きらめく星空
さつきたちの乗った円盤は大きくなりました。
金星がさつきの口のなかに入ってきました。
金星が小さくなったのか、それともさつきが大きくなったのかは分かりませんが、
星々と無限のうちゅうと自分自身が本当はひとつであり、また、もともとひとつのものであったのだということを感じました。
さつきたちの乗った船は、光の速さをはるかに超えた速度で、太陽系の外側へと遠ざかっていきます。
窓の外の空間が歪み、時間までねじれているのがわかります。
いまや、うちゅう船は一体どれほどの速さで飛んでいるのかわかりません。
とんでもない妄想ですが、ひょっとしたら、さつきをのせた宇宙船だけが静止していて、
その周りの全うちゅうがものすごい速さで動いているだけなのかもしれないと思うようになりました。
太陽の周りをちきゅうが回っていることは常識ですが、
ちきゅうから見れば動いているのは太陽のほうです。
さらにひっくり返してみると、
さつきの中心は、こんな場所までやってきてもさつきなのですしそこから離れられることはないのですから、
ひょっとしたら、このうちゅうで動かないものはさつきだけで、
すべての世界がさつきの周りを動いているだけなのかもしれないじゃないですか。
窓の外では星空が宝石箱の中にひしめくように浮かんでいますが、景色は、藻の様にぼやけてうごめいているだけです。
それは、まるで髪の毛や爪が伸びる様子がわからないようでした。
うちゅう全体はひとつの生命で、星々は生きているのだと思いますが、いかんせん、その働きはあまりにもゆっくりすぎます。
早く動く生命体は、人間でもなんでも、わずか百年やそこらであっというまに死んで、次にバトンタッチします。
木々や山や海は動かない代わりに、何千年何万年も生き続けます。
星は、何十何百億年と生き続けます。
その星の上では絶え間なく変化が起こり、動かないものや変わらないもの、そして死なないものは何一つとしてありません。
このうちゅう全体も絶え間なく動き、消滅と再生を繰り返していますが、
ひょっとしたら、その奥には、動くこともなく生まれることもなく死ぬこともなく変化することもないなにかがあるのでしょうか。
さつきは、そのもののことについて、
それはつまるところ何かということも考えたり、スマホで誰かと共有や議論することをせずに、
静かに思いをめぐらせながら、ゆっくりゆっくり歩きました。
宇宙船は、さつきの歩調と合わせて、星と星の間をゆっくりと進んでいきます。
ゆっくりとは言っても、一秒間にちきゅうを何百何千もまわるはやさでしょうが。
しかしです。
そういえばはじめて、新幹線に乗った時も、飛行機に乗った時も、乗り込んでから出発して少しするまでは、内装から窓の外から見える景色に大興奮していたのですが、それもつかの間、しばらくすると退屈になってきて結局本を読んだりゲームをしたり映画をしたり寝たりしながら、時間をつぶすことに懸命になっていたことを思い出します。
うちゅうの様子もだいたい同じです。
ちきゅうとは比べ物にならないほど果てしなく長い距離を移動するわけです。
その距離は、光の速さでも何億年、何兆年かかるというので、もっとはやい移動の方法があったとしても退屈なものです。
ちきゅうも太陽も一瞬で砂つぶくらいになる速さだと思うのですが、それでも動いているのかそうでないのかわからないほどその景色はまるで亀が這っているようです。
大きな部屋で、さつきは一人で、外の星空の様子を眺めたり、
銀河系星団の渦巻きを眺めていたり、
原子核の様子を眺めていたりしましたが、
結局は、
ゲームをしたり、映画を観たりすることにしました。
ゴーグルをつけて、特殊なスーツを装着してゲームのスイッチを入れると、
そこにはお城や大草原、洞窟が広がっていて、モンスターと戦い大冒険ができます。
映画も、テレビやスクリーンで観るのではなく、小さな白い部屋に入ると、
前後左右いっぱいに景色が広がります。
「お腹がすいたなあ。そういえば、船に乗ってから何も食べてないや」
と、部屋にあるメニューを開きます。
「ちきゅう食がいいかなあ、それともせっかくうちゅうに来たのだから、いろんな星のグルメを堪能するのも悪くはないなあ。そもそも、さつきは別の星のものを食べることができるのかしら。」
どうも、ちゃんと食べられるようです。
「うーん、じゃ、手始めに、デネブ・モーニングセットでも」
と、メニューの写真をタップすると、部屋にある受け渡し口から、手軽に片手で食べられそうなサンドイッチのようなものと、飲み物が出てきました。
