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4. 寂しい人

「まず、メリルに聞きたいんだけど……」


 メリルという協力者を得て、積極的に情報収集を始めた。

 何しろ、グレイスの事は、あっさりしか書かれていないのだ。分かるのは、ひどい性格で浮気者だから離縁されたくらいだ。


「はい。何でしょうか」


「えーと、旦那様の名前を教えて欲しいなぁ…、なんて。いつもどういう風に呼んでいたとか?」


 メリルは暫く、難しい顔で沈黙した後、やっぱりお医者様を呼びましょうと言い始めたので、必死に止めた。さすがに、忘れるかという質問だけれど、作中では夫、もしくはモンティーヌ伯爵としか表記されておらず、名前まで突っ込んでくれるような、親切はなかったのだ。


「…アルヴィン・モンティーヌ様です。はぁ…こんなことまで。奥様はいつも、アルヴィンと呼ぶか、旦那様がいらっしゃらない時は、()()()と呼んでいました」


「……それはまた。愉快な呼び方ね。いや、冗談よ。ほほほほっ」


 メリルの目が怖かったので、良くない呼び方に、訂正しておいた。


「私は20歳で結婚していて、旦那様は年下だから……」


「結婚されたのは18歳でした」


(と言うことは、今は23歳か…正直、二十歳超えてる人なんて、みんな同じ大人の人って感じで、とくに興味がなかった。自分には先の話だと思っていたし)


「政略結婚だというのは理解しているわ。私は最初から、ひどい妻だったのかしら」


「そうですね。奥様の男性関係には口を出すな、目をつぶれと言われておりました」


「ええ!?」


 メリルの話によると、グレイスには、結婚前から付き合っている男性が複数いて、とにかくチヤホヤされていないと、我慢できない性格だったらしい。旦那様と、どういう取り決めがされたのかは、分からないが、結婚してもお互いの恋愛については、口を出さないという雰囲気だったという。

 そして、それは、五年間変わらず続けられた。

 最初から政略結婚の仮面夫婦で自由恋愛。

 もう、どこか遠い星の話にしか聞こえない。


(誰も分かってくれないだろうけど、私…初恋もまだなんですけど。まぁ、誰も分かってくれないよね……)


 つい最近も、ギュスターという男性に夢中になって、家に帰らず遊んでいたが、ギュスターの家族から強い反対に合い、手紙で別れを切り出されて、怒り狂って暴れたそうだ。


「私が分からないのは、なぜそんな、やりたい放題で手のつけられないグレイスと、すぐに別れないのかという事なんだけど…」


「…それは、私どもでも分かりません。何か取り決めがあったからでは…。正直、私も疑問なことですので」


「…ありがとう。メリル。色々教えてくれて助かったよ。今から努力して友好な関係が出来るかどうかは、難しいかもしれないけれど、少なくとも、何か問題を起こして、旦那様に迷惑をかけるような事はしないので、そこは安心してくださいね」


 メリルはほっとした顔をした。グレイスが使用人を騙そうとして、こういう芝居をうつ可能性もある。そこまで、酔狂な事をする人かは分からないけど。それでも、信じて話してくれた事に感謝の気持ちでいっぱいだった。


「それと、ランドルさんは、旦那様も信頼をおいている人です。あの方には、お金を積んでも口止めは出来ないと思うので、行動は気をつけてください」


「メリルはどうして、信じてくれて、色々話してくれたの?私の事、嫌いだったのでしょう?」


「……確かに、旦那様を傷つける最低な女だと思っています。まだ、疑う気持ちもあります。…それでも、五年お仕えさせて頂き、私はグレイス様を寂しい人だと思うことがありました。だから、もし本当に変われるきっかけであるなら、お手伝いしたいと思ったのです」


「メリル…」


 グレイスの事をそんな風に評価する人がいるとは思わなかった。

 確かにグレイスの事を、好きでいてくれる人は、ひとときの恋人だけだ。それも儚いもので、泡のように、しばらくしたら弾けて消えてしまう。

 こういう大人の恋愛なんて、全然分からないけど、グレイスがなぜそんな風に生きていたのか、少しだけ興味が湧いた。

 今となっては、想像しか出来ないけれど。


 □□□



 旦那様の帰りはいつも遅いそうだ。

 一応確認しておきたい事もあったので、起きて待っている事にした。


 玄関横の客室のソファーを陣取った。ここなら、旦那様が帰宅しても、少し話をすることはできる。旦那様の書庫から拝借した本を山にして、読んでいれば、時間などあっという間だ。

