世界
「この場所には・・・」
かぎたろうがあくびをするように口を大きく開けて言いました。
「ほんま、何もないな。」
「じゃあ、かぎたろう、あなたの存在は?」
とさつきが聞くと、
「わい?おらんよそんなもん。」
「おらん猫がなんで喋んねん!?」
とさつきがツッコミを入れると、かぎたろうは満足そうな様子で、消えていきました・・・
というよりも、
「何もない場所」に戻っていきました。
じゃあ、にいちゃんも、さつきも・・・・?
「何もない」のだとしたら・・・?
にいちゃんもいない、
世界もない、
うちゅうもない、
さつきも、
さつきも、ない、
ない、
ない、、、
・・・
・・・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・
「ええか?何もない・・・何もないということは、『すべて』があるってことなんや。」
その声で、はっと気が付きました。
気が付くと、さつきはさつきでした。
さつきは、時間や空間を越えてさつき自身であり、うちゅうのはじまりからさつき自身だったのです。
すべてが「ない」時から、さつきは「あった」のです。
すべてが「ない」こともさつきだったのです。
とても不思議な体験でした。
夢のような、とてつもなく長いような、瞬きにも満たないような瞬間のような、そんな気もしました。
あたりを見回すと、さつきは身体を持って、青空の下に戻ってきていました。
息を吸ってはいて・・・体が呼吸をするその感覚をさつきは丁寧に感じ取ります。
お腹が少し膨らんで、胸の奥に風が入ってきて、そこで空気の中から「息のできるもと」を取り入れて。
その奥では、トクトクと休むことなく心臓がドラムをたたくように走り続けています。
口の中でいつも少しずつ出てくる唾に、歯の奥に引っ付いている舌。
肌に触れる風。
目に飛び込んでくる色や、形あるものと、その意味。
太陽は少しずつ動き、きっとちきゅう上のすべての時計は同じリズムで同じ時間を刻んでいるでしょう。
世界は、本当に素敵なバランスで成り立っています。
さつきは気が付きました。
「みんな、こころなんだ。
すべては、こころがつくりだしているんだ。」
と。
洞窟の外のかぎしっぽの猫は、前足をのばして、しっぽを高く上げて気持ちよさそうに伸びをしています。
「どこにも、あの『何もない場所』は『ある』ねん。わかるかいな?」
と、さりげなく、頭のこんがらがるような、眠たくなるようなことをいう猫です。
にいちゃんの姿は見えません。
それでも、だけど、さつきにはわかります。
いまもいつもにいちゃんはきっと何万光年離れていたとしても、近くにいるってことを。
そう・・・
「何もない場所」から、動こうとした瞬間、世界ができたのです。
そして、同時に、さつきはその世界のまんなかに、さつきとしていました。
さつきは、わかりました。
あの試験の始まりの時に降ってきた「種」は、さつき自身だったのだと。
そして、その種は、「すべて」であり「無限」である「何もない場所」から生まれてきたのだ、と。
さつきはニコッと白い歯を見せて、笑って空を見上げました。