100 おみせのなかにあったもの
「このホットドッグ美味しいですね! トマトケチャップというソースがとても合いますね!」
「この小豆の甘煮とバターを挟んだパンも美味い!!」
買い出しから帰ってきた、元パン職人の若い二人は、二つ返事でバーティア商会の出す店で働くことを了承してくれた。
黒髪に明るい茶色の瞳のミットさんは21歳。こげ茶色の髪と瞳のナイトさんは20歳で、どちらも人の好さそうな感じの人だ。
パン職人のふたりは子供の頃、はやり病で家族を亡くして孤児となり、商店街の裏で残飯をあさっていたところをそれぞれパン屋の店主に救われたのだそうだ。
パン屋の店主はふたりをきちんと面倒を見てくれる教会に連れて行き、後にパン屋に雇い入れてくれたのだそうだ。
早くに両親を亡くした二人は祖父ともいえる歳の店主を心から慕っていたが、店主が病に倒れ、店をたたむことになった。
彼らはまだ若く、店を持つ財力もない。このご時世で希望するパン職人としての再就職先もなく、もうパン職人として働くことを諦めていたのだそうだ。
パン職人としてもう一度働けると喜び、涙をにじませながら頭を下げた。
「「ありがとうございます!!」」
「パンの仕事を出来るなんてうれしいです!」
「新しい商品も喜んでやらせていただきます!!」
そういうわけで、新しいメニューのホットドッグを作り、あんバターパンの試食をしていたのだ。
ドーナツについても彼らはすぐにマスターしていた。
パン職人が菓子職人の修行をしたことは無駄になっていない。
カスタードクリームを手早く作り、小豆あんの作り方をすぐにマスターして、ドーナツを作り上げていた。
「ねえ、パン屋でアメリカンドッグとフライドポテトを出してはどうかしら。絶対売れると思うの」
マリアおば様が提案すると、ディークひいおじい様が同意した。
「最初のうちは、注文を受けてから揚げるようにしよう。熱々が美味いからな」
ディークひいおじい様がそう話す。
「揚げる、という調理法は今までなかったですからね。試食を少し置いて、出来れば揚げている工程を遠目にでも見せるようにしてもいいかもしれません」
「そうすれば見たことのない新しい料理も受け入れられやすくなると思います」
ミットさんとナイトさんがアメリカンドッグとフライドポテトを揚げるところを見せることを提案した。
ふたりとも、アメリカンドッグとフライドポテトを食べた時は、美味しさにびっくりしていたが、食べる前は、アメリカンドッグの茶色とドーナツの茶色に腰が引けていたのだ。
全体が茶色の食べ物には抵抗感があるらしい。
それはこの頃のみんなの反応で実感していた。
揚げ物のこんがり揚がった茶色は、美味しい色の証なのにね。
デモンストレーションをすることでそれが解消できるならいいと思う。
それに美味しい揚げ物はまだまだあるのだ。
みんなの茶色に対する抵抗感を払拭する第一歩だ。いいだろう。
「この国では新しい調理法だからな。みな驚くだろうな」
「たくさん揚げることのできる調理器具を注文しなきゃな」
「ああ、うちの兄が魔法道具店と鍛冶屋をやってますので、その辺は任せてください」
そういえば、菓子職人のマークシスさんはツリービーンズ男爵家の三男で、次男のマイクさんは王都で魔法道具店をやっていると聞いていた。
「これだけ商品が増えたら、パン職人のふたりに負担がかかるだろう。アメリカンドッグは衣を付けて揚げると出来るから、パンを焼くより手間がかからないし、職人ではなくても作れるだろう。この近所から信頼できそうな人を雇うか……」
リンクさんが思案しながら言うと、ディークひいおじい様が首を振った。
「いや。まずは、オープニングスタッフはバーティアの人間だけにする。うちの料理人を交替で来させよう。雇うのはおいおい考える」
「そうだよな。やっぱりその方がいいよな」
本来なら、近所から雇用するのが一般的だ。
だけど。ここはバーティア領ではない為、ディークひいおじい様もリンクさんも人を雇うのは慎重だ。
二人が一番に考慮してくれているのは、ローズ母様や私の安全面だろう。
私たちが立ち寄るところには、私たちの意思にかかわらず何者かが悪意をもって潜む可能性が高いのだから。
「パン職人ふたりとバーティアからのふたりで厨房はまわせるだろう」
ディークひいおじい様とリンクさんは、人選に頭を巡らせている。
バーティアには菓子職人だった二人がいるが、その二人だけを選ぶと他の料理人から抗議が来るだろうとのことだ。なぜだろう?
マリアおば様から、デイン家の料理人も『修行』の名のもとで手伝いに出すと提案してくれた。
プロの料理人が修行ですか? と思ったけど、裏切る心配のない信頼できる人たちということで、リンクさんとディークひいおじい様も納得して受け入れていた。
結局、バーティア領本邸と王都別邸の料理人十数人、そしてデイン家の料理人さん達を持ち回りで派遣することになった。
その後ディークひいおじい様が直々に信頼できる新規スタッフを選ぶとのことだ。
「ぱんがあまったら、らしゅくもできる」
その他にもいろいろある。おいおい出していこう。
「そうだな。無駄がないな」
「まずは元店主の意向を聞いてからだが」
そういえば、隣の店を買うとは言ったが、元店主が是と言わなければ実現する話ではない。
いろいろと先走ってしまったが大丈夫か? と思っていたら。
「大丈夫ですよ。実は、店の買い手については、パン屋の元店主から私に一任されていました。私が信用できる人ならいいと。バーティア先生なら全く問題ございません」
マークシスさんが満面の笑顔で頷いた。
ずいぶんとマークシスさんはお隣のパン屋さんの元店主に信頼されていたようだ。
善は急げとばかりに、隣のパン屋の店舗を見に行った。
鍵はパン屋の店主からマークシスさんが預かっていたのだ。
店舗は二階建で一階が店舗兼厨房。
二階部分は以前住居だったけど、敷地の裏に別に二階建ての住居を建てたため、それからは物置として使っていたようだ。裏の住居には今もパン職人さんが元店主の好意で住まわせてもらっているらしい。
バーティア商会で購入した後も住み続けられる、とミットさんとナイトさんは喜んでいた。
パン屋さんは結構大きい。
前世でのパン屋さんのイメージは、狭い店舗にたくさんの種類のパンが置かれていたけれど、このパン屋さんは広い。
たくさんのお客さんがぶつからずにゆったりと買い物出来る感じだ。
パンが美味しいと評判の人気店であったそうだ。
パンの他にもジャムなどの加工品も置いていたらしく、商品の陳列棚もあった。
通り沿いで立地もいいし、建物も大きい。
ここなら比較的治安もいいらしいし、なかなかの好物件だ。
「へえ。いいな、ここ。蜂蜜とか、バーティア領の特産品もいろいろ置けそうだ」
「たしかにな。窓が大きいから開放感もあるし、明るい。入り口も広くて客も入りやすいな」
奥の厨房スペースも広い。
大きなオーブンや冷蔵庫もあって、すぐにでもパン屋さんを再開出来そうだ。
「決まりだな」
「いいわね」
みんな満足そうだ。
―――が。
厨房のある一角に、私の視線がとまった。
「―――??」
そこに異質なモノがある。
一見してみるとそれは、普通の家具だ。
でも、黒い靄のようなものがそこから立ち上っていた。
黒い気配と、ざわりとした気持ち悪い感覚。
―――『良くないもの』がそこにあった。
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