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5. 芽生えた心

 翌日は朝からよく晴れていた。

 私は、メリルに手伝ってもらい、なるべく動きやすい格好にしてもらった。

 朝食は残さず食べて、それでもお腹が空くので、デザートもおかわりした。


「…そんなに、食べられて大丈夫ですか?いつも朝は紅茶だけでしたのに…」


「お茶だけ!?絶対だめ!体力持たないもん。朝は一日の元気の源よ。早起きしてしっかり食べる!健康はこれに勝るものなし!」


 デザートのおかわりは、やりすぎたが、朝はしっかり食べないと、母にずいぶんと怒られた。

 その考えは今も私の中で根付いていた。


「はあ…そうですか」


 メリルがまたこちらを、じっと見ていたが、悪いことをしている訳ではないので、気にせず支度を始めた。


「え?どちらへ行かれるのですか?」


「散歩、庭が見たくて、昨日行きそびれたから」


「庭!?グレイス様が…庭!?靴に土が付くのを死ぬほど嫌がっていたグレイス様が…庭へ行かれるのですか!?」


「もう……、良いでしょ。私は変わると決めたのだから、いちいち驚かないで」


「ちなみに、花は嫌いだから見たくもない、虫はもっと嫌だから、羽音がしたら絶叫するし、動物は臭いから、近寄らせないで…。色々ありますが、どこから驚いてよろしいですか?」


「全部よ!全部!私土いじりも、動物の世話も大好きなのよ」


 部屋から飛び出して、階段をかけ降りた。何だかとても、運動をしたくてたまらなかった。こんなにいい天気なのに、家にいるなんて、もったいない。


 ところが、勢いよく階段をかけ降りた時、足が思ったより動かなくて、踏み外してしまった。

 世界がスローモーションで流れて、このままデッドエンドを迎えるかと思ったその時。

 体は固い床ではなく、温かくて力強い腕に抱き止められた。


「…上から何が降ってきたかと思えば…、また君か、グレイス」


「あっ…アルヴィン」


 背の高いアルヴィンの顔が、今は下にあって、見下ろすかたちになった。


「私をこれ以上驚かさないでくれ」


 アルヴィンは、私を抱えたまま、階段を降りて、一階に着くと下ろしてくれた。


「ありがとうございました」


「…一応聞くが、どこへ出掛けるつもりだ」


「出掛けるってほどじゃないです。散歩ですよ。庭とか家の回りを」


「……昼過ぎまで寝ていた、夜型の君がね…。早朝から散歩か」


 とっても含みのある言い方なので、笑ってごまかして、外へ逃げた。


 抜けるような青空の下、庭の草花はキラキラ輝いていて、見ているだけで、わくわくした気持ちになってくる。


 モンティーヌ伯爵邸は、さすが、お金持ちの貴族とあって、屋敷は大きいし、庭も広い。家の敷地から出るだけでも疲れてしまうくらいだ。まず、見ただけでは、家の敷地がどこまで続いているのかも分からない。


「楽しーーー!おばあちゃんの家に来たみたい!!」


 都会育ちだった私は、夏休みの間、よく田舎の祖母の家に預けられた。

 自然豊かな所で、田んぼの中にポツンと家があり、家の回りを走り回ってあそんだものだ。

 都会では、虫といえば、蚊や蟻くらいしか見かけないけど、田舎では実に様々な虫が観察出来て、虫眼鏡片手に、日が暮れるまでずっと外にいた。


 この世界にどんな生き物がいるか、わくわくしながら、探検気分で走り回った。


「グレイス様、そろそろ休憩しませんか?暑くて喉がカラカラです」


 一緒にくっついて歩いたメリルは、汗だくで疲れきっていた。


「そうね、だいぶ色々取れたし!楽しかった!」


 鶏小屋では、産みたてのたまごを、野菜畑や果樹園でも、たくさん収穫させてもらえた。


「明日は、マークの所で、子馬に触らせてもらうのよ。楽しみ」


 散策中に、屋敷の馬の世話係のマークと仲良くなった。歳もまだ幼い男の子で、彼に関して言えば、グレイスとほとんど接点がなく、警戒心なく接してくれたので、すぐに打ち解けた。

 生まれて日がたっていない、子馬がいるので、見に来ないかと誘われたのだ。

 メリルはもう何も言わなかった。ただ、じっと事態を眺めているように思えた。


 翌日もその翌日も、そして翌週も、屋敷や家の回りを走り回り、色々な人と挨拶をして話をするようになった。最初は遠巻きにして警戒心たっぷりに眺めていた人達も、泥だらけになっても気にせず、よく笑いよく話していたら、だんだんと心を開いてくれるようになった。


