人形師の魔女のアトリエ
世界は平和。
だけど、私の住む世界は寂しい世界だ。
彼氏も居ない。
頼れる友達も居ない。
年齢イコール彼氏いない歴。
そうして今に至る。
何年か、社会人として働いて、今の会社にもそろそろ慣れて来た頃だ。
けれど、相変わらず彼氏は居ない。
家に帰っても、寂しくて、一人でテレビを見たり、お酒を飲んだりしていた。
そんな日々を過ごす私。
目を覚ましたら、顔を洗い、会社に行く。
帰ってきたら、途中で買ったコンビニ弁当を食べる。
食べたらお風呂に入り、適当な時間になったら、眠る。
休日は、学生時代の様に遊べる友達も居なくて、折角の休日をだらだらと特にすることもなく、テレビを見たり、お菓子を食べたり、ネットで買い物をしたりなどして、引き篭もって過ごしてしまう。
友達などは、益々居なくなっていく…。
結婚したり、みんな彼氏を作ったり、幸せそうだ。
SNSを開いても、彼氏と旅行に出かけた〜とか、そんなのばかりだった。
だから、私はそれを見たりしながら、彼氏も居らず、一人、毎週のようにこんな生活を繰り返していた。
いいな。羨ましいなとか、思いながらそんな風に過ごして居た。
職場には男性は少なく、ほぼ既婚者。独身であっても、大体は彼女が居るし、付き合える対象ではなかった。
私は、いつになったら、一人から解放されるんだろう?
とか、何とか思いながら、資料をファイルにまとめたり、コピーしたりなどの雑務をこなしていた。
「お疲れ様です」と言いながら、ニコニコ作り笑いを浮かべながら、人形の様に、机の上に珈琲を置く。
多分、今の私は、仕事をこなすだけが生き甲斐のようなもの。
そうでなければ、私の生きる意味は何処にあるというのだろう。
特別に趣味があるわけでもなく、休日は予定もない。
ただ、空いた時間をいかに潰すかということばかり考えている。
つまらない女なのかもしれない…。
帰り道、スーパーに寄って、お惣菜を適当に買い物かごに入れた。
野菜でも何でも、お酒のつまみにはなるでしょう…
最近では、食べる物にも拘りが無くなって来ていた。
とりあえず、食べられれば何でもいいや程度になっている。
だって、どうせ一人だから、料理しても余るだけだし。
誰が食べてくれるわけでもないし…
うん、これでいいの。
捻くれてきてるのが分かる。
以前は、レシピ本を見ながら、料理とか頑張ってた。
いい女になるんだ〜って。
いつか、彼氏を作って食べて貰うんだって。
だけど、現実はそんなに甘くなかった。
顔も悪くはないし、スタイルは普通。
だけど、出会いがない。
職場の男性には、既に彼女が居て、付き合える対象じゃない。
だから…、私は変わらず一人なんだ。
いつまで、一人で居たらいいのかな。
彼氏は出来るのかな。
不安な気持ちばかりが募っていく…
周りはみんな彼氏を作ったり、結婚したりで幸せになっていく。
一人だけ、閉鎖空間に取り残されるみたいな感覚。
(現実を見ないフリしながら生きるしか…ないのかな)
一人、落ち込みながら、夕暮れ時の道を歩いていた。
「はぁ…」
大きな溜息をつく。
(私、大丈夫なのかな…)
ふと顔を上げると、洋館みたいな建物が現れた。
(…こんなお店、あったっけ?)
いや、知らない。
なかったはず…
気づかなかっただけ?
でも、外観はアンティークでおしゃれな感じのお店だった。
(入ってみようかな…)
折角、おしゃれなお店と巡り会えたんだし、入って少し見るくらいならいいよね?
私は、勇気を出して店内へと、足を踏み入れた。
「来たわね、お客様。
はじめてのお客様って言ってもいいわ。
まだ、誰も入れた事はなかったの。
だけど、貴方はちょうどいいわ」
ゴスロリを着た店員が出てくる。
見た目は魔女って感じだった。
「あの、貴方は?」
「ふふ、嬉しいわ。
お客様が来てくれて、然も貴方は私が探していたお客様に相応しい。
だって…
兎に角不幸そうで、悲しげな顔してるもの。」
「あ、あの…」
っていうか、なんか今、物凄く失礼なこと言われた気がするんだけど…
「あら、いけないわ。
質問に答えてあげなくちゃね?
私はね、このお店の店長のようなもの。
人間界では、そうなんでしょう?」
「人間界では?」
「ええ、私はね、人形を作る魔女なの。」
「魔女…?」
「そうよ、つまりね、人形を作って売る魔女ってところ。
まぁ、まだまだ完成品とまではいかないのだけれど…」
店内には、多くの人形が並んでいる。
どれも男性の人形だった。
顔立ちは整っていて、イケメンと言えるだろう。
小さな紫色のテーブルの上に、ボタンや花の形をした飾り、布の切れ端やら、色々な材料が無造作に置かれていた。
「机が汚くて申し訳ないわ…
さっきまで、作業中だったのよ。」
「そうだったんですね…
いきなり来てすみません」
「いやね。謝らないでちょうだい…
私としては嬉しいのよ、初めてのお客様なんだから」
店主は、魔女だというけれど、本当なのだろうか?
それとも冗談?
「あの…!
魔女っていうのは、本当…」
「ねぇ!貴方、イケメンは好き?」
話を遮り、イケメンが好きかと尋ねられた。
そして、そのまま返事は聞かずに店の奥へと消えてしまった。
どうやら、人の話は聞かない人らしい。
だが、質問はしてくる…というスタンス?
