10 蜂蜜とろう! 2
蜂蜜の話 二話目です。
本日もう一話掲載予定です。
「ウチの父、蜂の巣取り名人なんです。ですが数か月前に兵役から帰って来たんですけど、少し足を引きずってて農作業が出来ないんです。だから木に登ったり梯子を使ったりして蜂の巣を取ることも難しくなって。──さっきの方法で蜂蜜取りの仕事が出来るなら、その仕事をさせてあげたいんです!! お願いします!!」
さっき、サキさんのお父さんが足を弱くしてるって言ってたのは、戦争の後遺症だったのか。
ローディン叔父様は笑顔で頷いた。
「もちろんだ。ハロルドのような、蜂の生態を知る者がいればこちらもありがたい。──出来れば今すぐ来てもらいたいが、いいか?」
「はいっ! ありがとうございます! 呼んできますね!!」
そしてその後すぐに、サキさんのお父さんのハロルドさんがやって来て、叔父様やサキさんと一緒に、先ほどと同じ方法でいくつかの蜜の詰まった板を採ることが出来た。
箱に蜂が巣を作ったことや、煙で蜂がおとなしくなること、蜜だけの板が採れることなど、説明を受ける度に驚き、実演すると『なんと!』とさらに驚愕していた。
だけど。
さすが名人。
すぐにコツを掴んで、その後は早かった。
「こりゃまた画期的ですな! 巣を壊さずに何度でも採取できる!」
そう言って、あっという間に一気に蜜の入った板を採り終えた。
その後ラスクの工房で蜂蜜を絞り、品質を確かめると、来たときは少し沈んで見えたハロルドさんの表情が、いまや喜色満面となっていた。
ハロルドさんが来てから採取した蜂蜜の詰まった板は全部で6枚。サキさんが最初に採った1枚と合わせて7枚。
ハロルドさん曰く、2枚は蜂の為に残しておくとのことだった。
「10枚の板の内1枚だけに女王蜂や幼虫たちがおりましたでな。蜂たちの為にも何枚か残しておきましょう」
「そしたら採れる量少なくならないんスか?」
「今まで巣を壊して採ってきたが、せいぜいこの板2枚程度だ。あの一箱で3倍は採れてる。蜂の巣を壊さないやり方だから、またすぐ溜まるさ」
「幼虫たちを守る巣を作る時間がいらないからな」
「蜂蜜はあの蜂全ての餌ですから。2枚ぐらい残しておきましょう。それに全部取られてしまったら、蜂だってこんな所には居られんと引っ越してしまう可能性も十分にありますな」
「それが賢明だな。数を揃えれば何も問題が無いだろう」
「はこいっぱいおく! いろんなはちみちゅ!」
「そうですな。今までに蜂の巣を見つけたところに設置してみます。それに、蜂はこの時期分蜂します。蜂の巣箱を好みそうな場所に置けば増えるでしょうな」
ハロルドさんは楽しそうに笑った。
「今は花の咲く時期が終わっていますが、季節がめぐればレンゲやたんぽぽ、イチゴやブルーベリーの蜂蜜もいずれ採れるでしょうな」
「わーい! いちご! ぶるーべりー! おこめ!」
「ん? コメ? って蜂蜜採れるか?」
「おはな、さく!」
「ああ······そうだったな。!! てことは、米の蜂蜜は初めてになるのか」
採れれば、この大陸初の米の蜂蜜。
絶対に希少価値が高くなる。
ローディン叔父様が顎に拳をつけたまま『うん』と頷いた。
「よし。ハロルド、田んぼの周りにも蜂が巣を作るように出来るか?」
「はい。耕作地のあちこちに置くことにします。米の花が咲く前に一度採取すれば、ほぼ純粋なコメの蜂蜜が採れることでしょうな」
「巣箱の改良も重ねてみよう。出来るか?」
「もちろんです。いまそこに積みあがってる古い箱をいただけますか? 注文した巣箱が来る前にいろいろ試しておきたいんで」
「大丈夫っす! なんなら新しい箱もどうぞ! 何箱か予備としてストックしていたので問題ないです!」
サキさんのお父さん、ハロルドさんはすぐに箱と網を改良し始めた。
最初はさっきの箱と同じもの。蜂の出入り口に台や屋根を付けたもの。箱の側面の一部を少しだけ切り取り、細かい網をつけて通気性を良くしたものなど。
そしてさっき採取した巣の一部を網に付けてセット。
「そこの公園が今アカシアの花盛りですからな。これから行って毎年採っていた場所に設置しておきます」
「俺も手伝います!」
「ああ。じゃあ、土台になる丸太を用意してくれ。地面に直接巣箱を置かない方がいいからな。水たまりも虫の侵入もある程度抑えられる」
「物置の横の巣箱、あそこは条件が揃ってたんですね!」
「そういうことだな」
丸太を調達してきます! とディークさんが出かけたので、ハロルドさんがひと休憩、と右足を少し引きずって椅子に腰かけた。
「うまくいけば十日程でたくさん採れますよ」
そうなんだ!