 使用人が通る度に、お化けでも見るような顔で、こちらをチラ見していくのが、なんとも気まずいけど。


 母は特に勉強には厳しい人で、家では幼い頃から、毎日必ず机に向かわされた。そのうち習慣化して、自分から進んでやるようになった。

 こちらの世界でも、知識を広げておくのは、必ず役に立つだろう。とりあえず、国の歴史や産業についての本を数冊読んだ。


 夜も更けてきて、さすがに眠気に負けて、うとうとしてソファーに、背中を預けた。


「……ス、………イス」


 まだまだ、もう少しだけ。

 もう少しだけ、このままで。


「グレイス!」


 私の淡い願いは、大きくて力強い声に吹き飛ばされた。


「んんっ…旦那様?」


 目を開けると、今朝見た王子様みたいな旦那様が、仁王立ちで目の前に立っていた。


「グレイス!こんなところで寝るなんて、子供のような真似をして。私の部屋で大人しくしているように言って出掛けたのに…」


 怒っているのか、心配しているのか、よく分からない顔だが、やっぱり旦那様はカッコいい。


「ごめんなさい…、旦那様にお話があって…待たせてもらったんです」


「……今日はなぜ、そんな呼び方をするんだ?」


 メリルに、名前と呼び方を聞いていたのに、つい脳内再生の旦那様で呼んでしまった。


「えーと…あの、私、気まぐれですから、そんな気分だったのよ」


 グレイスは、気まぐれや思い付きで、人を困らせるような事をしたらしい。こう言っておけば怪しまれないと思った。


「あの…アルヴィン?」


「……何だ?」


 母の仕事も帰りが遅かった。よくこうやって、リビングのソファーで寝ていて怒られたものだ。


「お帰りなさい、仕事お疲れ様です」


 アルヴィンは、珍しいものでも見るかのように、じーっとこっちを見てきた。


「なんだろう、何か、欲しいものでもあるのか…単純に、金の無心か…、それとも新しい男でも出来たのか…」


 笑顔で挨拶しただけで、ひどい言われようである。


「そのどれでもないです。単純に挨拶しただけです」


 もはや、信用度ゼロなので、何をするにも逆手にとられてやりずらい。


「アルヴィン、私は話があって待っていました」


「ランドルから聞いた、心を入れ換えて、過ごすんだそうだな。なぜそんな必要がある?私の好きにさせてと言ったのは君だ」


(まー、そう言われちゃうよね。というか、大人の男性と、こんなやり取りをするなんて、無理すぎるよ…なんて言えば納得してもらえるのか、全然分からない)


「信じてもらえないのは、分かってます。それでも、このままじゃだめだと、変わりたいと思ったの…、皆さんと同様、アルヴィンも今すぐでなくて、私の行動を見て判断してくれればいいから」


「…………」


 アルヴィンは思い切り怪しんだ目で、こちらを見ていた。五年も一緒にいて、月に一回会話をする関係というのが、まず到底理解できないのだ。

 それとも、大人とは、そんな割りきった関係でも気にならずに、一緒にいられるものなのか。


「………はぁ、君には負けたよ。何をするか知らないけど、面倒だけは起こさないでくれ。それと、頭の方も痛みがあるなら、すぐに知らせてほしい」


 そう言ってアルヴィンは、辺りを見回した。


「あ!書庫から本を借りました。読み終えたものはすぐお返しします。気になるものがあったら、また借りてもいいですか?本を読まないと落ち着かなくて……」


「グレイスが読書……。いや……、分かった。好きにすればいい」


 月一会話の関係なら、相手が何をしているかなんて、知らないだろうと思っていたが、グレイスと読書は結び付かないらしい。またもや怪訝な目を送られた。


「では、私はこれで!お休みなさい、アルヴィン!また明日」


 視線が痛いし、夜も遅いので、引き留めては申し訳ないと思い、借りた本を手に、部屋から出ようとした。


 アルヴィンの横を通る瞬間、腕を掴まれて、引き留められてしまった。


「まて、やっぱり君はおかしい。私と明日も話すつもりなのか?」


 思いの外、近くにアルヴィンの顔があって、心臓は跳ね上がり、ドクドクと忙しく鳴り出した。


「そうです…明日もアルヴィンと、お話したいです……だめですか?」


 緊張で顔は熱くなり、アルヴィンの方をまともに見られない。こういうのは、免疫が無さすぎるので、本当にやめて欲しい。


「いや……、その、だめと言うわけではないが、なんというか、調子が狂うな…」


 引き留めたくせに、アルヴィンは、ブツブツと喋っていて、埒が明かない。


「…放してくれますか?」


 今度は、掴んだ手をゆっくり放して、そのまま、無言で先にドアから出ていってしまった。


(ふぅー、少し前進かな…、少しずつ仲良くなれるといいけど)


 今までの二人の距離を考えると、ぐいぐい親しくなろうとするのは、怪しまれるし、激しく拒否される可能性が高い。

 私に男性との駆け引きなんて、そんなスキルがあるはずもない。

 まずは、自然に挨拶ができる関係を目指すことにした。



 □□□



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