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8. 好きだと気づいても

「アナタみたいな、芋臭い小娘が、お金持ちの男性に?笑わせないでよ。テレシア、悪いこと言わないから、手近な男で我慢しておきなさい。アナタには無理よ」


グレイスにそう言われて、テレシアの頭は沸騰しそうなくらい、激しく怒りが込み上げてきた。

姉はいつも、そうだ、良い時代に生まれて、お金持ちの家の奥様になり、全て手に入れている。しかも、未だに数々の男性との噂が飛び交っていた。

なぜ、姉のような女がモテるのか分からない。


私が助けを求めると、決まって突き放してくる。小バカにして、アナタは無理と言って……。


お手洗いに行くと言って、部屋を飛び出した。

怒りをぶつけてしまいそうで、少し頭を冷そうと思った。

お屋敷の中は、とても広くて美しかった。

この、長い廊下を歩きながら、私は決意した。

絶対に金持ちの男をつかまえて、結婚してやる!姉を見返してやるんだと、鼻息荒く、手を強く握って歩いていった。



□□□



そうだ、今思い返せば、私はテレシアを、怒らせなければいけなかったんだ。

会えた喜びで、すっかり仲良くお茶してしまったが、テレシアの相談を鼻で笑って、彼女が自分から出て行くのを、見守らなければいけなかった。


アルヴィンにしがみついたまま、ひとしきり泣いた。アルヴィンは、その間何も聞かず、頭を撫でてくれた。


落ち着いた頃、アルヴィンの部屋に連れていかれ、詳細を聞かれた、正直に話すのは躊躇われたが、廊下で起こったことで、誰かしら見ていた者がいるかもしれない。変に取り繕っても、話がおかしくなるだけだ。


「申し訳ありません。取り乱してしまって…、その、大したことではないんです。私の気持ちの問題で…」


「大したことかどうかは、ちゃんと話を聞かせてくれ」


「……シオン殿下に、キスをされたんです」


「何だって……!」


「あの…、きっと、子供の悪戯心でしょう。年上の女性をからかったんです。私だけ、過剰に反応してしまっただけで、キスなんて、全然、何でもない……」


遊び人のグレイスが、キスくらいでなんだと、呆れられるかもしれない。今、アルヴィンにそう言われたら、心が耐えられないと思った。


「グレイス!そんな事を言うな。何でもないわけないだろう。そんな傷付いた顔をして!心に嘘をつくと、ずっとずっと傷が深くなる」


「……アルヴィン」


アルヴィンは、そっと抱き締めてくれた。


「あの場で、それを聞かなくて良かった。でなければ、シオン殿下を殴っていたかもしれない」


アルヴィンは優しい人だ、そう言って、私を慰めようとしてくれている。


アルヴィンであれば良かったなどと、思ってはいけない。

この気持ちを悟られてはいけない。

この気持ちを言葉にしてはいけない。


この気持ちは……



□□□



「奥様ー!この間は、お菓子ありがとう!とても美味しかったよ」


庭のベンチに座って、ぼーっとしていたら、馬の世話係の、マークがこちらを見つけて走ってきた。

なんとなく、自分の気持ちを整理したくて、一人になっていたが、実際は誰かがそばにいてくれると、不安な気持ちが少し軽くなった。


「ああ、あの焼き菓子ね。喜んでくれて良かった…」


「どうしたの?何だかとっても暗い顔だよ」


マークが、私の顔色を見て、何かあったのかと思ってくれたみたいだ。マークは近くの切り株にちょこんと腰を下ろした。

マークは確か、10歳だと言っていた。くるくるよく笑う子で、弟がいたら、こんな感じかなと想像していた。


「ちょっと上手くいかないことがあったの。落ち込んでいただけよ。なにをしてもダメになってしまいそうで、怖くて……」


私の震えた声を心配してくれたのか、マークが奥様聞いてと言って話し出した。


「僕もよく父さんに怒られて、落ち込むことあるよ。でもさ、一生懸命頑張って、それでも上手くいかなかったとしたら、それは僕は悪いことじゃないと思う」


「……マーク」


「逆に何が悪いのって感じ。結果を出せみたいに言う人は多いけど、僕は頑張って、後悔しないくらい走り抜いたら、その後、転んでしまっても、それはそれで良いと思うんだ。だって、なにも出来ずに、後悔するよりずっと良いじゃないって」


まさか、弟だと思うくらい幼い子に、慰められることになるとは、びっくりで、とても嬉しかった。


「そうね、立ち止まっていても、仕方ないわよね。……私、好きな人が出来たの。全然望みは薄いけど、少しでも一緒にいられるように、その時がくるまで……走り抜くよ」


「うん。頑張って!奥様!ってあれ?奥様の好きな人って……?」


「それは、一人しかいないでしょ!」


マークの頭をポンポン撫でて、その場を後にした。



□□□□



「パーティー?ですか?」


珍しく早く帰宅したアルヴィンから呼び出されて、執務室に行くと、ため息混じりに、そう切り出された。


「ああ、今まで、二人でというものは全て断ってきたけど、今回は王族からの誘いがあって、断りきれなかったんだ」


「ええ、それはもちろん。王家の方のお誘いを断るなんて、出来るものではないですよ」


アルヴィンは、少し迷いながら、とても言いにくそうにしていた。


「主催は、王女のエメラルダ様で、若い貴族を集めた、交流パーティーらしいのだが、この程度なら、私一人でこなしていたことなのに、今回はぜひ二人でと言って押した人物がいるらしい」


「……もしかして、シオン殿下ですか?」


(なんのためだろう。もしや、この間の事を、わざわざ謝ろうとしているの?)


