5.暁の弄月亭 (2019/7/24)
それからエレナさんに言われた通りに歩いていると夕焼けに月の絵が描かれた看板を見つけたので早速お店の中に入った。
「いらっしゃいませ。暁の弄月亭へようこそ」
そう元気な声を掛けてきたのは、焦げ茶色の髪の女の子だ。私より少し背の高く髪を後ろで束ねているけど背中ぐらいまで長さがある。少しかっこいい感じもあるけどかわいい女の子だ。多分10歳ぐらいかな?
「泊まりたいけど部屋は空いていますか?」
「は、はい。一泊銀貨2枚で朝晩の食事とお風呂付きになります。お風呂なしだと銅貨2枚安くなりますがどちらにしますか?」
「お風呂付で一泊お願いします」
そう言って銀貨2枚渡した。
「あ、ありがとうございます。お部屋までご案内しますね」
そう言って女の子が歩き出したので私は、その子の後について行く。
「食事はどうなされますか? 荷物を置き次第すぐにお食べになりますか? それとも後にしますか?」
「すぐ貰ってもいいかな?」
「分かりました。荷物が置き終わったら受付の奥にある食堂に来てください」
「わかった」
そんな会話をしていたら私の泊まる部屋に着いたようで部屋の鍵を開けていた。
「こちらの部屋になります。鍵は、無くさないようにしてくださいね」
「はい」
そう言って女の子は、私に鍵を渡すと去って行った。
女の子の後姿を見送ってから部屋に入って中を見渡すとベッドとタンス、机、椅子などが部屋に置いてあった。そして、さらにクローゼットもあった。広さ的には、6畳ほどでクローゼットが1畳と思っていたよりも広い部屋だと思う。
「思っていたよりいい感じの部屋かも」
そんなことを思いながらご飯を食べに食堂へと向かった。
食堂に入ると思っていたよりも多くの人がいた。時間的にはそれなりに早いと思うけど、この時間にこれだけの人がいるってことはこの世界の人は夕食を食べるのが早いのかな? とそんなことを思っていると先ほどの女の子が私のことに気付いたようだった。
「あ、さっきの子……」
そう言うと後ろからそのお母さんらしき人がこっちにやって来た。その女の人は、女の子と同じ色の髪で同じ髪型をしていた。しかも背が高くてかっこいい感じの美人さんだ。多分だけど170センチは、あると思う……。そんなことを思っていると私に声を掛けて来た。
「あなたが新しくやって来た子かな?」
「はい」
「私は、この暁の弄月亭の女将をやっているラナよ」
「私は、ローラ。よろしくお願いします」
「レーナよ。よろしくお願いします」
「何か気になることがあれば私に聞いてね。あ、席は空いている席に座っていいから」
「あ、はい」
私はそう返事をして近くに空いていた席に座った。それからしばらくすると女の子がご飯を持ってきた。持ってきたものは、パンと具がたくさん入ったシチューにサラダそして果実水だ。そのおいしそうなご飯の匂いが私の胃袋を刺激する。まともな食事をするなんてこの世界ではいつぶりかな……。そんなことを思いながら手を合わせる。
「いただきます」
そう言って私はご飯を食べ始めた。まずは一口シチューを食べたらとてもおいしくて夢中で食べていた。お肉にいろいろな野菜によって出来たシチューは、それらの素材の旨みが出ていておいしく肉もとても柔らかい。パンにつけてもおいしい。野菜もシャキシャキしているし果実水は、すっきりとした味でとても飲みやすい。そんな料理をあっという間に完食した。それにしても懐かしい味覚の刺激にこの世界の食事もおいしいことが分かりかなり安心した。そんなことを思っているとラナさんが急に声を掛けて来た。
「なかなかの食べっぷりねぇ」
「この料理がとてもおいしくてつい……」
「そうなの? ならもう一杯食べる?」
「え? いいの?」
あの料理をもう一杯食べさせてもらえるの? そのことに驚いているとラナさんが口に人差し指を当て小さな声で呟いた。
「今回だけだよ?」
「お願いします」
私は、ラナさんのお言葉に甘えてもう一杯シチューとパンを貰った。今度は、味わうようにゆっくりと食べた。
「ふぅ~、ご馳走様」
おいしいご飯をたくさん食べることができてとても満足した。お腹がいっぱいになるまでご飯を食べることができたのはいつぶりかな? そんなことを思っていると誰かが話しかけて来た。
「それにしても凄くたくさん食べたね?」
声がした方を振り向くとそこには、ローラさんがいた。辺りを見渡すと先ほどよりお客さんが減っている。暇になったからこっちに来たのかな?
「お腹が空いていたからね。それに、ここのご飯がとてもおいしかったから。……ローラさんはどうしたの?」
「ローラでいいよ。その代わり私もレーナって呼んでもいい?」
「うん。いいよ」
そう言うとローラは、嬉しそうな笑みを浮かべた。
「私は、レーナに風呂の使い方を教えようと思って来たの」
お・風・呂。久しく入っていないからお風呂という言葉が凄く魅力的に聞こえる。久しぶりのお風呂(前世の記憶が戻ってから考えて)。ここまで歩いて来た体の疲れを取るために凄く入りたいと思った。
「早速入りたいからお願いします」
「いいよ。ついて来て?」
そう言うと入り口に戻って食堂があった方向の反対へと進んで行く。
「ここにお風呂があるよ」
そう言われて中に入ると脱衣所みたいなところだった。そしてさらに奥に入るとお風呂が置いてあった。
「ここの魔石に触るとお湯が出るようになっているから」
そう言ってその魔石に触るとお湯が出た。どういう仕組みなのか気になったけど、家でお湯を出すのとさほど変わりないようにみえる。
「触ってもお湯が出なくなったらそこにある魔石を交換すればまた出るようになるよ」
と言ってはまっていた魔石を外して、それからもう一度付けていた。思いのほか簡単に外せるようになっているみたいだ。小さい魔石みたいだけど、どれくらい使えるのかな? とそんなことを思っていた。
「使い方は、分かったかな?」
「多分大丈夫」
「そう? 私は、他にもやることがあるから何か分からないことがあったら聞いてね?」
「はい」
そうしてローラと別れて魔石に触ってお風呂を入れ始めた。
お湯が溜まると服を脱いでお風呂場に入る。とりあえず体を軽く流してから頭と体を洗い始めた。ここ最近水拭きだったからなのか、なかなか泡立たなくて何度も念入りに洗った。
そうして頭と体が洗い終わると早速お風呂に入る。久しぶりのお風呂は、気持ちよく今日までの疲れを溶かしてくれたみたいでお風呂を出たときには、体が少し軽くなった感じがした。それから部屋に戻ってベッドで寝転がると道中の疲れが出たのかすぐに眠ってしまった。




