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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

彼女の指定席。

タイトル、決めるのが苦手です・・・

7:05分。

その電車の1両車に足を踏み入れる。

まだラッシュにはならないので乗っている人はまばらだ。

スマホをいじる人、本を読む人、寝ている人、乗客はおのおの自分のしたいことをしていた。

いつもの慣れた光景に橘 まなかは少し目を細めてから、目的の人物に近づいて行った。

「おはよう」

彼女は座って本を読んでいた。

シートの端で。

ここは彼女の指定席で、彼女以外座ることは滅多に無い。

声を掛けられて彼女は顔を上げた。

「おはよう、橘さん」

朝から神々しいような笑顔で挨拶を返したのは、お嬢様学校と名高い制服を着た敷島 彩香。

自分の世界に入っていた車内の人たちはその瞬間だけ彼女に意識が引き寄せられる。

いや、彼女だけにではなく、まなかも一対として。

その光景は毎日繰り返されるというのに、毎日同じ電車に乗る乗客たちはいつもため息をつかされる。

彼女たちの眩しい若さか、それとも何ものにも汚しがたい二人の間に漂う雰囲気に。

敷島彩香は読んでいた本を閉じると、膝にのせているカバンの上に置いた。

もう読み続けることはしない、彼女はまなかを待っていたのだ。

「もう、違う本なのか」

「ええ」

まなかは椅子には座らない、いつも手すりに体重をかけて身体を支えながら彩香と話をしている。

「読むのが早いな。しかも、そんな難しい本」

まなかは見た目を裏切らず、話し言葉は男性的だ。

車内には密かに憧れる少女たちが少なからず乗っている、まなかを見るために。

お嬢様学校に通う誰も否定できない美少女の彩香と、ボーィッシュなまなかの二人は毎日、他の乗客の密かな目の保養になっていた。

「マキャベリなんて女子高生が読む本じゃないと思うぞ」

「彼の名前が出てくる時点であなたもそこら辺の女子高生でもないと思うけれど」

話せば、ぽんと言葉が返ってくる。

話しが合うのも二人が一緒に居る理由だった。

学校は違えども、駅に着くまでは一緒なのでそれまでの時間、二人は楽しそうに話す。

会話の音量は周りの迷惑にはならない程度で。

乗客が多くなってきても彼女たちの周りに、人は遠慮したように近づくことはなかった。

車内に次の停車する駅名がアナウンスされると彩香は本をカバンの中にしまう、彼女はここで降りるのだ。

電車はゆっくりと速度を落としてゆく。

「また」

「ええ、また」

さすがに車内が混み始める時間だ、入る人たちに押されて出られない可能性がある。

彩香は静かに立って、出口の方に向かった。

まなかはそれを見送らない。

制服のポケットに手をつっこむとスマホを取り出して何事も無かったように音楽を聴き始めた。

そんなことが毎日繰り返されている。




18:40分。

電車には、ラッシュをひと段落したものの帰宅中のサラリーマン、OLなどに紛れて部活帰りと思われる生徒たちも乗っていた。

「ラーメンでも食っていこうぜ」

橋本は言った。

丸刈りの背の高い男子高校生。

「いいねぇ、俺も腹が減ったよ」

「お前はどうする? まなか」

橘まなかは、シートの一角の中央に足を組んで座っていた。

「私は帰る」

朝の態度とはうって変わっている。

「新しくできた店だぜ? お前の好きな天津飯もあるし」

丸刈りの隣の生徒は、正反対で髪は長く見た目がチャラい。

「皆で行って、あとで感想を教えてくれればいいよ」

「なに、ダイエットかよ?」

その隣の大島が言った。

手に、サッカーボールを持ちながら。

「バカ、見ろ。これのどこがダイエットする必要がある?」

橋本が突っ込んだ。