店主は、ある人形を抱えて、此方に戻って来た。
「あ、えっと…嫌いではないです」
「何だか、煮え切らない返事に聞こえるわね。
まぁ、別にいいのだけれど?」
相当、大きな人形だし、持ち運ぶのは大変だろう。
(実際の人間と同じくらいの高さもあるし、大変だよね…)
以外に力持ちなんだなぁ。
見た目は華奢な身体なのに、驚いた。
「今、華奢な身体なのに力持ち…とか思ったんじゃない?」
「えっ⁉︎」
(心が読めるの?)
「読めるの〜っていうよりも、魔女だからよね。
普通の会話みたいに分かるものよ。
さて、貴方にこの子を勧めようと思うのだけれど、どうかしら?」
「この子…?」
「私が抱えている子よ。
イケメンでしょ?
貴方も気にいると思うのだけれど」
うっかり、スルーしちゃったけれど、魔女が魔女って教えてもいいの?
「まず、商品について話をする前に、貴方は私に対して興味津々みたいね。
いいわよ、まずは私について話してあげるわ。
私ったら、美人だし、スタイルはいいし、綺麗だからモテモテなのよね。
貴方が私に興味を持つのも、仕方ないのかもしれないわ。」
ふふっと笑って、自信満々な表情で、自身の頰に手を添える魔女…
「さっきも言ったけれど、私はね、魔女。
寂しい想いをしている女性の前に現れる、人形師の魔女が私よ。
そして、貴方の足元にいるのが…」
足元?
足元を見ると、いつの間にか黒猫が居た。
(いつの間に⁉︎)
「ふふ、驚いているわね。
私の使い魔よ。
漸く、信じて貰えたかしら?」
本当に魔女らしい…
魔女に黒猫は、定番だよね。
「名前はなんていうのですか?」
「リーチェ。
りーちゃんって呼ばれてるわ」
「りーちゃん…」
「そんな猫よりも、こっちの人形の方がいいでしょう?って痛!」
りーちゃんが、魔女の手を引っ掻いた。
そんな猫という言葉が気に入らなかったらしい。
「ちょっと、リーチェ⁉︎」
りーちゃんを叱るが、りーちゃんは知らん振りしている。
「可愛い雌猫ですね、りーちゃん。」
「雌猫じゃないわよ、リーチェはオスよ。」
「へ?」
りーちゃんに威嚇されてしまった。
まさかのオスだったなんて、りーちゃんと呼ばれているなら、メスなんだとばかり…
「所で、本題。
今は、この人形を千円で貸しているの。
どうかしら?」
「千円で?」
「そうよ」
一万円でも足りないくらいだと思う。
庶民の私なんかが手を出せないくらいの値段が付きそうなものだ。
けれど、千円なの?
「あの、どうして千円で?」
凄く立派な人形だし、材料費も高そう。
瞳だって本物みたいに見える。
「今は、未完成品が並んでるのよ…
けれど、不良品な訳じゃない。
ただね、試してくれる人を探していたのよ。」
「試す人?」
「そうよ。
試さなくちゃ効力がどの様に発揮されるか確認が出来ないもの。
私の人形は、絶対に人を幸せに出来る。
そういう人形だし、力があるわ。
けれど、いつ切れるか分からないの。
だから試さなくちゃならないのよ」
「サンプルみたいな感じですか?
モニター的な…」
「そんな感じよ。
今はまだデータが無い状態。
人間との生活が始まるとデータが私の所に届くシステムなのよ。
序でに教えてもいいわ。
魔女はね、其々にお店を持ってるの。」
(そうなんだ…)
魔女とか、使い魔とか言われて、既にパンクしそうなんだけどね。
そもそも、現実に魔女が実在しているなんて。
「不思議な事が沢山起きて、付いていけないって顔してるわね?
そういうの嫌いじゃないわよ、魔女だからこそ、人を驚かせるのもお仕事だもの。
魔法の大道芸でも一発見せたい所だけど、それをするのはまたの機会にするわ。」
大道芸⁉︎
結構、お茶目な魔女らしい。
「お茶会でもする?
って、そんな話でもなかったわね。
久々にヒトとお喋りできて嬉しかったからつい…」
魔女は、頰を赤らめながら態とらしく、咳払いした。
「それでね、私の人形なんだけど、レンタルって感じなの。
理由は、糸が切れたみたいに切れる可能性が有るからよ。
いつにそうなるかも分からないの」
「なるほど…」
レンタル人形って事らしい。
「という訳で…、
今はお試し期間で価格は千円で、安く提供しているの?どうかしら?
貴方には、私の人形がぴったりな気がするのだけれど…」
「千円なら、買います!」
「ありがとう、だけど一つだけ忘れないで欲しいわ。
この子の命の糸はいつ切れるか分からないの…
そこで、レンタルはおしまい。
だからこその千円でのレンタルだという事を忘れないで…」
「はい。」
千円で貸して貰えるなら、試してみたいと思い、私は契約をした。
「最後の説明をするわ。
一度切れた命の糸は、人形師の魔女でも、紡げない。
つまり、切れたらこの子は2度と…」
「大丈夫です、人形だって理解していますから。」
「貴方…あまり信じていないようね。
本当よ?本当なんだから!
生きてるの、私の人形は!」
魔女は、プクッと頰を膨らませて可愛く怒る。
「貴方が家に帰ったら、この子を贈るわね。」
「はい!」
「それと、このお店の名前はdholes。
ただ、普通には来れないお店。
今日は偶々開店していただけなの。
何かあれば、私は察知出来るから、店を開けるかもしれない…
その日までのお別れ。
また会いましょう?」
魔女のお店で、私は生きているとされる人形を購入した。
その人形を購入した店名は、dholes。
魔女が店主で、その魔法で作られた人形を売る館である。