うみちゃん
もうひとりの留学生のおともだちが、「うみちゃん」という女の子。
白い帽子とワンピースの良く似合う笑顔の素敵な女の子。
そして、いつも手に白いつえを持っています。(しかもおしゃれな杖です。)
うみちゃんは、目が見えませんし、耳も聞こえません。
さつきは、うみちゃんとどうやって話していいのか分かりませんでした。
話しかけても聞こえないし、文字を見せようにも見えない。
ことばを伝える手段が全くないのです。
それでも、うちゅうでは全く困るということはありませんでした。
というよりも、うちゅうを、目で見て、耳で聞き、肌で触れることで、
そして、うちゅうというものを文字というものや音というものを組み合わせた意味だけで考えることだけでつかもうとしているさつきの方が
とても、全く不便なように思われました。
それは例えるなら、
小さい文字を見るのに適しているからという理由で虫眼鏡を使って本を読んでいたのが、
それで、虫眼鏡をつけたまま大空や月の様子を観察しようとするのと同じことか、それ以上に変なことのようなものです。
ものさしは、便利でノートの上のものくらいの直線の長さなら測ることが出来ます。
しかし、それで、ちきゅう一周の長さを測ろうとするのはあまりにもばかげたことです。
さつきがちきゅうでとらえていた感覚でうちゅうをとらえようとするのには、
まさに、ものさしで、ちきゅうの長さを測ろうとするようなことと同じでした。
しかし、ものさしがなければ、目の前のノートの上の線の長さを測ったりひいたりすることが出来ないのと同じく、
ちきゅうにおいても、生きていくために必要で便利なな感覚や言葉があるのです。
うみちゃんは、ちきゅうでのいくつかの便利な感覚は不自由でした。
しかし、その分、いや、そうだからこそ、うちゅうを感じ取ることが、さつきたちよりもとらわれなく自由にできました。
「わたし、魔法が使えるの!」
「音でない声」は、うちゅうですぐに聞くことが出来ました。
「えっ!すごーい!どんなの?」
さつきが、そう声に出して言っても、大丈夫。伝わり方には変わりありません。
「それは興味があるね。」
そら君も、目を輝かせて興味津々。
「それは、ひ み つ」。
「お楽しみは後ってやつね!この旅のなかで見ることが出来るのを楽しみにしてるよーん。」
うみちゃんは、赤ちゃんの時に目が見えなく、耳も聞こえなくなったそうです。
うみちゃんの世界は、真っ暗闇に閉ざされました。
しかし、うみちゃん曰く、
「すべて完璧な計画で、それは望まれていたのよ。」
と言います。
強がりや、
無理矢理意図的に前向きに考えるというのでなく、
ごくごく自然にさらりとそうしたことを感謝しながら言うわけです。
彼女の様子には、一切の悲惨さだとか苦労だとか、大変さだとか暗さというものが感じられません。
「私の家庭教師をしてくれた先生がいたの。
そういえば、その先生はうちゅうじんでとてもおっちょこちょいで、やさしくて、楽しかった。
その先生のおかげで、世界のあらゆる物事には『なまえ』があり、世界は『ことば』でできているということを知ることが出来たの。」
さつきたちにとっては、それは当たり前のことのようでしたが、
うみちゃんにとって、それは、一気に目が開かれるような大事件だったようです。
「いい先生だったのね。
さつきにも、小学校の頃、担任の先生がうちゅうじんで、大好きだったよ。」
「その先生は、世界のあらゆる物事かことばでできているというだけでなく、
身体をこえたうちゅうという世界があるということを教えてくれたわ。
そして、うちゅうもまた『ひみつのことば』でできているということを。
私の人生の中で、大きく世界がひっくり返った出来事は、その二つ。
一つ目の方は、きっと、すべてのちきゅうじんがわかるあたりまえのこと。
二つ目の方は、うちゅうにとっては当たり前のことであるにも関わらず、多くのちきゅう人にとって理解することは難しいみたいね。」
「うん。
さつきも、砂粒くらいだけれども、その二つ目のことがあるってわかってきている。」
「私が極めつくしたいことも、その『ひみつのことば』だな。」
とそら君。
うみちゃんは、その家庭教師のうちゅうじんの先生のおかげで、
ハンディキャップをものともせず、というか、むしろ、それは大きな才能として開花し、
次々と知恵にあふれるインスピレーションを受け取ることが出来ました。
指先で文字や口を読む以上に、
彼女は、その人の心が発する「波動」を一瞬で読むことが出来ました。
うみちゃんは、目が見えず耳も聞こえませんが、それだけに、「目じゃないところ、耳じゃないところ」で感じ取る力はとても強いのです。
その人の全体から出る波動だけでなく、
その人の書いたものも固有の波動をもっていますので、
書いたものに触れるだけでもそれを知ることが出来ます。
慣れてくると、本の表紙に触れるだけで、
文字で読むと一日はかかる内容を、一瞬ですべてスキャンするように必要な情報をぱっと読み取ってしまいます。
そしてそれは、いくらかの文字や音を持つ言語をもたないうちゅうじんたちが取るコミュニケーションの方法の一つでもありました。
そうした、訓練の結果、何千冊何万冊もの本をインプットすることが出来、
しまいに、学者にまでなってしまいました。
その後、戦争で荒廃した場所に行き、敵も味方も関係なく、献身的な看護を続けているのです。