目の前のまなかは彼らから見ても太っているとは思えない。

痩せているというよりは、むしなやかな体つきでアスリート体型であると知っていた。

まなかは女子なのに男子サッカー部員でもあるのだ。

しかも、日本代表に呼ばれるほどの実力を持つ。

「言ってみただけだ、よく言うだろ?」

車内アナウンスが次の駅の案内をした。

「じゃ、また明日」

すくっと、まなかは立ちあがった。

「え、お前の降りる駅はここじゃないだろ?」

「全然、違う駅じゃん」

「用事があるんだよ」

そう言ったまなかの表情に男子たちは言葉が継げなくなる、言葉を発することを封じられたような雰囲気があった。

そして自分たちとはどこか違った大人びたまなかにドキリとしたからだ。

「あ・・・じゃあ・・な」

どうにか橋本が言うと扉が開く。

「早く帰れよ」

電車からまなかは降り、ホームを歩いて行く。

その様子はどうにも女子高生とは思えない姿で、チームメイトたちはその自分より男らしい彼女に、互いに顔を見合わせてため息をついたのだった。




19:10分。

「ん」

目の前にHOTのペットボトルが差し出された。

「ありがとう」

ベンチに座った敷島彩香はそれを受け取る。

お嬢様学校に通う彼女はこんな時間に外出をしていいはずがないのだが今日は特別な日。

とはいえ、家からはそんなに離れてはいない公園。

時間は30分というのが家人との約束だった。

彼女の隣にまなかは、座る。

男子生徒と居た時とは違い、表情は優しい。

隣同士で座っているけれど、しばらくふたりは何も話さなかった。

話したいことはあるのに、話すことよりも互いに側に居ることを実感したいような感じで。

「手、貸して」

「手?」

ぶっきらぼうにまなかが言う。

彩香はその意味が分からなかったが、言われるまま手を差し出すとまなかがその手を握って制服のポケットに入れた。

そうしてようやく、彩香は彼女の言った意味を理解して顔が真っ赤になった。

「普段、手なんて握れないからさ」

「まなか―――」

ふたりの時は彩香はまなかの事は名前で呼ぶ、もちろんまなかもだ。

「嬉しい」

本当に嬉しそうに言うと彩香は、まなかに身体を寄せて肩に頭を乗せる。

まなかは嫌がらずにそのままにさせた。

時間は30分しかなかったが、ふたり一緒に居られることが嬉しい。

互いに話さなくても触れ合っているだけで分かり合える二人。

学校は別々で、放課後も互いに忙しいふたりは時々こうして会っていた。

毎朝のあのふたりの雰囲気は実際に付き合っているから醸し出されるものだ。

繋いだ手はポケットの中で動き、手の感触を互いに感じていた。

「今度、試合に出るよ」

「男子として?」

「まさか、女子選手だよ」

サッカー部には所属しているが、規約で正式な大会には出られない。

「男子と一緒に混じって出来るなんて凄いわ、うちの学校にもあなたのファンクラブがあるのよ」

「―――面倒くさいな」

まなかは騒がれることが嫌いだ、放っておいて欲しい。

試合に来るのはいいがキャーキャーと騒がれるのは迷惑だった、サッカー選手であってアイドルではない。

「思われるのは嫌?」

「・・・彩香にならね、他はどうでもいい」

はっきりと言い切られて彩香は嬉しい反面、苦笑する。

「私、自惚れてもいいの?」

「構わない」

ベンチは外灯に照らされて明るかったが、ベンチの無いところは薄暗い。

薄暗い、その先の暗闇を見据えてまなかは言った。

ぶっきらぼうだし、顔は見てくれないけれど、心は伝わってくる。

さらに手が強く握られ、身体が反応してしまう。

けれど、時間が迫っているのが分かった。

時計を見ないようにしていたけれど気になってしまう、幸せな時間は刻々と残り少なくなってゆくのだ。

「彩香」

ふいにまなかが顔を向けてきた。

彩香も頭を上げる。

「応援に来なよ、今度の試合」

