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人形のパラード

人形のパラード

作者: 藤樹 翠

初めまして。

初めて作品を投稿します。

楽しんでいただければ幸いです。

もう既にあの街を出てから何年も経った。

ただその時から、ずっと有名だった一人の老人のことを、未だに覚えている。

自分でも不思議なことだが、恐らくそれは子供ながらに、あの老人に惹かれていたからなのだろう。

自分がいた街には、一人の老人がいた。

街には老人がたくさんいたのだけれど、ここでは登場する老人は一人だけだ。

老人は見かけると、いつも外に座っていた。

家の玄関に置いてある切り株に座って、晴れた日の昼には、決まって日向ぼっこをしていた。

雨の日に老人を見かけることはなかった。

それがどうしてかを、当時の自分は考えなかった。

自分は老人を見かけると、なんだか無性に嬉しくなって、つい頬を緩ませてしまうのだった。

老人には決まっていつも、生活を支えてくれる使用人がいた。

それは若い女性であったり、老人と年が変わらないであろう男性であったり、孫のような小さな子であったりした。

使用人は少なくとも五人程度は見かけただろう。数年老人の側にいた使用人もいれば、短い時には数日でいなくなる使用人もいた。

自分の周りで老人の噂をしていた人は、あの人は昔の戦争で家族を失い、今のぼんやりとした感じになってしまったから、親戚が哀れに思って尋ねてきているのだ、と言っていた。

