自らの足で
自らの足で
藍川秀一
学校へと行く途中、たまに彼女とすれ違う。グラグラと体を横に揺らし、不安定な状態ではあるが足元をしっかりと確かめ、ゆっくりと歩き出す。両足は支柱のような大きなブーツで支えられていた。
彼女は自分自身のことを良く知っているようだった。自分のできないことを知っていて、自身の立ち位置を誰よりも理解しているみたいだ。
常人と呼ばれる人達は彼女をグングンと追い抜きながら歩いていく。ある人は後ろ目にまるで邪魔者を扱うかのように追い越し、そしてある人は同情という形で彼女へと手を差し伸べる。親切心といえば聞こえはいいが、自らの欲求をただ満たそうとしているようにしか見えない。そして、そういった感情を見透かしたように、彼女がその手を取ることはなかった。彼女は周りの人間を良く見ている。そうならざるを得ない環境が彼女を取り巻いていたのかもしれない。僕には彼女の計り知れない苦労をまるで理解することはできない。周りの人間は絶対と言っていいほど、自分とは違う。人種が違うというのは言い過ぎかもしれない。しかし、彼女の立場を考えてみれば言い過ぎではないのかもしれない。
それでも僕は、彼女のことを羨ましく思っている。
彼女は歩く、ということを知っていた。それは僕たち常人が、勘違いをしながら理解していることのように感じる。彼女を見たとき、ただそう感じた。
歩くということは、自らの足で、前へと進んで行くということだ。彼女はきっとそれを、理解しながら生きている。
僕はそんな彼女の姿を、美しいと思った。
気がつけば僕は、彼女を見かけると自然と目で追うようになっている。彼女の歩く姿を見ることが、たまらなく好きになっていた。たどたどしく、歩く彼女の姿は危うさのようなものを感じることもある。それでも僕は見続けることだけに止めている。
一度だけ、彼女が転びそうになったとき、たまたまその場所にいた僕が体で支えたことがある。自分の体が大きくて良かったと思ったのは初めてのことだった。
彼女は、謝罪と共にしっかりと自分で立て直し、歩き出す。
転びそうなら、支えてあげたいと思う。けれど、それ以上のことをしようとは思わない。
そしていつか、彼女のように、自らの足でしっかりと歩けるようになりたいと僕は願うのだ。