波乱万丈Ⅲ
「おはよう、礼火」
昨日のように遅刻ギリギリで教室に入るわけでもなく、普通に教室へと入った亮人はまず幼馴染の礼火へと話し掛けた。
「腕の傷は大丈夫なの?」
そんな亮人に礼火が心配そうな表情を浮かべて聞いてくる。
昨日はシャーリーに咬まれたところから思った以上に血が出ていたことに亮人も驚いていたが、それ以上に驚いたのは礼火の方かもしれない。ガラスが刺さったわけでもないのにいきなり亮人の腕に咬まれたみたいな穴が開いたのだ。目の前で見ていれば不思議で仕方がないはずだ。だが、それを不思議と思っても聞くことをしない礼火に亮人は軽く「大丈夫だよ」と返して自分の席へと鞄などを置き、また礼火のところへと話に行く。
日常的な談笑を礼火として、それをただ単に楽しむ亮人。そんな亮人同様に礼火も亮人との談笑を楽しく過ごす。時折、笑ったり真剣な表情をしたりと亮人は面白いといった感じに見ていた。
「今日は怪我しない様にしないと。昨日のシャワーは流石に腕に染みたよ」
「もう、何でいきなり窓ガラスが割れたんだろう? 石とかは飛んで来てないのに不思議でしょうがないよ」
「……そうだね、本当になんで割れたんだろうね?」
亮人は自分で話題を振っておいて失敗したと思った。
会話の途中で少しだけだけど、間を開けてしまった。それを礼火が不思議に思ったら面倒なことになる。
昔に礼火に隠し事をした時は、しつこく毎日聞いて来て最終的には隠し事を話してしまったこともある。亮人には新しい隠し事が出来てしまっているために、そういった行動を控えたかったが、流石は礼火。幼馴染なだけはあった。
「ねぇ、亮人……私にまた何か隠し事してるでしょ……」
勘が鋭すぎる礼火は神妙な顔で亮人に顔を近づけてくる。
今日の朝、亮人はシャーリーにキスをされていたことを近づいて来る礼火の顔で思い出してしまったことで、顔が赤くなってしまった。
それが仇となって礼火は、
「私に隠し事したってすぐに分かるんだからね? ほら、何を隠してるのか教えて」
まるで子供を叱る母親だ。
礼火はどこかの母親のように俺に言い寄ってくると、そのまだ幼さを残した顔が亮人の目の前に近づき、そして少しでも亮人が顔を動かしてしまったらキスをしてしまいそうだ。
礼火自身はそんなことを気にしていない様だが、俺たちのやり取りを見ている他のクラスメイト達は「ほんとに仲が良いよな、あいつら。あれで付き合ってないとか嘘だろ……」と呟いている声が聞こえる。
あぁ、俺だって礼火と付き合ってるつもりはないよ。でも、礼火がこうやって顔を近づけてきたりするから、そういう風に見られちゃうんだよね……俺ってこんなに生活が乱れてたかな?
学校生活は善し悪しが無く、ただ平凡な学校生活を送って来た。昨日はたまたまシャーリーが窓ガラスを割って入ってきたから、いろいろと学校生活に起伏が出てきた。
でも、今日からは普通の生活を送るつもりだった亮人は、こういう幼馴染がいるために、どうしても普通に静かな生活を送れない
「ねぇ、早く白状しなさいよ……早く答えないとお父さん達に電話するよ?」
にこやかに笑みを浮かべて携帯を取り出した礼火は電話帳から亮人の母親である相馬由維と表示されている画面に触れ、そして亮人に向けて携帯を突き出してくる。
「いいの? 本当に電話しちゃうよ?」
脅迫をしてくる礼火は今もにこやかな表情を亮人へと向けていて、それでいて指を画面に触れるか触れないかで止めている。
こうなった時の礼火は本当に面倒くさい。
亮人は溜息交じりに息をつけば、仕方がないなと思いながら目の前で携帯を突き付けてくる礼火の頭を片手で抑え、口を礼火の耳元に近づけて、
「そんなに気になるなら教えてやろうか……?」
と普段のような和む口調は捨て、どこか危険な感じを醸しながら礼火へと囁く。
「…………………………」
だが、亮人の囁きを耳元で聞いた礼火の表情は驚きに満ち溢れ、頬を始めとする顔全体が肌色から朱色へ。そして朱色から真っ赤に色を変えていき、自分から近寄ってきた距離を取り、顔を地面へと俯かせてしまっている。
なにか間違えたのかな、俺……。
礼火のこんな反応を見たのは初めてな亮人はどんな風に話し掛ければ良いのか分からず、ただこの状況をどうにかする為に一歩、礼火へと近づく。
「近寄らないで……」
「えっ…………」
一歩前へと踏み出した亮人に礼火が俯きながら口にしたのは拒絶の言葉だ。
礼火の拒絶の言葉を聞いた亮人は目を見開き、俯いている礼火を見つめていた。
「お願いだから……少しだけあっちに行ってて。お願い……」
礼火が俯き、亮人へ「離れて」と口にした今、亮人たちを見ていたクラスメイト達は気まずそうに見つめていた。
「……わかったよ。何か悪いことして……ごめん」
亮人は自分が何をしたのか分からなかったが、それでも今の状況は謝っておかないとダメな気がしたのだ。
唯一、昔からの馴染みがある礼火を困らせるわけにはいかない。
亮人はそれだけを思い、そして礼火は四時限目が終わった頃に亮人へと話し掛けてくれるようになった。
「さっきはごめんね、いきなりあんなこと言っちゃって……私の事、嫌いになっちゃった……?」
上目遣いで見つめてきた礼火を見ていると、憂鬱だった気持ちはすぐに晴れた。
礼火は亮人が答えるまでずっと隣にくっついて見上げて来るので、
「もうそんなこと気にする必要はないよ。でもね、礼火も俺の秘密を無理に聞き出そうとしたりしたらダメだよ? 俺にだって秘密にしたいことだってあるんだし、礼火だって俺に秘密にしてることが絶対に一つあるでしょ?」
「……うん。確かに私にも亮人に秘密にしてることが一つあるよ? でもっ!」
「だから、人の秘密をすぐに聞き出そうとしたりしちゃダメ。これからはお互いにちゃんとした距離を保っておかないとダメだよ」
「…………もう人の話を聞かないのもダメだと思うんだけどな」
「何か言った?」
亮人がプライバシーについて口にしている最中に礼火は亮人に文句を口にした。だが、それは亮人には聞き取れない声量。
「なんでもないよ……それよりも一緒にお昼食べよう? 早くしないと席取られちゃう」
「はいはい、わかったから手を握るのはやめようね?」
亮人と話をしたからか、礼火は心配そうな表情から笑顔へと表情を変えていて、それと一緒に何故だか知らないが、亮人に寄り添って手を握ってくる。
何でこんなにしてくるんだろう? 幼馴染だからか?
亮人は礼火がなんでこんなに自分に関わって、それでいてなんで自分がこんなに礼火に関わろうとしているのか。自分でもわからないこの心境に小首を傾げながらも、礼火と一緒に学校にある食堂で昼食を一緒に食べて、小学校の時の話や昔に行った花火大会の話とかで会話は盛り上がった。