人に任せようかと思っていたが、ミンシュ伯爵の商会に目をつけられ、このままでは不当なやり方で店を取られるばかりか、若い職人ふたりを危険な目にあわせてしまう、と苦渋の決断で、あえて店を閉めることにしたのだそうだ。

 技術をしっかり教え込んだふたりなら、どこでもやっていけると信じて。

 まさか己の身体の不調が仕掛けられた魔術のせいだとは夢にも思っていなかったことだろう。


「明後日なら、私たちもクリスウィン公爵領に行くことになっている。その道中に寄らせてもらおう」

「いいですね! ではマルクスに明日、事前説明させておきます。明後日はマルクスと落ち合って、一緒に店に行って下さい。話が進みやすいでしょう」

「承知した」


「僕たちは、何をお手伝いしたらいいでしょう?」

 ミットさんとナイトさんが聞いてきた。

「しばらくは今のまま菓子店にいなさい。ミンシュの馬鹿がいつ出てくるか分からないからな」

「おじ様、馬鹿って」

 マリアおば様が苦笑する。


「あいつは昔から人の影に隠れて悪さをするやつだ。あいつは短絡的な考えしかできない馬鹿だが。悪い考えを持つ奴には狡猾な悪い仲間がいる。利害さえ一致すればあいつに手を貸す奴が何人もいる。私が何とかするまで動くな」

 ミンシュ伯爵は貴族だ。

 大抵の貴族は魔力を持って生まれる。ということは、年齢的にもディークひいおじい様の生徒であったということだ。

 『あいつの性根は変わっていない』と呟いているので間違いはないだろう。


「何とかするって言いきれるところが、さすがです。バーティア先生!」

 さっきからマークシスさんはディークひいおじい様を英雄かのように目をキラキラさせて見ている。

「旦那様……」

 メイヤさんが初めて見る夫のはしゃぎように少しひいているようだ。


「だって、バーティア先生はすごい人だよ! デイン辺境伯軍とクリスフィア公爵軍の魔術師を率いて三国の軍を撃退した方だよ!!」

 そういえばそうだった。

 戦いの中、人を殺害する為の攻撃魔術を防ぎ、撃退してきた人だ。

 それが容易ではないことを魔術を習った者は知っているのだ。

 そして、その戦いには、マークシスさんも従軍していたのでその光景を目の当たりにしたのだそうだ。


 いろんなところでディークひいおじい様の話を聞いていたけれど。

 その戦いを見ていたマークシスさんが興奮してディークひいおじい様の功績を讃えてくれるので、改めてすごい人なんだと思う。


「ひいおじいしゃま。かっこいい」

 キラキラした瞳でディークひいおじい様を見ると、なんだか照れたように微笑した。

「うむ。アーシェラに言われると照れるな」


「ねえ。アーシェ、俺は?」


 あれ? リンクさん。またですか?


「リンク。格好いいと言われるようなことしてないだろう?」

 マルクスさんに笑って指摘されていた。


 うん。でも、知っているんだ。

 リンクさんがかっこいいことも、優しいところも。

 ケンカも強くて、情に厚いことも。

 そしてやきもち焼きで、みんなに張り合うような可愛いところも。意外とさみしがりなことも。

 だから、かっこいいという言葉より。この言葉を贈ろう。


「あーちぇ。りんくおじしゃま、だいしゅき」

 

「―――かっこいいよりうれしいな」

 嬉しそうに青い瞳を細めて、きゅうって抱きしめてくれる、私を育ててくれた大事なひと。


「リンクって、いい父親になりそうよね」

 メイヤさんが言うと、マリアおば様がからかうように笑った。

「それよりアーシェラちゃんを嫁に出さないって言いそうよ」

 

「当たり前だ!!」

 がう! とリンクさんが私を抱きしめたまま吠えた。


 貴族の女子は婚約が早い傾向にある。

 私の出自は不明だけど、今でもクリステーア公爵家やデイン伯爵家、バーティア子爵家という古くから続く家が複数後見になっている。

 いつ縁談があってもおかしくないのだとマリアおば様から教えられていた。


 でも私はまだ4歳。 

 嫁に行くとしてもまだまだ先だけど、マリアおば様の言葉に、ローディン叔父様もリンクさんも『その話は聞きたくない』と不機嫌になるのだ。




 

 ―――やれやれ。リンク・デイン、お前もか。

 ―――これは前途多難だな。



 ―――あれ? 誰の声?


「ん? アーシェ、どうした?」

 きょろきょろと見回してみたけど、誰の声か分からない。

 何かは分からないけど、近くに誰かがやってきたように感じる。

 さっき、私の中の何かが引っ張られていった感じがした。



 ―――あれ? なんだか急激に眠気がやってきた。


「ああ。眠いのか。いいよ、おやすみ」

「―――あい」

 言われるがまま、リンクさんに身体を預けてすやり、と眠ってしまった。





 ―――私に感応したか。さすがだ。


 ―――だが、アーシェラの居場所を手繰り寄せたせいで、思いがけず幼い体に負担をかけてしまったようだ。


 ―――詫びにミンシュ伯爵らを潰す手伝いをしてやろう。



 ―――ああ。その頬をぷにぷにしたい―――




 その頃、王宮で意識を飛ばしていた国王陛下が無意識に指でつつく動きをしていたとかいないとか―――




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
陛下の意識飛ばしは特別製?王族の血が少しでも入っていたらokとか?
女神も王様もアーシェをガン見 伯爵終了のお知らせ
[一言] 娘が爺さんに送ったプレゼントの椅子を置いて 娘夫婦の家に引っ越し。 私なら持って行くなぁ。 置いて行くなんてあり得ない。
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