「ほら、奥様。奥様が気に入っていた、カレンの花だ。綺麗に咲いたから、持っていってくれ」


 今日も外でふらふらしていたら、庭師のジョージが、花を摘んできてくれた。


「ありがとう!!凄い!ちゃんと開くと、こんなに大きいんだね。ほら、玄関が寂しかったから飾っても良いかな」


「問題ないと思いますが、一応ランドルさんに確認します」


 メリルがもらった花束を見て、微笑んだ。


「グレイス様がお嫌いだったので、お屋敷にはずっと花を飾れなかったのです。ありがとうございます」


「そう…、そうだったわね。これからは、どんどん飾ってね」


 メリルから、ありがとうという言葉が聞けて、心がすっと軽くなった。また少し近づけたなら、嬉しいと思った。



 その日も、朝食を食べて、朝からお庭ランニングに行こうとしていたら、ちょうど仕事へ出掛けるアルヴィンとバッタリ会ってしまった。


「最近は庭で泥だらけで遊んでいるそうだな、いよいよ子供にもどったのか」


「遊んでいるといえば遊んでいますけど、みんなと仲良くなろうと思っているんです」


 グレイスといえば、数々の悪行を想像されてしまうのだろう、一応、ちゃんと否定しておくのも大事だ。


「あの…、悪いことを考えて、他の人を巻き込もうとしたり、騙したりとか、お金を取ろうとしたりとか、そういう事はしませんよ!」


 アルヴィンは一瞬言葉を失ったような顔をして固まったが、すぐに、息をふきだして笑った。


「はははっ、泥だらけのグレイスが悪いことを考えている姿は、想像したら、なかなか面白い」


 今まで、怒った顔や、警戒した顔、眉を寄せた顔ばかり見てきたので、突然のアルヴィン笑顔に、目が釘付けになった。


(へー少年みたいな可愛い顔で笑うんだな。こっちの方がずっと良い)


「どうした?人の顔をじっと見て」


「なっ…なんでもありません。ちょっと虫が付いていただけです」


 そう言っておけば、ごまかせるかなと思っていたのだが、アルヴィンは、ビックリした顔をして、顔を振ったり、髪の毛を叩いたりして、大慌てだ。どうやら、虫が嫌いらしい、何か申し訳ない事をしてしまった。


「…まあいい。グレイス、明日は休みなんだ。…その、一緒に街へ…行くか?」


「え?」


「いつも出歩いていた君が、ずっと屋敷にいるのも、そろそろ退屈だろう。私の用事で良ければだが」


 まさかのアルヴィンからの誘いに心が踊った。ここの外の世界が見られるのも嬉しい。


「はい!是非行きたいです!楽しみに待っています!」


 思わずアルヴィンの袖を掴んで、喜んでしまった。これでは、子供丸出しだと気がついて、慌てて放した。


「すみません、興奮しちゃって…、あの、お仕事頑張ってきてください」


「あ……ああ。わっ…分かった」


 何だか、お互いロボットみたいな、ぎこちない動きで離れて、やっと仕事へ送り出した。向こうもグレイスを誘うことなどなかったから、慣れていないのかなと思った。



「メリル!アルヴィンに街へ連れていってもらえるって!どうしよう!」


 早速、メリルに喜びの報告をすると、嬉しそうに微笑んでくれた。


「それでは、せっかくですから、旦那様からいただいたドレスにしましょう。以前の奥様でしたら、お召しにならないようなデザインですが」


「え?ドレスをくれたの?」


「ええ。最近は、軽装で泥んこになっていらっしゃるでしょう。旦那様がそれしかないのかと、心配されて、新しいドレスを手配してくださったのです」


「ドレスをもらうって、よくあることなの?」


「いいえ。お二人はプレゼントなどを、贈りあったりしたことはありませんでした。グレイス様は大抵のものはお持ちでしたし、ドレスや宝石は他の男性から頂いていました」


「そっ…それは…、なんと言っていいものやら」


 グレイスの傍若無人ぶりには、驚かされるし、よくアルヴィンも目をつぶっていたものだと、それもそれでびっくりだ。


「よし!この際!綺麗さっぱり、断捨離しましょう!」


 メリルが目をぱちくりして、何のことかという顔をした。

 家から持参したものは、良いとしても、他の男性から頂いたものなんて、過去の臭いが染み付いていて、気味が悪い。

 メリルに頼んで、急いで商人を呼んで、全て売り払ってもらった。

 お金に関しては、大した金額にはならなかった。ドレスは素材や縫製が悪い、所謂B級品だし、宝石類は細工が雑なイミテーションばかり。

 一応貴族の令嬢で、プライドが高くて、見栄っ張りのように思えたグレイスが、こんなガラクタに気がつかないはずがない。

 メリルに聞けば、それでも喜んで身につけていたそうだ。

 しかも、それを丁寧に保存させていたというから、グレイスという人はますます分からない。


 売り払って得たお金は、明日、街へ行って、お菓子を買ってくる予定だ。屋敷で働いている者への感謝もあるし、アルヴィンにドレスのお礼としても、お菓子であれば気兼ねなく受け取ってもらえるのではないかと考えたのだ。


 バタバタしていたら、一日はすぐに終わってしまい、夜ベッドの中で考えたのは、アルヴィンの笑顔だった。あんな風に笑うことを、グレイスは知らなかったのだろうか。

 私なら、あの笑顔を壊したりしたくないのにと、何とも言えない不思議な気持ちになった。


 □□□


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