試合の誘い―――一瞬、少しがっかりした自分がいて、恥ずかしくなる。

「ええ、行くわ。あなたの活躍は見たいから」

「彩香のためにハットトリック取るからさ」

サッカー用語はまだわからないけれど、自分ために何かをしてくれるつもりなのは分かった。

「楽しみね」

ピピピピピピッ。

タイマーセットをしていたスマホが鳴る。

そういう風にしていないと、時間が経つのを忘れてしまう時があるから。

それに、そうでもしないと別れ際が思い切れなかった。

「・・・時間」

「ああ」

お互い、声が小さくなる。

まなかにしても、彩香にしてもまだ別れたくなかった。

逢引に30分は短過ぎる――――

まなかは夜でも自由に行動をできるけれど、彩香のことを考えて従っていた。

本当ならば、高校生でもファミレスでもカラオケでも夜遊びが出来るのに。

「今度、会うのは試合の日?」

「多分ね」

まなかの手が伸びてきた。

「まな・・・―――」

「しっ」

優しい声で言うと、まなかは顔を近づけてくる。

目をつぶると彩香の唇に柔らかいものが触れた。

キス。

今日のキスはいつもより長い――――

深くキスされ、彩香の知らないキスだった。

まなかに初めてキスをされた時は正直、手馴れた感じを受けた。

・・・今でも、そう感じる。

嬉しい感情もあるけれど、胸が少し痛い。

出会う前の自分の知らないまなかを想像してしまう。

誰かを好きだった(付き合っていた)かもしれない、まなかを――――

唇が離れた瞬間、ため息と同時に彩香の目から涙がこぼれ落ちた。

それを見たまなかは驚いたような表情をする。

「ごめんなさい」

慌てて手の甲で涙を拭う。

人前で泣くのは気を引くようで嫌なのに。

「嫌だった?」

「嫌じゃなくって・・・」

「じゃあ、なに?」

じっと見据えられる。

こういう時は納得するまでまなかは目を逸らさないし、解放もしてくれない。

自分の思ってしまった心を口に出したら怒られる様な気がした、気分を害するかもしれなかった。

「・・・その様子だと、また信じてないんだ」

まなかの表情が苦笑に変わる。

彩香ははっきりと本人に言い当てられ、恥ずかしさに消え入りたくなった。

視線を合わせてもいられない。

「前にも言った通り今、好きなのは彩香だけだよ」

分かっている。

分かっているのに・・・気持ちが不安定なままだった。

どうしたらこの気持ちを持たなくなるのだろう、まなかの事は好きだし、他のひとのことは考えられないというのに。

「どうしたら信じてくれる?」

そんな言葉を言わせるつもりは無いのに―――

「ちがうの――」

「なにが違う?」

「分かっているの、分かっているのに私―――」

自分が興奮していることを自覚していなかった。

どうしようもない感情が内から湧き上がって来て、私は声を上げていた。

自分がそんな風になってしまうとは思いもしなかった。

「彩香」

まなかがそんな私を抱きしめた。

「ごめんなさい、私、わたし―――」

身体が震えている。

「悪かった・・・私の言い方がきつかった、ごめん」

彼女が謝ることはないのに。

「でも、信じて欲しい。私が好きなのは本当に彩香だけなんだ」

嘘ではないことは全身から感じる、どうしてその言葉を信じることができなかったのか。

少しでも疑ってしまったのか。

「まなか――――」

抱きしめ返す。

誰かに見られると恥ずかしいはずなのに、今はそんなことは考えなかった。

予定の時間をオーバーしてもしばらくふたりは抱き合っていた。





翌日、7:05分。

いつもと同じ時間、同じ車両に乗り込む。

今日は、彩香は本を読んでいなかった。

すぐにまなかと視線が合い、にっこりと微笑む。

その微笑みは車内の乗客だけでなく慣れている、まなかすらもドキリとさせた。

「どうした? 今日は本を読まないのか?」