自分はそれが哀れだとは理解していなかったので、老人の周りにはいつも優しそうな人がいて、羨ましいと思っていた。

老人の使用人のうち、一人には自分と接点があった。

街で開かれた祭りにその老人が参加していた時、偶然を装って自分は老人に話しかけようとしたからだった。

自分は老人に対して、何を言うべきなのかを考え、そして老人に話しかけられるタイミングを見計らっていたように思う。

今となってはどういった状況で話しかけたのかよくわからないが、それでも自分は一世一代の勇気を以ってして、その老人に話しかけたに違いない。

ただ、覚えているのは使用人の手がとても冷たかったことと、老人は自分のことを酷く優しい目で見ていたことと、そして何を話したのか全く覚えていないことだった。

祭りが終わってからも、自分は老人を見かける度に何か話しかけなければならない気がして、そしてその度に言葉を見失って顔を赤くして黙っていた。

使用人にはそれがわかっていたようで、ついに数回繰り返した後、自分に話しかけてきた。

使用人は低いしわがれた声で、

『何か用かね、君』

と言った。

使用人はやけに整った顔をしていたため、自分は酷く狼狽えて、そして言葉を探すこととなった。

『あの老人に話しかけたいのです』

その短い言葉を、使用人に負けない綺麗な口調で言うには、とても苦労が必要だった。

『それはいい。しかし、彼はあまり体が良くない。だからまた来なさい』

と使用人は言った。

使用人は言い終わると自分から遠ざかり、そして振り返らずに老人の家に戻っていった。

今考えれば、あの時は雨だったのだ。

何故って、昼ならば老人に自分から話しかけることができたはずだからだ。

自分は怖いと思っていた使用人にまた来なさい、と言われたことが嬉しく、それによって有頂天になっていた。

当時を思えば憧れの人に認められたような気がしていたのだろう。

実際には、何も進展していなかったのだが。

自分は有頂天のままに、次の日を待った。

次の日は晴れだったはずだ。

玄関には誰もおらず、自分は恐る恐る庭の方に回り込んだ。

老人の家は周りに何もなかったため、敷地の外から家を一周することができた。

庭では、老人が本を読んでいた。

自分はしめたものだと喜び勇んで庭に入ろうとした。

『おや、また会いましたね』

自分が庭に飛び込む直前、使用人が自分に話しかけてきた。

使用人の低い声は、自分の幼い恐怖心に響くものだった。

『今日こそは老人に話しかけられますか』

自分は傲慢さを隠そうとせず、そう尋ねた。

『いいえ。あの老人はとても読書が好きで、ああしている時間を誰にも邪魔されたくないのだ。故に、話しかけたいならばまた来るといい』

使用人はそう言って、自分を帰した。

自分はとても無知であり、そして勇敢であった。

また無知であるが故に傲慢でもあった。

そのため、自分は使用人の言葉を文面通りに捉え、何度も老人に話しかけに行くこととなった。

しかし、その悉くを使用人は否定した。

『あの老人は昼寝をする時間を決まって確保しているから、昼寝中に話しかけてはいけない』

『あの老人は散歩をするのが好きだが、足が悪いので転んではいけないから共に歩くことはできない』

『あの老人は歌を聴くのが好きだから、音盤が回っている間は話しかけてはいけない』

自分はそれらを通して、段々と幼いながらに理解していった。

使用人は老人と自分を会わせたくないらしいのだと。

自分は確かに他の街の住人と比べて老人に興味があったが、それだけでこんなに無下に扱われることはないはずだった。

自分は使用人に文句を言いに行こうと、なんとか弁明して話しかける時間をくれるよう言いに行くことにした。

だが、自分の悠然たる歩みはそこまでであった。

次に自分が勇気を持って家を訪ねた時、老人の世話をしていたのは、遠方から遥々やってきたと言う娘であったからだった。

その娘は確か、十日と三日で老人の元を去った。

老人は朝、その娘を玄関から見送っていた。

その時にかけていた言葉がとても寂しく、印象的で不思議だったためか、今でも覚えている。

そう、こうしてまた老人の元を訪ねているくらいには。

「もし、いらっしゃいますか」

自分は何年前から変わらない家の玄関をノックした。

庭に回って見ても、誰もいなかった。

今日の天気は晴れであるため、老人はこの時間であれば外にいるはずだった。

「おや、珍しい。何か用ですか?」

自分に話しかけてきたのは、何やら時代遅れな服を着た青年だった。この青年が、今の老人の使用人であるらしい。

「ここに住んでいた老人はいらっしゃいますか?自分は呼ばれてやってきたのです」

自分は懐から、自分の名前が書かれた封筒を出して見せた。

青年は数秒考えた後、老人は家の中にいると言って、玄関の鍵を開けた。

「ノックをしたのですけれど」

「あの老人は耳が遠いのです。音盤の音楽だけは、まだ聞きとれるようですけど」

青年はカラカラと笑って言った。

乾いた風が、部屋の中を通り抜けていった。

そういえばここは乾燥している土地であったと、今更ながらに思い出していた。

「この部屋です。では、自分はこれで」

青年はそう言うと、鏡をちらりと見てから家から出ていった。

「失礼します」

自分は扉をノックして、声をかけてから扉を開けた。

老人は薄暗い部屋の真ん中で、木の椅子に腰掛けてこちらを見ていた。

「あぁ、君か」

老人はいつかの使用人の如く低い声で言った。

「えぇ、まさか呼ばれるとは思いませんでした」

「君はもうそろそろだと思ってね。遠くの街に出ていったと聞いた時には、驚かされたものだ」

自分はポリポリと頬をかいた。

「君の寿命はいくらだったかな」

老人は椅子から立ち上がり、杖をついて自分の方に歩いてきた。

老人は自分よりもずっと背が低く、記憶の中のそれより小さく見えた。

「三十年と四ヶ月、三日かと」

「ふむ。ありがとう。正確だ」

自分は初めから決められていたタイマーを答えた。

それから自分と老人は、これまで老人に抱いていた想像や実話をできるだけ丁寧に話した。

老人は寝ているのか聞いているのかわからないような表情でこちらを見ていた。

「これで全部です」

話終わった時、時計の針は一番上で揃っていた。

「ふむ。それだけ楽しそうに話してくれたのは、君が初めてだ」

「それ、全員に言っているのでしょう?」

自分がそう言うと、老人は笑って見せた。

自分は床に横になり、時計の歯車が動く音と、自分の命の音を重ねていた。

「何か言うことは?」

老人は優しく尋ねた。

「いいえ。しかしあの時娘にかけていた言葉を、自分にも欲しいとは思います。

老人は少し考えて、そして口を開いた。

「おやすみなさい。いい夢を」

自分の中の歯車が、止まったのを確かに感じた。


「おや、新しい人形ですか?」

青年は尋ねた。

青年の前にいる老人は、一つの大きな人間を抱えていた。

しかしそれは生きておらず、正しく人間ではないことを伝えている。

「いいや、これは古いものでね。ずっと自分の監視をさせていたものだ。これの物語を聞くことが、私の楽しみだった」

「へぇ、なら良かったですね。貴方の役に立ったみたいで」

青年は人形と同じ顔をした自分を鏡に映して言った。

「何故そう思うね?」

「だって、とても嬉しそうだから」

恐らく続きます。

しかし短編であるため直接の続きではないと思われます。

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