さつき、ちきゅうを去る。
「忘れ物はない?」
「うーん、持ち物っていったって、何なのか全然わかんないよー。
うちゅうって一体何が必要なの?
全然そんなのが書いてない。
現地で何とか調達できるの?」
「いつまで留学するの?」
「うちゅうは、時間の流れが違うし、空間も歪んでいるからそれは愚問なんだってー!」
「適当でいいってこと?」
このような感じで、人類史上画期的な国家プロジェクトは、オール明けで、遠足に行く前の親子の会話の様なノリで準備されました。
「まあ、じゃあ、行ってきます!」
「祈ってるわよー!にいちゃんによろしくー!」
いつもと同じように、さつきは家を出ました。
その夜、私の街いっぱいに、光り輝くUFOの大群が現れました。
街中の人々は大騒ぎ。
新聞社も消防署も警察もみんな駆けつけてお祭りのようでした。
大地震が起きましたが、建物はまったく揺れず、ただ地割れが無数に生じてきました。
その地割れから光が出てきて、龍や、光り輝く天女や、天使や、白い服を着た人たちがたくさん出てきて、街の人に混ざってその様子を見守っていました。
さつきのところに、UFOから光の階段がのびてきて、紳士二人組が「どうぞ」と案内してくれました。
さつきは、その階段を登っていき、UFOに乗り込みます。
ワクワクとドキドキが最高潮に達しています。
宇宙船の中は、「乗り物」という感じがまったくしません。
全体の姿が空と一つになって隠れているため、この宇宙船の大きさもどれほどのものなのか、見当がつきません。
ジェット機ほどのものなのか、スペースシャトルほどのものなのか、ホテルのような豪華客船ほどのものなのか・・・。
ただ、さつきが案内されたのは、丸くなっていて、そこからいくつもの通路が伸びている広場のような場所でした。
「どうぞこちらへ。」
一人の紳士が、
通路のひとつから、部屋に案内してくれます。
「さつき様、ここがあなたのプライベートルームになります。
ちきゅうでの生活に合うように設計されていますので、どうぞごゆっくりおくつろぎくださいませ。」
「おじゃましまーす。」
と扉を開けると、
そこには、ふかふかのベッドに、シャンデリア、ソファに机が待ちかまえていました。
窓の外には、ちきゅうの夜景が星空の様に輝いています。
別の窓には、月や金星、火星の様子が映っています。
そして、モニターには、「うちゅう地図」とでもいえばいいのか、いまこの船がどこを飛んでいるのかを示す図があります。
親切にも、うまいこと、ちきゅう人のさつきにも少しは分かる尺度で書かれています。
クローゼットには、数々のおしゃれな宇宙服がかけてあり、「どうぞご自由にお使いください」と書かれています。
高級なお茶やコーヒーも飲み放題で、
頼めば、ちきゅうにあるような日本食や洋食も出てきます。
もちろん、アンドロメダ食とかペガサス食なんてものも無数にありました。
お風呂もサウナもあり、浴槽からは星空が見えます。
トレーニングのできるジムもありました。
まるで、高級ホテルのスイートルームです。
「え?最高級VIP待遇じゃん!!」
とハイテンションのさつき。
「はあー、誰か一緒に連れてきたかったなあ。こんないいところ、いくら立派でも一人だけだともったいないよぉ。」
とつぶやきながら、ソファに腰かけました。
「いよいよ、船はちきゅうを離れます。」
とアナウンスがなります。
さつきは立ち上がり、窓から外を眺めます。
窓からは、手を振っているパパとママ、そして、学校の先生や子供たち、街のみんなの姿が映し出されています。
窓と言っても、ちきゅうのガラスとも、液晶とも違う不思議な素材で作られているみたいです。
見ようと思えば、素粒子の回転から、何億光年までも縮小拡大してみることが出来ます。
本当は、みんな別々の方向を向いてると思うのですが、
なぜか、みんなさつきと目をあわせて、手を振ってくれています。
さつきが手を振り返すと、わあっとみんなが喜びます。
「・・・行ってきます!」
窓から見る地上が、ゆっくりとゆっくりと遠ざかっていきます。
そして、雲が見え、星が見え、水平線が見え、その水平線も丸くなっていきます。
雲も何もかも見えなくなり、あっという間に、青くて丸い地球が見えました。
重力は本当はないはずなのでしょうが、さつきの部屋だけは、おそらく「ちきゅう仕様」で何も変わることなく、パソコンの画面からそういった映像を見るかのようでした。
その姿は、無限の虚空にポツンと浮かんでいるダイヤモンド以上の輝きをもつ奇跡の星でした。
さつきは、その星を抱きしめたい気持ちになりました。
その星と、その星に生きるすべての人間、すべての生命を。
「この星で・・・ひとは何をしてきたんだろう。
・・・ありがたいなあ。」
なんてつぶやきました。
一方ちきゅうの地上では、
あれだけの大事件があったにもかかわらず、翌日は何もなかったようでした。
地割れはすっかりなくなっていました。
人々は、興奮冷めやらぬこともなく、いつものように、普通の日常を過ごしていくのでした。
新聞社もテレビも、小学校の遠足や飲み会のことを報道しないのと同じで、
UFOの大群が出ても、大地震が起きても、ちきゅう初の留学生が出ても、そうしたことはものすごく個人的で小さい扱うに値しないものなのでした。
世の中もそうです。
その様子は、さつきの窓からも見えました。
「うん。それでいいよ。
きっと、このプロジェクトは、街や国やちきゅうぜんたいを挙げて応援するべきものでも熱狂すべきものでもないの。
・・・きっと、誰か、たった一人の大切な人のために、深い心の奥底同士で、隠されたところで美しく行われるべき些細なことなの。」