さつき、転がりまくってなまずに飲み込まれる
さつきは、このドロドロとした灰色の星のなかで、
ドロドロとした食べ物をほおばって、たくさんの鎖で窓の中にあるたくさんの窓を覗き込み、どうやったら、この灰色の星から自由になれるのかを探し回ります。
でも、しだいに、顔の見えない人たちや何を言っているのか分からない人たちのことに疲れ果てて、
ふとした瞬間にすべてがどうでもよくなってきました。
「鎖がないと生きていけないのかしら。」
「窓を覗かないと世界は分からない?」
さつきは、その鎖を一本一本、「ありがとう」を言いながら取り外していきました。
その鎖につながっていた窓は閉ざされていき、
顔の見えない灰色の人たちは、さつきのことを大笑いして、不思議そうな目で見ました。
さつきは、掴むところがなくなり、立つことができなくなって、ごろごろと灰色の丘の坂道から転がり落ちていきました。
世界がグルグルと回り続けます。
回り続けているうちに、灰色の星は少しずついろんな色が見えてきます。
転がり、転がり、転がっていくうちに、
さつきの身体は、街から遠く遠く離れて、大きな大きな草原に転がり込みました。
緑色や黄色の草に、蒼い空が見えますが、それもぐるんぐるんと回って回って、
そして、草原の中を流れる川のなかにぼちゃんと落ちてしまいました。
さつきは、川の中でもぐるんぐるんと回り続けながら、木の葉といっしょにくるくるくるくると流されていきます。
川をくるんくるんと流され続けているうちに、川はどんどん大きくなっていきました。
川の流れる先には、大きな大きななまずがすべての水を飲みこむように大きな口を開けていました。
なまずは大きな口を開けたまま言います。
「ワシはすべてを飲み込むんじゃ。
この川の水を一滴たりともこぼすことなく、全部全部のみこむんじゃ。
なんといったって、ワシの腹は底なしじゃからの。
汚い水も、綺麗な水も、この川のものはみんなみんなワシのひとり占めじゃ!」
なまずの口に飲み込まれそうになりながら、さつきは言いました。
「なまずさんなまずさん、あなたはこの川の水はあなたのひとり占めって言ったけれども、ほかに誰かこの川の水を欲しがる誰かがいるの?」
なまずは答えました。
「いいやいない。
そんなやつは一人もいない。
だーれも、この川の水をほしがるやつなんかいない。」
「じゃあ、なんで、そこまでして、川の水をぜんぶぜんぶ飲み込もうとするの?」
「知らん。知らん。
でも、とにかく、全部全部ワシのものなんだ。
ぜんぶぜんぶ、一滴も残らずのみこんでいないといけないのだ、ワシは。
すべてを飲み込んでいたいのだ。
そうでないと、ワシはワシでなくなるからの。
もう、永遠に長い時間ずっとそうしてきたんじゃ。」
「あらそう、あらそう。」
さつきは、なまずの星空をまで飲み込みそうな大きな大きなお口のそばをゆっくりゆっくり流れながらお話をします。
「すべてを飲み込んで、飲み込んで、それでどうするの」
さつきが話せば話すほど、川の流れはどんどんゆっくりになっていき、動くものは何もなくなっていきます。
「わからん、わからん。それもわからん。
ただ、そうしているだけなんだ。」
「飲み込んだものはそのあとどうなるの?
どこにいくの?」
「それもわからん。わからん。
ワシはあまりにも大きすぎて自分のことをちらりともよく見ることすらできないのだ。」
さつきは、なまずのお口のなかをまるで亀のようにゆっくりゆっくり回りながら、お話をしますが、なまずはもうそこに何があるのかわからないほど大きすぎて、だけど、すべてを一生懸命飲み込もうとするだけなのです。
いよいよ、さつきはなまずの口のなかにすっぽり入ってしまいましたが、
そこでは、なにもかもがほとんどとまってしまっているようでした。
だけど、決してかたまっているわけではなく、ものすごく静かに静かにゆっくりとゆっくりと、何百年、何千年年、何万年もの時間をかけて変化を絶えず繰り返しているのでした。
ですが、あるものは、目にも止まらないほど速く生まれては消えてを繰り返し、あるものはあっという間に姿かたちを変えながら、花火のようには光って散っていくのでした。
さつきは、それでもあんまり暇ではありませんでしたし、退屈でもありませんでした。
ゆっくりゆっくりのんびりするということは、それはそれは忙しいことなのです。
「ああ、まったくあなたのお腹の中は暇で暇で手が離せないわ。」
さつきは、ちょっとなまずにたいして愚痴を言います。
「知るもんか、そんなこと。
ワシはただ、すべてを飲み込んで飲み込んで飲み込んで、ただそうしているだけなのだから。」
「そうだ。いいことを考え付いた!」
さつきのなかにある名案が浮かびました。
「なまずさん、あなたは川の水をぜんぶ飲み込んでいるのだったら、
逆に、もしわたしがあなたを飲み込んだら、あなたはもう川を飲み込まなくてもいいし、わたしもあなたに飲み込まれなくていいんじゃない?」
「それは、そうだが、君は小さい。
とても小さい。
とてもとても小さい。
それにくらべて、ワシは大きい。
あまりにも大きい。
大きすぎて自分のことが分からないほど大きい。
とてもじゃないが、飲み込めるほどの大きさではない。
そのためには、君はどこまでもどこまでも限りなく大きくならなければいけない。
だけど、もしそうなってしまったら、もう、君は君でなくなってしまっている、とワシは思うのだ。」
そんな会話をしている間にも、たえずなまずの口にはどんどんどんどん川の水が流れ込んできます。
「ワシの外がどうなっておるのか、ワシにはわからん。
なんといったって、大きすぎるからな。
君が、ワシの外に出られるかどうか、あるいは、永遠にずっとワシのなかに溜まり続けるかはワシにもわからん。」
「そう・・・それは難しいわね。
ちょっと考えてみるわ。
うーーん。」
さつきの頭にもう一つ、素晴らしいアイデアが思い浮かびました。