どうやら前世とは少し違うらしい。十日で採れるなんて素晴らしい!
「時間をかけると濃縮されて濃厚になりますよ。昔、巣がものすごく大きくなったものを採った時、中央部が濃厚で、外側がアッサリした蜂蜜でした。その中心部の蜂蜜は平均的な巣を採った時と濃厚さが段違いでした。時間とともに巣は大きくなるので見分けるのは簡単でしたよ」
「では箱に表示して時期を見極めれば、あっさりとした蜂蜜と濃厚な蜂蜜を選んで採取できるわけだな」
叔父様が不敵に笑った。
たくさんの量。
たくさんの種類。
蜂蜜の濃度別。
希少価値の高いコメの蜂蜜。
上手く道筋を立てれば特産品に出来る。
「坊ちゃん、良い読みです。いい表情しておりますな。その通りですよ」
ははは。と笑って、ハロルドさんは懐かしそうな表情を浮かべた。
「先代様とよく似ておられる。先代様もこうやってわしらの仕事の話や──世間話までよく聞いてくれたもんですよ」
「祖父のことは、私も尊敬している」
そう言ってローディン叔父様は苦く笑った。
父親は全く逆だけどな。
「······こういっちゃ不敬なのはわかっちゃいるんですが、お父上は夢見がちというか、なんというか」
「分かっている。あの人は現実的な努力などしない方だ。皆には苦労をかけてしまったな」
申し訳ない、と素直に謝るローディン叔父様を見て、ハロルドさんは微笑んだ。
「その言葉を聞いて安心しました。坊ちゃん──いえ、ローディン様。この蜂蜜は本腰をいれれば特産品になります。わしにその一端を任せてくださいませんか。必ず軌道に乗せてみせます」
その申し出に、もちろん叔父様に否やは無かった。
「──ああ。任せたぞハロルド」
「承りました。──では、巣箱の設置に行きます」
運搬用の台車に丸太を積んでディークさんが戻ってきたので、ハロルドさんが立ち上がった。
「私も一緒に行こう」
きちんと自分の目で見ておくことが大事だからな。と叔父様が言って立ち上がった。
それは私も見たい!!
養蜂の第一歩の瞬間だ!! 絶対に見たい!!
「おじしゃま。あーちぇもみにいきたい!!」
「アーシェ······」
「あ──···蜂もいるところなのでダメだと言いたいところですが。──まあ、ローディン様と一緒に遠くから見るだけでしたら許可しましょう。──ローディン様、決して地面にアーシェラ様を降ろさないようにして下さい」
わかった。と頷いて、叔父様が私を抱き上げた。
「さあ、アーシェ。いっぱい蜂蜜とろうな」
「あーい! はちみちゅ~!」
さあ、楽しいことが始まりそうだ!!
お読みいただきありがとうございます。