手すりに掴まり、見下ろしながら言った。

「昨日はごめんなさい」

気まずそうに言った、笑顔とはまだ別の意味で人を引き付ける。

「別にいい、気にしてない。」

まなかは彩香の心中を察している。

自分自身がモテることは自覚していた、そして彼女が過去の自分のことを気にしていることも。

不安を払しょくするには言い続けるしかない、誠心誠意を込めて。

彼女の事を好きなのは本当のことなのだから――――

「眠れなかったか」

彩香はそれには答えず、頷いた。

「本も読むことも手に付かないの」

「何もしないでぼーっとするのもいいぞ、彩香は色々考えすぎる」

事実、まなかはあまり考えていない。

そう言われて彩香は苦笑した。

「性格なのね」

「面倒くさいけど、彩香らしくて好きだぞ」

回りに聞こえただろうか。

心臓が跳ねあがったけれど、彩香は顔に出さないようにした。

それでも顔が熱くなるのを感じる。

まなかを見れば余裕で涼しい顔をして笑っていてそういう時の彼女は少し憎らしく思えてしまう。

「どうした、顔が赤いぞ」

今は言われたくない言葉、自覚しているし恥ずかしさも感じているのに。

わざとそれを指摘してくる、意地悪のなにものでもない。

「今日は意地悪なのね、橘さん」

精一杯に対応する。

「好きな子には意地悪をしたくなるんだよ、私は小学生並みなんでね」

今日は意地悪な上に、攻めてくる。

二人の関係は誰にも言わないと約束したはずなのに。

「橘さん・・・」

「もう、隠さない」

「えっ」

「隠しているから彩香は私を信じないんだな、付き合いを表立って見せつければ納得するし、自信も湧くだろう」

何を言っているのか分からなかった。

「橘さ―――」

何事かと問うつもりで呼んだ名前を最後まで言えなかった。

一瞬の出来事で、なにが起こったのかも理解できない。

それは周りの乗客も同じ。

数秒間の沈黙が車内を包む。

あれだけの人が居て、生活音があるはずなのにその間は何も聞こえない。

身体をかがめたまなかが、彩香の唇に触れていた。

自分の身に起きていること実感すると、一気に身体の血が沸騰するように熱くなった。

人間、びっくりすると声を出すことが出来ないらしい。

「~~~~~~」

そんな彩香を見てニャリとまなかは笑うと、もっと驚く爆弾発言をした。


「敷島さんのことが好きなんだ、私と付き合ってくれないかな?」


その日、一番車内が騒然とした瞬間だった。



【後日談】


8:27分。

今日は休日、電車内はいつものサラリーマンやOLではなく、家族連れや友人といった乗客が乗車している。

この時間はいつもはさつばつとしている車内だが、休日は解放感に溢れていた。

「ねえ、ねえ、知ってる?」

車内に3人組の女子が座って話していた。

3人ともここら辺では有名なお嬢様学校の中等部の制服を着ている、休日なのに今から学校だろうか。

「この一号車両の話」

「えー知らない、幽霊?!どんなの?」

「幽霊じゃないよ、すごく素敵な話」

中等部女子はまだ、中学に上がったばかりなのか初々しい。

車内で目立って話してはいるけれど、そんなに声は大きく上げてはいない。

生徒として迷惑をかけないように気を使っているのが伺える。

「この車両でね、好きな人に告白すると両想いになれるんだって」

「嘘だあ」

「嘘じゃないよ、何組もカップルになっているって聞いたよ、先輩から」

彼女たちの通学路線でもあるし、沿線の学校の生徒たちも使っているからそれもあり得る。

車内でも2組くらい、制服を着たカップルらしい学生が居た。

3人はあの人たちもそうかなと、ひそひそと話す。

「ある先輩は〇〇男子校の野球部のキャプテン、すごくモテるから好きだけど見ているだけだったんだって。でもね、ある日偶然にこの車両に乗って来たその人を見て当たって砕けろ!って思って告白したら・・・・」