「ああ、恐らくだが」


「そうですか。私は構いませんよ」


「大丈夫なのか!?……その嫌なのであれば…」


私があっさり了承したので、アルヴィンは少し驚いたようだった。


「大丈夫です。アルヴィンと一緒ですから」


「……グレイス」


そもそも、なぜアルヴィンとシオン王子に交流があるのか不思議だったので尋ねてみたところ、以前話さなかったかなと、言われてしまった。申し訳ないが、忘れたことにした。


「もともと、シオン殿下の遊び相手として、私が抜擢されて、親しくなったんだ。大きくなられてからは、王族の繋がりで、仕事を紹介してくれたり、事業にも出資してもらっている」


(なるほど、であれば、尚更、失礼な態度は取れない、アルヴィンの力になりたい)


「そうだ、それと、若い貴族を集めるから、君の妹も来る予定だぞ」


(ん?これは……)


ひょっとすると、物語のイベント、パーティーでの再会になるのではないか。


私のミスで再会ではないのだが、運命の二人であれば、この出会いでまた、再び恋愛のカードがきられる可能性はある!


それには、テレシアをなんとか、絶対、金持ちの男ゲットするぞ!って気持ちになるように、奮起させなくてはいけない。


(やっぱり、テレシアをバカにして怒らせないといけないのは必須だね。はぁ。また、難しいことになってしまった)



その日は、アルヴィンと一緒に夕食をとった。

最近は、朝と夕と一緒に食べることが多い。

仕事がそこまで、忙しくないからか、私に気を使ってくれているのか。

アルヴィンの心が読めないが、一緒にいられることは幸せだった。


夕食の後は、アルヴィンの部屋に行った。お土産があるとかで呼ばれて、小さくて長細い箱を渡された。

中には、星をモチーフにした、可愛らしいネックレス、首飾りが入っていた。小さな宝石が付いていて、キラキラとして美しかった。


「この間、王都で東方の市が出ていてね。グレイスに似合いそうだと思って。この間、お菓子ももらったし」


「え?だって、あれは……」


「いいから、受け取ってくれ。妻を着飾るのは、夫の楽しみなんだ」


(……嬉しい。アルヴィンにもらったプレゼント)


早速付けてみたいと言ったところ。難しいからと、アルヴィンが首飾りの金具を留めてくれた。


「グレイス…。よく似合っているよ」


「ありがとうございます。大切にします」


あまりの嬉しさに、顔が熱くなり、ニヤけてしまう。

そんな私を見て、アルヴィンも嬉しそうな顔で、また抱き締めてくれた。


「……グレイス。君が、もしよければ……だが……」


「え?なんですか?」


「いや、私がそうしたいという気持ちで……」


「ん?はい」


「あ……、部屋をだな……私と……」


その時、コンコンと、ノックをする音が鳴り、慌てて、アルヴィンから離れた。


「旦那様、届いた書状の件で確認があります。よろしいですか?」


ランドルの声がした。どうやら仕事の話らしかった。


「やだ、すみません。お忙しいところ、長居してしまって…、私、戻りますね。お休みなさい」


「え!?ちょ…まっ……」


待たせては悪いと、ドアを開けると、ランドルが顔を出して、奥様、いたんですねなどと言われた。なにやら、ばつが悪そうな顔をしていて、申し訳なかったので、首飾りのお礼だけ、最後に言って部屋を出た。



部屋に戻ると、メリルがいたので、早速首飾りを見せた。


「よく似合っていらっしゃいますよ。旦那様の中での、奥様のイメージがよく分かります」


「なに?それ?どんなイメージなの?」


メリルがちょっと意地悪そうな顔をした。


「それは…」


「それは?」


私が、ごくりを唾を飲み込む音が室内に響いた。


「ご自分で考えてください」


メリルの答えで、膝から崩れ落ちた。


(ひどいー、最近、メリル冷たいー)


パーティーがあることを伝えると、メリルは喜んで、腕の見せ所ですと言って、張り切っていた。


「踊りやすい靴も用意しないといけませんね、前のものが、大分傷んでしまいましたから」


「……ん?踊り?」


「そうですよ。奥様、得意じゃないですか。以前は一日中、ダンスパーティーに参加されていましたよね?」


「ダンスーーーーー!!!」


(れん)が通っていた中学校では、体育の授業で社交ダンスがあった。

女子校なので、女子同士でパートを分けて踊るのだが、女子パートを踊っていた私は、音楽のセンスが皆無だった。全く音に乗れず、グダグダになって、最後は自分の着ていたワンピースを踏んづけて、転がり、しかも盛大に腰の縫い目から破けて、お尻を丸出しにしたという……、完全な黒歴史!!


「どうしよう!メリル!私!ダンスの踊れない!あ、いや、踊り方、忘れちゃった……」


やらなければいけない事が、山積みになってきて、頭が混乱してきた。


メリルの大きなため息とともに、飛んでいってくれないかと、微かに願ったのであった。



□□□


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