それを、窓際のテーブルに運んで、大星雲を見渡しながら手を合わせていただきます。
もちろん、ちきゅうで見たことのないものですが、ひと目見ただけで、口の中に唾が染み込んできて待ちきれません。
かぶり付くと、デネブ白鳥の絶妙の焦げ具合とコクが口いっぱいに広がり、ため息が出るほど美味しいのです。
デネブ・コーヒーは巨大な青白い太陽のもとで恵みを燦々とうけた豆から挽いた極上の一品。
サンドイッチと見事にマッチして、香りと喉ごしが舌を満足させます。
心なしか、身体や心にもいい成分が含まれているようで、とてもすっきりして健康になるかんじもします。
さつきは実はちきゅうにいる時から、空を見上げながら物書きをするのが好きでしたが、
今は空のなか、大宇宙のただなかで、ノートを取り出して日記を書いているのです。
一生懸命、言葉にしようとしますが、この風景はちきゅうのどんな言葉でも例えようのないほどうつくしいものです。
うっとりしながら、詩でも書こうとおもうのですが、いかんせん、さつきには文才というものがないので、
「うちゅう。
すごいきれい。
とにかくすごい。
すごい感動。」
くらいしか書けないのです。
まあ、しかしそれでも良いでしょう。
「部屋の外はどうなってるんだろう。」と、さつきは部屋の長い廊下を渡って、扉を開きました。
「ほわっ!」
足を一歩踏み出すと、さつきの身体が浮かびました。
上もなく下も横もなく、すべてが地面ですべてが天井、すべてが壁のパイプみたいな通路の中で、さつきは空中でとどまっている風船みたいにふわふわ浮いています。
壁を少し押しただけで、スーッとどこまでも身体は逆方向に漂っていくので楽しいものです。
「ふふふ、さつきさん、無重力ははじめてですか。
まだまだ時間がありますので、船内を御自由に見学されていかれますか。」
と、待機していた紳士。
「うん!」
船の中は、重力だけでなく、空間そのものも広げたり縮めたりすることができるみたいです。
さつきと紳士は泳ぐように、空間を歩いていきます。
廊下や広場では、いろんな星から来たであろううちゅうじんさんたちがちらほらいます。
身体の大きいものから小さいもの、ちきゅう人に似た人や、そうでない人も。
でも、みんな仲良くしています。
「この人たちも留学生なんですか?」
「そうですよ。特に、宇宙船の技術が進化してからは、星と星の間の交流が盛んになり、
今では小さな子どもでも、いくつかの星に留学にいくのはよくあることです。」
「うちのにいちゃんもそうだったの?」
「ええ、もちろん。」
ちきゅう人であるさつきの方を珍しげにチラチラ見てくる人もいません。
何人かはすれ違うと笑顔で微笑みかけてくれます。
広場の中央に浮かんでるサイコロにはそれぞれの面に、ベンチのように人が寝そべったり腰掛けたりしています。
さつきが、その近くに浮かんでいる「人をダメにする丸いクッション」に座り、
「はあ、無重力って最高」とズブズブ沈んで恍惚の表情でいると、
「やっ!」
とのぞき込む顔が。
にいちゃんでした。
飛び上がろうにもとびあがれず、無重力の中をもがきながらくるくる回転するさつきをにいちゃんは受け止めて、それで、二人して無重力の中を勢い余ってグルグル回ってしまいました。
「あははははははっ!あははははははっ!」
ふたりでおおわらい。
「それにしても大きくなったなあ、さつき」
「にいちゃんがずっと子どものままなだけだよ。どれくらい子どもでいたら気が済むの。
そのうち、姉と弟じゃなくて、親子になっちゃうよ。
ハルカ先生だって、今、ちきゅうでは立派なお母さん先生やってるよ。」
「そうなんだね!知ってたよ。
あはは、大切なことは、うちゅう自身が絶えずいつも若いということさ。
何百億年経とうと、常に新しく生まれ続けている、若さの源、これにつながっていることが大切なんだ。
ここでは、年齢は関係ない。
うちゅうでは、すがたかたちや年れいも自由に変えることができる。」
と言いながら、ポケットにあるちいさな光の玉を取り出すと、
にいちゃんは五歳、一二歳、二十歳、五十歳くらいのすがたにはやがわりしました。
にいちゃんの持っている過去現在未来すべての時間を「今」のうちに見ることが出来ました。
五歳のすがたのにいちゃんは、まるで小さな弟みたいにわたしの腕の中でじゃれている。
五十歳くらいの兄ちゃんは、長くて立派なおひげを生やしていた。もうすっかり大人だったけれども、あの優しい目つきが子供のころと全く変わらなかった。
宇宙でも進んだ勉強を講義している人だった。