「オッケーだったの?」

「そう、そんな話をあと2つくらい聞いた」

はーっと3人は息を吐く。

まだ、恋愛未経験なのだろう、夢見る年頃というところか。

「あと、あと!」

三つ編みの子が興奮して話し始める。

「なにもね、男女カップルだけじゃないんだって!」

「えっ、どういうこと?」

高いテンションがひとりひとりに伝わってゆく。

「男子生徒同士も女生徒同士もあったみたい」

「・・・・て、つまり同性同士でっこと?」

そこは声が潜まる。

「うん、うん、〇▲バスケ部の先輩と後輩とか」

「あそこ・・・そういう噂あるよね・・・」

あまり声を大きくして言うことではないと理解しているらしい。

それでも、興味が無いとは言えない様子で話している。

「男同士でも女どうしてもって・・・成功率高いんだ、いいなあ――」

「凄いよね、私もここで告白しようかな」

「電車の中で好きになる人探すの?」

隣の子に冷やかされ、いじられる。

「この車両に一緒に乗ればいいんじゃない」

「誘うくらいなら告白すればいいじゃないのー」

3人はコントのようにツッコミ、突っ込まれの会話をする。

回りも互いに自分のことをしながらも彼女たちの会話を聞いているらしく、微笑ましく視線を送っていた。

駅へ到着するアナウンスが流れ、電車はゆっくりとホームに入った。

その間も彼女たちはこの車両の話に花を咲かせ、内輪で盛り上がっていた。

プシュッ。

扉が開くとホームから3人ほど人が乗り込んでくる、降りる人はなくスムーズだった。

しかし、再び扉が閉まり動き始めた時、車内の雰囲気が変わった。

どこがおかしい、というわけではなく感覚的なもの。

皆の視線が一人の女性に注がれる。

Gパンに、革ジャンといったいで立ちだがその容貌で。

はっきりとした意志の強そうな表情は視線を引き付けざるを得ないくらい魅力的でもある。

3人組も話を止めて彼女を見た。

視線に気づいたのか、ふと彼女たちを見る。

慌てて視線を逸らす様子を見て、フッと笑った。

その人は中等部の3人の前を通り越し、その先に座っている女性の前に立って吊革につかまった。

他の椅子が空いているのにもである。

女性は本を読んでいたが、目の前にその女性が立つと顔を上げた。

うつむいていて気づかなかったがその女性も、負けず劣らず美人である。

美人という表現はこの二人には正反対だった。

キツめの美人と、優しめの美人。

それがこの車両に奇跡的に乗っているのだ、普段はそんなことは気にしたことがない中等部3人組のテンションが密かに上がっている。

「悪い、遅れた」

アルトの声がかかる。

「遅れても30分よ、でも電車に追いつくなんて驚いたわ」

そう答える本を読んでいた美人の笑顔は、車内の乗客の気を奪一気に引き寄せた。

「久しぶりだしな、君と会うのは。一秒でも早く会いたかったんだ」

会話の声はそんなに大きくはない、電車の音は大きいはずなのにこの車両に乗ってる人がその内容が聞き取れるほどクリアに聞こえた。

会話の内容に皆、下世話に耳を傾けてしまう。

「そう言えばこの間、カップルが成立したってさ、この車両で」

今その話をしていた3人組はハッとなる。

「そうなの、いいわね」

「鉄道会社もそれをウリにして乗客をふやせばいいのにな」

「・・・そんな不確かなもの、売りに出来ないでしょう。正確なデータも無いのに」

「噂話も無下にできないんじゃないか?」

「・・・・」

座っている人はそれには答えなかった。

すぐに次の駅のアナウンスが放送される。

「高橋先生、元気かしら」

二人の会話で3人があっとなる。

高橋先生とは彼女たちの学校の先生だった、社会の。

どうやら自分たちの先輩で、学校の卒業生だと知った。

ということは、降りる駅も一緒だ。

「それより・・・いつもこの席が特等席だな、君の」

見下ろして言う。

「座り慣れた席の方が落ち着くの」

「今日は良く座れた」

「どうして?」

「その席、噂の席だぞ」

噂の席? 