でも、みんなおなじ変わらぬにいちゃんにほかなりませんでした。
その光の玉の中には、過去現在未来のすべての時間を見ることが出来ました。
また、過去の過去、過去の現在、過去の未来、
現在の過去、現在の現在、現在の未来、
未来の過去、未来の現在、未来の未来という九つの時間が、たった一つの玉のなかに納まっていたのです。
またそれぞれのどの時間を取り出してみても、すべての他の八つの時間とつながっており、ものすごい数の「時間の窓」が互いを照らしているのでした。
ふたりとも、その光の玉に吸い込まれるようでした。
「さあ、いよいよだ。」
舟の中のたくさんの人たちが、各々窓のそばに立って、花火でもみるように、外を見ています。
さつきが宇宙船に乗り込んでから、何時間も経ったようにも思えましたし、数十分しかたってないようにも思えました。
ちきゅうから持ってきたアナログ時計を見てみても、方位磁針が狂うように、変な動きをしています。
時計の針はコマのように高速で回り続けあまりの速さに針があるのかないのかすらわかりません。
ちきゅうが太陽の周りを回っておらず、ちきゅうも回っていないこの場所での時間の測り方は何の役に立ちそうにもありません。
「そろそろ船が『トリップ』するよ。」
「『トリップ』?」
「飛行機が離陸して空を飛ぶみたいに、この船もうちゅうの空間から離れて、高い次元の場所を移動していくってことだね。」
「なに、ということは、まだ、この船は助走段階だったということ?」
「そうなるね。
とはいっても、少なくとも、太陽系からかなり離れた安全が確保できる場所でないとできないから、
とてもゆったりした助走になるけれど。
宇宙空間内を光速をこえた移動方法を身につけて、さらに、空間そのものを超えて移動する力が発明されて、まもなくうちゅうはひとつになろうとしている。」
地球人が見ていると思っている星空いっぱいの「宇宙」は無限の「空間」をもつものですが、その無限の空間も「本当の宇宙」の表面を覆う「膜」のようなものでしかありません。
船は、太陽系を離れると、空間という「膜」の下に潜り込みました。
少し難しい言葉で言うと「高次元の宇宙」というやつです。
わたしは、太陽の周りをたくさんの惑星が回る姿を観て、思わず鳥肌が立ちました。
なぜなら、あまりにも美しかったからです。
わたしは、この様子をどう言葉にしていいか、全く分かりませんでした。
髪の毛一本が落ちることのような小さなことから、一つの星が出来て消滅するまでの大きなことまでが、まるで精巧な歯車のようにひとつ残らず組み合わさって動いていたのです。
宇宙はまるで一つの巨大な音楽のように、ひとつひとつの星たちがオーケストラのように音色を奏でていたからです。
「にいちゃんは、ちきゅうからは決して観ることのできない、こんな美しい宇宙の風景を見ていたんだ。
どうりで、地球のどんな偉い学者が地球の上で考えて発見したことも、一度こんな風景を見てしまえば子どもの遊びにしか思えないだろうなあ」
と思えたものでした。
そういえば、思い出しました。さつきはよく眠っているときにこんな場所に来て、幸せな幸せな気持ちになります。ちきゅうの誰も知らない大発見をいくつも見つけて、「起きたらノートに書き留めておいてみんなに知らせよう」とその時は思うのですが、たいがい、目が覚めたときはそのすべてをすっかり忘れてしまっていて、ノートに書こうとするやいなやその記憶は閉じられた金庫のように全く見えなくなってしまうのです。
そして、「きっと、バカげたことだったんだ。」と頭の中で考えながら、そこで見たことはすっかり忘れてしまうのです。
星々のきらめきに混ざって、さつきの忘れていたいろんな記憶がひらかれてきたのです。
ビッグバンが起きて、星々が出来て、ちきゅうに生命が出来て、さつきは数えきれないほどの人生を経験し、そして、いま生きているすべてのものとさつきはつながりがあること。
うちゅうは無限の回数、呼吸や瞬きをするかのように開闢と終末を繰り返していること。
そんな風景を超えると、雲の上に広がる青空の様に、高次元のうちゅうが広がっています。
「高次元と言っても、これはまだ皮をまくっただけのようなもの。
泳ぎ始めた子どもが、ゴーグルをつけて、海の中の様子を垣間見て驚いているようなもの。
海が果てしなく深いように、うちゅうには、まだまだいくつもの想像しきれないほどの高い次元があるのさ。」
うちゅう旅行をするだけで嬉しいさつきは、もはやこんな世界を垣間見ることが出来るだけでも感無量です。