皆がはてなマークを頭に思い描く。

「その席に座っている人に告白すると両想いになれるらしい」

その言葉は3人組にも、車内の乗客にも驚きを与えた。

「そんな噂が?」

真面目に取り合わない。

電車はゆっくりとホームに到着した。

「君が噂が、だなんて言うと白々しいぞ」

にゃりと立っている女性が言い、吊革から手を離した。

座っていた女性も立ち上がった、ここで降りるようだ。

もちろん、あの3人組も降りなければ学校には行けない。

ハッとして、立ち上がる。


「私が告白して、君は私に応えてくれたのだろうにそういうことを言うのか?」


降りる時、髪の長い方の女性は一瞬だけ三人組を見た。

懐かしいような、困ったような表情で。

3人組も何とも言えない顔になっている、まさかの話である。

噂の張本人が一緒の車両に乗っていたのだ、しかも卒業生。

一人の少女がハッとなって手を叩いた。

「聞いたことがある、何年か前の高等部の先輩で他の学校の人にあの車両で告白されて付き合った人が居るって。先輩に告白した人・・・女性だったって」

「あの人?!」

先を行く、二人に距離を開けながら声をひそめて。

「凄く美人だって聞いた」

「あの人、美人だよ」

「じゃあ、本当に本人?」

「聞こえてるぞ」

3人組はビクっとなる。

見れば、革ジャンの短髪美人の方が振り返っている。

「今日は部活か?」

「・・・・・」

「まなか、後輩を怖がらせないで」

卒業生の優しそうな美人が革ジャンの袖を掴んで遠慮がちに咎める。

「怖がらせてない、私は地がこうなんだ」

「ごめんなさいね、この人いつもこうなの」

目の前のやりとりが完全にカップルのような感じに見受けられる。

車内での会話といい、雰囲気からしてこれは絶対そうだと3人組は確信した。

今は学校でもセクシャリティーについての授業がある、3人組は驚きつつも目の前のカップルに理解を示し、さらに興味を覚えた。

「あ、あのっ、お二人は本当にあの車両の噂の人なんですか?」

一人の勇敢な女生徒が食い気味に聞いた。

それを聞いた先輩の方は苦笑し、先輩のパートナーはにやりと笑う。

「聞きたいか?」

「まなか!」

はいっ!という返事の代わりに3人組は全員勢いよく頷いた。



「・・・じゃあ、あの噂は本当なんですね」

話しを一通り聞いた3人組は嘆息して呟いた。

少し刺激が強すぎたらしい。

「私たち以降の噂は知らないけれどな」

「貴重なお話ありがとうございました」

歩きながら話したのでもう、学校についている。

彼女たちは中等部で、彩香とまなかは高等部に行く。

「まあ、真似なんてしない方がいい。電車で告白なんて恥ずかしいだけだからな」

「どうしてですか?」

「電車が止まればいいが、走っていたら? 周囲の好奇の視線が痛いぞ」

「あ・・・それは・・・・」

今思いついたように。

「痛かったですか?

「私は別に。でも、彩香が・・・・な」

笑って横を見る。

「告白だけならともかく、あなたがキスなんてするからでしょう」

ドン、と叩かれる。

「恥ずかしすぎて、しばらくの間は他の車両に乗ったわ」

「別にいいじゃないか、キスくらい」

「公衆の面前よ? あり得ない!」

喧嘩になりそうになる。

「ま、ま・・・早く行かないと先生、忙しいと思いますよ」

女性徒になだめられ、ハッとして我に返った。

「じゃあ、気を付けてな」

まなかの方が先輩のようだ。

「そちらこそ、お幸せに―――」

余計な言葉が二人にかけられ、周囲に居た生徒たちが何事かと見た。

「・・・もう」

彩香は顔を赤くして身の置き場を無くす。

「いい子たちじゃないか、なあ」

「・・・・・」

今日の母校訪問に、まなかを連れてきたのは間違いだと思った彩香だった。

この後、自分たちの話が学校で語りつくされ、あの列車のあの席に座る人待ちができることになろうとは彩香は思いもしなかった。


こんなのがあったらなーと書きました。

電車に乗ったらネタ探ししながらこんな妄想をしています(笑)

にやにやして読んで頂いければ幸いです。

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